第32話 何度だって、あなたに恋をする

 ――これは、あたしのの恋物語。


 恋は冷めるモノ。

 正直に言えば、あたしは『なぁくん』に対する恋というものを無くしていた。

 幼い頃の気持ちが、嘘だったわけじゃない。


 彼のお陰で一人ぼっちを抜け出して、あたしは色んな人と関りあうことができた。

 しかし同時に、成長するにつれて変わっていった想いでもある。


 大人になったのだ。

 そこで終わったはずの恋……そのはずだった。


「――あっ」


 ――眩い光と喧騒に包まれる中。

 三年ぶりに高校時代のみんなと同窓会で再会することができた。

 しかし、不注意にもあたしは誰かとぶつかって転んでしまう。


「すみません……大丈夫ですかっ? っ、服にワインが」

「いえ、大丈夫。着替えは持ってきているから……っ、いたぁ……」


 手に持っていたワインが零れて、ドレスを汚してしまった。

 急いで立とうとしたその時、足を挫いたのか動けなくないことに気付く。

 ――そんな時だった。

 ぶつかってしまった彼が、あたしをお姫様だっこなんてしだした。


「少し我慢してください。空き部屋まで連れて行きますから」

「えっ!?」


 彼はそのまま、颯爽と大広間を出て行った。

 正直、とても恥ずかしかった。

 そこでようやく、誰なのかと相手の顔をはっきりと見たのだ。


 ――名畑翡翠。

 彼とは同じ大学へ進んだけれど、付き合いがあった訳じゃない。

 そもそも彼とは高校でずっと離れたクラスだったから、滅多に関わらなかった。。


 ただとてもクールにあたしを連れ去った彼の姿は、とある男の子の姿を想起させた。


「一人で大丈夫ですか?」

「いえ、無理そうね。残念だけど、今は着替えるのも難しそう」


 ロッカーから服を取り、空き部屋にて足を見る。

 思ったよりも、足の具合は悪そうだった。


「わかりました。女性の方を連れてきますね」


 テキパキと行動する彼の姿は、一目見ても格好いいと思った。

 だからだろうか――。


「待って……いいわよ。貴方に下心がないのはわかってるから、貴方が手伝って」


 なぜか気付けばお願いしていて、そのまま手伝ってもらうことになった。

 後から考えても、信頼し過ぎだとは思う。

 その途中の出来事だった。


「みぃちゃん……?」

「えっ」


 彼はあたしのヘソ近くにあった黒子を指差しながら、懐かしいあたしの渾名を呟いた。

 そこで、あたしはようやく幼い頃に分かれた友達「なぁくん」と再会した。


 ――お姫様だっこ。

 幼い頃にもされたもので、急に胸が熱くなった。

 冷めたはずの想いが――また熱を帯びたのだ。




 ***




 それからの彼とは……時々連絡を取る友達という関係が続いた。

 彼が「結婚の約束」を言い出さなかった以上、あたしもまた触れることはなかった。


 でもそれで満足できなかったあたしは、密かに彼の鞄へラブレターを忍ばせるようになった。

 同じ大学、彼の学籍番号や履修計画、バイト先をすべて調べて。

 ――まるでストーカーみたいだったと思う。


 そして大学卒業して六年。

 仕事をしながらも友達としての付き合いを続けたある休日のことだった。


「好きです。付き合ってくれませんか」


 遊びと称して連れ出したデートの日の夜。

 あたしは遂に告白をした。

 しかし、そこで返ってきた答えは――。


「深雪さん、俺と結婚してください。一生幸せにします」


 膝をついて差し出されたのは、指輪――そう、プロポーズだった

 彼は約束を忘れてなんていなかった。

 生半可な返事をしたくなくて、機会を伺っていたらしい。

 そうしてあたし達は、結婚を決めた。




 ***




 最高の幸せを手に入れて、人生の絶頂期だった。

 同棲を始めて、何度も彼と愛を囁き合う日々。

 死ぬほど、彼のことを愛していた。

 きっとそれが良くなかったのだろう。


「えっ…………?」


 彼のいない日。

 掃除をしようと彼の部屋を整理していたら、信じられないモノを発見した。

 アイドル『ハニーリング』の風登水萌推しを示すグッズの数々が――そこにあったのだ。


 水萌……アイドルとして大成した彼女は、十年以上も付き合いを続けているあたしの親友だ。

 しかし、そんな事は彼も知っているはず。

 なのに彼は、六年間ずっとあたしに水萌の話なんてしたことがなかった。


 翡翠くんの『意中の相手』という、隠された存在がいたことは、まだいい。

 それが風登水萌だったことに、胸が痛くなった。

 彼女は――あたしにずっと密かな劣等感を植え付けていた女だったから。


 そこから、嫉妬の嵐があたしの心を蝕んだ。

 最早、あたしと付き合ったのも水萌に会う為だったのかもしれない。

 なんてありもしない可能性を妄想し、発狂した。


 苦しかった。

 誰かにこの気持ちをわかってほしかった。

 温めて欲しかった。

 だけど、この件だけは翡翠くんに頼れない。

 もしも水萌の方が魅力的などと言われてしまえば――あたしは死んでしまうから。




 そこで間違いを冒した。

 気が狂ったあたしは、マッチングアプリで適当に選んだ男と、お酒を交わした。

 そうして浴びるほど飲んだあたしは、気付けば酔い潰れてしまい――。

 目を覚ました時、すべてを悟った。

 まごう事なき、浮気をしてしまったのだと。


 思考するのも億劫で、身体が震えていた。

 その夜を上書きする何かを探し……何をとち狂ったのか、水萌に連絡していて、あの時に至る。


 水萌の彼氏――藤堂雅也の裏切り。

 心の中で「ざまぁみろ」と思った。

 そして彼女の言葉に傷付いたように演技して、追い打ちをかけた。

 違うか……あの時ようやく演技をやめたのだ。

 彼女に相談していた時が、精一杯の演技だった。




 ***




 ――その後。

 あたしはすべてを、翡翠くんに話した。

 許してほしいとは言わなかった。

 別れてほしいなら別れるし、慰謝料を払えと言うなら払う準備はできていた。


 しかし、彼はあっさりと許してくれた。

 あたしは――彼の胸の中で泣き叫んだ。


「なんでよっ! あたし裏切ったんだよ、もっと怒ってよ! そんな軽く扱われたくない!!」


 ダメだった。あたしはもうダメになっていた。

 あたしは叱ってほしかったのだ。

 なのに、彼は優し過ぎた。

 怒るどころか、水萌のファンだと隠していたことを謝罪してきた。


 ――きっとあたしは、世界一恵まれている。

 嬉しいはずなのにしんどい心。

 罪の意識は……心に刺さる楔となって。

 きっともぅ手遅れだった。

 彼の胸に抱かれながら……あたしはまた、伝えたい想いを口に出せないまま、目を閉じた。




 ***




 最初からやり直したいと願った。

 まともな人間になって、もっと早くから、翡翠くんとやり直したい。

 今度こそ生涯この身を捧げるのだと、強く誓う。

 そんな機会が得られるなら、今度は絶対に……水萌よりも愛されてみせるのだという決心をして。


 そして――また彼と出会った。


 運命は変わらない。

 何度だって、あたしは彼に恋をする。

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