第2話 ドロ子起動
「おおおおおおお……」
動いた。またも感動だ。すごい。
人類の技術はここまできていたかと震えが止まらない。
『ヤンデレ型、タイプMRーⅡ型を起動します。五、四、三……』
またも軽い電子音が響き渡る。
どうやら、頭部のどこかから聞こえてくるらしい。
もしかすると重要な基盤がそこにあるという証かも知れない。
『起動完了しました。なお、初回起動に伴い、今より初期設定を開始します。こちらは一度決めると変更が出来ませんのでご注意ください。よろしいですか?』
「ん……あ、ああ、はいはい、はい!」
最初はこちらに尋ねていると気付かなかったが、返事をしてみると思いの外あっさりと俺の声は認識されたようだ。
『了解いたしました。なお、現在の声紋を本製品の所有者として登録します。よろしいですか?』
「は、はいはいはい!」
当たり前の話だが、個人を特定する機能もちゃんとついているらしい。
本当にすごいな科学。どうしたんだ科学。褒めてやるぞ科学。
『それでは、貴方の氏名をフルネームで教えてください』
「氏名ね。
『御木御琴様ですね。了解しました。では次に、本製品のタイプをお選びください』
「……タイプ?」
ヤンデレ型じゃないのか?
そう思い説明書を見ると『以下、わからないことはアンドロイドにきくこと』と投げやり気味な答えが書いてあった。
『タイプとは』
尋ねるまでも無く、俺の反応を疑問と受け取ったのか、機械音声が説明を始めた。
『ヤンデレとは別に、日常生活を構成する上での本製品の立ち位置のことです。簡単に言えば、貴方と本製品の関係となります。妹、姉、従姉妹、母親、祖母、主、メイド、侍、ロボ、吸血鬼、殺人鬼、ゾウリムシなど、本製品は様々なニーズに対応しており、お客様の欲求を余すこと無く満たすと信じております』
なるほど、しかし、殺人鬼にゾウリムシって……。無駄にどうなるか試してみたいオプションがついてるんだな。
とはいえ、本来であれば一体数億もする貴重なアンドロイド。先ほど言われた通り変更出来ないとすれば、ここで妙な冒険はすべきではない。
「えーと、じゃあ妹で」
無難すぎる気もしたが、俺は一人っ子だから、かねてより妹が欲しかったのだ。姉じゃないのは、年上の従姉妹がいた影響かも知れない。
『妹、でよろしいですね』
「はい」
『了解しました。次いで、性格についてお選びください』
「性格?」
例えばどんなのがあるのだろう。そうした俺の疑問を察したのか、音声はすらすらと例を述べ始める。本当に出来たナビゲートだ。
『性格では、妹、のキャラ付けを行います。例えば、無邪気、お嬢様、ツンデレ、優等生、従順、小悪魔、悪徳商人、暴君、ハムスターからティラノサウルスまで、本製品はお客様のあらゆるニーズに……』
悪徳商人が気になるが、先ほどと同じ理由で巫山戯たものは選べない。
ここは素直に……。
「じゃあ無邪気で」
『無邪気、ですね』
「はい」
『了解しました。次に、妹、につく形容詞ですが』
更に、いくつかの質問に答えていく。
「じゃあ、形容詞はお兄ちゃん大好きな、で」
『それはヤンデレとして当然なのでデフォルトでついていますが、よろしいですか?』
「あ、そうなのか、じゃあちょっと待って」
『では、好きなものは?』
「当然、お兄ちゃんだろ」
『それはヤンデレとして当然なのでデフォルトでついていますが、よろしいですか?』
「いや、変えるからちょっと待った」
『嫌いなものは?』
「お兄ちゃんを苦しめる全てのもので」
『了解しました』
「あ、それは一発で通るのか」
およそ十項目はあっただろうか。およそ大部分は性格決めに関わるものだったようで、無難に当たり障りの無いように選んでいく。
『お疲れ様でした。次で最後の選択になります』
「ふー、ようやくか……」
緊張に凝っていた肩を揉んでほぐす。
おそらく、これで理想に近い妹が誕生するはずなのだが、いかんせん初めてのことなので若干の不安は残る。
