第10話 地球滅びろ
死にてー。
午後の授業中、俺はずっと机に上体を投げ出していた。
もう何もやる気が起きない。
隕石でも降って地球滅びないかなー。
「どうしたんだお前」
有り難いことに鬣が心配をしてくれたようだが、それに答える気力すらない。
頭の中を巡るのは勿論学園のアイドルのことだ。
結局あの後、何も言い返せないでいる俺に『うん、今日はごめんね。それが言いたかっただけなの』とだけ言って奏江は退出していった。
かろうじて教室に戻ってきた俺が目撃したのは、いつもの変わらないようにちやほやされている彼女の姿。
なんなのあいつ。まじ意味わかんねーわ。
ははは、頭おかしいんじゃねえの。
何がずっと私を好きでいてだよ。そしたら将来的に好きになるかもって、ならない可能性だってあるってことじゃねえかよ。いや、むしろその可能性のほうが高いだろ。
気にしても仕方ないとはわかっている。
何せ相手は『私はあなたのこと好きになるかどうかわからないけど、あなたは私のことをずっと好きでいなきゃダメ』などという電波を垂れ流す変人だ。まともに相手をするほうが馬鹿を見る。
ただ、同時に引っかかるものがあるのも確かだ。
何故、奏江はこのタイミングで俺にそんなことを言い出したのか。
理由があるとすればやはり今朝のことだろう。
俺と陽芽が接近しているのを見て不愉快に思った奏江は、でっかい釘を刺しにきたのだ。
私に告白した以上、他の女の子を好きになるなんて許さない、と。
でもだとすると、どうだろう。
奏江の中では俺に釘を刺す程度の価値を見いだしているということだろうか。少なくとも、手間をかけてまで引き留めたい程度には想っていると?
一年前であれば果たして同じことが起こったのだろうか。
ずっと俺のことなど眼中にもないのだと思っていた。だというのに、実はあいつも俺のことを気にしていたっていうのか?
「いやいやいやいや」
首を振る。
ない。それはない。
あのわがまま女は、単に自分の主義に反する俺が気に入らないだけだ。プラス、玩具を取られそうになって駄々をこねる子供の心持ちでもあるかも知れない。
取られるのが気に入らないから渡したくないという、ただの身勝手な独占欲。それをあれこれ理由をつけて自己正当化しているに過ぎない。
そしてその感情は俺だけに向けられたものでもないはずだ。彼女に告白した男達全員に、似たような心境を押しつけているだろう。
結論として、あんな女のことなんて考えるだけ無駄なのだ。
はっ、ざまあ見ろクソ女め。なんでもかんでもてめえの都合のいいようにいくと思うなよ。俺はもうお前のことなんざ何とも想っちゃいないっての。おとといきやがれ。
「はあぁぁ……」
だというのに、いっこうに俺の気は晴れない。
何が嫌って、こんな自分が何より一番嫌いだった。
いつの間にか、今日の授業は全て終了していた。午後の授業は、基本ついてこれなければ置いていくスタイルの教師ばかりだったので、幸いにも注意されずに済んだようだ。
しかし、立ち上がれない。気力が無い。
そういえば、放課後は陽芽と約束があったのだと思い出す。
「しっかし、雪って本当顔ちっちゃいよね。なんか神が可愛さを極限まで突きつめちゃったとかそんな感じじゃん」
「ほんと、ほんと、うちらとは次元が違うよね。将来的には芸術品として博物館に寄贈されっちゃったりするんじゃないの?」
「やだもう、やめてよ二人とも、そんなことないって」
…………行くか。
このまま教室にいても居たたまれないだけだ。
ならば、一秒でも早く家に帰って休みたい。
ふと、教室を出るときに視線を感じた気がした。
それが奏江からのものだと確信するよりも早く、俺は教室を飛び出した。
〇
悪い時には悪いことが重なるのだろうか。
「神は俺に恨みでもあんのかっ」
そんな台詞も口に出したくなる。
昇降口へと向かった俺が見たものは、何やら揉めているような一組の兄妹の姿だった。
つまり、鬣と陽芽である。
慌てて壁の影に隠れる。
「…………!!」
「…………!!」
なにやら言い合っているようだが、ここからではよく聞こえない。
つうか何で二人が揃ってるの?
