第35話 アンチがデマふかしてる!

 みぃちゃんと再会した。


 それ自体は喜ばしいことだ。

 元々この町に来た目的が、もう叶ってしまったのだから。

 しかし、彼女を振ってしまったことに関しては、後々になって色々と悩む羽目になった。


 心が揺らいでいた訳じゃない。

 ただ高渓に進学してきた理由こそが、彼女と再会することだったから、素直に現状を受け入れるのに時間がかかってしまう。

 加えて――。


「なぁくん……お弁当作ってきたよ」

「……俺達、付き合ってないよな?」

「やだなぁ。幼馴染としてちょっとお節介を焼いただけ~」


 朝からBクラスの教室へやってきた深雪さんは、まるで恋人のような振る舞いをしてくる。

 ……当然、周囲の視線は痛い。

 水萌さんと手を繋いだ噂がまだある中で、だ。

 他の女にも手を出しているみたいじゃないか。


「なぁ小石ちゃん。これどう見るよ」

「辰也は頭が悪い。愛し合ってる」


 三岩と辰也が、隣でうるさい。

 愛は一方的なのだが……彼女が作って来てくれたという弁当はつい受け取ってしまった。

 なので、俺も言い訳に困っている。

 というか、この二人はいつの間に下の名前で呼ぶ合うほど仲良くなったんだ……?


「それでね、なんかよくわからないんだけど……水萌が十日ほど学校来ないんだって」


 深雪さんの言う事だから本当なんだろう。

 けど、一週間以上学校を欠席だなんて許されるのだろうか。

 どの程度サボったら進級要件に関わるのか、実はよく知らない。


「風邪か?」

「名畑は馬鹿。十日後、みなもんはライブがある」


 三岩が棘のある前置きを添えながら、詳しい情報を教えてくれた。

 流石は水萌さんの厄介ファンだ。

 まあ日数で言っている時点で、何か用事があるのは察せられたか。


「へぇ、ちょっと調べてみるか」

「やはり馬鹿。チケットはもう売り切れ」


 気になったからネットで確認するだけで、チケットを買うとは一言も言っていないのだけど……。


「ちなみに俺は買ったぜ」

「当然、僕は販売開始すぐに」


 調べてみたら、チケットは五日前に完売済。

 その時には三岩とも仲良くなっていたし、教えてくれても良かったと思うのだが……。

 ファンからすれば知らない方がおかしいのか。


 俺はSNSを開き、ちゃんと『ハニーリング』のアカウントをフォローしておいた。


「あたしは行くつもりないわね」

「意外だな。みぃちゃんが一番行くと思ってた」

「やぁよ、暑苦しい。水萌の踊りが見たいなら、家に呼んで躍らせるわ」


 そんなお願いして、本当に水萌さんが躍ってくれるのか……気になる。

 深雪さんと水萌さんには、不仲なんて疑惑があったりするから……。

 本人に訊いても、答えてくれなかったが。


 すると、ちょうど開いていたSNSに、『不仲』という単語を見つける。


「なんだこれ……ハニーリングが不仲?」

「はあああ?」


 突如として叫び出したのは、三岩。

 すぐに彼女が向けてきたスマホの画面には、俺が開いているページと同じものが映されていた。


「デマ! アンチがデマふかしてる!」


 三岩がここまで慌てるのも無理はない。

 その記事の内容は、『ハニーリング』のメンバーである風登水萌と、その他のメンバーには確執がある等と綴られたもの。

 加えて、音声データがアップロードされていた。


「これって……」

「告発……だよな?」


 五分経たずのデータには、『ハニーリング』の企画会議らしきメンバーとプロデューサー達の話し合いが含まれていた。


 特徴的な声……特に網井ミリーの声はフェイクだと言えないくらいはっきりとしていた。

 それだけで、メンバーの誰かが録音し、垂れ込んだという話だとわかる。


「おいおい大丈夫かよ、これ」

「やばい。やばい。僕のみなもんが……」


 ファン二名が慌てるのも無理はない。

 SNSではどちらに問題があるなどと、ある事ない事書かれ始めている。


 この風潮が広がるのは良くない。

 ファンである前に、友人としてこれは見逃せない問題だ。

 しかし俺達に出来ることなんて――。


「せっかく交換した連絡先、ここで活用すべき! 皆で話を聞く!」

「おっそうだな、小石ちゃん! って言っても、俺交換してもらってねぇ」

「辰也使えない」

「ひんっ」


 三岩の提案は、悪くない。

 少なくとも心配している友達の存在は、彼女を支えてくれるはずだ。


「みぃちゃん……?」


 俺も三岩に便乗しようかと考えたその時――深雪さんからこっそりと着信がきた。

 でも直接言葉にはしないのは、何故だろうか。


〈その件は、心配しなくても大丈夫よ〉


 何が大丈夫なのかわからない。

 深雪さんは水萌さんから、暫く欠席する旨を聞いているらしいのが、詳細は教えてくれなさそうだ。

 ここは……幼馴染の言う事を信じてみよう。


「まあみんな、水萌さんもレッスンで忙しいんだろうし、きっと大丈夫だよ。むしろ、俺達が心配して一斉に連絡なんて送ったら迷惑かもしれない」


 そう言うと三岩は眉をひそめた。

 彼女は水萌さんを厄介なくらい慕っている。

 その反応は予想していたものだが、彼女の味方をしようと辰也までこちらを睨んできた。


「なぁくんの言う通りよ。まぁ何かあればあたしにきっと連絡くるわよ」


 そこで、深雪さんが俺の肩を持ってくれた。

 まあ彼女が大丈夫だと言い出したのだから、俺の側に立ってくれないと困るのだが。


「わかったよ。小石ちゃん、これは諦めよう」

「良い提案…………違った。残念」


 三岩は不貞腐れつつも意固地を解いた。

 この二人は意外と相性がいいのかもしれない。

 結局……件については深雪さんに任せるとはいえ、水萌さんが無事だと良いんだがな……。

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