上司と部下は危険なのだ

 許されていると思っている人が多そうな事例。

 上司が部下を誘っての如何わしい行為に及ぶ。

 法の改正云々関係無く、駄目なものは駄目なのだが、どういうわけか一定数存在する不埒者。

 出張で女性の部下を連れ地方へ向かい、業務が終わる頃に「今日はご苦労様」と言い、ビジネスホテルの予約を取ってある、と上司が言う。


「一泊していけばいい。労う意味もあるからな」

「え、でも」

「明日の電車で帰れば問題無いだろ」

「でしたら」


 この時点で上司としては「同意を得た」なんて、勝手な解釈で以て事に及ぶバカが後を絶たない。

 つい最近も逮捕者が出たのだが、懲りない面々ってのはどこにでも居るようで。

 ビジネスホテルに行く前に酒場で軽く一杯。


「お疲れさん」

「あ、はい」

「今回も君のお陰で良い結果を得たよ」

「はい。無事に済んで良かったです」


 地元の人で賑わう店内で、食事のついでに酒を酌み交わし、いい塩梅になったところで店をあとにする。

 少しだけ千鳥足気味の部下だが、仕事も上手く行き上機嫌ではあるようだ。

 時折笑顔を見せホテルへと向かうわけで。


「冬のボーナスは期待していいぞ」

「はい、嬉しいです」

「スムーズに事が進むと、上司の俺としても助かるからな」


 予約済みのホテルに辿り着くとフロントで鍵を受け取る。

 この時、部下はまだ知らないわけだ。

 まさかの事態に陥るなんて、予想だにしないのだろう。だが上司はこの時を待っていたのだ。


 妙齢の見目麗しい女性部下。多くの男性社員も見惚れてしまうのだろう、女性部下の上司である男もまた、何としてもと思う気持ちは強かったようだ。妻子ある身でありながら。

 出張の度に連れ出して仕事を教える。

 他の女性社員に比較して贔屓されてる、なんて噂もあるが事実のようで。

 当然だが、上司に従っていれば評価も鰻のぼりで、同僚を超えて職位が上がる。


 女性社員もそれは理解している。従っていれば不利益を被らず、むしろ社内での立ち位置も向上するのだから。

 少しそれに甘えていたのか、油断したのだろう。

 ホテルの部屋に着くと上司の言葉に驚く。


「部屋だけどね、ここしか空いてなかったみたいだ」

「え?」

「満室だったけどキャンセル待ちでね」


 タイミングよく押さえることができたと言い出す。


「あの、でも」

「大丈夫だから。何もしないし俺も疲れてるから、すぐ寝るよ」


 室内に入るとダブルだ。ベッドがひとつ。せめてツインであればベッドは別になるのだが。この状態では同じベッドで一夜を明かすことに。

 当然ながら躊躇する部下だが上司はお構いなしだ。


「心配しなくていい。君の査定に響くことは無いから」


 部下にとって意味不明な言い訳が気になるようだが、上司は笑顔で上着を脱ぎ、部屋に備え付けの浴衣に着替える。


「ここのホテルには大浴場もあるから、あとで入ってくるといい」


 目の前で上司が堂々と着替える様を見て、狼狽えはするも、ここで妙な態度を取れば不利益を被りかねない。そう判断してもおかしくは無いだろう。

 ここは上司の「何もしない」を信じて「あの、大浴場に行きたいんですが」と切り出す。

 上司と同室の状態で着替えるなど無理と考えるからだ。

 何しろずっと見ているのだから。


「だったら、部屋を出て二階にあるそうだ」


 浴衣とバスタオルなどを持ち、部屋をあとにする部下だが、部屋を出る際に上司が「ゆっくりしてくるといい」と気遣いを見せた。

 だが事態はそう単純ではない。

 部下の居なくなった室内で、せっせと枕元に避妊具を用意する上司だ。にやけた面を晒し期待しているのであろう、鼻歌交じりで備え付けの茶を淹れ、椅子に腰掛けその時が来るのを待つ。


 一方、部下の女性は大浴場へと向かい、疲れを癒すべく寛いではいたが、一抹の不安感を拭えずにいるようだ。

 かなり緊張した面持ちで浴槽に浸かり、思わず小さく呟いてしまう。


「何もありませんように」


 不安を抱えつつも大浴場をあとにし、部屋に戻ると、ご機嫌な上司が居て「お茶でも飲むか? 淹れてやるぞ」などと言う。

 リラックスさせてから事に及ぶつもりなのだろう。

 それを感じ取った部下だが、ここで逆らうと社内で不利益を被る可能性が高い。

 ならば、上手に立ち回り避ければ良いと考える。


「さあ、お茶をどうぞ」

「あ、はい。ありがとうございます」


 部下が椅子に腰掛けお茶を啜ると、上司も不敵な笑みを浮かべながら茶を啜っている。


「緊張してるのか?」

「あ、いえ」

「大丈夫だ。心配は要らないよ」

「あ、はい」


 暫し時間を過ごすと「さて、明日も早いから寝ようか」と言い出す上司だ。

 ベッドに潜り込み「どうした? 寝ないのか」などと、惚けたことを抜かす上司が居て、緊張しながらベッドに歩みを進める部下だった。


「あの」

「なんだ? 気になることでも?」

「いえ。その」

「ああ、そうか。心配は要らない。ちゃんと引き立てるし、評価もボーナスも惜しむ気は無い」


 ただし、と断りが入る。


「君次第の面もあるからね」


 来てしまったと思う部下。逃れれば当然だが会社には居られないだろう。仮に辞めずに済んでも評価が上がるかどうかも分からない。不利益を被る可能性も高い。

 今後のことを考えると、上司に従う方が利益はある。

 だが、そんなことをするために入社したわけでも無ければ、仕事を熟してきたわけでも無い。


 躊躇していると腕を引かれ「早く寝るんだ」と、強引にベッドに引きずり込まれる。思わず「あ」と声が漏れるも、ここで抵抗したらどうなるか。

 部下の気持ちは嫌だとはっきりしている。しかし上司にはそう受け取られていない。

 観念してベッドに潜り込むと「待たせてくれたな」と言って、覆い被さる上司だった。


 精神的な苦痛で顔を歪めるも、上司はお構いなしだったようだ。

 事が済み満足げな上司の横で、涙を流す部下だった。


 翌朝、沈んだ表情を見せる部下だが、上司は満足しているのか「ボーナス期待していいぞ。それと人事に捻じ込んで係長にしてやるからな」と言っている。

 一路同じ電車で職場へと戻り、出張報告書を書く部下だが、涙が溢れて止まらない。


 上司と出張の一週間後、部下は会社に来なくなる。無断欠勤が続き上司が電話を入れても出ない。

 暫くすると上司の自宅に警察官が訪れた。


「不同意性交等罪で逮捕状が出ています。ご同行願えますか」


 部下は上司の仕打ちに耐え切れず告訴したようだ。

 両親からの後押しもあり、辛い気持ちの中、意を決して訴えたわけで。


 法の改正前では、意思表示の有無を問われることが多かった。嫌ならば断れるはず、と言うのが改正前の「強制性交等罪」だ。やられ損な面の多かった、何かと不備の多い法律だったわけで。

 しかし改正され被害者側に立つことで、意思表示が必ずしもできない、そんなケースを想定したものに。


 今回は以下のケースが該当した。


「経済的または社会的関係上の地位に基づく影響力による不利益の憂慮」


 被害者が泣き寝入りせずに済むようにと、それが法の趣旨でもあるのだろう。

 抵抗できたか否かが争点になっては、被害者に著しく不利だったのだから。

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