第5話 告白と妹と
『放課後、裏庭の飼育小屋近くまで来てください』
手紙には可愛らしい字でそれだけが書いてあった。
これはまさか本当に?
思わず挙動不審になってしまう。まだ悪戯や果たし状という可能性は残っているものの、俺にとって行かないという選択肢は選べそうになかった。
自慢では無いが俺はもてない。不細工だとは思わないが格別イケメンでもないし、友達は少なく自分に自信はない。
でも、だからこそ、万が一こんな俺に好意を持ってくれた女の子がいるなら、間違ってもその気持ちを踏みにじるようなことは出来ない。
「そう、俺が笑われて済むなら些細なことよ。今大事なのはこの娘の気持ちなんだ!」
精一杯、前言い訳を口にしながら俺は指定された場所へと向かう。
一歩一歩が長い。待ち受けているのは果たして天国か地獄か。
校舎の角を曲がり、飼育小屋が見えた。そして。
「あっ」
こちらに気付いた女の子と目が合う。
可愛い子だった。長い黒髪に整った顔立ち。身長が低めな上に俯きがちなせいでことさら小柄に見える。イメージとしてはウサギかハムスター辺りだろうか。どちらにせよ清楚、無害といった印象の少女だった。
何となく期待してしまうのは俺が俗物だからだろうか。
「あ、あの、御木御琴さんですか!」
「あ、ああ、そうだけど」
何故か名前を尋ねられた。
というか呼び出されて来たはずなのに、この娘は俺の顔を知らないのだろうか。
「ですよね! ええと、そ、そうじゃなくて、わ、私緊張して!」
あわあわと手振り身振りが激しい。
「と、とりあえず落ち着いて」
「は、はい! 落ち着きましゅる!」
「ましゅる?」
「あわわわ、ましゅるじゃなくてましゅ、ましゅるですった!」
ダメだこりゃ。とてもじゃないけど会話が成り立たない。こういう時はどうすればいいんだろうか。
まず言葉は無意味だろう。余計混乱させるだけのように思える。だとするならば。
俺は自分を人差し指で示すと、
「ふーっ、はーっ」
大きく深呼吸をした。
意図を察したのか、少女も後に続く。
「ふー」
二人で息を吐いて吸ってを繰り返す。
「はー」
次第に少女が落ち着きを取り戻していく。何度深呼吸を繰り返しただろうか。俺は頃合いを見計らって呼吸を元に戻した。
「ええと、それで大丈夫?」
「はい……すいません……」
何とか動揺は収まったものの、今度は落ち込み始めた。なかなか難儀な娘さんだ。
「この手紙くれたのは君?」
話を進めようとラブレターらしきものを取り出す。
「は、はい、そうです。お粗末なものをお出ししてしまい……」
「い、いやいや、そんなことは無いんだけど」
「好きです!」
「えええええっ!?」
何そのタイミング!?
流石に俺も動揺してしまう。どうもこの娘は暴走しがちな傾向があるらしい。
というか今なんて言った? 好き? 好きって言わなかっただろうか?
いや、しかし、まさかとは思っていたが、本当に?
努めて考えないようにしていた可能性が急浮上し、心を揺らす。
念のために振り返ってみる。実は俺以外の第三者が真後ろに立っていたなどということは当然無く、飼育小屋でニワトリが『コケッコッコッ』と餌を突いているだけだった。
「あ、あの、そのですね」
「……俺?」
自分を指さす。女の子の顔が真っ赤に染まる。
「わ、私、今告白しました?」
「した、ような気がするな」
「そ、そうですか、気がしますか」
「ははは」
「あははは」
ってなんだこれは!
生まれて初めての告白に舞い上がっているのか、俺までおかしくなってしまっている。
ちょっと待て。ブレイク。冷静になろう。
「あー……ユー、ライク、ミー?」
「い、いえす、ア……アイ……アイ、ラブ、ユーです」
さり気なくライクをラブに訂正された。
ダメだ。まるで冷静になれていない。
心は浮き足立つばかりだ。目の前の女の子の緊張がこちらにまで伝わってきていたたまれない。
俺は頭を振ることで無理矢理平静を取り戻す。
「とにかく、これはラブレターってことでいいのか?」
「は、はい! 構いません!」
「宛先は俺で間違いないな?」
「はい! 正しいことです!」
なんだか変なノリになってきたが、いちいち気にしていたら話が前に進まない。
「……」
「あ、あの……それでその……」
さてどうしよう。
そこまではわかった。とはいえ、だからどうすればいいのかというのがまるでわからない。
とりあえず付き合う? それとも断ればいいのか?
確かに可愛い子だとは思うが、俺からすれば今日初めて会った娘だ。経験不足と相まってどういう対応を取ればいいのかまるでわからない。
そもそも、もし付き合うとしたらどうなるんだ?
こんな可愛いこといちゃいちゃして挙げ句の果てに結婚して子供は三人、白い屋根の家で中型犬を飼って暮らすのか?
