第9話 処女を拗らせた女

 前世の出来事からもう少し学ぶべきだった。

 深雪と友達になってから、すぐのこと。

 彼女はオリエンテーションなどというものを、自分達でやりたいと言い出した。


 レッスンを理由に断ろうとはした。

 実際、最初こそは、なあなあに済ませることができた。

 失敗したのはその翌日だった。

 正直なところ、私は気が動転していたのだ。


『なんかクール系で売ってるらしいんですけど、実際に見たらなんかぶっちょうづらでした』


 翡翠くんの私に対する評価は、思っていたよりも的確で……ゆえにショックを受けた。

 思わずお風呂で沈んでしまうくらいには。

 実は……心の中で淡い期待をしていたのだ。

 翡翠くんの「意中の相手」というのが、私自身である可能性を。


 前世の彼が時折見せてくれた優しい眼差しと、必死の形相で私を助けてくれた彼の姿を反芻する。

 ありもしない期待を胸に温めていたのだ。

 ……そう。

 だから翡翠くんから言われた言葉がそのままショックに繋がったわけじゃない。

 すべて私が勝手に期待して、打ち砕かれただけである。


(仕方ないじゃないですかーっ、初日に翡翠くんが教室まで会いに来てくれたのに期待しない訳がないじゃないですかーっ!)


 ちなみに学校で私が仏頂面なのは、わざとそうしているからだ。

 前世でも深雪くらいにしか見せなかった本性は「翡翠くんの天使、南」として発散している。

 教室で普通にしていたら翡翠くんに私の正体がバレてしまうかもしれないし、これは対策なのだ。


「水萌、いつも家じゃそんなゴロゴロしてるの?」


 呆れた声で私に話しかけるのは深雪。

 結局、彼女とはまた友達になってしまった。

 深雪は前世で、翡翠くんの恋人になっておきながら、浮気した最低な女だ。

 とはいえ、彼女には喧嘩別れのような最後に負い目を感じていて……やり直したかった。


「寛がなくては、客として失礼じゃないですかぁ」


 今は深雪の家に上がらせてもらっている。

 彼女の部屋は、随分と綺麗に整頓されていた。

 しかし段々とこの部屋の散らかり様が増していくことを私は知っている。

 勝手な期待によって気が動転した私は、まんまと深雪のお手伝いをさせられていた。


「イメージが崩れるからやめなさい。で、水萌は林間学校行かないの?」

「参加する人を見てから決めますぅ」


 どうにかまだ参加だけは見送っている。

 翡翠くんが参加しないのでは、価値がない。

 前世では私自身がこの合宿に参加していなかったので、翡翠くんが参加したかどうかまで憶えていないのだ。


「ねぇ気になってたんだけど――」

「何ですかー?」

「気になる人でもいるの?」


 その言葉にハッとなった。

 「人を見て決める」なんていえば、そう考えるのが自然だ。

 完全に失言だった。


「いえいえ、出会って間もない異性に意識するなんて有り得ませんから〜」

「疑わしいなぁ」


 疑ってもわかる訳がない。

 実際、私の発言は本心。

 前世で翡翠くんとはあまり交流がなかったけど、深雪を介して話す機会は度々あった。


 前世での翡翠くんと私の関係を思い返す度に、深雪も関係してくるのは不本意に感じてくる。

 深雪と翡翠くんが付き合ったのは、大学を卒業した後だったはずだから、問題ないだろうけど。


(まぁ……深雪のことはそこまで意識する必要もありませんか)


 そっと彼女の身体をめまわすように見てみる。


(胸はそこそこあっても、だらしない身体……鼻で笑ってしまいますね)


 深雪はまだ恋も知らぬ生娘なのだから仕方ないけど、男を落とす準備さえまともにできていない。

 未来で翡翠くんに捨てられた一因として、彼女の身体に魅力がなかった点は絶対にある。


(敵じゃありませんね)


 未来で一度でも翡翠くんに抱かれたことのある深雪が羨ましくないと言えば嘘になる。

 だからこそ、こうして妙な対抗心を抱いてしまうことがあった。


 けど、よくよく考えてみれば彼女が私より優れている部分の方が少ない。

 そう考えると、深雪も可哀想な女だと思う。

 後から翡翠くんの魅力に気付いても、きっとその時には私が彼を落としているのだから。


(せめてそれまでは、優しい友達として接してあげましょう)


 いくら私がだとしても、今はまだ彼女も同じなのだから。

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