side 雪
それはただの偶然だった。
帰り際、たまたま担任に捕まり雑用を押しつけられた。
教材を実験室に持って行くだけという誰にでも出来る簡単な任務は、何の感慨も無くただあっさりと終わるはずだったのだが。
二階廊下部分から見える裏庭に、見知った顔があった。
弁解をさせて貰うならば盗み聞きをするつもりなどは無かった。ただ、女の子のほうが大声で発した言葉は嫌が応もなく耳に入ってきたのだ。
『好きです!』
「ふうん」
うっすらと渇いた唇を舐める。
眼下では何やら一応の決着をみたようで握手を交わす二人。
告白を受けていた男子のことはよく知っていた。
一年前、照れたように自分の前に立っていた人。そして、絶望したように逃げて行った人。
「幸せになるの?」
おそらく年下だろう女の子から告白を受けて満更でもない顔をしていた。
私にとってはよくある光景の一つで、特に気にすることでもない。
ただ、少し残念に思うだけのこと。
それだけのことだ。
「気に入らない」
自然漏れた声色は、自分でも驚くぐらい冷たかった。
「雪ー」
「まだー?」
呼ばれることで、ようやく友人二人を待たせていたことを思い出す。
「ごめん、もうちょっと待ってー」
「もう、我らのアイドル雪に雑用押しつけるなんて、何考えてるんだろうねあのクソ教師」
「ほんと、これで雪の玉の肌に傷がついたら国家の損失どころの騒ぎじゃないってのにねー」
「やだー、もう二人とも。言い過ぎだってそんなのー」
再度視線を下に向けると、変わらず仲よさそうに話す男女の姿。
「ん?」
ふと、彼らの傍の茂みが動いたような気がした。
気のせいだろうか。
「雪ー」
「はいはーい、ちょっと待ってー」
何にせよ、一言いっておく必要がありそうだ。
ちょっと可愛い子に告白された程度でだらしなく相好を崩す彼に、女の子はとても繊細なものなのだってことを。
「御木くん……」
呟いた言葉は、しかし誰の耳にも入ることなく溶けて消えた。
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