第17話 デート3択
数日が経過した。
比較的落ち着いた日々だったと思う。
朝は陽芽と一緒に登校し、学校では鬣とミッキーについて意味の無い会話。
時々奏江が話しかけてくるものの世間話の域を出ることは無かった。
放課後は念には念を入れて一人で帰ることにした。陽芽には悪いが何だか嫌な予感がしたのだ。おそらくは俺の本能が鬣を恐れたのだろう。
ドロ子も特に変わりは無かった。
相変わらず可愛いし、素直な良い子だ。
ドロ子といえば、あの女、暁水萌とか言ったか。公園で会って以来ぱったりと連絡をしてこなくなった。気にはなっているのだが、俺から連絡を取るのも何か違う気もする上、そもそも連絡先を知らない。
ドロ子のサポートの話も聞いてみたかったので、一度ドロイカンパニーとやらにコンタクトを取ろうとしたことがあるのだが、ネットで調べる限りそんな会社はどこにも存在しなかった。
まあ、アンドロイドを百円で放出するような会社だ。色々とあるのだろうと、自分を無理矢理納得させる。
そんなわけで目下、水萌から接触しているのを待っている状態だ。
去り際の台詞からして、近いうちに電話があるだろうと高をくくっている。
ちなみに、ドロ子との風呂は邪魔が無くなって快適に!
というわけでもない。
何だか電話がかかってこないせいで、これ幸いにドロ子と一緒に風呂に入ることに抵抗を覚えてしまっている。
さあ、風呂に入るか! と思った時に邪魔が入らないと落ち着かないのだ。つい横目で受話器を見てしまう。
仕方なく、現在も別々に入っている。
我ながら難儀な性格だと思うが、仕方が無い。水萌を倒してこそご褒美への道が開けるのだとポジティブに考えよう。
そんなことよりだ。
今日は日曜日。
現在、俺の頭を悩ますのは三つのことだ。
すなわち、奏江と陽芽とドロ子からのデートの誘いだ。
そう……増えてるんだよ!
どうしてこうなった。
軽く頭が痛い。
とはいえ、本当のところは悩むことでもないかと思っている。
奏江の誘いは元々すっぽかすつもりでいた。
何を考えているのか知らないが、向こうも本気では無いだろう。である以上、わざわざ気紛れに振り回されるつもりは無い。
先日『明日楽しみだね』なんて軽く釘を刺されたが、俺はきっぱり行かないと断っている。
陽芽にも『日曜日、映画でも見に行きませんか』と誘われた以上、どちらを取るかなど考えるまでも無いだろう。
問題は、陽芽とのデートに向けて普段よりちょっと浮かれていた俺に対し、ドロ子が遊びに連れて行くよう要求してきたことだろうか。
「遊園地行きたい」
しかも、よりにもよって奏江との待ち合わせ場所である。
「きょ、今日はお兄ちゃんちょっと用事があってダメだ」
本来であれば、休日ぐらいはドロ子と一緒に遊んであげたい。しかし、俺は鬣にこう言われている。
『陽芽を悲しませたら、草の根わけてでも探し出してミッキーを殺す』
と。
そのため、俺は土曜日をドロ子のために費やしたのだ。外出こそしなかったものの、家で一緒にゲームをしたりして楽しんだ。
今日だけは我慢してもらおう。
「用事って何?」
ドロ子が首を傾げる。
なんだか少しだけ目が怖いのは俺の気のせいだろうか。
「お、男友達と遊ぶ約束があるんだ」
俺は嘘をついた。
兄としてどうなのかと思うが、仮にもドロ子はヤンデレ型だ。女の子とデートなどと伝えた日にはどんな反応をするかわかったものではない。
ばれないようにしなければならない。
「ふーん」
ごねるかと思ったが、意外にもドロ子は理解してくれた。
「早く帰ってきてね」
とだけ言って寂しそうにうつむく。
俺は泣いた。
すまん、ドロ子。悪いお兄ちゃんを許してくれ。お土産買ってくるからな。
〇
「お待たせ」
「い、いいええ、ぜんぜん待ってないっしゅよ!」
待ち合わせた駅前の広場で、陽芽は相変わらず緊張していた。
休日ということもあって、俺達以外にも待ち合わせしているであろうカップルの姿がちらほらと窺えた。
