第36話 ミリーの憧れ

 ミリーには憧れのアイドルがいた。

 その人は年齢で引退しちゃったけど、人気アイドルグループでクール系を貫いたアイドルだった。

 だからミリーをイギリスへ連れて行こうとしたパパの提案を断って、ミリーは新規アイドルグループ『ハニーリング』に入った。


 しかし思い通りにはいかなかった。

 ミリーが沢山努力していても、アイドルは自分一人だけじゃ成り立たない。

 これを改善する為に、ミリーはキャラクター個性というものをプロデューサーに提案した。


 みんな、ミリーのことを認めてくれた。

 それぞれの色にあった個性を作って、SNSを活用しながら『ハニーリング』はどんどん大きくなっていく……。

 だけど、ついに限界がやってきた。


「ミリー、やっぱり貴女がセンターをやってくれない? みんな、貴女が支えなの」


 センターは笑顔たっぷりの明るいピンク。

 これは『ハニーリング』のカラーリングでミリーが決めたもの。

 グループが上手くいっている以上、今の体制は変えることができなかった。

 すなわち……自分の色を青からピンクに変えるということを強制されたのである。


 ――ミリーは反対した。

 自分以外に、クール系の青は任せられないと思っていたから。

 なのに――。


「今日から入る、風登水萌さん……正直、この子の能力は別格よ」


 透き通るような勿忘わすれなぐさ色の髪にはく色の瞳の彼女は、ミリーの目から見ても、幻想的な容姿の持ち主だった。


 それでも認めたくなかった。

 ミリーは青が好きだったから、否定したかった。

 だけど――デモの映像を見て目を疑った。

 彼女、風登水萌は本物だったのだ。


 ミリーが今まで見たどのアイドル……かつて憧れた人よりも遥かに――出来上がっていた。

 パフォーマンス力だけじゃない。

 彼女は事務所に莫大な契約金を吹っ掛けた挙句、レッスンに一切しないことを契約させたという。


 ――馬鹿げている。

 普通はそんな契約認められる筈がない。

 しかし、審美眼を持つベテランのプロデューサーさんは、認めたのだ。

 ……悔しかった。

 つまり、プロデューサーさん目線からも、ミリーはクール系として劣っていたのだ。


 ミリーは欲深い。

 はっきり言って忖度してほしかった。

 ここまで『ハニーリング』を大きくしたのは、ミリーのお陰なんだって知っているはずだから。


 とはいえ風登水萌が、ミリー達のレッスン映像を見ただけで、合わせられるはずがない。

 次のライブは絶対失敗に終わると思っていた。

 だからそこで――再びミリーが青に戻ると提案する算段だった。



 なのに、彼女が初参加したライブで……その考えさえ変えさせられた。

 宣言通り、リハーサルさえ一度もない。

 なのに、圧倒的なパフォーマンスを調和させるように、合わせてきた。

 実力の次元が違う……そう思い知らされた。


 対してミリーはどうだったろう。

 ピンク色という『仮面』を被ってセンターに立った時、それは自分ではなかった。

 自分じゃないのに……ファン達からは認められ、憧れの視線を注がれる。


「あぁ……」


 所詮、ミリーは偶像だ。

 ――それはメンバーにキャラクター個性なんてものを押し付けたミリーが一番わかっていた。

 だからミリーは、自分の中で折衷案を思いつく。


(風登水萌は間違いなくアイドルの天才。それなら――彼女にセンターをさせればいい)


 そうすれば、グループももっと躍進する。

 ミリーは、自分のやりたい青に戻れる。

 そう願って堪らなかった。

 でも、ミリー以外のメンバーが許さなかった。


 レッスンに一度も参加しない風登水萌を嫌うメンバーがほとんどだった。

 頼みの綱であるプロデューサーさんからも、現状の方針を崩したくないと言われてしまう始末。

 ミリーの思惑は、あっさり終わったのだった。




 ***



「はぁ、ラストの――不味いわ」


 十日後のライブのラストソング。

 作曲者が駄々を捏ね続け、進捗が上がらない。

 ミリーだって『友情』だなんてテーマには納得がいかなかった。

 何故ならそこに、今の『ハニーリング』に友情なんてものはないのだから。

 ……ミリー達と一度仕事をしたことのある音響関係の人達は、みんな知っていることだ。


 ミリーはテーマを変えるべきだとプロデューサーに訴えたけど、今度は「それじゃあミリーが新しいテーマを決めて」などと返されてしまった。

 あと十日しかないのに、どうかしている。

 ミリー達のようなメジャーレーベルのアイドルグループが、やっていいことじゃない。


 何よりミリーだって、今のままラストを『友情』なんてテーマで飾りたくない。

 そう悔やんでいた頃。

 ――電話が鳴り出した。


「みなもん……?」

『こんばんは、ミリー……夜遅くにすみません』


 電話をかけてきたのは、みなもん。

 今まで一度もこんな事なかった。

 正直、かなり驚いている。


「えっと、みなもん……ミリー、今忙しくて……申し訳ないんだけど――」

『ミリーの悩みくらい、把握していますよ。私なら、すべて解決できます』

「えっ……?」


 今まで一度もグループの方針に口を挟んでこなかった彼女が、何を言っているのだろう。

 そもそもミリーが何に困っているかなんて、みなもんにはわかるはずがないのに。


『その前に……私と勝負をしませんか?』

「しょ、勝負……?」

『私と――クール系の青を賭けて』

「……っ!?」


 突拍子もなく提案されたことは、何よりミリーが望んでいたもの。

 そして半ば諦めかけていたもの。

 当然、無視できるはずがなかった。


「する……したいっ! ミリーは、青がいい!」

『わかりました。では、これから私の言う通りにしてください。そうすれば次のライブ、ミリーとの勝負を兼ねて必ず成功させると約束します』


 いつも適当にあしらってきた、みなもん。

 彼女は、グループのことなんて興味を持っていないと思っていた。

 だから、真剣な口調と自信満々な言葉に……ミリーは内心感動してしまう。


『まずは――他のメンバーとプロデューサーを裏切ってください』

「えっ……」


 ――最初は耳を疑った。

 みなもんは、現状を打開する、突飛な計画を提案してきたのだ。


 思わず、堅唾を呑んだ。

 計画は一種のボイコット……叛逆行為だった。

 だけど――ミリーは、自分の欲望を優先する。

 それが、みんなにとってのハッピーな道に繋がると信じた。


 いつも不参加するみなもんの為、いつもこっそり録音していた会議の音声データ。

 ……いつもは編集してから、みなもんに聞かせていたもの。

 それをミリーは――無修正でSNSへとアップロードした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る