酒は鬼門になりかねない

 学生と言えばコンパ。

 それも男女の出会いを求めた合コンって奴は、頻繁に行われたりする。いや、今は減ったかもしれない。過去には盛大な合コン祭り状態だった時期もあったが。

 男子学生の多くが出会いを求め上手く行くと、そのまま夜の繁華街に姿を消す。過去に経験のあるおっさんは多いと思うが。

 まあバブル期とかは別の意味で苦労も多かったようだ。車は絶対必要。車も無い奴は女に一切相手にされなかったのだから。余裕があればデートカーの代名詞の如き、ちょっとラグジュアリーな車とか。お嬢様はアウディで男ならばBMWとか。

 男も女も浮かれ捲っていた時代だったんだなあ。


 今の学生、貧乏なんだよ。俺もご多聞に漏れず貧乏学生だし。

 バイトして少ない給料を手に、日々遣り繰りしながらデート費用を捻出。昔と変わらないのは、女には金が掛かるということ。それでも車が必須アイテム、ではなくなって幾らか楽なのか。

 無いよりはあった方がいい、程度ならハードルは下がったと言えそうな。

 男が奢り女は奢られるなんてのも、ぼちぼち無くなってきて。中には男が奢るべき、なんてカビの生えたことを抜かす女も居るが。いずれ贅沢なんて言えなくなる。若いうちだけだ。

 年食ったら誰も相手にしない。そんな贅沢病を患った女なんて。


 コンパだ。

 しかも合コンだ。


 幹事がセッティングした居酒屋に、複数の大学生が集まり、軽い挨拶と共に合コンがスタートする。

 最初の内はまだ打ち解けていないから、様子見の状態で正面やお隣さん同士で会話。その内、酒が進むと声が大きくなり、会話も弾み打ち解けてくるように。

 俺の目の前に居る女子だが、さっきから見られてるって言うか、気のある素振りが窺えるんだよなあ。

 試しに声を掛けてみるか。


「あのさ、名前聞いても?」

「あたしぃ?」


 なんか軽そうな。まあ酒に酔ってるとは思うけど。

 ああそうだった。名前を訊ねるならこっちから、だよな。


「そう。あ、俺は徳森って言うんだけど」


 口角上げてにやっとしたような。


「あたしぃ、高篠たかしの愛美まなみぃ。よろしくねぇ」


 そこまで聞いてもいないのにフルネーム。これも酔ってるからと思うことに。それにしてもハイペースだなあ。酒好きなのかもしれないけど。浴びるようにサワーを飲んでるし、食べ物には殆ど手を付けないのか。悪酔いしそうだ。

 とはいえ、楽しそうだし、お酌までしてくる。


「ほらぁ、飲み方ぁ足りないよぉ」

「あ、いや」

「とくぅ……なんだっけぇ?」


 名前、ね。


「徳森拓斗だけど」

「じゃあぁ、たくとぉくぅん」


 絡み酒か?

 テーブルに体を乗せて顔を近付けるけど、そこそこ距離あるんだよね。瓶ビール片手に「ほれぇ、のめぇ」とか言ってるし。

 グラスにビール勝手に注いで「のめぇのめぇ」じゃないっての。自分のペースってのがあるんだし。あんまり強制するとアルハラになるよ。なんて、堅苦しいことを言ってもなあ。所詮、俺もこの場の出会いって奴を求めてるわけだし。せっかくノリがいいんだから、多少は楽しまないとな。