いや、だからどうしてこう、俺は混乱すると思考が変な方向に飛ぶんだ。
「あーと、君と俺はその、なんだ。まだ出会って間もないわけでだな」
しどろもどろに言い募る。自分でも何を言おうとしているか理解できないまま言葉を続けようとして。
「と、友達!」
大きな声に遮られた。
「その、友達から始めて貰えればと思います!」
「お、おお?」
「あの、私は御木さんのことずっと知ってましたけど、御木さんは私のことなんて知らないと思うんです! で、ですから、まずはそれを知ってもらえたら……と……」
最後のほうはかすれ声だった。
少女は、まるでとんでもないことを言ってしまったというように顔を俯かせて震えている。ぐすっと鼻をすする音がすることから、泣いてしまっているのかも知れない。
突然の大声にあっけに取られていた俺は、我に返ると同時、なんだか笑えてきてしまった。
「そうだな、じゃあ友達になろう」
自分でもどうかと思うぐらい笑いながら右手を差し出す。
「は、はい……はい! よろしくお願いします!」
俺の馬鹿笑いに気を悪くする素振りも無く、ただただ嬉しそうに俺の手を握る。初対面だというのに、なんだか憎めない少女だった。
ふと、大事なことに気付く。
「あ、そういえば友達になるってことなのに、俺、君の名前知らないわ」
「そ、そうでした! す、すいません私」
再度ぺこぺこと頭を下げる彼女。
微笑ましい気分はしかし、彼女の次の一言で見事に崩壊した。
「私、一年の
「…………」
びしりと、空間に亀裂が入る音を俺だけが確かに聞いた。
「たて……なんだって?」
気のせいでなければ、そも名字は筋骨隆々の一人の男を思い起こさせるわけで。
「あ、はい。鬣陽芽です。御木さんのことは、その、兄からよく聞いています」
一縷の望みだった単なる同姓の可能性があっさりと潰えた。
妹いたのかよ……。
人気の無い校舎裏に、俺のぼやきが空しく響いた。
〇
夕暮れの街並みを俺は全力疾走していた。
理由は勿論ドロ子のことだ。
すぐに帰ると約束したのに、告白騒動ですっかり遅くなってしまった。空は赤みを帯び始め、カラスが遅れを辛辣に告げる。
「ドロ子おおおおお!」
歩いて三十分以上の道のりを十五分程度で走破し、転がり込むように家に飛び込んだ。
果たして、ドロ子は玄関すぐの廊下に座り込んで待っていた。
俺を見るや否や、瞳を輝かせて飛び込んでくる。
「お兄ちゃん!」
「ドロ子!」
熱い抱擁。
運命に引き裂かれた俺達の感動の再会だった。
「遅くなってごめんなドロ子、寂しかったか?」
「うん、寂しかった」
「くっ、ごめんなドロ子、お兄ちゃんちょっと忙しかったもんだから」
どことなく後ろめたい気持ちを誤魔化すようにドロ子を抱え上げる。
いや、結局のところ鬣陽芽とは何も無かったのだからその点では俺は潔白なのだ。
だが、仕方なかったとはいえドロ子を放置して他の女に会いに行ったことには変わらない。
あの後、鬣の妹こと陽芽とは結局友達になることで合意。一緒に帰りませんかと誘われたものの、用事があるからと断って急いで帰ってきたのだった。
『よ、用事があるんじゃ仕方ないですよね』
といって肩を落とす彼女の顔が思い出される。
しかし、何度思い返してみても信じられない。あんな可愛い子に告白されるなんてことが俺の人生であり得るなんて、つい先日までは思ってもみなかった。
鬣の妹であるというのが若干気になるところだが、それを差し引いても嬉しいものは嬉しい。
いきなりのことで戸惑ってばかりだったが、時間が経って余裕がでてくると顔がにやけるのを止められない。
「……」
「はっ!?」
気付けば、ドロ子にじっと見つめられていた。
慌てて表情を引き締める。
「お兄ちゃん」
「な、ななななんだいマイハニー?」
いかん動揺している。何だマイハニーって。
「お兄ちゃん、ドロ子のこと好き?」
「あ、ああ、勿論大好きだぞ!」
何を当たり前のことをとばかりに高い高いしてやる。
本当にドロ子は軽い。時々アンドロイドであることを忘れてしまいそうになる。
「一番?」
「ああ、当然一番だ!」
力強く頷いてやると、満面の笑みを浮かべてくれた。何だか俺まで嬉しくなり、そのまま回転を始める。
わきゃーと騒ぐドロ子。
時折、シャツの隙間から白い肌が覗いて、
「うおお、いかんいかん!」
慌ててドロ子を床に下ろした。
「お兄ちゃん?」
「い、いや、何でも無い。それよりドロ子、一度服を買いにいかないとな」
「服!」
ドロ子が目を輝かせる。アンドロイドとはいえやはり女の子。可愛い服には興味津々のご様子だ。
実のところ学校帰りにでも服屋に寄ってみようかと考えてはいたのだが、告白の件もあったし、何より自分が着る服は自分で選びたいのではないかと考え止めておいたのだ。
「とはいえ、服を買いにいく服が無いな」
「ん?」
流石に、今着ているようなシャツ一枚で街中を歩かせるわけにはいかない。
俺が変質者扱いされかねないこともあるが、何より兄としてドロ子のあられもない姿を他人に見せるわけにはいかないのだ。
「確か、俺の昔の服が押し入れにあったはず」
男物の上にサイズも合ってないかも知れないが、まあ一時しのぎにはなるだろう。
俺のお下がりと聞いて更に目を輝かせるドロ子。お兄ちゃんの服くさいとか言われることを考えれば、本当に出来た妹だ。
まあアンドロイドなんだけども。
「お兄ちゃんの服」
「そうだ、お兄ちゃんの服だ」
「お兄ちゃんの服着てお買い物に行く! ドロ子の服買いに行く!」
「そうだな、一緒に行こうな」
ドロ子は鼻息荒く興奮しまくっていた。思わず頬が緩んでしまう。
ふと、ドロ子の髪の毛に緑色の何かが絡まっていることに気付いた。
「ドロ子、なんかついてるぞ」
優しく取ってやる。
それはどこにでもあるような一枚の葉っぱだった。
「どっから出てきたんだこんなもん」
風に吹かれて窓から入ってきたのだろうか。まあどのみちゴミには違いないので捨てておく。
「さて、じゃあ準備が済んだら洋服とハンバーグの材料を買いに行こうか」
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