第40話 一から友達じゃダメですか?

 ――深雪が振られた日の夜。

 私は彼女を呼び出した。

 翡翠くんへ告白し、振られてしまった彼女には酷な話だったかもしれない。

 けど、私の悩みを解決する為にも、色々と聞き出したいことが多かった。

 それが――――。


「ごめんね、水萌」


 出会いがしら、開口一番は深雪の謝罪だった。

 ヤツを利用し、私を邪魔したこと。

 しかし矢倉さんの正義感からか計画は失敗し、私が深雪の告白を聞いてしまったこと。

 私が語らずとも、深雪は気付いていたようだ。


「……別に、気にしていません。私だって、深雪を侮辱するように煽りましたし、わかっています」

「違うわよ。水萌が本当はそんなつもりじゃないって、あたしわかってる」


 好きで深雪を許したいわけじゃない。

 ただ私は、私にも原因があったことをしっかりと自覚している。

 これでも前世では、十年以上の付き合いだ。

 私達はお互いについて、なんとなくわかるもの。

 だけど……深雪の方から謝ってくるのだけは違うと思った。


「……知った口を利かないでくださいっ」

「なぁくんの『意中の相手』という存在が水萌を苦しめてたんでしょ? その反動で……水萌は追い詰められてた……違う?」


 その言葉は、心を見透かしているようだった。

 私の他人を見下す想いに、免罪符が欲しかった訳じゃない。

 だけど、そこに苦しみがあったのは……本当。


 ――私が黙ると、深雪は話題を変えた。


「ねぇ、本当のこと知って……どう思った?」

「……正直、困惑するばかりでした。本当に、よくわからないまま」


 私を苦しめていた存在……翡翠くんの『意中の相手』は、私自身だった。

 それで……肩の荷は下りるはずだった。

 でも、本当の敵は――別にいて、それも私自身……『南』だった。


 あまりにも滑稽な話だ。

 喜劇でしかない。


「……それは、どうして?」


 続く深雪の疑問は、当然だ。

 彼女は私が「南」だって気付いていない。

 だから、きっと私を理解することなんて、十年来の親友だった彼女でもできない。


「どうしてよっ!! もっと、喜んだらどう? 他に恋敵がいたとわかったって、あたしよりも水萌の方が魅力的だって言われたようなものじゃない!

 それともまた、あたしを侮辱しているのっ!?」


 彼女の怒りは正当なものだ。

 気難しい顔のまま黙る私の姿は、とても不愉快なものだろう。


「――――――」


 そこで――あたしはダメになった。

 胸が苦しくなって、何もかも吐き出したい。

 ついに……限界が来てしまったのだ。


「――違うんです」


 もう我慢できない。

 今でもまだ……本当は私を理解しようとしてくれた友人に対して、感情が抑えられなかった。


「深雪は、何も知らないだけなんです。本当は――深雪が彼に選ばれるはずだったんです」

「……は? どういう……こと?」


 ――そして、すべてを吐き出すことにした。


 私が「南」であること。

 『結婚の約束』に終止符を打ったこと。

 毎日のように秘密の交流をしていたこと。

 そして、どうすればいいのかわからなくなっていること。


 もう誰でもよかった。

 誰でもいいから、どうすればいいのか教えて欲しかった。


「何よ……それ」


 やがて零れた深雪の言葉は、どこか呆れていた。


「あたし、今――水萌の正体を知って完膚なきまでに負けたと思ったのに……というか、もう水萌は翡翠くんに好かれている癖にっ!

 それで……そんなちっぽけなことで、悩んでいた訳!? 意味わかんない……」

「ちっぽけなんかじゃ、ありませんっ」

「いや、ちっぽけでしょ。くだらない」


 繰り返し、断言される。

 私はこんなにも悩んでいるのに、当事者じゃないから、わかってくれないのだろうか。


「あーあ、なんでそんなことで悩んでいるんだか」

「……っ、仕方ないじゃないですか。解決方法なんて――」

「あるじゃない」


 冷静な態度で、深雪は私の言葉を否定してきた。


「……水萌にしかできない方法が、あるじゃない」

「えっ……?」

「水萌、アイドルなんでしょ? ライブも近い……確か前世で、私に相談してきたわよね。曲が出来上がらないって」

「それが……どうしたんですか」


 そんなこと、今の私の悩みには関係ない。

 だが、そう思い込む私に向けて、深雪は言った。


「風登水萌として愛されたいんでしょ……利用したらいいじゃない」


 耳を疑った。

 難しいかもしれないけど、それは私の悩みを解決する糸口になるかもしれない。

 だけど――。


「どうして……そんなアドバイスしてくれるんですか?」


 深雪が私の悩みを聞いてくれるなんて……。

 ただ抱えきれなくなった感情を、全部吐き出したかっただけなのに、よくわからない。


「……さあね。どうせ『南』が水萌なら、あたしに勝ち目は残されてないからじゃない?

 どうせなら、翡翠くんの近くにいてもいい権利を貰うために、媚びを売っておこうと思って」


 私に対して敵対心はない。

 そう……両手を上げて言って見せる深雪。

 恨まれても仕方ないことをしたと白状したのに……どうして彼女はそこまで冷静なのか。


「別に……そこまで重たい女じゃないです、私」

「あっ、そう。じゃあ無駄口を叩いたわね」


 あっさりとそう言う深雪。

 彼女は――私が思っていた以上にお人好しだったのかもしれない。


 私達の間には、色々あった。

 けど、いつも彼女は私の相談に乗ってくれた。

 たとえ表に見せている顔が全てじゃなかったとしても、私が相談する度に救われたのは本当だ。

 ――そう、流石は「南」のモデルにした頼れるお姉さんそのものだ。


 彼女だって、心がそんなに強い訳じゃないのに。

 肝心なところで強みを発揮するのは、私から見ても眩しい光だ。


「あの……深雪」

「何よ……」

「……私達、図々しいかもしれませんけど……やり直せませんか?」


 無理だとわかっている。

 それでも、願わずにはいられなかった。

 深雪は――私にとってずっと親友でいてくれた女の子だから。

 恋愛を抜きにすれば、やっぱり友達でいたいと思ってしまった。


「あたしだって、出来たらそうしたいわよ。でも、あたし達には前世から続く因縁が出来て――」

「忘れましょう!!」

「……はい?」

「もう、前世のことなんて無かった事にしましょうよ。全部忘れて……一から友達じゃダメですか?」


 都合の良い事を言っているのは理解している。

 だけど、彼女と仲直りしたいのは、心の底から本心だった。

 私なりの……最後の賭けでもあった。

 もし拒まれたら、二度と友人には戻れない……そんな大博打。


「……なぁくんは諦めないわよ」

「そこはいいです。負けるつもりもないですから」

「生意気っ……でも、そう……いいわよ。忘れましょう」


 ……深雪の顔を見上げると、そこには微笑んだ顔があった。

 もしかしたら、彼女も元通りになることを望んでくれていたのかもしれない。

 ホッと安堵の息を吐いた。


「それで……どうするの? 開き直ったからには、もう解決方法の一つくらい思いついたんでしょ」

「……はい。もちろんです」

「まったく世話が焼けるわね。ほら、早く取り掛からないと間に合わなくなるわよ」


 ――そこから、とても忙しい十日間が始まった。

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