第5話 話題の新入生アイドル

 春休みが終わる。

 そして高校生としての新生活が始まった。


 カフェ『ルージュ』に通って沢山勉強したおかげもあって、入学後すぐにあったクラス分けの試験は好成績だった。

 五つのクラスのうち、俺は上から二番目のBクラス。

 上位40%は進学校の中では高い方だと思う。


「でさぁ、新入生挨拶の子……めっちゃ美人じゃなかった?」


 後ろの席になった男子が俺に話しかけてくる。

 名前が確かそう――――にいじまたつ

 彼も俺と同じく遠くの街から来たらしい。

 髪を金に染めてチャラそうに見えるが、お互いに知り合いがいないからか、すぐ仲良くなった。


「美人は美人だったと思うけど、なんか顔がむすっとしてなかったか?」


 新入生の挨拶は俺も見ていた。

 主席に選ばれた美人が、模範的な態度ですらすらと進めていたことを思い出す。

 見た目は本当に美人だったけど、表情が硬い印象が残っている。

 表情豊かな南さんと、毎日顔を合わせているからだろうか。


「だよな〜……ってかお前、その反応からして、やっぱりあの子のこと知らなかったのか……」

「ん……? それがどうしたんだ?」


 どういう意味だろう。

 まるで辰也は主席だった女子のことを知っているような言い方だ。

 知り合いはいなかったんじゃ――。


「おいおい……とうみなって言えば、今売り出し中の世界的人気アイドルの一人じゃねーか。生で見れた時は感動したぜ」


 妙なことを言う。まだまだ人気上昇中という意味にもとらえられるが、やや大げさな物言いにも感じる。


 もちろん彼女の名前くらい、挨拶の時本人が言っていたから知っている。

 でも彼女がアイドルだとは知らなかった。

 そりゃ話題にしたくもなるか……。

 アイドルといえばレッスンとかあるだろうし、それでいて進学校に主席合格はすごいことだ。


 話を聞いていると、『ハニーリング』というワードが出てくる。

 メンバーの名前を知らない俺でも、世界的人気を誇るアイドルグループの名前くらいは知っている。

 辰也の話を聞き流しながら「風登水萌」の名前を調べてみると、グループ内でもクール系担当としてかなりの人気があるらしい。


 そのクールさは折り紙付きで、曰く……誰にも微笑まないとまで言われているが、それでいてどうしてここまで人気なのか、疑問である。

 アイドルは……笑顔を振りまく存在ではなかったのか。


「くうっ、風登さんが入学するってもっと前から知ってたら、絶対俺もAクラスに行ったのによぉ」


 辰也は悔やんだ声で嘆く。

 正直、辰也のような見た目の男子でもBクラスに入れたことの方が意外だ。

 まあ髪を染めることは、学校の校則上、何も問題ないことであるのだが。


 俺も少し見た目には気を付けたい気がする。

 陰気ではないが、地味な自覚はある。

 地味と言えば南さんの外見もそうだけど、彼女は秀でた愛嬌があるからな。

 周りと上手く馴染むためには、それ相応の努力が必要かもしれない。


「ところで辰也、ヘソの近くに黒子ほくろのある女子って見なかったか?」

「翡翠、お前……マニアックな性癖?」


 外見のことを考えて、ピンときたことをつい言葉にしてしまうと、誤解をされてしまったようだ。

 俺に特殊性癖はない……と思っている。


「違う。まあ見つけたら教えてくれ。探してる人がいるんだ」


 昔に……その特徴だとは、小恥ずかしくて言えなかった。


 彼女……「みぃちゃん」がこの街に住んでいれば、この高校の同じ学年にいると思うのだが。


「ほーん。まあ夏にでもなればプールの授業あるしわかるんじゃね?」

「スク水だと見えないだろ」


 辰也の言葉に対し、俺は呆れを見せた。

 一人一人に尋ねるなんてセクハラ行為をするつもりはないし、出来れば自然な形で確認したい。

 しかし無理なものは無理だろう。


「知らないのか? 高渓の水着に決まりはないぞ」

「……なんでそんな事知ってるんだよ」


 予めリサーチしてきている部分がおかしい。

 まあ実際、制服にアレンジ加えていいくらいこの学校の校則はゆるいので、そういう事もあるのか。


 もちろん全員がスク水でない保証はないけど、好きなものを選んでいいと言われれば、お洒落したくなるのが女子の性だろう。

 なら、夏まではのんびり待つとしよう。


「まあオッケー! 俺が女子と上手くいったら、手伝ってやるよ」

「そうか。助かる」


 これから三年も猶予があるのだ。

 急ぐ必要はない。

 俺はただ彼女と再会したいだけなのだから。


「あのさぁ翡翠。そうか……じゃなくて、お互いの目的の為に俺がモテる協力をしてほしいんだが?」


 辰也の目的なんて聞いていなかった。

 いや何となくわかってはいたけど、モテたいのに誰かを頼るのは悪手なんじゃないかと思う。

 協力とは一体……?




「覗きなんて趣味が悪いぞ」


 疑問に思ったのも束の間、辰也に連れられたのはAクラス前の廊下だった。

 件の風登水萌を見に来たのである。

 どうやら辰也は彼女に惚れているようだ。


「減らず口はいいから。どうすりゃ風登さんとお近づきになれるか一緒に考えてくれよ」


 てっきり話しかけるのかと思ったら、臆病にも考えるだけらしい。

 見ているだけじゃ、何も関係は進展しない。

 しかしまあ件の風登さんとやらに自ら近づきにくいのは、俺も一目見て理解した。


 ストレートに垂れる透き通るような勿忘わすれなぐさ色の髪に、琥珀アンバーの瞳。

 天然だというその容姿は、あまりに浮世離れしていた。


 まるでスポットライトにでも当てられたように、彼女の存在感は一際あって。

 明らかに目立った容姿の風登さんは、静かに読書をしており、涼しさを感じさせる。

 まさしく高嶺の花……という感じだ。


 けど――――やっぱり表情が硬い。

 誰にも微笑まないのは、本当らしい。

 周囲の言うようにクールな態度を崩さない彼女らしいとも言える。

 これでも、彼女がここまで人気なのは、やはりその容姿がゆえなのだろうか。


 ――なんだか、あまりにも様になり過ぎていて……普通の高校生にしては大人びている気がした。

 まるで…………みたいだ。

 そんな時――。


「あっ……」


 すぐに逸らされたが、一瞬だけ彼女と目が合った気がする。


「おい翡翠。今、風登さんが俺と目を合わせてくれなかったか……?」

「あ、ああ。そうかもな」


 どちらと目が合ったのかなんてわからない。

 ただ気になる事が一つ。

 目が合ったのかもしれないあの瞬間、風登さんは一瞬だけ表情が柔らかくなっていた気がする。

 今度は――


 ……しかし再び彼女の表情は薄くなる。

 そんな風登さんの姿は、見ていてモヤモヤする。

 不快ではないが、見ていて気持ちの良いものではない。彼女はまるで――周囲に一切の興味を持っていないみたいだった。


「翡翠……どうした?」

「いや、何でもない」


 何故こんなにも、出会ったばかりの女子にモヤモヤしてしまうのか。

 それはきっと……表情がゆるんだ時の笑顔が、少しだけ南さんと重なったからもしれない。


 見るからに正反対の二人なのに、たった一つかい見えた類似点が、俺の心をらした。

 もっと好きに笑っていればいいのに、どうしてそんな風にクールぶっているのか。


 俺はきっと――――風登水萌にムカついていたんだと思う。

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