第7話 学園のアイドル襲来
さて、どうしようと思ったのは校門前が見えてきてからだ。
「……」
そこには、見知った顔があった。
正確には昨日初めて知り合ったばかりの女の子が、所在なさげに俯きながら立っていた。
頭が時折左右を向き、誰かを待っているのだということがわかる。
鬣陽芽。
奇特にも俺なんかに告白してくれた後輩だ。
こうして改めて見ても彼女は可愛い。それが校門前に一人で立っているのだから、否が応でも注目は集めていた。といっても、登校してきた生徒がちらりと視線をやる程度ではあるが。
「あっ、御木さん!」
やはりというか何というか。彼女の待ち人は俺だったらしい。
こちらに気付くと嬉しそうに駆け寄ってくる。
「お、おは、おは、おはようございます」
腰が直角に曲がるくらい深々とお辞儀された。
相手が男なら「お前は俺の家臣か!」と突っ込んでやるところだが、まさか彼女相手に暴言は吐けない。
「あ、ああ、おはよう」
「よかったです。も、もしかしたら御木さん、もう学校に入っちゃってるんじゃないかって、ちょっと心配してたんです」
ほわーっと周囲が幸せになりそうなオーラを放ちながら陽芽が微笑む。
朝から無駄に癒やされる自分を感じる。マイナスイオンでも出てるんじゃないだろうかこの子。
「俺に何か用だったのか?」
「いえ、ただ、あの……少しでもお話したかったというか……あ、い、いえ、勿論迷惑だったらいいんですが……」
可愛いことを言ってくれる。
もうこの子と付き合っちゃってもいいんじゃないか、と俺の中のオスが囁くが、色々な意味で待ったをかける。
相手は鬣の妹かつ知り合ったばかりの後輩だ。ドロ子のこともあり、衝動に任せた決断は避けるべきだろう。
「こ、校舎の中までご一緒してもだいじょびですか!」
「勿論だ」
とはいえ、誘いを無下にすることは俺には出来なかった。彼女は一体いつからいたのだろう。見るからに気の強いタイプでは無さそうなのに、無遠慮な視線に晒されながらも長時間立ち尽くす陽芽を想像する。
おそらく相当恥ずかしかっただろう。
それが全て、俺と僅かな時間でも一緒にいたいがためというのだから、無下になんて出来ようはずも無い。
当然、今更噛んだくらいで突っ込んだりもしない。
「あ、ありがとうございます!」
俺なんかと話せるのがそんなに嬉しいのだろうか。
本当に鬣と血が繋がっているとは思えない。
実は鬣は橋の下で拾われたとか?
あり得る。あり得るが血の繋がって無い鬣が陽芽と一つ屋根の下に住んでいるかと思うと少し複雑だ。仕方ないので実の兄妹で許してやろう。
「あ、あの、御木さんは好きな食べ物とかありますか?」
「いや、俺は基本何でも食べるかな。あー。でも最近ハンバーグとサンマが好きになりつつあるかも」
「ハンバーグとサンマですか。美味しいですよね」
陽芽が口の中でハンバーグとサンマ、ハンバーグとサンマ、と繰り返す。
そんなたわいの無いやり取りを何度かしていると、タイムリミットである下足箱にはすぐ辿り着いた。
少しだけ残念な気分になる。
「あ、あの、今日はありがとうございました。すごく楽しかったです!」
「い、いや、むしろ俺のほうこそごめんな。何か待たしちゃったみたいで」
「と、とんでもないです! え、えと、私が勝手にやったことですし、御木さんがご心痛なさることは何も!」
ご心痛て。
まあ、これ以上言ってもお互いに恐縮し合うだけだろう。昨日今日で少しだけ陽芽との付き合い方を学んだ。
……付き合うと言っても深い意味は無い。勿論深すぎる意味など皆無だ。
「あ、あああああの!」
意を決したように陽芽が叫ぶ。
「で、できればでいいんですけど、その、か、帰りも一緒に帰ってくれましぇぬか!」
顔を真っ赤にして震えている。
目を閉じているからキス待ちの体勢にも見えて軽くむらっときてしまう。
いや、何もしないけどな! したいけど後が怖いから!
