第8話 一目惚れしてしまいそうだ

 入学早々……オリエンテーションの纏め役なんてものを引き受けてしまった。

 そんな俺は今、辰也の家にお邪魔している。

 辰也も俺と同じく一人暮らしの男子。

 だが、彼の部屋は明らかに散らかっていた。


「すごい量のグッズだな」

「まあなー、ジュースでいいか?」

「ああ」


 いつもこの時間はコーヒーを飲んでいるから、少し新鮮な気分になる。

 すっかり俺も、あのカフェの常連になってしまったらしい。


 南さんとは連絡先を交換する仲だし、今日もカフェに行かないことを彼女に伝えた。

 ちょうど彼女も今日は忙しいらしく、タイミング良かったみたいだ。

 そんな訳で、辰也の家に転がり込んだ俺は、自由に寛がせていただく。


「ゲームでもしようぜ〜」

「んー?」


 彼が手に持ったのは、小学生から高校生に人気の格闘ゲームだった。

 数シリーズ発売されているもので、俺も昔のシリーズには触れた経験があるのだが――。


「いいけど、俺最近のスイッチって触ったことないんだよ。手加減してくれ」

「翡翠……お前本当に現代人か?」


 ゲームは得意な方だと自負している。

 でも中学一年の頃から、全くやらなくなった。

 恐らく環境がそうさせたのだろう。

 進学校である今の高校よりも、自称進学校である中学の方が勉強に対して張り詰めた空気が漂っていたのだと思う。


「古代人とどれだけジェネレーションギャップがあるか試してみるか?」

「なんだ、自信あんじゃんか。ハンデなしな」


 自信はあっても初めて使う機種が手に馴染まない間はプレイがおぼつかないだろう。

 まあやってみないとわからないか。

 俺が何も言わずコントローラーを手に取ると、辰也はニヤリと笑った。




 ――数時間後。

 俺はハンデなしで良かったと思わされた。


「だあぁぁ! 勝てねぇ! 初心者かたりだろぉ」


 俺が上手いのではなく、辰也が弱かった。

 ここぞというタイミングで、なぜか辰也は空振りをする。


「なぁ辰也、最後の一撃振りかざす時、もしかして目つぶってないか?」


 最早、そうとしか思えないほどの動きだった。


「え? そんなことないぜ? ラストアタックのエフェクトバッチリ見たいからな」


 予想とは違ったが、その言葉でわかった。

 辰也は瞬間的な思い込みが強いんだろう。


 恐らく……勝てると確信してラストアタックのコマンドを出した瞬間、同じコマンドを押しっぱなしにしているのだろう。

 一度くり出した攻撃の後、コンボ技に繋がらなければ、一瞬のラグで相手は引いてしまう。

 そこで同じ攻撃を出しても、空振りは必至だ。


「現実でもここぞという時にそうならないといいけどな……」

「え、なんて?」

「何でもない」


 癖なのかは知らない。

 けど、初心者相手にハンデなしを選んだのだから俺もわざわざ教えない。

 俺が今のゲームを経験して学んだように、自分で気付いた方が感覚的に癖も治りやすいだろう。


「はぁヤメだヤメっ、今度はもっと勝てるゲーム用意しとくわ」


 俺にゲームで勝つ事に拘りを持たれても困る。

 でもまあ、ゲームは切磋琢磨するくらいが一番楽しいだろう。

 今のは少し退屈だったので、少し期待しておく。


「そういや翡翠、合宿楽しみだな!」


 テレビスクリーンをゲームから切り替えながら、辰也は話題を変えた。

 合宿というのは林間学校のことだろう。

 内容としては体力作りのためのランニングや森林地帯の散歩、そしてキャンプといったところか。


 オリエンテーションの話については、連絡アプリのグループを用いて、クラスメイト達には既に周知させておいた。

 アンケート形式で参加の是非を聞いたところ……暫定的ではあるが十人程度が参加を希望。

 あとは投票を締め切るまで待つのみだ。


「風登さん来るのかなぁ」

