第39話 Calling -Duplicity of the Heart-

 今日の天気は良好。

 屋内ライブとはいえ、天候がいいと到着する前からワクワクが高まる。

 密かに水萌さんのファンになってから、生のライブに行くのは初めて。

 ……ちょっと緊張もあった。


「んで、本当に来たのか……」


 辰也が俺と深雪さんの姿を見て、そう言う。

 深雪さんの方は、俺が行くと言って付いてきた。

 勿論、チケットを買った訳ではないので――。


「良いご身分。羨ましい」

「これでも関係者席は断ったの!」


 結局……俺のチケットは何処から湧いて出てきたのかわからない。

 恐らく、水萌さんから数枚貰っていたんだろう。


 三岩からしてみれば、深雪さんの立ち位置はとても羨ましそうだ。

 それくらい仲良くなってくれれば、俺もいいと思うんだけどな。

 まあ水萌さんが学校へ来なくなったことで、二人の関係は停滞しているのだが……。


「まあみんなで一緒に光る棒振った方が楽しいんじゃないか?」

「なぁくんの言う通りよ」

「光る棒じゃない。キンブレ!」


 俺の持ってきたのはペンライトだ。

 三岩の持っている棒のように色が変わったりはしないし、万能じゃない。

 というか、キンブレって何だ?

 サイリウムじゃないのか……?


「四本持ってきた。こっち使え」


 水萌さんを応援するだけなら、青しか使わない。

 そこは流石の厄介オタク――妥協は許さないという意志を感じる。

 俺達も行くと言ったから、わざわざ持ってきてくれたのだろう。

 遠慮せず、ありがたく使わせていただく。



 ――始まる数分前。

 若干暗くなり始めた屋内で、ひそひそと話す声が聴こえる。

 以前からあった不仲疑惑の話が、特に多い。

 とはいえ皆ファンなのだろう……ネガティブな話をする人はいない。


 そうして――。


「始まった――っ」


 ステージライトが光り、会場は盛り上がった。

 出てきた数名の中に、目を引かれる。

 イメージカラーでもある青色の衣装に身を包ませた水萌さんの姿を、発見した。

 生で見たその姿は、映像で見た彼女と同じ。


 が――ここでおかしなことが起った。


「『ハニーリング』です! 今日のオープニングは、リーダーのミリーアミーじゃなくて、私――風登水萌がさせてもらっています。今日のテーマは『友情』です!