うまくいってくれることを祈りつつ、最後の問いに耳を傾ける。
『本製品の名前を決めてください』
なるほど、名前、名前か。
そういえば、アンドロイドが手に入ることへの疑惑と興奮ばかりで、肝心の名前を決めていなかった。とはいえ、俺にはネーミングセンスなどという素敵なものは備わっていない。
さてどうしたものかと首を捻り。
「アンドロイドだから……ドロ子とかでいいか?」
あくまで例として上げただけのつもりだったのだが。
『了解しました。ドロ子、でよろしいですね?』
認識されてしまった。まあ、考え直したところでこれ以上いい名前が出るとも思えないし、いっそ決めてしまうか。
意外とこういうのは最初のフィーリングが大事だったりするだろうし。
「おーけー。それでいってくれ」
『ドロ子、で登録しました。お疲れ様でした。以上で初期設定は終了になります。なお、これまでの答えから、ドロ子のヤンデレタイプはBとなります。それでは、いよいよお客様専用のアンドロイドを生誕させます』
「お、おう」
えらく大仰な言い方だった。生誕ときたか。
まあ演出の一環なのだろうが、こう言われると心にくるものがあるな。
質疑応答で少し落ち着いていた心臓がまた自己主張を始める。
『それでは……ドロ子……ドロ子……起きなさい。朝よ……貴方は新しい一個の命として、こちらのお方の家族、妹となるの……』
機械音声がえらく芝居がかった声で起動を促す。
……何この無駄な小芝居。ユーモアのつもりか何か知らないがこんな設定いらないんですけど。
「むにゃ……誰……?」
ドロ子の口から、今までの機械音声とは違った透き通るような声が漏れる。
おっ、と思う間もなく、その大きな瞳はぱっちりと見開かれ、俺を真っ直ぐに見つめていた。
ぐるぐるした、渦巻きみたいな瞳だった。愛嬌のある顔立ちは、目の下のクマなどではまるでマイナス要素になっていない。寝癖がくるくるとカールを巻き、あどけない表情を小首を傾げながらこちらに向けている。
「お兄ちゃん……?」
起動したのだ。俺の妹、ドロ子が。
……今更ながらドロ子って名前は流石にちょっとダサかっただろうか。
まあ本当に今更なので諦めることにする。もうどうしようもないことだ。
「俺が……」
そんなことより、俺の体を今大きな感動が包んでいた。動いている。喋っている。その瞳が俺を捉えている。俺だけのアンドロイド、ヤンデレ型タイプMRーⅡ、ドロ子がっ!
「俺がお兄ちゃんだ!」
「お兄ちゃん!」
ドロ子が飛びついてくる。
一瞬、機械に全力タックルされて大丈夫なのかと若干の不安が脳裏を過ぎるが、まさか避けるわけにもいかず、俺はドロ子を正面から受け止める。
結果として、俺の考えは全くの杞憂だった。
柔らかかった。温かかった。何より、ドロ子はその外観にふさわしく羽のように軽かった。
「科学ってすげえ!」
「お兄ちゃん、お兄ちゃんだー。えへー」
裸のまま、俺の胸元に頭を押しつけ、ご満悦に微笑むドロ子。
だらしなく顔を緩める様は、本当に俺のことが大好きで仕方が無いと言った様子で、その無防備な信頼が心地よくて思わずこちらの頬まで緩んでしまう。
「えへへ」
「ぐへへ」
笑い合う俺とドロ子。
とりあえず、服を着せないとな……。
すっかり上機嫌になった俺は、一つ大事なことを聞き流していた。
ヤンデレタイプはB。
後でわかることだが、薄いほうの説明書にもしっかりヤンデレタイプのことが記されてあったのだ。
『ヤンデレタイプは、ヤンデレ型のしっとしんが向かうさき。うらぎられたときの、ターゲットといってもいい。Aはあなたじしん。Bはあなたのおあいて。Cはそのどちらも、Dがアンドロイドじしん、だよ。それではよい、アンドロイドライフを』
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