第1話 100円アンドロイド
感動だ。
自分の背丈ほどもある梱包材を見ながら、俺は一人体を震わせた。
先ほど宅配業者が汗水流しながら運んできたそれは、待ちに待った俺専用のアンドロイドだった。
商品名は『ヤンデレ型アンドロイド、タイプMRーⅡ型』。
この日をどれほど待ち望んだことか。
わくわくする。
心を高鳴らせながら目の前の巨大な箱を開いていく。
アンドロイド。
数年ほど前にとある会社から突如として発表され、既に一部金持ちの間でのみ取引がされている高額商品だ。一体数億という値段のため、そうそうお目にかかれるものではないが、その完成度の高さ、人間と変わらぬ挙動から世間の注目を集めている。
『理想の一体を貴方に』をキャッチフレーズとするアンドカンパニーは、完全オーダーメイドであらゆる要望に応えて製品を送り出すという。
手が届かないまでも、興味はある。金は無いが欲しい、という一般人はそれこそ山のように存在する。
俺もその一人だ。
いや、その一人だったと言ったほうが正しいか。
「ふんふーんふーん」
上機嫌に鼻歌まで漏らしながら丁寧に緩衝材を除けていく。
「おおっ!」
中から出て来たのは、紛れもなく写真でみた一体のアンドロイドだった。
薄っすらと黒ずむ目の下のクマ。寝癖のついた腰まで届く金の髪。小さめの体躯は今は何一つ身につけず、透き通る裸身を晒している。
綺麗だった。
美少女という形容がしっくりくる顔立ちは、このままオブジェとして飾ったところで何らおかしくなく、どちらかと言えば幼さを前面に残す容姿がいっそ無垢な神々しさを感じさせた。
「お、オプションで眼帯と包帯がついてるのか」
流石ヤンデレ型。
まあこれをつけるかどうかは後で決めるとして、まずはセットアップをしてしまおう。
はやる心が抑えられない。先日、ネットで彼女を初めて見た時のようだ。
当然というかなんというか。アンドロイドを買う金など一介の学生に過ぎない俺は持っていない。とはいえ、元々漫画やアニメなどが大好きだった俺は、アンドロイドの登場とともにあっさりと心奪われた。
いつかは絶対に手に入れたいと思っていたのだ。
そんな矢先、信じられないことに、あるローカルのネットオークションに、一円でアンドロイドが登録されているのを見つけたのだ。
それがこのヤンデレ型アンドロイドMRーⅡ型だ。
目を疑った。あり得ないと思った。
とはいえ千載一遇のチャンスには違いない。登録されたばかりのその商品は、まだ誰にも見つかっていないのか、入札件数はゼロのまま。
即決価格……まさかの百円。
「まじかよ……」
うさんくさいことこの上無かった。
さしもの俺も、数秒悩んでしまったほどだ。
しかし、こうしている瞬間にでも万が一誰かに先を越されでもしたら?
この未曾有の大チャンスを逃せば、俺は一生後悔し続けるかも知れない。
ヤンデレ型、という見たことも聞いたことも無い商品なのが気になったが、添付されている写真は問題なく可愛いし、注意書きを見る限り浮気さえしなければ問題ないタイプのようだ。
俺は覚悟を決めた。
結果、およそ三日の時を経て届いたのがこれというわけだ。
「へっへーい、うひょっほー、やっはー!」
既に自分でもわけのわからないテンションではしゃぐ。
何はともあれ手に入れた。ドロイカンパニーという、アンドカンパニーのぱちもんのような社名にヤンデレ型と気になることは枚挙に暇が無いが、この外観だけでも百円の価値はあったと確信する。
「えっとー、説明書はどこですかっと」
アンドロイドの体を持ち上げ、底のほうを漁ると、電話帳ほどもあろうかという巨大な説明書が姿を現した。
「分厚いなおい!」
流石にこれを全部読む気力は沸かない。
さてどうしようか、要点だけでも読んでしまおうかと考えていると、次いで、箱から数枚の薄い紙が出て来た。
「なになに、説明書を読むのがめんどうな貴方に、か」
随分と親切だ。ぱちもんなどと疑ったのが申し訳なくなってくる。そこには、よくあるワープロ文字で、短い文が添えられていた。
