第27話 なんお前、なんなんお前……

 藤堂の問いにシカトする水萌さん。

 そこに口を挟む者はおらず、しーんとした沈黙の時間が流れる。


「っ、おい……俺、風登に何かした? クラスメイトとして仲良くなりたいだけなのに、どうしてシカトするんだ……?」


 深雪さんと水萌さんの彼に対する拒絶的な態度から、何かあったのだろうかと思っていた。

 しかし、相手には心当たりがないようだ。

 彼女達が何の理由もなくこんな態度をとる訳がないから、きっと無自覚に何かしたんだろう。


「藤堂……悪いんだけど、俺達で元々食べる約束をしていたんだ。出来れば今は――」

「君、誰?」


 顔には笑顔を浮かべているが、たった一言そう返されるだけだった。


「俺はBクラスの名畑翡翠。水萌さんの友達だ」

「ああ、そうなんだ。わかった……名畑ねー、覚えたよ。それで?」

「水萌さん達が困っているみたいだし、食事は遠慮してほしいんだ」


 何があったのか知らないけど、俺は友達の味方をする。

 水萌さんが嫌がっている以上、彼を近づける訳にはいかない。


「なんでお前が決めるんだ? 俺は名畑と話したいんじゃなくて、風登にお願いしてるのに」

「……そうやってしつこくするから、水萌さんも困っているんだろ」


 藤堂は落ち着いた口調こそ貫いているが、中々しつこいようだ。

 クラスメイトと仲良くしたいという彼の気持ちが本当なら、それを否定する気はない。

 でも、話しかけるタイミングはよくないし、水萌さんが嫌がっているのがすべてだ。


「……うるさい」

「えっ……?」


 そんな時だった。

 横から聴こえた言葉は、とても微かなもので――次に爆発した。


「僕がっ! 僕が今日初めて――初めてみなもんと話せたのにっ! 憧れのみなもんとようやく喋れたことが嬉しくて、嬉しくて嬉しくて僕は……本当に幸せだったのにっ! あまり上手く話せなかったけど、それでも少しずつ良い雰囲気になって……だからこれから――これからもっとお喋りできるんだって思ったのにっ! こんなファンの一人でしかない僕の名前を知ってもらって、ちゃんと認知してもらえて、最高だったのにっ! それが……それが、なんお前、なんなんお前……汚い男の癖になんなん!? なんなんなん!? 僕の……僕とみなもんの記念日を、邪魔するなぁぁああっ!!」