「よぉしぃ。いい子だぁ」


 いい子じゃないっての。

 酒癖悪いのかもしれない。ちょっと変なのに絡んだかも。まあでも、顔だけ見ればなあ。案外イケてる方だし、他の女子と比べてもクオリティ高め。視線を胸元に持って行くと。


「どこ見てんのぉ」

「あ、いや」

「見たいんだぁ。エッチだなぁ」


 酔っ払ってても視線に気付く敏感さ。女子は怖い。

 視線を向けた先には、まあそれなりのサイズ感はありそうな。ちょっとだけ期待値がさらに上がった。

 俺もしょうもないなあ。酔ってるんだろうな。


 既定の時間を経過し二次会コースか、ここで解散かの二択になる。

 解散する連中の中には、ペアで暗闇の中へと姿を晦ます奴らも居るわけで。俺はと言えば、さっきの酔っ払いが絡んできてるんだよ。

 肩にもたれ掛かって「飲み過ぎたぁ」とか言ってるし。


「あのさ、ちゃんと帰れる?」

「えぇ?」

「お金あるならタクシー呼ぶけど」

「なぁにぃ?」


 駄目だ。千鳥足程度なら帰れたかもしれない。でも、ふらふらだし、前後不覚に至りそうな雰囲気だし。


「送ろうか?」

「気持ち悪いぃ」


 吐きそうだとか、俺の胸元に顔埋めて言ってる。頼むから、そこに吐き出さないで欲しい。

 仕方ないなあ。これはあれだ、どこかで休憩させた方が良さそうだ。


「ちょっと休む?」

「眠いぃ。気持ち悪いぃ。疲れたぁ」

「じゃ、じゃあ、少し先にホテルあるけど」

「ホテルぅ? いくぅ」


 いいのかよ。

 已む無く肩に担いで移動するけど、実に歩き辛い。自分の足で歩いて欲しい。

 気を遣いながらも少しずつホテルに移動し、フロントで部屋を指定した上で鍵を受け取る。

 ビジネスホテルじゃないし、観光用ホテルでもない。ラブホまたはシティホテルって奴。如何わしい行為に及ばなければ問題無いわけで。

 まあ多少の期待はあるけど。できる状態ならね。


 部屋まで連れて行きベッドに転がすと「ここどこぉ?」とか言ってる。

 天井を見ていたが起き上がって「あ、ホテルだぁ」とか言ってるし。どうやら自分の居る場所の認識ができたようだ。


「休んでていいよ」

「本音を言えぇ」

「いや、だから、素直に休ませようと思って」


 あのさ、ブラウスのボタンに手を掛けて、外してるの? 見えちゃうよ。

 見ていいならガン見するけど。

 あれよあれよと言う間に丸出し。まじかよ。襲っていいいってこと?

 そのままゴロンとベッドに横たわり、こっちを見てにこにこ。誘われてると思うよなあ。


「いいのか?」

「えっへっへぇ」


 では遠慮なく、いただきます。

 事後にシャワーを浴びるのだが、一緒に浴びてるうちに、彼女の顔が青ざめてるんだよ。


「どうした?」


 無言のまま俺を見てバスルームを飛び出し、服を着て一目散に部屋を出て行った。

 分からん。

 身支度を整えホテルを出たところで、警察官に声を掛けられた。


「不同意性交等罪の疑いがあるから、交番まで来てもらえるかな?」


 全く意味が分からず、警察官に同行を求められ派出所へ。

 派出所内には泣き腫らした彼女が居て、宥める女性警察官が居る。


 人生が詰んだ瞬間だった。


 今回のケースでは以下が該当したようだ。


「アルコールまたは薬物の影響」


 酩酊状態で同意を得ていない。意思表示は極めて困難であり、意思決定すらできないってことで有罪。

 少々悪質性があるということで拘禁七年の実刑判決。


 目の前に居る男子が不思議そうに見てる。


「どうした? 深刻な顔して」

「あ、えっとだな」

「コンパ行くんだろ?」

「えっと、いや。止めておく」


 学内ラウンジの一角。今夜のコンパに行こうと誘われたが、空恐ろしい近未来が見えた気がした。

 万が一、想定した事態に至ると、俺は犯罪者になってしまう。


「そうか。でもみんな参加するって」

「そうだろう、な」

「来ればいいのに」


 リスクがな。

 女子と関係を持つとは限らないけど、無意味なリスクは減らした方がいい。

 ただ、聞いたところによると、少々酒癖が悪い女子が居るとか。酔って路上に倒れ込む程度には。

 チャンスとか思ってそうだ。

 注意して欲しいものだ。

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