第20話 人生は迷い道
「それで、状況は!?」
「あ!? なんだって!?」
「状況はどんな感じ!?」
大声を張り上げると、かろうじて会話は可能なようだ。
バイクは相変わらずの速度で風を切って走る。
『ピンポーンピンポーンピピピピンポーンピンピンポーン』
ていうかうるせえ!
先ほどから、イヤホンが何やら軽快な音を伝えてきている。
チャイムの音か何かだろうか。連打しているように聞こえるが。
「状況って何のことだ!?」
尋ねるとほぼ同時に、バイクが赤信号のため停止する。
こいつでも一応赤では止まってくれるんだな、と思い安心した。
警察署の前をノーブレーキで突っ切った時は背筋が凍ったが、さすがに事故を起こす気は無いらしい。
「イヤホン、どんな感じ?」
「なんかチャイム連打してるな」
ようやく普通に話せる。
数分程度だろうが、この際に聞けることを聞いてしまおう。
とりあえず、イヤホンは、ずっと同じ音を垂れ流していることを伝える。
「じゃあ奏江雪は留守ってことね。よかった。ちょっと時間稼げそう」
「ん? どういう意味だ?」
奏江が留守?
チャイムが鳴り続けていることと奏江の留守がどう繋がるんだ?
つまり、このチャイムの音は奏江の家のものだということだろうか。
んん?
何でそれを盗聴しているんだ?
「なあ、おまおっ――!?」
信号が青に変わり、バイクが走り始める。
はええよ!
もうちょっとゆっくり行こうよ!
「手短に説明する!」
かろうじて水萌の声が届く。
「ドロ子が暴走した! 奏江雪の家に向かった! それを止めに行く!」
「その辺はさっき聞いた!」
いまいち信じられないが、確かにドロ子は家にいなかったわけだし、ボロボロにされていたクマのぬいぐるみも気にかかる。
ドロ子が暴走した、というのもあり得ない線では無いような気がする。
ただ問題は。
「なんでお前がそれを知ってるんだよ!? つか、奏江の家に行ったってのは確かなのか!?」
そもそも、何故ドロ子が奏江の家に行ったのかがわからない。
暴走した理由にすら見当はつかないが、奏江とドロ子の関係性についてはますます理解が及ばない。
あの二人に接点など無かったはずだ。少なくとも、俺には心当たりがまるで無い。
「間違いない! さっき渡したスマートフォン!」
「あれがどうかしたか!?」
「実はドロ子の視覚と聴覚にアクセスできる設定になってる! 鬣とかいう子の家には行ったことあるけど、ドロ子はそれとは反対方向に行った! だから危ないのは奏江雪!」
「はあ!?」
ちょっと待て!
イヤホンから聞こえてくる音に耳を澄ます。相変わらず、病的なまでの執拗さで鳴らされるチャイム。
これ、ドロ子の聞いてる音なのか!?
「おまっ、何それ!? 犯罪だろ!?」
つまりあれか。こいつは今まで俺とドロ子のラブラブな日常を盗み見ていたということか。
うわ、うわ、うわあああああああ。
あんなことやこんなことを思い出して死にたくなる。
顔がものすごく熱い。え、俺何言ったっけ? ドロ子とどんなこと話しながらすごしてた?
「う、訴えてやる!」
とでも言うしかない。
やばい、本気で恥ずかしい。こいつはまさかの真性ストーカーだったのか。
「訴えないで!」
「ふざけんな! 絶対訴えてやるわ! プライバシーの侵害とか何かよくわからんけど絶対そういうのに引っかかるだろ!」
「何でもするから訴えないで!」
あ? 今何でもするって言ったよな?
