第17話 そんなの――間違ってます
新入生オリエンテーションを終えた翌日。
月曜日という平日の始まりを迎えたわけだが、ちょっとした変化があった。
――視線だ。
周囲の連中が俺に向ける視線は一変した。
広く浅く仲良くなったと思っていた男子達に話しかけても、ぎこちない顔で返される。
原因は言うまでもなく、昨日の帰りのバスでの出来事が大きいだろう。
まあ俺だけじゃない――辰也もだ。
抜け駆けして風登さんへの告白したことは、白い目で見られている。
噂のお陰か、深雪さんや水萌さんも多くの女子達に囲まれて大変そうだった。
遠くから見た限りだけども。
そんな時間のせいだろうか……カフェ『ルージュ』で過ごす時間はとても落ち着く。
「お疲れみたいですね~」
いつものカウンター席へと座ると、お目当ての人……南さんがやってきた。
彼女は最後に見た時よりもすこぶるご機嫌な顔で、バリスタに励んでいる。
いつもより少し客が多い。
そんな中でキビキビと働いていた彼女もお疲れの様子。
「南さんが元気そうで良かった」
「えへ~? なんですかぁ……翡翠くんは嬉しいことを言ってくれますね」
南さんの笑っている顔を見ると、疲れも吹っ飛びそうになるからな。
客足が少なくなってくるまでの南さんを眺めている時間も悪くなかった。
「――そういえば翡翠くん、合宿に行ったんですよね? 気になりますっ」
「面白い話かはわからないけど――」
土産話ということで、昨日までの話を伝える。
水萌さんと仲良くなったことは話さない。彼女は有名人だからだ……スキャンダルは避けないと。
そのため、登山であった出来事も彼女の名前を伏せて話した。
だというのに――。
「へぇー、翡翠くんはモテモテみたいですね~」
「いやいや、絶対そういうのじゃない」
深雪さんや水萌さんとは、出会ったばかり。
違うクラスだし、お近づきになったのは偶然。
友達と言っていいのかわからないけど、知り合いになれたことも、他意はないはずだ。
「……確かに、翡翠くんのお話ではお友達の辰也くんの方を意識しているみたいですしね……?」
「もしかして俺が男色を好んでるとでも?」
「ええっ、違うんですかー!?」
大袈裟にリアクションする南さん。
辰也は唯一の友達だから、まあ考えなくもなかっただけだ。
それに、告白を振られた辰也に同情したくらいわかるだろう。
「冗談です、冗談ですよぉ……でも、どうにも翡翠くんからは女子に対して意識していないように聞こえるんですよね~?」
まさか……。
ちゃんとドキドキしてばかりだったし、俺はちゃんと女子が好きだ。
でも一歩引いているのは南さんの言う通り。
彼女達が美人だとか有名だとか……そういう理由があるのではない。
「……ちょっと話は変わるんだけど――」
「はい?」
「実は俺、結婚の約束をした幼馴染がいるんだ」
フリーズしたように固まる南さん。
こんな話をされたら、その反応が自然か。
今まで南さんにも、この話は話したことがなかった。
忘れていた訳じゃない。
少し恥ずかしかった。
今のところ、彼女を探すために話しているのは同じ男の辰也くらいだしな。
「以前に違う町から来たのは話したっけ?」
「え、はい。そうでしたね」
「昔そういう約束をした女の子……みぃちゃんに会いたくて高渓を受験したんだ」
「みぃちゃん……?」
「あーっと……それが本名はわからなくて、探している途中なんだ」
夏になったら、見つかるかもしれない。
水着姿の女子をジロジロ見るのはいかがなものかと思うけど、一人一人に確認して探そうと思っている。
「えっと……だから恋愛には興味がないと、そういうこと……なんですか?」
コクリと頷く。
すると、なぜか南さんは表情を曇らせた。
「みぃちゃん」と呼んでいたくらいだから、名前も「み」から始まると思っているんだが、誰なのかわからない。
ちょっとだけ……南さんだという可能性を期待していたのは内緒だ。
「向こうも、俺の名前知ってるのかわからないんだけどさ」
「えーっ……?」
「いや憶えてないというか……みぃちゃんと遊んでいたのは小学生低学年の頃で――」
たしか違うクラスの女子で、公園で取り残されていたところを俺が発見して、声をかけてから遊ぶ仲になった。
懐かしいな……。
「というか、俺もなぁくん呼びだったから……」
「お互い、あだ名だったんですね~。なぁくんって
素敵な呼び方です」
「そ、そうかな……」
とはいえ、お互い絶対に忘れていないエピソードはあるはずだ。
例えばそう……俺とみぃちゃんはふざけてお互いの裸を見たことがある。
今考えるとどうかしていたようなエピソードだったが、だから彼女のヘソ近くにホクロがあることを憶えているのだ。
まだこの街にいれば……会えるはず。
「ふむふむ~、むむうっ、翡翠くんは――その約束をどう考えているんですか……?」
苦々しい表情を浮かべる南さん。
なぜか……彼女が息苦しそうに見える。
どうしてだろう。
「どうって……いや子供の戯れだし、本当に結婚してくれるとは思ってないんだけど――」
「でも――その幼馴染と再会するまでは、誰かに告白されても断るってことですよね?」
その問いの言葉は頭によく響いた。
何度も反芻させられた。
誰かに告白されたらなんて、一度も考えたことがない訳じゃない。
どころか、よく考えさせられる出来事があった。
――中学の頃にあった、ストーカーからのラブレターの一件である。
「……そうだな」
嘘は吐かない。
それは俺に恋をしてくれたストーカーに対する負い目があるから。
恐らくあのストーカーは、俺に「結婚の約束」があることを知っている誰かなのだ。
それがラブレターに名前を書かなかった理由に違いない。
その罪悪感から……俺は恋愛なんて――。
「そんなの――間違ってます!」
ボソッと呟いた南さんの声。
その声はとても小さいのに、妙に力強かった。
そして次に見せた顔は頬を膨らませ……どこか、可愛らしい怒りを含んでいるものだった。
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