第28話 協力してあげる
食堂で水萌が翡翠くんを連れて行った。
前世の水萌を知っているからこそ、心が痛くても止められない。
わかっている。
……水萌が如何に本気なのか。
暗い公園で見た彼女と話をしてから、よくわかっていた。
だけど、水萌に付いていく翡翠くんに対して、それでも拒絶してほしかった。
あたしも人の事は言えない。
水萌は苦しい想いをしていて……拠り所を欲している。
彼女も一人の女の子に過ぎないんだってことは、あたしが一番知っていた。
それでも翡翠くんを取られるのだけは、耐えられない。
「矢倉さん……話があるの」
「えっ、はい」
――放課後。
あたしがこっそり呼び出したのは、矢倉美沙。
今日も藤堂雅也にくっ付いていた同じクラスの女の子だ。
彼の表面的な優しさに騙されているようだけど、敢えてそこを突けば、利用できるかもしれない。
「藤堂くんと恋人になりたくないかしら。あたしのお願いを聞いてくれるなら、協力してあげる」
「え、えっと……お願いって?」
あたしを疑いつつも、恋人というワードに反応する矢倉さん。
何故、あたしが恋心を見抜いているのかについては問うてこない。
きっとそれだけ……恋人になりたい欲求が先走っているのだ。
前世で、矢倉さんが藤堂くんに振られていることを、あたしは知っている。
早いうちから、彼に恋心を抱いていたことも。
「水萌に対してもっとアプローチするように、彼を促してほしいの」
「風登さんに……? それってどういう……風登さんは、雅也くんのことが嫌いなんじゃ」
あたしもまた、昼間に藤堂くんのことを拒絶していたのに、彼の為になるようなことをお願いしているのだから、その疑問は当然だ。
そして、矢倉さんにとって恋敵にあたる水萌にアプローチする行為に思えるかもしれない。
だけど――。
「嫌いよ。だから貴女にお願いしてるの……直接話したくないから。安心して……水萌はアプローチされればされるだけ、藤堂くんを拒絶するはずよ」
少しでも希望を与えるように言った方がいい。
こんな提案に耳を傾けるほど、恋に貪欲みたいだから。
「でも、どうしてアプローチなんてさせるの? 七瀬さんは、何をしたいの?」
矢倉さんの言葉に、一瞬息が詰まった。
あたしがしたいこと……目的、意図。
悩んだけど、あたしは喉に突っかかったものを吐き出すように、答えを出す。
「あたしも矢倉さんと同じなの。あたしも恋をしていて、水萌に奪われるかもしれない。だから、少しでも邪魔をしたいの」
自分がこういった汚いやり方に手を染めることに、目を逸らしたかった。
だけど、きっと認めないといけない。
以前、翡翠くんと待ち合わせした日から……妙に誰かから監視されている感じがしている。
きっと水萌の息のかかった誰かだ。
お金か何かで雇ったのかもしれない。
だからあたしもこういう方法を使わないと、碌に翡翠くんと話す機会すら得られない。
「矢倉さんは怖くないの……? 藤堂くんが水萌を狙っていることくらい、彼に恋する貴女なら気付いてるんじゃない?」
「それは…………うん」
躊躇いが見られる矢倉さんの顔。
その顔を見て、息を呑んだ。
……こんな風に純粋な心で恋愛をしていたことが、あたしにもあったから。。
でも、恋はそんな生易しい気持ちで叶うものじゃない。
「あたしも、本当は嫌なの……水萌は大切な友達だから。けど、負けたくない気持ちもあるの」
胡散臭いかもしれないし、こんな事を提案してどの口かと思われるかもしれない。
だけど、これがあたしの本心。
前世の水萌の言葉が、まだ耳に残っている。
言葉遣いも忘れて叫んで……そんな彼女の浮気を非難する物言いに、あたしも絶望した。
でもあの時の言葉は、水萌が正しい。
裏切った責任はある。
――そう、責任。
責任があるから、あたしは翡翠くんを幸せにしないといけない。
そして水萌に必要なのは、翡翠くんという依存先じゃない。
彼女自身が藤堂雅也を克服することだ。
「本当に……風登さんはアプローチされるのが苦手なの? あ、アイドルなんでしょ?」
「絶対。それだけは神に誓って間違いないわ」
もう一押しすると、ちょっと悩む様子を見せてから、答える。
「わかった……信じる。やみぃ……雅也くんの恋人になりたいから」
「良い返事ね」
藤堂のようなクズを利用するのは不本意だし、水萌を脅かしてはほしくない。
だけど、こうでもしないと……不安が募っていくばかりで何も出来なくなってしまう。
水萌に言われた通り、あたしは三年間……きっと悠長に考えていたのだろう。
何もかもが、足りない事だらけだ。
言い訳はしない。
水萌が翡翠くんを好きになるだなんて思いもしなかったし、あたしは甘えていたんだと思う。
最近になって水萌が回帰者だって気付いた時、焦ったあたしは、すぐにラブレターなんてものを翡翠くんへ送った。
それは前世で、翡翠くんと付き合うためにアプローチした方法。
名前を書かずとも、彼は差出人があたしだと気付いてくれた。
――それ以外にも、まだ切り札は残っている。
(通用する間に、手を打っておかないと……)
手遅れになる前に、あたしは――今のあたしだけが知っている真実で戦うしかない。
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