 SNSでは不仲疑惑もありますが、私達はみんなで一つです! 最初の曲は『honey-ling』!!」


 いつものテンプレートでは、リーダーである網井ミリーがするはずだったオープニングMC。

 それが今回は――水萌さんがオープニングMCを務めていたのだ。

 この事態に、会場が少し動揺を見せていた。


 しかし、ファンが気にしていた不仲疑惑をあっさりと盛り込み、吹き飛ばした。


「うおおおおおぉぉぉ!!!」


 会場は物凄い盛り上がりを見せた。

 音楽のリズムに合わせて、ファン達はノったジャンプで踏み鳴らす。

 会場は、軽く地震を起こしているようだった。


 初めての感覚に戸惑いつつも、その熱気は俺にも伝染する。

 ――気付けば俺も掛け声を出したり、腕を振り上げていた。


「♪――――!! ♪――~~~~!」


 ポップソングの展開が早まり、急激に転調。

 それと共に入ったバラード部分では、メンバーそれぞれがソロで歌っていく。

 そして俺たちは、ソロを歌うメンバーの色に合わせてキンブレの色を切り替えゆっくりと振った。


 こうして見ると……棒を貸してくれた三岩に感謝しないといけない。

 会場が一つまとまって、このライブは出来上がっているのだから。


 ――夢中で熱狂していたその時。


「次の曲は『Color ring』!!」


 初めの曲が終わり、続く深雪さんのコール。

 次の曲調は、エレクトロポップ。

 初めて『ハニーリング』がオリコンへ入った時の楽曲である。


 ――電子的な曲調で始まる。

 メンバーの位置がクルクルと入れ替わりだした。

 レーザーショーが展開され、前に立ったメンバーのカラーに染まる。


 他のメンバーが歌う曲の中。

 フロントに立ったメンバーが、それぞれのイメージにあった台詞を歌うように重ねる。

 そんな奇抜な発想が、目新しいと……一時期話題になって『ハニーリング』は成り上がった。


 やはり生で見ると迫力と共に昂る。

 が――そこでとあることに気付いた。

 よく見ると、メンバーのポジションローテーションの順番が……いつもと少し違う。

 青――水萌さんの位置と、ピンク――ミリーの位置が、だったのだ。


「♪~~~~!!」

「♪――――!!」


 単なるミスではない。

 そもそもこの楽曲は、メンバーがローテーションで発する台詞の脈絡は繋がるようになっている。

 そんな台詞もまた、いつもと違った。


 センターを担うミリーの位置に立つ水萌さん。

 いつもより前に立つ時間が長い彼女は、他よりも少し目立っているように見えた。

 小さな変更だったが、俺達は思わず歓声を上げて青い光を振り回す。




 ――あっという間に、十曲をぶっ通しだった。

 如実に、セットリストに偏りがあることに気付きだす。


 最初の曲以外すべてに、共通点があった。

 『Color ring』を始めとするキャラクター個性を引き立たせる楽曲だけが選ばれている。


 そして、違和感はもう一つ。

 すべてにおいて、青とピンクの立ち位置が、入れ替わって進行していた。

 それだけじゃない。

 パッドの画面で見ていた映像とは明らかに全員の動きが違った。


「♪~~~ッ!! ♪――~~!!」


 『ハニーリング』は、有名アイドルグループだけあって元々全員が上手い。

 しかし彼女達も人間である以上、段々とパフォーマンスのキレが無くなってくる。

 それはギャラリー目線でも、気付きだすものだ。


 映像で見た時、目立っているメンバーをハイライトしてカメラが向けられていた。

 それでも疲れというものは感じられてくる。

 もちろん、それはアイドル達の『頑張り』を示すものだし、ファンを沸かせてくれる。

 ただ、心配するファンもいるだろう。

 そう……なのに、だ。


「♪――――――!!!」


 今回のライブでは、そんな『疲れ』というものを感じさせないのだ。

 どういう訳か……所々の動きが、最低限にまで減らされている。

 ――水萌さんが前に立った時だ。


 他メンバーの動きが減っても違和感を伝播させないのは、彼女がより輝くような『演出』として昇華させていたからだった。


「すげぇ……!」


 無意識に、声に出ていた。

 来て良かったと心の底から思う。

 何よりも……彼女達の一体感は本物。

 不仲疑惑なんて忘れさせるほどの、息の合ったダンスと生の歌だ。

 そして――。


「次が――最後の曲です! 恒例のオリジナル新曲……そして、私達の真実を伝える歌です!! 聴いてくださいっ! 『Duplicity of the Heart』!!」


