第6話 可愛い女子とかいました?

 学校を後にした俺は、今日もカフェ『ルージュ』へと寄ったのだが、毎日のようにいた南さんの姿が、今日はないことに気付く。

 ちょっと残念に思いつつコーヒーを注文して待っていると、チリリンと鈴が鳴る。


 店の戸の方を一瞥すると、焦った顔の南さんが現れた。


「あ、南さん。こんにちは」

「はいぃっ、翡翠くんもこんにちは〜……」


 今からシフトらしい南さんの姿は私服。

 対する俺は学校帰りに寄ったので制服。

 南さんの視線がじーっと俺の頭から足のつま先へと流れていく。


「高校入学おめでとうございますーっ。翡翠くんの制服姿、とても似合ってます!」


 手を合わせてぱぁぁっと目を輝かせる南さん。

 めためたに褒めてくれるのは嬉しいけど、照れてしまいそうになるから、やめてほしい。


 というか私服ってことは…………まあいいか。


「南さんのおかげですよ。いつもわからないところ教えてもらって、本当に助かりました」


 初めてこのカフェに訪れた日、俺は南さんに近付いたナンパ男との間に入った。

 それがキッカケとなり、南さんは恩返しと称して俺に勉強を教えてくれたのである。

 彼女はとても頭が良い……多分、俺よりも年上なんだと思う。


「そうそう、前にも話した高渓のクラス分けではBクラスに入れたんですよ?」

「では、来年はAクラスに入れるように頑張らないとですね〜」


 流石は南さん……Aクラスを目指そうだなんて、中々難しいことを言ってくれる。

 高渓高校は毎年クラス分けの試験を行うから、たしかに日々の勉強は大切だ。

 もちろん、俺だって妥協する気はないけど、南さんとが期待してくれるなら尚更だろう。


「っとと、私も着替えないとですね」


 やって来たばかりでお喋りしてくれた南さんだけど、彼女はバイトをしにきている。

 そのため、急いでバックカウンターへと着替えに行ってしまった。


 南さんが何処の高校に通っているのかなんて、俺は知らないけど、ほぼ毎日ここのバイトにシフトを入れているようだ。

 同じマンションに住んでいるだけあって貧乏には思えないのだが……彼女には謎が多い。


 ――なんて考えていると、南さんがカウンターにいた店員さんの位置に代わり、話しかけてくれた。


「お待たせしました〜!」


 今日の南さんは、何だかとてもご機嫌だ。


「翡翠くん、高校生初日はどうでしたか? お友達できましたか?」

「一応……できたかな」


 頭に思い浮かべたのは辰也。

 他の男子達とは少し話した程度で、まだ友達と呼べるかわからない。

 女子に至っては誰一人として話さなかった。


「良かったですね〜、まあ翡翠くんのコミュ力なら大丈夫だとは思ってましたけど」


 南さんはニコッと微笑んでくれる。

 俺にとっては、新生活で初めてできた友達は……南さんだ。

 言葉にはしないけど、こうして俺のことを自分のことのようの喜んでくれる彼女のことを、俺はそう思っている。


「逆に南さんは学校どうだったんですか?」

「うーん。難しい質問ですねぇ。私、ミステリアスな女を目指してますので」


 つまり答えたくないという意味なのだろう。

 無理強いは出来ないけど、俺は南さんのことが知りたいと思っている。

 悩んでいる今はチャンスかもしれない。


「新しい後輩が入ったとか、それくらいは教えてください。もっと南さんのことが知りたいんです」

「ひゃっ……!?」


 正直に懇願してみると、南さんは変な声を上げて顔を朱に染め始める。

 そして検討してくれているのか、指でおさげの髪を絡めていた。


「そ、そそそこまで言うなら仕方ないですね〜。実は私も新しいお友達ができたんですよ」

「なんだ、南さんも俺と同じだったんですね」


 無難な回答に、同級生なのか先輩なのかはわからなかった。

 それでも南さんに新しい友達ができたのは良いことだと思うし、俺も嬉しくなる。


「お、おんにゃじ……」

「南さん、何か言いましたか?」

「へ? いえいえ、何も言ってませんよ」


 確かに何か呟いていたはずなのに、一瞬で営業スマイルに切り替えられて誤魔化された。

 手を顔に当てながら、なぜか幸せそうな顔をしているので、俺も気にしないようにする。


「私の話はどうでもいいので、翡翠くんのお話をもっと聞きたいです」

「というと? 俺に話せることなら話しますよ」


 今日の南さんは妙に積極的に見える。

 なんだか照れ臭い。

 俺は南さんのことをもっと知りたいけど……俺のことを知りたいと思ってもらえるのはそれ以上に嬉しい。

 出来うる限り、何でも答えたいが――。


「ズバリ、可愛い女子とかっていました?」


 答えにくい質問をされてしまった。

 いや、さっき俺も難しい問いかけをしたことだし、答えざるを得ないのだが、少々迷う。