『この度は本社の製品をお買い上げありがとうございます。本製品はヤンデレ型アンドロイド、タイプMR―Ⅱ試作型になります。巷に数ある商品の中から本製品をお選びになった貴方様には既にご承知のことかと思われますが、本製品は下手をすれば人命に関わる場合があることをあらかじめご了承ください。以下に簡単ながら注意事項を明記しておきます。
本製品を愛してあげてください。
他人を愛さないでください。
捨てないでください。
壊さないでください。
見捨てないでください。
愛してください。
愛してください。
愛し続けてください。
アンドロイドとはいっても、本社製品に至ってはその高い技術力によりほぼ人と変わらぬ人格を形成するに至ったと自負しております。どうかくれぐれも電源を落とそうなどとは思わず、末永く彼女だけを見続けてください。
簡素ながら前書きを終わらせていただきます。
有限会社 ドロイカンパニー 代表 暁悟(あかつきさとる)』
ぱっと見た感じ、ただの前書きのようだ。
……多少偏執めいたものは感じるが、まあ会社側からすれば自分のところの製品を愛用してほしいものなのだろう。つまりは愛し続ければいいということだろうか。
まあ、特に問題は無いだろう。
俺に特定の恋人はいないし、好きな人は……まあ、既に過去のことだ。
正直、ヤンデレという要素はマイナスかと思いもしたが、よく考えればそれだけ強くこちらのことを想うということだ。ならば俺が浮気しなければ済む話だし、元々が格安で手に入れたアンドロイドなのだ。贅沢は言うまい。
まあそんなことはどうでもいい。二枚目からは、いよいよ起動方法と何かあった時のサポートなどが書かれていた。
「おおう……ほんと、まじで、ドキドキしてきやがった……」
こんなに楽しみなのはいつ以来だろうか。小学校の頃、親にゲームソフトを買って貰って以来じゃないのか。
『さいしょにすること』
前書きから比べるとやけに幼く感じるその文体に目を通す。老人にもわかるように親切設計なのかも知れない。
『おへそにゆびをつっこむ』
「へそ?」
どうやら、そこがスイッチになっているらしい。
とりあえず簡単に触ってみる。
どう見ても普通のへそだ。ボタンらしきものも無いし、小さすぎて逆に指を入れるのに抵抗がある。
「どの程度入れればいいんだ?」
というか入るのかこれ?
そんなの俺の不安を先読みしていたのか、紙には補足が書いてあった。
『しんぱいせず、ぐぐっとつっこむ』
……いいのか?
せっかく手に入れたアンドロイドをこんなことで壊すなんて馬鹿らしくて心配だが、説明書がやれというなら仕方ない。
俺は慎重になるべくしっかりと白い体に向き直った。
「う……」
なんとなく照れる。
触った感じは熱こそ持ってないものの、なんともすべすべしていて柔らかい。
「……」
なんとなくへその横を指でつまんでみる。
ぷにっとした餅のような感触が伝わってきた。
「って、違うだろ俺! 何してんだ不純!」
あやうく持ち上がりかけたやましい心を振り払い、まずはセットアップに集中する。
しかし、柔らかかったな……。
まるで本当の女の子のようだ。アンドロイドの技術は百年先に達していると聞いたことがあるが、まさにその通りかも知れない。
もしこんなものがもっと安価で手に入るようになれば、人間同士での恋愛など数えるほどになってしまうのではないか。
一部では、アンドロイドに人権を設けようなどという声が上がっているというが、実物を前にした今となっては頷ける話だ。
目の前にいる機械は、どう見ても眠っている女の子でしかないのだから。しかも生粋の美少女だ。こんなものが自分好みの性格で動き出したらと考えると、のめりこむ人間がいるのも無理は無い。
「へそに……ぐぐっとだな……」
どうでもいいけど、この妙な背徳感は何とかならないものか。
何でここを起点にしたんだ開発者は。
覚悟を決めて指を押し込む。最初こそ軽い抵抗はあったものの、力を込めると割とあっさりと指は穴の中に入り込んだ。
『ピー』
「うおっ!」
起動音らしきものがどこかから聞こえる。それと同時に、ヤンデレ型の上半身がむくりと起き上がった。
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