第7話 林間学校のお誘い

 ――入学してから数日後。

 クラス内では、仲の良い者同士が集まって、いくつかのグループが形成されてきた。


 陽気な連中が集まるグループ。

 真面目なガリ勉が集まるグループ。

 男女問わずゲーマーばかりのグループ。

 残りは数人ずつ友人関係を作ったりしている。


 俺はというと――最後の少人数のうちだ。

 結局、辰也以外に友達が出来ていなかった。

 なんらかのグループに所属したいと思って努力はしたけど、何処もノリが違ったのだ。


 結果、社交辞令でクラスの全員と顔合わせができた程度……幸先には不安しかない。


「翡翠、お前高校生にもなって友達百人チャレンジでもしてんのか?」

「別に……? ただの気まぐれ」


 辰也が余計なことを話しかけてくるが、俺は元からクラスメイト達と広く浅い関係を広げるつもりだったのだ。

 別にそれで友達作りに失敗したわけではない。

 というか辰也みたいな話し相手が一人いれば、十分に思っている。


「翡翠も変わってるなぁ」

「辰也にだけは言われたくない」


 今朝も辰也は女子相手に話しかけ、適当にあしらわれていた。

 風登さんの時は話しかけようともしない意気地なしだと思っていたけど、この男は意外と積極的……いや、欲望に忠実と言うべきか。


 もしかして、俺の友人関係上手くいっていないのって辰也と仲が良いからだったりするのか……?


