第20話 今夜もシーツを濡らして
――風呂上り。
濡れた
今日はあまりにも良い事尽くしだった為、また翡翠くんから電話でもきているのかと期待して手に取る。
しかし、着信相手の名前を見て……私は真顔になった。
〈FROM――網井ミリー〉
アイドルグループ『ハニーリング』のセンタであり、リーダー。
日本人とフィンランド人の両親を持つハーフで、私の髪色と似た……サファイアを溶かしたような銀髪を持つ少女。
『ハニーリング』が世界的人気を獲得したのは、マルチリンガルな彼女が代表して活動を推進させたからと言っても過言ではない。
「もしもし、ミリーですか。こんな時間に一体何の用があるのでしょうか」
私は渋々電話に出た。
本当は……出たくなかった。
彼女はいつも満面の笑顔でファン達の心を照らす絶対的センターアイドルなのだが――。
『何の用……じゃないでしょう! みなもん、わかっているの?』
「声が大きいです。何のことですか?」
『次のライブまで約二週間しかないこと! あと以前にも連絡入れたのに、無視したでしょ』
返って来た口調はきっとファン達も見たこともない、事務的でキリッとしたもの。
そう。網井ミリーは、メンバーの誰よりも真面目な女の子だ。
それも彼女は、私が『ハニーリング』に入るまでクール系アイドルの立ち位置を担っていた努力家なのだから。
「以前は……友達の家にいましたから、そっ閉じしました」
『仕事を優先なさい』
「心配しなくても、すべてわかっていますよ。完璧に熟してみせます。セトリもプロデューサーに任せれば大丈夫だと思いますよ」
この時期のライブは確か、セトリが決まらず、ギリギリのスケジュールで最後にオリジナルソングを用意しようとしていた記憶がある。
しかも仕事を任せた作曲者が「テーマに納得がいかない」と駄々を捏ねてほぼレッスンすらできなかった。
テーマに納得がいかないのも無理はない。
プロデューサーが最終的にゴーサインを出したテーマが「友情」だったから。
何よりメンバーで反対意見が多く出た。
『あのねぇ、みなもんわかってる? 他のメンバーとの関係……みなもんが一切レッスンにでないから、いつも本番前の雰囲気悪いの!』
「でも雰囲気が悪いのは本番前の話であって、本番ではないんでしょう?」
アイドルとして重要なのはステージの上に立つ時だけ。
今時のアイドル……メンバー間の仲が実は悪いなんてよくある話だ。
というか真面目にレッスンへ参加していた前世でもメンバー達は私を目の敵にしてきた。
私があまりにもアイドルとして天才だったからだろう。
「メンバーと距離があるのも理解しています。でも、私にどうこうできる問題ではないのです」
『ハニーリング』のリーダーは網井ミリー。
メンバーのみんなもミリーが大好きで、そんなミリーよりも目立つ私の事を嫌っている。
無理もない。
ミリーのたゆまぬ努力を知っているメンバー達は、誰よりもミリーがセンターで最も輝く立ち位置にいるべきだと信じているのだ。
本当はそんな想いが――ミリーの負担になっているとも気付かずに。
「それにレッスンが大変なのは、ミリーが私の代わりまで担って練習しているからでしょう?」
『えっ……?』
私は知っている。
彼女が本当はクール系アイドルとして自分を売り出したくて、そんな想いから偶にメンバーの合わせとして青色……私の色の衣装を着て練習をしていることに。
前世で……後にミリー本人から聞いた信じられなかった真実だ。
『――何のこと、かな?』
「……無駄口でしたね。とにかく今のままでお願いします。他のメンバーとも上手くやります」
『えっ、ちょっと待っ――』
私は一方的に通話を切った。
ミリーが私にライバル意識を持っていることは知っている。
彼女が私から認められたがっているということも、わかっている。
だから、私がミリーの努力を知っているということだけ伝えた。
満足したら暫く連絡を寄越さないでほしい。
私はズルい女だ。
でも――今はアイドル活動よりも優先すべきものがあるから仕方ない。
「……翡翠くん、翡翠くんっ」
今日は彼のことだけを考えていたい。
そこに雑音はいらない。
気付けばタオルを手放していた。
最早、髪の湿り気すら気にする時間は惜しい。
意識が落ちるまで、何度も何度も何度も繰り返し――妄想をした。
それは翡翠くんと添い遂げる夢。
彼の腕に抱き着いた感触を思い出しながら、いつも優しい彼が積極的になった姿を思い浮かべ、そのままベッドへと横たわる。
絶対にファンには見せられないアイドルらしからぬ顔で、今夜もシーツがぐしょぐしょになるまで濡らしてしまった。
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