side 水萌

 いくつかの嘘をついた。

 なんとなく、彼には本当のことを言わないほうがいいような気がしたのだ。


 もともとこれは私達の問題で、彼はただ巻き込まれたに過ぎない。

 正確には巻き込んだのは私達なのだが。


 広いマンションだ。

 自室を見回し小さく息を漏らす。


 父、暁悟はもういない。

 親類はいるが、いずれもろくに顔を合わせたことが無いような相手だ。父さんが亡くなった今となってはほとんど関係もない。


 一人になるということはこうも寂しいことなのだと、この歳になって初めて知った。

 彼が道連れを求めた気持ちもよくわかる。


 父さんの遺産でしばらくは保つが、最悪大学を止めて働くことも検討しなければならないだろう。

 ふと、そういえば自分が大学生であることを彼は知っているのだろうかと思う。

 まあどうでもいいか。私のことなどそれほど興味も無いだろう。


 隣室へ移動する。

 本来ならベッドルームであるはずの空間は、父さんによって作業場へと変化させられていた。


 その中央においてあるメンテナンスポッド。

 近づいて表面を薄く撫でる。

 中には一体のアンドロイドが眠っている。


 ドロ子、と彼は呼んでいた。

 安直な名前だと思う。

 実に彼らしくはあるが、女の子なのだからもうちょっと可愛い名前にしてもよかったのに。


 例えば……ええと……そう、アド子とか。


 そういえば私にもネーミングセンスは無かった。

 諦めよう。

 その場にゆっくりと座り込む。


 ポッドの中のアンドロイドは、まるで本当に生きているかのようだった。肌は瑞々しく、表情は穏やかで、今にも欠伸の一つでもして起き上がってきそうだ。

 ただ、それは無いことを自分は知っている。


 スリープモード。

 私が許可しない限り、この子は例えどれほどの悠久の時が経とうが目覚めることは無い。

 処分など出来るはずも無かった。


水恵みえ……」


 今は亡き妹の名前を口にして、再度ポッドのガラスを撫でる。


 父さんは彼女が愛されるように願っていた。

 私も同じ想いだった。


 ただ、彼を見ていて本当に思う。

 私達は間違っていたのだと。


 自分達のエゴのために他人を巻き込むべきでは無かった。

 少なくとも、自分達に出来なかったことを他人に押しつけようなどということは、断じてするべきでは無かったのだ。


 彼には私を責める権利がある。

 病室でのやり取りを思い出す。


 少しだけ彼を責めるような発言をしてしまったことを後悔している。私もきっと平常心では無かったのだ。責められるべきは私と父さんで、彼には一切の責任は無い。


 だから楽にしてあげよう。

 彼が望むのならどんな要求でも受け入れるつもりだが、これ以上私達の事情に振り回されることは無い。

 そう決めて嘘をついた。


 最後まで本当のことを言うかどうか迷ったが、そうしたところで決断を彼に丸投げする結果となり、私の気持ちが楽になるだけだ。彼をこれ以上苦しめるのはやめよう。


「あなたにも悪いことしちゃったね」


 水恵、いや、ドロ子は眠り続ける。

 いつか起こす日が来るのだろうか。


 アンドカンパニーのほうも色々と必死だ。

 今現在は半ば脅迫紛いの方法で押さえているが、今後どうでるかは私でもわからない。


「いつかあなたが幸せになる未来が来るといい」


 ポッドで眠る最愛の妹を見つめ呟く。

 そう願わずにはいられなかった。

 例えどんなにダメダメでも、私はこの子のお姉ちゃんなのだから。

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