いや、俺達はカップルでは無いけども。
端から見れば同じようなものだろう。多少気恥ずかしい。
デートの基本として、十分前行動を心がけたつもりだが、流石というか、陽芽は既に到着していた。
フレアスカートに、レースのついたパーカーを合わせた可愛らしい服装だ。
そういえば、陽芽の私服姿を見るのはこれが初めてだ。
少し感動する。
「じゃあ早速行くか」
雪が降るほどでは無いものの、駅前はまだまだ寒い。陽芽がいつから待っているのかわからないが、早めに暖かい場所に連れて行ったほうがいいだろう。
「は、はい! よろしくお願いします!」
がちがちに固まっている陽芽をショッピングセンターへ引きずっていく。
映画館はショッピングセンターの七階に位置している。
田舎にしてはそれなりの数を放映していて、最新作などは問題なく鑑賞することができる。
誘ったのだからと主張する陽芽と、男だからと譲らない俺で、どちらがお金を払うかで一悶着あったものの、結局は割り勘というところに落ち着いた。
俺達は『子犬のペーの物語』というよくわからない話を見ることになった。チョイスは勿論陽芽である。
「子犬って可愛いですよね」
嬉しそうに微笑まれると、お前のほうが可愛いよと言ってやりたくなる。
絶対言えないけど。
「俺のほうが可愛いよ」
照れ隠しにアホみたいなことを言ってしまった。
そ、そうですね、と慌てたようにフォローされた。しにたい。
『ペー! どこに行ったのぺー!』
大画面の中で子供が犬を探して歩き回る。
映画の内容はよくあるお涙ちょうだいものだった。
空から振ってきた子犬のペーは、父親を事故で亡くしたばかりの男の子、太郎に出会う。二人は長い年月をかけて友情を育むが、ある日ペーが行方不明となったことにより事態は急変する。実はペーは宇宙から来た生命体の一部で――。
と色々な展開が続き、最後には「僕たちずっと友達だよね」という台詞とともに悲しい別れが待っているというものだ。
「う……うう、べーががわいぞうでふ」
陽芽は号泣していた。
実に感情表現豊かな子だ。
俺はというと、まあ子供だまし程度には楽しめたかなと思っていた。
「びきしゃん、これどうじょ」
「な、泣いてなんかないぞ! これは心の汗だ!」
手渡されたハンカチは丁重に返しておいた。
〇
「やっぱりペーは宇宙に帰るべきだったんじゃないでしょうか。そうすればあんな別れ方をすることも無かったのに……」
「いや、ペーは全てを覚悟しても太郎の傍にいることを望んだんだ。結果としてああはなったが、きっと幸せだったと思う」
時計を見るとちょうどお昼時に差し掛かっていたため、俺達は感想を語り合いがてら最上階のフードセンターで昼食を取ることにした。
映画が良作だったおかげで、いつになく陽芽との会話が弾んでいる。
楽しそうな笑顔を見る度に、今日は来て良かったと思わざるを得ないのだが。
ちらりと、時計に目をやる。
自分でも、うっすらと気付いている。
楽しんではいるものの、どこか陽芽との会話に集中仕切れていない。時計を確認する回数が時間とともに増えている。
ドロ子を一人にしているのが心配なのだと、内心を誤魔化す。
もちろんドロ子が心配なのは事実ではあるのだが、俺の心を乱している最大の関心事は別にある。
認めたくは無いが、俺は気にしているのだろう。
『日曜十時に駅前、遊園地の前』
奏江の言葉が思い出される。
時刻は既に十二時を回っている。
流石にもう帰っただろう。あの奏江が俺相手に何時間も無駄にするとは思えない。
努めて気にしないように、陽芽との会話に集中する。
「そういえば、御木さん、この後ってまだ時間ありますか?」
期待するような視線に二つ返事で頷く。
その後、一緒にウインドーショッピングなどして時間を潰す。
俺達は夕方近くになるまで一日を楽しく過ごすのだった。
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