 ライブの鳳。

 『ハニーリング』の幕引きに恒例の、新曲。

 楽曲名の和訳は『心の二枚舌』……だろうか。

 とても変わった、『ハニーリング』らしくない楽曲名だが――。


「何だこれ……っ!?」

「うおぉぉ! 演出かっ……!?」


 ――ラストソングのコールと同時。

 ステージの上はに巻かれた。

 驚くべき演出の真価は――その先にあった。


「……えっ!?」


 煙が晴れると、明らかな違和感がそこにあった。

 まず意味がわからなかったのは、を身に着けたミリーアミーの姿。

 そして――――。


「誰だ……? あの子……」


 誰かが呟いた。

 を身に纏ったくわ髪の美女が、ステージのセンターに立っていたのだ。

 彼女の纏う雰囲気は、明るさやキュートさと言えばいいのだろうか。


 とにかく――『ハニーリング』のメンバーではないと思いつつも……脳に衝撃が走った。

 俺だけは彼女の正体に、気付いてしまったから。


……!?」


 地味さの欠片もない輝き。

 いつもの眼鏡やおさげの髪型じゃなかっただけでなく、琥珀アンバーの瞳だったから、一瞬見間違えたと思った。


 でも、俺は……察しがついてしまった。

 彼女が、いつも出会っていたカフェのデレ天使『南』さんなのだと。


 なぜなら彼女の笑顔は、雰囲気は……毎日のように拝んできたものだったから。


 ファン達の中からは困惑の声が出る。

 しかしそれも――センターの美女が声を出した瞬間、空気は変わった。

 見た目や雰囲気は違っても……その歌声は、誰もが知っていたから。


「嘘…………だろ」

「まさか、みなもん……!?」


 今まで聴いた事のない迫力を持ち、そしてその美女の満面の笑みは、これまで知られていたイメージとは真逆だった。


 しかし、ラストまで体力のあるキレッキレの動きと、高い歌声。

 そしてダンスに揺られ垣間見えた勿忘草色の髪から、頭にウィッグを被っているのは一目瞭然だ。


 そして、いつの間にか今ステージにいない人物から消去法で気付ける。

 ――彼女こそが風登水萌なのだと。


「――――ッッッ!!!」


 そこで笑顔を振りまく美女は、明らかに俺がカフェで言葉を交わし続けた天使……南さんだった。

 驚くべきは、それだけじゃない。

 曲調と……歌詞もだ。


「♪~~~~~~~~!!!!」


 ――抱えている本当の想い。

 ――不器用な心。

 ――隠していた二面性の仮面。

 ――向き合えなかった葛藤。


 明暗のある曲調が、彩を与えた。

 歌詞が彼女達の関係……友情の成り立ちを教えてくれる。


「求められた色になんて染まりたくなくて――私の色を知って欲しかったから――♪~~!!」


 抵抗を許さず、透き通るような声が響き渡る。

 瞬間――俺達は理解させられた。

 これはメンバーの不仲が、本当だという証明。

 そして――和解のストーリーである。


 今まで自分に仮面を被り、決められたキャラクターの個性で他人と接する。

 ……その厳しさと、誤解。

 知らない努力と、嫉妬が織りなす――愛憎劇のような冷たく、温かい曲だ。


「いや…………これは――っ」


 俺のこの曲に対する解釈は合っているはずだ。

 だけど――この曲に秘められた想いは、ように聴こえた。


「あぁ……」


 これは――――南さんが俺に送っている歌だ。


「♪~~~~~~~~!!!!」


 ――今まで騙していたこと。

 ――どうしても打ち明けきれなかった想い。

 ――心に隠し続けたプライド。

 ――対話を求めても叶わないすれ違い。


 真逆の個性に反転した水萌さんは、色が変わっても彼女のまま変わっていなかった。

 俺の心の中で――南さんと水萌さんの存在がいつの間にか混ざり合う。


「本当は――愛していたから――♪」


 手を伸ばし、彼女が歌った最後のソロ。

 それはまさに――。


……?)


 その歌は、メンバーとの和解を告げる友情の歌。

 しかし同時に、たった一人に向けたラブソングにも聴こえてしまった。


「――――――」


 そして……曲が止んだ。

 曲が終わった瞬間、俺の震えていた心が急激に凪いだ。


 小さな疑惑の数々は吹き飛ばされた。

 曲一つで――俺は全ての真実を知ったのだ。

 なのに、不思議と落ち着いていた。


「――『ハニーリング』でしたっ、みんな~ありがとうございましたっ!!」


 エンディングの彼女――すっかり南さんとしか思えない声は、もう微かにしか聞こえない。

 素晴らしいライブへの感想は、一言も出ない。


 ――俺は静かに感動していた。

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