第33話 告白の答え

 小柄な身体。

 パッとしない服。

 あたしは……中学時代に回帰した。

 時間が巻き戻ったのだ。

 あたしの願いは、叶ったらしい。

 神様に一生分感謝した。

 しかしなぜ中学まで遡ったのか、この時はまだわかっていなかった。


 ――今ならわかる。

 最後に決心した水萌に対する競争心が、可能性を産んでくれたのだ。

 なのに、あたしは何の努力を怠っていた。


『みゆ……き? みぃちゃん?』

『何……?』

『あっいや、気にしないでくれ』


 高校で翡翠くんと再会した時のこと。

 咄嗟に誤魔化した。

 正体を明かして、『結婚の約束』を果たす方法もあったかもしれない。


 けど、普通の告白なんてダメだと思った。

 それは、前世での彼のプロポーズがあまりにもロマンチックだったから。

 自分のことばかりで、前世でDクラスだった彼がBクラスであることに、違和感さえ抱けなかった。



 ――ある日。

 水萌がお手洗いに行った際、偶然にも網井ミリーからの着信メッセージを見てしまった。

 秀才型である水萌が……レッスンをサボっているのだという。

 そこで――彼女が自分と同じ回帰者なのだと悟った。


 探ってみれば、更に驚いた。

 水萌はなぜか……翡翠くんを狙っていたのだ。

 焦ったあたしは、すぐに行動を起こした。

 彼がこの町に戻ったタイミングで差出人不明のラブレターを送れば、十中八九「みぃちゃん」を連想すると思ったから。

 なのに――彼にはまったく反応がなかった。




 ***




 焦燥感に駆られたあたしは、告白を決心した。

 まだ彼と水萌はそこまで関係が進展していない。

 今のうちに、決着を付けるべきだ。

 あたしはもう一度手紙を送り、翡翠くんを校舎裏へと呼び出した。

 水萌のことは、矢倉を利用して足止めをしておいたから、邪魔してくることはない。


 今度こそ――翡翠くんはあたしに「みぃちゃん」を連想してくれると思っていた。

 でも、彼の反応はまた淡白なものだった。


「みぃちゃん……なのか?」

「うん、そうだよ、なぁくん」


 とはいえ、話せば伝わる。

 昔話と称し、ようやく気付いてくれたみたいだ。

 落ち着こう……あたし達には、『結婚の約束』があるのだから。


「どうして、今まで『みぃちゃん』だって話してくれなかったんだよ」

「それはね、久しぶりに会ったなぁくんを、知りたかったからかな。昔、なぁくんはよく格好つけてたから、自然体のなぁくんを見たかったの」


 それらしい事を言ってみる。

 実際、遠くから見る彼も素敵だった。

 友達という関係も……なんだかノスタルジックな気分に浸ることができた。


「これから恋人になる男の子を観察するのは、失礼だったかな……?」

「みぃちゃん……」


 大胆に想いを口にしてみる。

 しかし、何かを言いにくそうな顔の翡翠くん。


 ――どうして……?

 ラブレターを読めば、あたしが告白しようとしているのは、もう気付いているはずなのに。


「なぁくん……ううん、今は、翡翠くんだね。翡翠くん……あたしと、結婚を前提にお付き合いしてくれませんか?」


 いつも通りのあたしで、ただ想いを伝えるだけ。

 しかし――。


「……ごめん。それは、できない」


 何処か苦しそうな声色だった。

 頭が上手く、回らない。

 どうにか喉から、言葉を発する。


「どう……して?」

「好きな子が、できたんだ。俺は……毎日その子のことが、頭から離れない」

「……誰?」


 震えた声で、答えの判り切っている質問をした。

 そう……あたしは、水萌に負け――。


「南さんだよ……ほら、カフェの店員の」

「えっ……?」


 あたしは戸惑った。

 翡翠くんが好きな人は、水萌ではない……?

 カフェ『ルージュ』が翡翠くんの通っていた店であることは知っている。

 けど、あんな人も前世で名前すら聞いたことがなかった。


 しかも……あたしよりも地味な見た目。

 胸だけは水萌以上に凄かったけど、翡翠くんが惚れるなんて想像できなかった。


「なんで……?」

「なんでって……ごめん。それでも南さんのことが――」

「水萌じゃないの!? ねぇ、貴方の意中の相手はずっと彼女だったじゃない! どういうことなのっ……」


 あたしは水萌に勝つためにここまで急いだ。

 彼女を足止めするために藤堂くんすら利用した。

 全部あたしの思い違い?

 そんな……そんなこと、あってはならない。

 ポッと出の女に負けるなんて……そんな惨めなこと、認めたくない。


「何を言ってるのかわからないけど、風登さんは違うよ。たしかにアイドルをしている時の彼女は魅力的だと思う。恋心に似た想いを抱いたことがないと言えば嘘になる。でも、普段の風登さんは…………ただの友達かな」


 水萌だろうと他の女だろうと、関係ない。

 ――あたしが、翡翠くんに振られたことに変わりないじゃない。

 何がそんなに納得いかなくて叫んでいるのか。

 自分自身でも、わからなくなった。


「そっか……ごめんね。変なこと言って。水萌は貴方に依存しているみたいだったから、ちょっと疑っちゃって……」

「依存でも、頼ってくれる方が嬉しいから」


 情けなくなって零れた言葉には、あたしの予想外にする言葉が返ってきた。

 そうだった……忘れていた。

 彼は、本当に優しい人間だった。


(あたし……変にプライドを持ってた。翡翠くんに迷惑をかけちゃいけないと思いながら、本当は、素直に頼れる水萌が羨ましかっただけなんだ)


 彼の優しさに、甘えていたのかもしれない。

 変な気分だ…………振られたのに、納得感の方が大きいんだから。


「ねぇ……身勝手かもしれないけど、友達からやり直していい?」

「えっ、それは――」

「図々しいかもしれないけどさ……南さんに振られたら、あたしで妥協してよ。今度は――約束しなくていいから」


 翡翠くんは優しい。

 だから、きっと――断れない。

 狡いかもしれないけど、こうするしかない。


「……わかった。俺は、俺の恋を頑張るけど、みぃちゃんとも友達を続けたいから」

「うんっ、よろしく……なぁくん」


 迷ったけどやっぱり……彼の呼び方は、「なぁくん」にしておく。

 特に意味なんて、ない。

 ただ……繋がりを残しておきたかったから、なのかもしれない。


 ――こうして、あたしは失恋した。

 運命は、変わったのだ。

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