卑怯者にはなりたくない
短い人生で何度目だろうか。いや、実を言えば初だ。
逸る気持ちを抑えつつ手にした封筒ひとつ。中身なんて考えるまでも無いだろう。間違いなく「ラブレター」って奴だと確信してる。
少し浮かれ気味ではあるが、家に持ち帰り机の上に置く。そして眺める。いろんな角度からだな。
どこからどう見ても花柄の封筒なんて、それだよなあ。
表面には俺の名前。裏面にはハートの絵柄と差出人の名前。
自分でも顔が緩んでるのが分かる。
にやけてるんだろう。だが、確かめるために鏡を見る勇気は無いぞ。
椅子に腰掛け封筒を手にし、ペーパーカッターでゆっくり開封していく。
滑らせるようにカッターを動かすと、ススーッと開いていく封筒。
さあ、いよいよ中身とご対面だ。どんな文言で溢れているのか。愛ある語りが並んでいると想定し、開封しきると中にある便箋を取り出す。
ちょっと手が震えるんだよな。初めての経験だし。
一応言っておくが、過去に告白されたことはある。数は、まあ、片手の指で楽勝だけど。
さて、手にした便箋もまた、可愛らしい絵柄で満ちているような。
軽く透けて見えるんだよ。
緊張の一瞬。便箋を広げると、まず目に入ったのは最初の一文。
「突然、このようなお手紙出したこと、驚かれたと思います」
まあ驚く。だって経験無いから。
続いての文言へ読み進めると。
「以前からあなたのことが気になっていました」
可愛らしい字だ。小さく丸みを帯びて、全体的に少し右上がり。
文面も一所懸命考えたんだろうなあ。俺だって出すとなれば、必死に考えるだろうし。
読み進めると最後に「お付き合いいただけると嬉しいです」となっていた。
わくわく、どきどき、心拍が上昇し紅潮しているはず。だって、顔が熱いから。
思わず小さくガッツポーズ。
よっしゃ!
俺にも春が来た。高校に入って二年。一年目は何もなく過ごしてしまった。二年目に突入しても、やっぱり途中までは何事も無く。ああ、このまま三年になるのか、なんて思っていた矢先の出来事だ。
えっと、確か、この子って同じクラスの割と可愛い子だったよな。
俺から告白する気にはなれないくらいに。
つまりだ、予想外。
相当な大物から好かれていた。
絶対、顔が綻んでるのだろう。このまま夜ご飯で、母さんや弟に見られたら「気持ち悪い顔して、どうしたの?」と言われそうだ。
緩んだ頬を叩き顔を引き締め、家族に悟られないようにしておいた。
ラブレターを受け取った翌日、学校に行くと件の彼女が見てるんだよ。あれは期待してるのか、色よい返事を。
勿論、俺としては喜んでお付き合いさせてもらいたい。
あとで声を掛けて返事をしよう。
放課後、体育館裏にある大きな銀杏の木。その下で落ち合う約束をして、その時が来た。
待っていると笑顔で歩みを進める彼女が居る。
俺も顔が壊れそうな程だ。いや、壊れてるかもしれん。大丈夫だよな?
目の前に立つ彼女が俺を見上げ「返事だけど」と。
ここはやっぱりこうだ。
「俺からもぜひお願いしたいです!」
頭を下げて様子を窺うと綻ぶ表情が見て取れた。
手を差し出してきて、俺の手を取ると「嬉しい。なんかずっと好きだったから」だそうだ。
いやったぁ!
まあ、舞い上がってしまったが、表情に出てないよな?
まあ出ててもいいんだけど。嬉しさ爆発だからな。
こうして彼女との交際が始まったわけで。
充実する日々ってのは、こういうのを言うのだろうか。
登校時には駅で待ち合わせをして並んで歩く。周囲の目がな「いつの間に」とか「付き合ってんのかよ」とか。女子も「へえ、そいつなんだ」とか「まあ、好き好きだからね」じゃねえよ。余計なお世話だ。
どうにも女子の反応は芳しくない。俺がモテないってことだよな。
だが、今の俺には可愛い彼女が居る。その他大勢の女子なんぞ眼中に無いわ。はっはっはぁだ。
日曜日にはデートを熟す。
金が掛かるのは已む無しだが、充実した時間を過ごす上では、この程度の出費なんて痛くも痒くも無い。
時々図書館デートもする。学生だぞ。デートを兼ねたお勉強だからな。効率いいし。彼女、何気に成績も良くて助かるんだよ。
「ここはね、こうすると分かりやすいでしょ」
「あ、そうだね」
勿論、俺にも得意な科目くらいある。得意科目であれば彼女に「そこだけど、たぶん、こうじゃないかな」なんて。ちょっとだけ格好付けてみたり。
互いに楽しい時間を過ごすわけだ。
ある程度関係が進むと、手を繋いだりして。さらにその先なんてのも期待したり。
ただ、急いては事を仕損じるなんてあるからな。ここはじっくり時間を掛けて醸成すべきだ。
そして来るべき時は来る。
彼女の家に招かれたってことはだ、体の関係もいいってことだよな。
思わずスキップしながら彼女の家に向かい、そして家に上がると誰も居ないとかで。
「お出掛け?」
「うん。夕方だって」
期待せずにおられぬ。じゃない。まあそこは焦らずで。
彼女の部屋は彼女同様に可愛らしく装飾されてる。ぬいぐるみが枕元にあったり、机の脇に並んでいたり。カーテンの色も淡いピンク色で。
「あ、ベッドに座っていいよ」
「じゃあ遠慮なく」
笑ってる。「飲み物用意するから待っててね」と言って階下に向かったようだ。
「あ、あのね、クローゼットとか開けちゃ駄目だから」
「開けないよ。勝手にプライバシーを覗く気無いから」
「うん。一応言っておいたからね」
彼女が飲み物を持って部屋に入ってくる。
「見た?」
「どこを?」
「いろいろ」
「見てない」
笑顔だ。ちゃんと守ったんだねと。
嫌がることはしない。当然だ。このあとのことも考えたら、雰囲気を壊すわけにも行かないし。
並んでベッドに腰掛けると、軽く体を寄せてくる彼女だ。
いい雰囲気だ。そろそろいいかもしれない。
顔を向けると彼女と目が合い、そっと目を閉じる彼女が居て。
よし、やったるでぇ。
だが、焦り過ぎたのか、唇が触れると同時に歯が当たるし。
「いてっ」
「いたっ」
互いに笑い合い「もう、焦り過ぎ」と言われた。
彼女が横を向いたが、はやる気持ちを抑えきれなくなり、つい押し倒してしまう。
「あ」
「ごめん。もう」
「え、ちょっ」
彼女の服を勢い剥ぎ取り、露になる姿態を見てますます収まらず。
行為に及んでしまうと泣き出す彼女が居た。
「あの、ごめん」
気まずい。実に気まずい。こんなつもりじゃなかったんだけど、でも、己の欲望を抑えきれなかった。反省しないと。
そのあと宥めるもどうにもならず、気まずい雰囲気のまま帰宅した。
後日、警察官が自宅に来る。
「不同意性交等罪って知ってる?」
「いえ」
「問われてるからね。一緒に来てもらえるかな」
今回のケースは以下に該当するらしい。
「同意しない意思を形成、表明または全うする
少年であっても犯罪は犯罪。ただ、大人と同等では無いのが救いか。更生の余地ありってことで。
彼女が微妙な表情してるんだよ。
「どうしたの?」
「あ、えっと」
「悪いこと考えた?」
見透かされたか。でも、そうならないよう気を付けないと。
ちゃんと彼女の気持ちも考えないとな。
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