もしかして、本当に三人での帰宅が予定されていたのだろうか。精神的に打ちのめされた俺は、今から肉体的にも処刑されてしまう運命なのか。
さすがに可哀想すぎるだろう。
頼むから見逃してください。
とはいえ、まさか放置して帰るわけにもいかない。
会話の内容次第では、翌日烈火のごとく怒った鬣が俺を急襲してくることも考えられるる。何より陽芽を悲しませるわけにはいかない。
あの笑顔に癒やされたいという気持ちもある。
俺はバレないようにこっそりと、二人に近づいていった。
「王ちゃんには関係ないから!」
陽芽の声が聞こえてくる。
王ちゃん? 誰それ。名スラッガー?
「いや、つってもな陽芽。相手は男だろ?」
「だから、男の人と帰るからってなんで王ちゃんに怒られないといけないの?」
「だ、だってそりゃお前、男は狼だからだな……」
「もう、王ちゃんは心配しすぎ!」
王ちゃんって鬣のことかよ!
そうか、名前が王子だから王ちゃんか。
ぷ……ぷくくく。ダメだ。笑うな。ばれたら俺の命が無い。
しかし王ちゃん。あの面で王ちゃんとか。今度こっそり呼んでみたらどうなるだろうか。さり気なくペットショップのインコに覚えさせて、鬣の目の前で『おーちゃん、おーちゃん』とか連呼させてみたい。い、いかん、ツボに入った。腹が痛い。
「ひ、陽芽」
「もう、いいから帰って! 御木さんに何かしたら私許さないからね!」
おおおおい!? 何か御木さんとか言っちゃってるんですけどおおおおおお!?
「み、御木? なんでここで御木の名前が出てくるんだ?」
案の定、鬣が食いついている。
おう。何てこった。やってくれるぜ陽芽ちゃん。
終わった。この瞬間、俺の逃れられぬ死が確定した。
「あっ、え、ええと、その、今のは違うくて……」
失言に気付いてしどろもどろになる陽芽。
「そ、そう、御木さんじゃなくてミッキーさんて言ったの! あだ名みたいなもので、その、わ、私はそう呼んでるんだから!」
おお、誤魔化した!
だが、陽芽よ。流石にそれは無理があるだろう。
鬣に俺の存在がバレるとまずいということに気付いてくれたのは嬉しいが、そんな子供にもわかる嘘に騙されるやつは……。
「そうか、名前はミッキーか……」
目の前にいた。
何か知らないけど助かった。鬣がアホで本当によかった。
「もう! いいから王ちゃんは帰って!」
ぐいぐいと校舎外に押し出され、鬣は見るからに不満そうに帰宅していく。
時折、未練がましく背後を振り返る様子は男らしさの欠片も無く、鬣のシスコンは重度であるということを改めて俺に実感させた。
しかし、よく考えてみれば、昇降口なんかを待ち合わせ場所にしていたのでは、鬣と鉢合わせて当然だ。
朝はそこまで深刻に考えていなかったし、昼は例のことがあったために完全に頭が回っていなかった。
……例のことね。
頭を振って切り換える。
今はもう奏江のことは考えないようにしよう。
俺が落ち込むのは勝手だが、陽芽まで巻き込むことはない。
「すまん、待たせたか?」
念のために、鬣の姿が完全に見えなくなって数分後、俺はさも今来たかのように陽芽の前に姿を現した。
「あ、御木さん!」
俺を発見した陽芽は、嬉しそうに駆け寄ってくる。
「ええと、その、おつとめご苦労様でした!」
「お、おう。どうもありがとう」
俺は出所した罪人か! と突っ込みたくなる気持ちをぐっと抑える。
その元気が無かったこともあるが、苛烈な突っ込みを彼女にしていいものなのかどうか判断がつかなかったためだ。
頬を上気させて微笑む陽芽は本当に可愛い。
俺は突っ込みの代わりとばかりに、彼女の頭をなでさすった。
「あ、あああああの、みみみみみ御木さん?」
あー、実に癒やされる。叶うことなら一家に一人欲しいぐらいだ。
「陽芽は可愛いな」
「…………あ、ありがとうございます」
顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。
あれ、なんだこの微妙な空気。
なんかやらかしてしまった感が半端ない。
「あ」
俺は慌てて陽芽から距離を取った。
「す、すすすまん! 今日はちょっとその、色々嫌なことがあって混乱してた!」
「い、いいいいえ! こ、こんな頭で良ければ好きなだけどうぞ! はい! 毎日でも撫でさすってください!」
毎日?
少しだけ魅力的な提案だと思ってしまった。
とはいえ、流石に付き合ってもいない後輩の頭を撫でまくるのは色々問題があるだろう。
「と、とりあえず行こうか」
「は、はひ」
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