どうやら訴えられるのは嫌らしい。まあ当たり前だが、正直俺が受けた屈辱を思えばただ訴えるなど生ぬるい。
「じゃあ裸踊りでもしろ!」
「わかった! 帰ってから二人きりの時にね!」
「あ、嘘、やっぱ今の嘘! しなくていい!」
恐ろしい女だ。
おそらくこいつは何の躊躇いも無く裸踊りを遂行するだろう。
その光景がまざまざと脳裏に浮かぶ。
この美貌のくせにここまでのイメージを抱かせるとは。一体どういう育て方したらこんな摩訶不思議な生物が出来上がるんだ。
「やっぱ訴えることにするわ! 刑務所で汚れた心を洗い流してこい!」
「訴えないで!」
「ええい、往生際が悪い!」
ていうか、こんな話をしている場合でもなかった。
バイクが再度、赤信号で停車する。
「で、お前が盗聴趣味の腐れストーカー女だってことはわかった。何でそんなことをしたのか聞きたいのは山々だが、とりあえずお前の性癖は放っておく」
「訴えちゃ嫌」
「わかったよしつけえな! その話は後な後! で、何でドロ子が奏江の家のチャイム連打してるんだ?」
あれから十分近く経っているはずなのに、イヤホンから聞こえてくる音は何も変わらない。
何がドロ子をここまで駆り立てるんだ。暴走と言ったが、奏江と何か関係があるのか?
水萌は少し思案する素振りを見せたものの、すぐに頷いて話し始める。
「ドロ子はアンドロイドなの」
「あ、ああ、そうだな」
何を今更当たり前のことを。
「だから外見はどうであれ、本気になれば運動性能は成人男性を上回る。視力は望遠鏡並みに拡大できるし、聴覚もそれなりに広範囲から音を拾うことができる」
「おお?」
知らなかった。ていうか、そもそもそんなこと考えたことすら無かった。
ただ、言われてみればドロ子はアンドロイド。いわゆるロボット的な存在だ。だとしたら、人間には無い特殊なギミック満載でも別段驚くには値しない。
「それで?」
続きを促すことにする。
「だから、大好きなお兄ちゃんの後をこっそりつけて、気付かれないくらい遠くから見守るくらいのことはできる。というか、彼女はずっとそうしていたわ。それこそ、貴方が初めて学校に行ったその日から」
「……は?」
なんだって?
聞き返す間も無く、バイクが動き出す。
「ドロ子はあなたをずっと見てた! あなたが告白されたのも、後輩の女の子と一緒に登校したのも。デートをしたのも、そして!」
ドロ子がずっと俺を見ていた?
俺はドロ子に家で留守番するように伝えていたじゃ無いか。守られていなかったのか?
じゃあ、つまり、あれか。ドロ子は今日も俺をつけていたわけで。いや、実際今、水萌はデートを見てたって言ったじゃないか。ということは当然その後の――。
「キスも!」
頭の中で何かのピースがかちりとはまる。
まだ混乱しているが、朧気ながら構図が見えてきた。
つまり、暴走したドロ子が奏江の家に向かった理由は……。
「そして、私もドロ子の目を通してずっと見てた!」
「この犯罪者が!」
「ひどい!」
しかし、キスっていったって、ほっぺただぞ?
陽芽の告白だって受けたわけじゃないし、それだけのことで暴走なんてするのだろうか。
「ドロ子はまだ生まれたばかりの子供のようなものなの」
俺の内心を読んだように水萌が続ける。
「あなたが全てであり、絶対。だからあなたを失う可能性を許せない。きっと多分そんな感じ」
「自信ないのかよ」
いまいち信用できない女だ。
ふと、バイクが停止していることに気がついた。
変だ。
別に信号があるわけでもなく、奏江の家についたわけでもない。
というか位置的に奏江の家は目と鼻の先だろう。
いや、実際に行ったことは無いが、好きだった子の家くらい誰だってチェックしているだろう? 連絡網とか貰った時に無駄に覚えたりするはずだろう?
別に俺がおかしいわけじゃないよな?
俺の内心の葛藤はともかく、水萌は左右を見回し何やら落ち着かない。
「どうした」
今までの話が本当なら立ち止まっている時間など無い。
疑問に思い聞いてみる。
「迷った」
実に有り難いお言葉をいただいた。
俺の目が侮蔑の色に染まるのは仕方ないことだった。
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