 訊かずとも南さんが知りたいのは、年頃の男子として恋愛的に良いと思う女子がいたかというものだろう。

 でも正直、俺に恋愛はまだ早いと思っている。

 少なくとも、結婚を約束した子と再会した後だ。


「そうですね。高渓の新入生には美人が多かったので、同じ男子の中では話題になってましたね」


 女子とは話していないけど、実際に美人が多かったのは本当。

 校則が緩いからこそ、薄くメイクやお洒落をしている女子が多いからかもしれない。

 ぶっちゃけ――南さんよりも目を引かれる女子はいなくて、大して興味も湧かなかったけど。

 いや一人、悪い意味で目を引く女子はいたか。


「ふぅん、翡翠くんの気になる女子はいなかったと?」

「まだ初日ですからね」


 誤魔化そうとしたのは見抜かれていたらしい。

 でも、同級生の異性という関係で仲良くなるのにはそれなりに時間を要すると思う。

 まあそれが面倒くさいって感情は少しあった。

 尤も、辰也はやる気満々みたいだったが……。


「私には一応、高渓の友達がいるかもしれないんですけど――」

「なんですか、いるかもしれないって」

「むう、そう言わないと私の学校特定されちゃうじゃないですかぁ!」


 猫の手を作り、シャーっと怒った表情を作る南さん……かわいい。


 南さんの秘密主義には慣れたし、こうしてツッコミを入れる時、一々仕草がグッとくる。

 残念ながら高渓の生徒ではないんだろう。

 ……とは薄々感じているけど、だからこそ匂わせて期待させるのはやめていただきたい。


「とにかく、高渓の話題と言えば今年は一つあるみたいじゃないですかぁ」


 一瞬の何の事かわからなかったが、俺は「ああ」とうなずいた。


「今年入って来たアイドルの子のことですかね?」

「はいっ、翡翠くんの同級生に当たると思うのですが、見かけましたか?」

「ええ、まあ別クラスなんですけど結構話題になっていたので……それで」


 まあ風登さんは可愛いというより、美女と表現した方が良さそうだ。

 とはいえ入学早々に最も話題になっていたのは間違いなく彼女のことだろう。


「確か……風登水萌さんっていう子ですよね。実際に見てみてどうでしたかっ?」


 俺が風登さんを見てどう思ったか……?

 話題になっているだけで、俺が彼女に対して興味を持っている訳じゃない。

 だけど、なぜか南さんが目を輝かせて興味ありそうな雰囲気を漂わせているので、返答には慎重になってしまう。


「…………」

「やっぱり翡翠くんも、風登さん気になるんですね〜?」


 俺の沈黙から、俺が風登さんを気になっているように見えたのだろうか。

 みょうな誤解をされている。


「え、いや友達が気になってるだけですよ」


 キッパリと否定した。

 風登さんを自分の目で見るまでは気になっていたかもしれない。


 けど、思っていた子とは……違った。

 人気アイドルというのだから、もっとチヤホヤされているのだと思っていた。

 それが実際には、教室で孤立していたように見えたのだ。


「なんかクール系で売ってるらしいんですけど、

「…………」


 俺が思った事を話すと、南さんは故障したロボットのように表情が固まる。

 そして何も言わなくなってしまった。

 あれ、俺失言してしまった? もしかして――。


「ああっ、あああ……もしかして南さん、風登さんのファンだったりしますか?」

「へっ……?」


 問いかけに対し、間抜けな声を出す南さん。

 とりあえず、俺は謝罪しなければならない。


「急に固まったから……不快にさせてしまったなら、すみません」

「ええっ、いえいえ……全く不快なんて思っていませんよ〜。ちょっと驚いただけですから」


 顔をぶんぶんと振って、違うとうったえてくる南さん。


 でも本当だろうか。

 いつも明るい南さんがあんな風に硬直するなんて初めて見たから、心配してしまう。

 すると俺のそんなあせりを察したのか、南さんは目を合わせると共に俺の手を取ってきた。


「いえっ、その……翡翠くんは人を見た目で判断しないんだなぁ……って。とても良いことだと思いますっ!」


 いきなり手を握られると、流石の俺でもドキドキが止まらない。

 何より彼女の手は春先にしては温かい。

 まるで淹れたてのコーヒーを注いだマグカップを手に取った時のような感覚だ。


「み、南さんにそう言ってもらえると……嬉しいです」


 そう呟いた俺は急いで彼女から手を引いて、コーヒーを一気飲みした。

 どうにかこのドキドキを、表情に出さないように誤魔化せただろうか。


「…………」


 離したばかりの南さんの手が少し名残惜しく感じる。

 ひさしぶりに触った女の子の手は、想像以上にやわらかくて……ドキッとした。


 南さんも調子が戻ったのか、いつも通りニコッと微笑んでくれた。

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