「翡翠〜、俺の何処が変わってるって?」

「女子に変わったアプローチしてるとこ」

「オンラインサロンで学んだ事を実践してるだけだぞ?」


 そのオンラインサロンとやらはどう考えても詐欺だろう。辰也は騙されている。

 まあもう女子達から軽蔑の視線を向けられている以上、手遅れだと思うんだが……。

 呆れていると、フワッと良い香りが鼻を掠めた。


「ねぇそこの二人、ちょっといい?」


 振り返るとそこには見覚えのない女子。

 ……いやはあるが、何処で見たことがあるのか思い出せない。

 とはいえ同じ制服で同じリボンの色から、他クラスの生徒なのはすぐにわかる。


 紅玉ルビーの瞳に、三つ編みハーフアップアレンジされた黒髪が特徴的。

 一目見て、それなりに美人なのは言うまでもなかった。


「誰か知らないけど、可愛い女子の頼みなら俺は何だって訊くぜ?」


 予想通り辰也は乗り気で話を聞こうとする。

 しかし俺は嫌な予感がした。

 目の前の女子が不気味に笑っていたから。


「じゃあ頼っちゃおっかなぁ。あたしの名前はななゆき、Aクラスなの。よろしくね?」

「みゆ……き? みぃちゃん?」


 聴き覚えのある名前に、もしかしたらと声が零れてしまった。


「何……?」

「あっいや、気にしないでくれ」


 彼女の反応は……ただ俺を変な目で見て戸惑うだけだった。

 どうやら俺の勘違いだったらしい。

 子供の頃に遊んだみぃちゃんなのかもしれないと考えた瞬間、頭が正常に回っていなかった。


 既視感だと思っていたものも、先日Aクラスを覗いた時に見かけた顔だと思い出す。


「それで、一体俺達に何の御用件で?」

「高渓って入学式後にオリエンテーションがなかったじゃない? だからAクラスとBクラスの合同でやりたいの」


 普通の高校ならば生徒の交流のため、入学式の後にでもオリエンテーションがあるものだろう。

 高渓にはそれの代わりにクラス分け試験があって、交流の場など用意されていなかった。


 すなわち、この七瀬という女子は生徒だけでオリエンテーションを行おうと提案しているのである。

 しかし、不可思議な部分が一つあった。


「なんで二クラスだけ? Aクラスのみでやるか、全クラス巻き込もうとは思わなかったのか?」


 どうしてBクラスだけを巻き込むのか。

 ただ隣のクラスだからついでに選んだのか、それとも理由ある事なのか知りたかった。


「まずAクラスのみでやらない理由。うちのクラスはガリ勉多くて、行かないって連中がいんのよ」


 一クラス分……すなわち三十人もいれば充分多いとは思っていたが、クラス内の全員が参加する訳ではないから少なくなるのか。

 そういう話を聞くと、Aクラスじゃなくて良かったと思う。

 ガリ勉に囲まれる生活なんて億劫だ。


「そしてAクラスとBクラスだけなのは、有志で大所帯になると、引率の人数に困るからなの」


 学校行事じゃないのに全クラスを巻き込むとなると、出来うる活動にも限界が生じる。

 それに人数が増えれば増えるほど、引率できる人材の確保も大変になるということか。

 理に叶っている。


「説明ありがとう。俺達にはBクラスを取り纏めて、この話を周知させたいんだな?」


 七瀬が俺達にさせたい役割は、Bクラスの皆に話を周知させつつ参加者を募ることだろう。

 ……ちょっとばかし面倒だ。


「ご明察。このクラスで一番顔が広いのって貴方みたいだから声をかけたの。名畑翡翠くん」


 たしかに今クラスメイト全員と話ができるのは俺だけかもしれない。

 広く浅い関係を作ってきたのが、こんな形で評価されるとは思わなかった。


「で、オリエンテーションって何をするんだ?」

「今のところ考えてるのは林間学校ね」


 そりゃ……ガリ勉のようなインドア派が行きたがらないはずだ。

 対照的に辰也は「おおっ」と声に出してテンションを上げていた。


「何泊の予定で?」

「一泊。ちょっとしたキャンプなんて交流にもってこいだと思わない?」


 結構ハードな内容だと思う。

 でも春休み中ずっと勉強ばかりしてきて運動したい気分はわからなくもない。

 一泊程度なら、実現可能範囲だろう。


「ほとんど参加しないと思うけど――」

「十人参加すれば充分。足りないならもう一クラス加えるだけ」


 参加する人数で調整するとという事か。

 流石Aクラス……頭の回転が速い。

 ただの思いつきではなく、計画的である事には好感が持てる。


「それで、どう? 引き受けてくれない?」

「悪いけど、俺自身がオリエンテーションに興味ないかな」


 即答した。

 七瀬には申し訳ないけど、俺はもうクラス内で必要な交流を済ませているから。

 多少Aクラスの生徒との交流には興味あるが、重い腰を上げるほどじゃない。

 しかし、そこで辰也が引き留めてきた。


「なんでだよ翡翠ぃ、折角可愛い女子達とも交流できるかもなんだぜ?」

「悪いけど――拒否権なんてないの」


 辰也が説得してすぐ、七瀬はぜんとした態度でそう言った。

 さすがに意味がわからず、戸惑う。


「貴方達、Aクラスへ水萌を見に来てたでしょ?」

「あ、ああ。それが――?」

「あたしあの子と仲良いんだけど、つい根も歯もない事を言っちゃうかもね」


 風登さんのことなんて正直どうでもいい。

 彼女に嫌われたところでなんの痛手もない。

 ただ――。


「翡翠……引き受けようぜ?」


 辰也がBクラスの纏め役を引き受けたそうな顔をしていた。

 彼一人でどうにかできるとは思わないし、俺が断れば、七瀬も別の誰かを選び直すだろう。

 辰也は風登さんのことが好きみたいだし、友人の恋愛を助けるのは……理由になりうる。


「……仕方ないな」

「っしゃ! 信じてたぜ翡翠。ところで風登さんも参加するのか?」

「検討中だそうよ」


 あからさまに残念そうな顔を見せる辰也。

 美人なら誰でも良さそうなので、放っておいてもすぐに開き直るだろう。


「じゃあ、一先ず連絡先交換しよっか。このクラスの対応は任せるから、何かあったら情報頂戴」

「おうよ、俺達に任せな!」


 女子一人の連絡先を知っただけで、辰也の元気は回復したようだ。

 ――ちょろいやつ。

 でもまあ、辰也みたいな深く考えない男子の方が、実際すんなり彼女を作るのかもしれないな。

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