第31話 『みぃちゃん』の正体

「…………どういうことなんだ?」


 今朝、下駄箱に一枚のラブレターが入っていた。

 いつも鞄に忍ばされていた差出人不明の手紙。

 今回何かが違うのは、薄々気付いていた。


 手紙に記載されていたのは、昼休みの時間に来てほしいという場所。

 それが……人気のない校舎裏だったのだ。

 遂にストーカーの正体がわかると思っていた。

 しかし、そこにいたのは俺のよく知る人物。


「……わからないの? 翡翠くん」


 俺を呼び出したはずの彼女――ななゆきは、困惑していた。


「どうして……? そんなはず、ないでしょ。あの子が……何かしたっていうこと?」

「み、深雪さん……大丈夫?」


 深雪さんは錯乱しそうになっているのか、頭を抱えて自身を落ち着かせていた。

 何にそんな困惑しているのか、わからない。

 ただ「俺が何かに気付いていないこと」に戸惑っているようだ。

 しかし俺に心当たりはまったくない。


「ごめんなさい。ちょっと信じられないことがあって――」

「そっか。あのさ……この手紙は深雪さんが?」

「ええ、そうよ。前にも一回、送ったことがあるわよね。覚えているかしら」


 前にもラブレターを送られたことはあった。

 それが深雪さんからの物だとは、衝撃的だ。

 しかし、聞き逃せないことが一つ。


「一回? 前に送ったのは、一回だって?」

「ええ、そうよ」


 嘘を吐いている様子はない。

 だけど、俺の頭は混乱するばかりだ。

 何故なら、ラブレターは中学生の頃から届いているのだから。

 まさか、中学の頃に届いたラブレターの差出人は、深雪さんとは違うとでも……?


 そう……ラブレターの内容から少し凝っているとは思っていた。

 共通点と言えば、差出人の名前が書かれていないことだけだった。


 なんだそれは……そんな偶然あるのかよ。

 でも、違う町から態々俺を追いかけてくるなんて考える方が、現実味のない話だ。

 そう解釈する他なくなった。


「まあ手紙の話はいいわ。……そうね、こうなったらもう……まずはあたしの話を聞いてくれる?」

「あ、ああ」


 ラブレターを送ってくれた深雪さんの話。

 つまり告白……そう思い込んだ俺は、心を落ち着かせた。

 だが――彼女が話し始めたのは、全然違う話のようだった。


「これはあたしの、友達の話なんだけど……あ、やっぱりなし。もっと物語風に話した方がわかりやすいかも――」


 突然始まった友達の話。

 益々頭がこんがらがってきたが、まず話を聞こうと耳を傾けた。


「昔、幼い少女がいたの。周りから虐められて、ずっと独りだった女の子。でもある時、彼女は公園で一人の男の子に出会った。

 男の子は優しくて、少女が周りに馬鹿にされても、好きだったお姫様ごっこに付き合ってくれたのよね。


 王子様が囚われのお姫様を救うという夢物語を何度も……たとえ雨の日でも、彼女は彼に会いに公園へと行ったわ。

 気付いた頃にはもう、彼女は男の子に恋をしていたみたい。


 でもやがて、男の子は親の都合でお引越ししてしまい――恋を伝えることも叶わず、二人は離ればなれになってしまった」


 最初は何の話かわからなかった。

 だけど聞いている内に、心のどこかでノスタルジックな気分になっていて。

 口を挟む隙なんてなかった。

 彼女の長話に、心が揺れ続けている。


「数年が経ち、女の子が幼い頃に抱いた恋心は薄れてきたわ。

 それでも、心の中には常にその男の子がいたことには変わりないし、他の誰かに恋をすることなんてなかったようね。


 当然なのかもしれないわね。

 彼女は昔、男の子と……ある『約束』をしていたのだから」


 間違いなく、俺は彼女の友達の話を知っている。

 というか――女の子と男の子の立場を逆にすれば、それは最早俺に当てはまる話だ。


「まだ彼と遊んでいた頃の話に戻るけど……ある雨の日にびしょ濡れになった少女は、男の子の家に行って、一緒にお風呂へ入ったことがあったわ。


 その時、女の子にはヘソの近くにある小さな黒子というコンプレックスがあってね。

 頑張って隠そうとしたけど、油断して男の子に見られてしまったの。

 恥ずかしがって塞ぎ込んでしまった女の子に、男の子はなんて言ったと思う?」

「………………」

「――責任を取るですって。それが、『結婚の約束』の正体だったの」


 そう言って、彼女は制服のブラウスのボタンを外し――お腹の当たりの肌を露わにさせた。

 綺麗なお腹には、一点――見た事のある黒子がある。


「嘘だろ……!?」

「嘘じゃないよ。ラブレター、読んでくれたんでしょ? あたし……『なぁくん』のこと、ずっと忘れられなかったんだから。


 『結婚の約束』――なぁくんは忘れないでいてくれたかな?」



 ――突然、明かされた真実。

 俺は息を呑むことしかできなかった。

 ずっと探していた人と……もう出会っていた。

 しかも、思っていたよりずっと身近で、彼女は俺が気付くのを待っていたのだろう。

 ヘソの近くに黒子があって、俺を『なぁくん』と呼ぶのはこの世にたった一人しかいない。


 七瀬深雪――彼女が『みぃちゃん』だった。

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