第41話 貴方が望むなら、何にでも

 私の作戦は三幕構成。

 ……すべてが、計画通りに進んだ。



 ――第一幕。

 SNSに『ハニーリング』の不仲疑惑を流す。

 これによってグループに混乱を招く最中。

 私とミリーがセンターを争っている、ということをメンバーとプロデューサーに明かした。

 当然、みんなは私がセンターになることを認めなかったけど、スケジュールのピンチもあって、みんな口論する余裕もなかった。


 そこで「私が事態を解決する。できたらセンターを譲ってほしい」という賭けを、ミリーに叩きつけ、彼女が了承した……という流れ。

 事態の解決。

 それはすなわち、作曲者を納得させるテーマを出し、且つ不仲疑惑を晴らすこと。

 代わりに、演出のすべてを私に従うことを約束してもらった。


 ライブまで日にちも少なく、切羽詰まっていたプロデューサーは認めざるを得なかったと思う。

 プロデューサーは非常に見る目のある人だ。

 状況を見れば、私に頼る以外に道はない。

 元々それを狙って、不仲疑惑の音声データを垂れ流したのだ。

 とはいえ、私にも余裕がある訳ではなかった。



 ――第二幕。

 ここが関門だった。

 拗れに拗れまくっていたメンバーとの関係。

 はっきり言って、話し合いでの和解は困難。

 だから私は…………彼女達に頭を下げた。

 彼女達との不仲は、100%私が悪いから。

 そうするのが道理だと思っての行動だった。


 ミリーの助言もあり、彼女達は許してくれた。

 もちろん完全に私を許したわけではないだろうけど……それで充分。

 私は誠心誠意向き合うことを求められ、その通りに行動することとなった。

 すなわち、乞われたレッスンの効率化を教えたのである。


 当然、一週間でどうにかなるものではない。

 それでも、彼女達のライブを成功させたい気持ちは本物だったから、もう一つレッスンを加えた。

 私の引き立て役としての演出によって、体力管理を効率化させること。

 いくつか反発はあったものの、やはりミリーが説得して……なんとか話を聞いてもらえた。



 ――第三幕。

 作曲者の説得は狙い通り簡単だった。

 私主導とする代わりに、テーマの『友情』だけはプロデューサーが譲ってくれなかった。

 けど、そこまで予想し……私は二つの意味を込めた曲を依頼したのである。


 歌詞は、翡翠くんへ今までの気持ちを込めた「告白」の意味を込めたものを、私が考えた。

 加えて、歌詞の根底にあった「隠していた本当の気持ち」を不仲疑惑から連想しやすいよう昇華させ、『友情』のテーマ性を担保させた。


 結果、凝った演出が好きな作曲者を口説き落とすことに成功したのだ。

 曲はなんと、二日で出来上がった。


 残るは単純にレッスンについて……学校を休んでまで、私はメンバーの彼女達を育てた。

 すべて、私の引き立て役になってもらうため。

 しかし、彼女達も最終的にはそれを理解して、受け入れて……ライブを成功させようと皆で同じ方向を向いた。


 そこにはきっと、確かな『友情』が芽生えていたのだと、今では信じている。


 そうして、私達は――本番へ挑んだ。




 ***




 ――すっかり暗くなってしまった空。


 ライブを終えた私はウィッグを脱ぎ、懐かしいカフェへと来た。

 そこは中学生の頃……バリスタの資格を取る為に働かせてもらった店。


 実は、翡翠くんが中学生通っていた学校まで電車で三駅という近さである。

 オーナーにはお世話になっており、今晩も営業時間外であるにも関わらず、私の為に貸し切りにしてくれた。


「お久しぶりですね、翡翠くんっ……驚かせてしまったでしょうか」


 対面する彼――翡翠くんは、私と目が合うや否や、顔を赤くして目を逸らす。

 どうやら大胆な公開告白は、ちゃんと届いてくれたみたいだった。


「南さんは……水萌さんだったなんて、驚かないはずが…………本当に夢かと思った」


 まだ衝撃が残っているのだろう。

 或いは、認めたくないのだろうか。

 だけど、ここはもう私のテリトリー。


「アイドルは夢を見せるお仕事なので、それが出来たなら成功ですね~」


 揶揄うように言ってみせる。

 今は風登水萌としてウィッグも眼鏡もしていないけど、顔と声だけは『南』を貫く。

 ――夢ではなく、ここは現実なのだと。

 そう、言葉にせずとも伝わるように。


「えっと……いつから? いつから、俺のことを好きになってくれたんだ?」


 もう私の気持ちが伝わっているだろうに。

 大胆なことを聞いてくると思った。

 そこから、いつも教室で見せる私に切り替える。


「翡翠くんは憶えていないかもしれませんが、私は昔……本当に昔、誰かに突き飛ばされて転んだ私に翡翠くんが手を差し伸べてくれたんです。

 それから、私はずっと――貴方を慕っていました」


 それは……前世で私を救ってくれた、実際の経験を大幅に抽象化した話。

 嘘と真実が混濁しながらも、私の本心を言葉に乗せたつもりだ。


「本当に……憶えていないんだけど――」

「いいんです。私が憶えていれば、それで。あの日から、私は時々貴方に会いに行って、ラブレターを沢山送りました。

 もちろん、みぃちゃんとの『結婚の約束』なんて知りませんでした。差出人の名前を書かなかったのは……恥ずかしかったからなんですよ」


 もう隠すことなんてない。

 今は、何を言っても許してくれる気がした。

 違う……彼はどんな私でもきっと許してくれる。

 それだけ優しい男の子だから。


「えっ、それって――」

「はい。私が――貴方のストーカーでした。……謝るつもりはないです。翡翠くんは喜んでくれていたみたいでしたし、私も嫌われていなくて嬉しかったんですよ? ですから――」


 息を吸って、もう一度――今度は自分の口からハッキリと伝えたい。


「こんな私で良ければ、お付き合いしてくれませんか?」


 差し出した手。

 この瞬間だけは、かつてないほど手に力が入らなくなって、胸がキュッと引き締まる。

 しかし、その手に……コーヒーと同じ温かさを持つ熱が触れた。


「俺の方こそ、好きです……水萌さん。俺だけのライブまでしてくれて……今まで正体に気付けなかった情けない俺で良ければ、喜んで」


 触れた手はいつの間にか、指が絡まって――気付けば彼の顔が目の前にあった。

 そのまま唇が重なり合い――をしていた。


「あと、これは俺のお願いなんですけど――南さんの方も、続けてくれますか?」


 接吻にまだドキドキが止まらない。

 どんなお願いでも、聞くつもりだったが、そのお願いについては、既に答えを出していた。


「貴方が望むなら、何にでもなりますよ~っ!」


 放課後に彼と話す時間は、私の憩いであり、かけがえのない青春の一ページ。

 カフェ『ルージュ』のバイトは、また違うウィッグを新調して続けるに決まっている。


 ――バレるかもしれない? 心配はご無用です。

 あのライブの姿を見られたところで、誰が疑うだろうか……。

 今までと同じように、きっと想像も付かない。

 だって、そうでしょう?



 カフェで笑顔の可愛いデレ天使の正体が、誰にも微笑まないアイドルなわけ――ないじゃないですか。

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