第18話 恋に落ちた瞬間
幼馴染と再会するまで、誰に告白されても断る。
それは俺の中にあった固定観念だった。
だが、南さんの言葉は続く。
「翡翠くんのことが好きで好きで堪らない女の子が現れても……受け入れてあげないんですかーっ? もったいない!!」
南さんにしては、ズルい言い方をする。
もしそんな子が現れたら、感情的に受け入れてあげたい気持ちはある。
だけど、理性的になる必要があるのだ。
「けど……みぃちゃんと再会した時、俺に彼女がいたらさ――」
「彼女がいたら……?」
「今度は約束を本気にしてるみぃちゃんを傷付けてしまうかもしれないって、思って……」
「もし私の想いが、そんな曖昧な約束で断られたら……絶対に嫌ですっ、嫌ですよ!」
ナイフのように鋭く突き刺さった言葉。
もし……もしも南さんに告白されても、俺は南さんを傷付ける覚悟があるだろうか。
いや、多分ない。
「……わかってる。でも――」
「わかってませんっ! 翡翠くんは、みぃちゃんのことが好きなんですかっ!?」
「それは……わからない」
なぜか違うとは言えなかった。
長い間会っていないし、よくわからない。
でも約束を守る選択権は彼女に委ねたいって、そう思っていた。
別にいいじゃないか。
結局、みぃちゃんを探し出して再会を果たせば、そんなこと関係ない。
「みぃちゃんだって翡翠くんのことを好きなのかわからないんですよね!?」
「……はい」
「なのにっ! ど~してそんな子のために、現在進行形で翡翠くんのことが好きで好きで堪らない女の子を切り捨てるんですかぁ!」
どう考えても正論だ。
だけど――あと少しかもしれないのだ。
再会さえ果たせれば、誰も傷付かないだろう。
そもそも、俺はそこまでモテる訳じゃない。
この問題は時間が解決してくれるはずで――。
「というか翡翠くん……みぃちゃんのことを本当に考えてあげているんですか?」
「…………え?」
どういう意味だろう。
今日までずっと、約束だって忘れていない。
みぃちゃんのことを、考えているからだ。
「数年会っていなかった男子が、急に『結婚の約束』なんて言い出してきたら――」
南さんは一息ついて。
「相手の女の子は普通、怖いと感じるんじゃないですか? 私は……怖いと思いますよ」
「…………っ!?」
息が詰まった。
まるで首を絞めつけられた気分だ。
なぜ今まで考えもしなかったのだろう。
……南さんの言う通りだ。
俺は心の何処かで、みぃちゃんが約束を果たしてくれるという淡い可能性に期待を寄せていた。
みぃちゃん目線で、俺の姿がどう映るのか考えたことなんてなかった。
どうかしている。
どうやら俺は――頑固になっていたようだ。
「あ~、その顔。やっぱり考えたこともなかったんですね……」
「ああ。俺は……馬鹿だな」
自分が間違っていると認めるしかない。
俺は女々しくも、独りよがりにそんなメルヘンを夢見続けていたわけだ。
「いいえっ、翡翠くんは大馬鹿者です!」
追い打ちをかけるような南さんの言葉。
今回ばかりは本当に彼女が正しいから、何も言い返せないな。
どころか、その罵倒は気持ちが良いくらい俺の心を元気づけてくれた。
彼女からは……教わってばかりだな。
「ありがとう。目が覚めた気分だ」
「ふふんっ、そう言ってもらえると、カフェの店員冥利に尽きますね~」
「眠気覚ましのコーヒーを飲ませる場所だからか……ははっ、一本取られたな」
相変わらず、南さんには敵いそうもない。
これが同い年というのだから、末恐ろしいよ。
(本当に――みぃちゃんが南さんだったら良かったのに)
ふと、変な考えが頭を過った。
ずっと前から南さんのことは異性として意識しているけど、今はっきりと自覚した。
(俺は多分、南さんのことが好きだ)
だけど、いやだからこそ――今の考えは言葉にできない。
また叱られてしまう。
それにもっと余裕を持ちたい。
女々しい考えを持っていた自分を悔い改めて、男らしくなろう。
まだ時間はあるのだから、それまで彼女との時間を大切にしたいと思った。
――今日も南さんの帰りを付き添いマンションへと帰る。
いつもより遠回りになってしまったものの、無事に彼女を家まで送り届けることができた。
(そういえば、水萌さんも同じマンションだって伝えるの忘れてたな。まあ個人情報だし、言わなくて正解か)
むしろ伝えていた方が、また怒られていたかもしれないし、九死に一生を得た気分になった。
それにしても、数日ぶりに行ったカフェ『ルージュ』は、やはり居心地が良かった。
あそこは、俺の居場所なのだと感じた。
結婚の約束については、南さんのお陰で考えを改めることができたし、肩の荷が下りたことで今日はよく眠れそうだと思った。
「なんだ、これ?」
家に帰って鞄の中を開けると――そこには見知らぬ手紙が入っていた。
既視感が頭を揺らがせる。
中身を見ずとも、俺はその手口を知っている。
その手紙がラブレターだと知っている。
そう――ストーカー事件は終わっていなかったのである。
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