「お、おう、いいぞ」
「本当ですか!?」
「ああ、ただ校門前は目立つからここで待ち合わせでもいいか?」
そう言って昇降口を指定する。
ここでも人の目にはつくが、それでも校門前よりはマシだろう。
一緒に帰ることに問題は無いかどうか考えるが、まあそれぐらいはいいんじゃないだろうか。我ながら色々なことに目を瞑っているような気はするが、仕方ないだろう。こんな頼まれ方をしてダメだと言えるような男は余程誘われ慣れているようなイケメンだけだ。
少なくともドロ子を除けば女の子と手も繋いだことのない俺には、抗う術など有るはずも無い。
「じゃ、じゃあ放課後お待ちしてます!」
再度直角にお辞儀される。
苦笑しながら手を振ると、彼女は恥ずかしそうに手を振り返し、あたふたと去って行った。
実に微笑ましい。
と、
「見ーちゃった」
背後からかかった声に俺は戦慄した。
振り返る。
聞き覚えのある声だった。ただ、同時にまさかという思いがわき上がる。
「ごめんね、ちょっと気になって立ち聞きしちゃった。初々しいというか、なんか可愛い子だね」
予想通りというべきだろうか。
すぐ側で、お供も連れていない学園のアイドルが笑っていた。
〇
「お久しぶりっていうのも変な話か。同じクラスだもんね」
「あ、ああ」
学園のアイドル、
まるで親しい友達にでも話しかけるような口調。
優しげに。嬉しげに。
「もっと普段から話せれば良いのにね。あ、でも、私も御木くんもお互い親友がいるから中々話しかけにくかったりするのかな? でもせっかくクラスメイトなんだから、これからは積極的にお話したいよね」
その姿は愛くるしく、誰からも好かれるであろう彼女の特徴が十二分に出ている。
だというのに。
何故だろう。どこか空々しさを覚える。
というか取り巻きのいるアイドルはともかく、俺には親友と呼べる人物の心当たりが無いわけだが。
まさか鬣だろうか。他人の目からは俺達はそんな風に見えているのか。
「……どうしたんだ急に」
「え、何が?」
「……今まで俺に話しかけてきたことなんて無かっただろ?」
正直驚いた。だがそれ以上に不信感が強い。
彼女は何故今更になってこんなことを言い出すのだろう。この一年。彼女の方は俺のことなど気にも止めていないと思っていた。
いや、事実そうだろう。だというのに、今日になって急に親しくしようなどと言い出されては、俺でなくとも混乱する。
どちらかと言えば、俺のほうは彼女を避けていただけに尚更だ。
「やだなー、今までは機会がなかっただけだよ」
私はずっと御木くんとお話したいと思ってたよ、と無邪気に笑う。
俺の考えすぎだろうか。俺はまだ一年前のことを引きずっていて、それで彼女の言葉を素直に聞けないだけなのか。
「それよりさっきの子だけど」
不意に、声の温度が下がった気がした。
「御木くんの彼女? 隅に置けないなー。一緒に帰る約束なんかしちゃったりして。一年の子みたいだけど、あの初々しさはまだ付き合いたてか何かなのかな?」
「い、いや、別に付き合ってるわけじゃあ」
「そうなの? そんな風には見えなかったけど。でもそれなら良かった。ちょっと心配しちゃったよ」
良かった? 心配?
こいつは何を言っているんだろうか。
わからない。まるで意図が読めない。
とりあえず今すぐにでもここから逃げ出したい。
「じゃあ、奏江。用が無いなら俺はこれで……」
「用ならあるよ」
さり気なく退路を塞がれる。わずかに足を動かしただけの動作だが、たったそれだけのことで、俺は再び奏江の正面へと向き直る羽目になった。
「といっても、今はホームルームまでそんなに時間が無いから、そうだね。放課後……は彼女さんとの約束があるか。じゃあ昼休みかな。今日の昼休みに二棟の化学実験室で待っててくれる?」
「あ、ああ」
思わず頷いてしまう。
暗に承諾するまで通さないと言われたような気がして、断る選択肢が浮かばなかった。
これはやはり俺の苦手意識の問題なのだろうか。本当なら今更話すことなど何も無いのだが、状況的にも突っぱねられない雰囲気を感じてしまう。
ノーと言えない自分が恨めしい。
「良かった。じゃあ昼休み待ってるね」
嬉しそうに手を打ち鳴らして、学園のアイドルが去って行く。
俺はというと、しばらくその場に立ち尽くすのだった。
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