「随分と、あのアイドルに御執心なんだな」


 美人で綺麗なのは同意する。

 けど、そこまで関わりたい相手だろうか。

 第一印象からは、近くにいて楽しい相手とは思えなかった。


「馬鹿いえ! 男子なら、みんな気になっちゃう相手に決まってるだろ!」

「俺はそのみんなの中に含まれていないが……」


 エビデンスがあいまいなのはともかくだ。

 ……彼女に人気があるのは確かなのだろう。

 でも人気があるからといって、お近づきになりたいと考えるものだろうか。

 むしろ俺は、敬遠してしまいそうだ。


「仕方ねぇ、わかってない翡翠の為に『ハニーリング』のライブ映像見せてやるよ」


 そう言った辰也はリモコンを弄って動画サイトを開いた。


 『ハニーリング』といえば確か風登水萌がアイドル活動しているグループだったか。

 名前を聞いたからまさかと思ったが、彼女も実名で活動しているらしい。


「見たことねぇなら驚くなよ? 『ハニーリング』は伊達に世界的人気アイドルじゃないからな?」

「はいはい。早く見えてくれ」


 その言葉がどこまで本気なのかわからない。

 俺はそこまで大きな期待も寄せず、スクリーンに顔を向けた。


「…………ッ!!!」


 そうして再生されたライブ映像を見た俺は……言葉を失った。

 ――なんだこれ、全然……違うじゃないか。


 言い得て妙かもしれないが、学校で見た風登さんと同じはずなのに、まるっきり違うのだ。

 ダンスの振り付けや表情は、グループの中でも突出して高い。

 なのに儚げなクールっぽさが絶妙に目立たないように透き通っていて、彼女の歌もまた然り。

 まるで……アイドルになる為に生まれてきたような女の子だと思った。


(そうか……風登さんは学校でも、ずっとアイドルをし続けているのか)


 風登さんはアレで正解だったのだ。

 女子高生として抜け殻しか残っていないような彼女の姿は、踊っていないアイドルの姿そのまま。

 彼女はその一点にだけ欠陥を持っている。

 きっと切り替えができないのだ。

 没入的に感情をコントロールしているのかわからないが、それは打てる技のコマンドが決まった格闘ゲームキャラのように型にはまっていた。


 正直――勿体ないと思った。

 風登さんがクール系の脇ポジションではなくメインで明るい笑顔を振り撒いていたなら……今以上の人気が出てもおかしくない。

 だけど……同時に理解もできる。

 一度決めたキャラクターを崩しては今のファンに離れる層が生まれるし、何よりグループ全体のバランスが崩れてしまう。


 彼女達はアイドルグループだ。

 いくら風登さんだけが優れていても、既に埋まってしまった席を入れ替えることはできない。

 彼女の代わりとなるクール系アイドルを探すのは困難を極めるだろうから。


「どうだ? 水萌ちゃんの良さがわかったか?」

「ああ……参ったな」


 布教が上手くいったとガッツポーズをする辰也。


 しかし本当に参った……。

 学校での風登さんはともかく、アイドルとしてはほんとにしてしまいそうだ。

 こんなに人の目を惹きつけながらも軽やかな動きがあるのだろうか。

 それも十五歳の少女がだ。

 こんなの、天才と呼ぶ他ない。


 だが惚れてしまいそうだからこそ……この気持ちは胸に仕舞っておく。

 辰也は彼女とお近づきになれることを期待しているみたいだが、俺にとっては逆に遠ざかったように感じた。


 ――他人を好きになるのはタダじゃない。


 中学の頃、何度もラブレターを送ってきてくれたストーカーのことを思い出す。

 結局、彼女が誰なのかわかりはしなかったけど、どういう相手なのかまでは見当が付いている。


 きっとあのストーカーは、今の俺と同じ気持ちだったのだろう。

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