病気の彼女は儚い

夕日ゆうや

始まるための終わり。

 あれからどれくらい経っただろう。

 私は外の葉桜を見やる。もうそろそろ紅葉も終えて散り始めている。

 あとどれくらい生きられるだろうか。

 彼が来たら、私はちゃんと伝えられるだろうか。

 ベッドの上から見える景色はあの葉桜くらい。

 寂しいけど、これで終わりじゃない。

 そう信じたい。

 転生という言葉を聞いたことがある。

 あれは人の弱さを変えるためにあるのだと思う。

 来世で出会えるのであれば死も怖くない。

 生きている人のためにある言葉なのだ。

 葉っぱが風に吹かれて落ちる。

 あと二枚の葉を残すところ。

 今日は彼がくるのが遅い気がした。

 私はあとどのくらい持つのだろう。

 お医者さんは何も言ってはくれない。

 息がしづらい。

 人工呼吸器で酸素を送り続けている。

 身体ももうあまり動かない。

 家族は病名を知っているけど、教えてはくれない。

 びびりな私には教えられないのだろう。

 そこから推察することは容易だった。

 きっと私の命は長くない。

 近い未来、私は死ぬんだ。

 分かっているから彼には伝えなくちゃいけない。

 そんな彼がやってくる。

「大丈夫か?」

 少し渋い顔をしている。

 まあ、こんな元気のない私を見てショックをうけたのだろう。

 仕事人間だった彼が早退してまで来てくれたのだ。

 その気持ちはとても嬉しい。

 でもだからこそ――。

「私たち、別れよう?」

「何を言っているんだ。早く良くなって水族館に行くんだろ?」

「無理だよ」

 涙が溢れてくる。

「ごめん。分かっているんだ。これ以上良くなることはないって」

「言うな! 俺はお前が良くなってくれないと困るんだよ」

 なぜ、とは聞き返せない。

 分かっていた。

 彼が一途なのも。

 これが最後になることも。

 葉がまた一枚散る。

「俺はお前と一緒にいたい。だから結婚しよう?」

「そんなの、無理だよぉ」

 涙が溢れてくる。

 私はもう無理だよ。

 彼の優しさが痛いほど伝わってくる。

「私、死んじゃうんだよ?」

「……だからこそだ。結婚したい」

「……」

「俺に幸せな時間をくれ」

「……うん」

 生きている人にこそ、意味があるのかもしれない。

 だから私は頷いた。

「良かった。じゃあ、来週の大安の日がいいと思うんだが」

 来週か。

 長生きしなくちゃいけないね。

「おい。しっかりしろ! おい!!」

 ピーッと電子音が遠くに聞こえる。


 最後の一枚の葉が風に吹かれて落ちる。

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病気の彼女は儚い 夕日ゆうや @PT03wing

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