 早口になった上にすごい剣幕でどなり込んだ三岩は、そのまま藤堂を睨みつける。

 彼のことが怖くて震えていたのかと思っていたら、全然違った。

 三岩は自分の怒りを抑えつけていたようだ。


 突然のことに、唖然とする藤堂。

 俺達どころか食堂内が静かになる中、パンっと手を合わせる音が響いた。


「ご馳走様でした」


 水萌さんは、何事もなかったかのように食べ終わった昼食のトレーを持って立ち上がった。

 そしてこの場を立ち去ると思えば、藤堂の前に行き――。


「迷惑なので話しかけないでください」


 静かな食堂。

 多くの視線が集まる中、冷たい言葉が木霊する。

 そうして、そのまま彼女は俺と三岩の間に立ち、俺の手を取った。


「三岩さんありがとう」

「み、みなもん……っ」


 大袈裟に感動している三岩。

 それはそうと、どうして俺の手を掴まれているのかわからない。

 これじゃ、また変に噂されて――。


「翡翠くん、付いてきてくれないかな」

「あ、ああ」


 藤堂が目当てなのは水萌さん一人だけっぽいし、このまま彼女だけが去れば、藤堂は追いかけて来るかもしれない。


 だから――盾になってほしいという事か。

 それならば断る理由はないだろう……噂の一つや二つ、今更なんだ。

 俺は水萌さんへと付いていくことにした。




 ***




 水萌さんは人気を気にしながら俺を連れて廊下を歩き、屋上へと向かった。

 藤堂に対する恐怖なのか、上手く他の生徒に見られないようにするためなのかわからない。

 けど、彼女は早歩きで……俺も何とか手を引っ張られ連れられた。


「だ、大丈夫……か?」


 結構な人数に水萌さんと手を繋いでいる姿を見られた気がする。

 でも、そんなことより……だ。

 彼女は平気なのだろうか。


「ごめんなさい。折角、翡翠くんにお願いされて……三岩さんと話す機会でしたのに……」


 淡々と言う水萌さん。

 そこまで弱弱しくはないが、表面上だけかもしれない。


「別に今日に拘らなくていいよ。こうやって逃げてきて、俺は正解だったと思う。それより――」

「はい。どうして藤堂くんが苦手なのか、説明しないといけませんよね」


 気にならないと言えば嘘になる。


「その……彼の視線が苦手なのです。教室で――初めて声をかけられる前から、いつも彼は私を邪な目で見てきて……それで、無理でした」


 ……視線か。

 確かに女性は男性の視線に鋭いというし、それが不快だったと言うなら、最早セクハラとして捉えることもできる。


 しかし……しかしだな。

 俺も水萌さんの胸が気になって見たことがないと言えば嘘になる。

 時々、チラチラと見たことくらいはあった。


「翡翠くんも、たまに見ているのは気付いているのですが――」

「き、気付いてたのか……?」

「はい。でも、翡翠くんは頑張って目を逸らそうとしてくれるじゃないですか」

「すみません……」


 水萌さんの顔が見れなくなる。

 というか……そうなると南さんにも視線がバレていたりするのだろうか……?

 急に恐ろしくなる。


「その気づかいだけでも、嬉しいものです」

「それは……まぁ。はい……素敵なモノをお持ちだとは思って。すみません」


 罪悪感を覚える。

 彼女のアイドル姿を見た時に感じるドキドキとは違う、よくない鼓動だ。

 視線が自然とそちらへ寄ってしまうのは、男の悲しき性なのかもしれない。


「ごほんっ、わかっているのです。男子はみんな、そういう視線を向けてきますし、女子にもされたりします……三岩さんもそうでしたし」


 ――三岩ぁ、初対面で何をやっているんだ!


「私はアイドルですから、そこで不快感を抱いたりしません、もう慣れましたので。ただ――」

「ただ?」

「藤堂くんは、ちょっと過剰に気持ち悪い顔を浮かべてグイグイくるので――もう存在すら認識したくなってしまって…………私、酷いですよね」


 無視していたのは、そういうことだったのか。

 強気な姿勢で拒絶しているとは思っていたが、そうか認識したくないレベルだったとは……。


「酷いなんて訳あるもんか! 水萌さんが不快に思っていることを、我慢する必要はない!」


 大切なのは、水萌さんの気持ちだろう。

 今回に至っては俺も、呼んでもいないのに会話へ割り込んできた藤堂に非を感じたから。


「ありがとうございます……翡翠くん」


 肩の荷が下りたのか、水萌さんは柵へと寄り掛かり座りだした。

 そして隣をトントンと叩き、同席を促される。


「アイドルも……大変なんだな。考えれば当然だけど、見せるのはキラキラしている姿ばかりで、内面が見えないんだから」

「ふふっ、そうですね……大変だと思わせないことも、アイドルの仕事の一つですから」


 プロ意識というやつか。

 たしかにアイドルじゃない水萌さんを知らないファンは、そもそも違和感にすら気付かない。

 今は――普段の息苦しそうな振る舞いから、少しは脱せているのだろうか。


「だから、いつもクールに振舞ってるのか?」

「先ほど言った通り、私はアイドルでなくても目立ってしまうので、自己防衛も兼ねていますよ」

「そ、そうか……」


 ただその結果が表情の希薄な……あまり笑えない日々に繋がってしまっているなら、もったいないじゃないか。

 お節介な気持ちかもしれなくて、だから別に彼女がそれでいいなら、それでいいんだが……。


「それに……翡翠くんの前では、親しみやすく振舞っているつもりですよ? それだけで――――――――――――――――――――――――――」

「……水萌さん?」


 水萌さんの言葉が途切れた。

 すると突然、彼女は俺の胸元へと頭を擦り付けて――。


「ごめんなさい。少し……このままにしてもらっていいですか?」

「あ、ああ……」


 先ほどまでクールに振舞っていた彼女の、突発的な行動に、俺は戸惑ったまま動けなくなった。


「私だって……私だって、頑張って……頑張ってきました……頑張ってきたんですよ……! 全部、防衛本能で……私は、本当の私は……っ、っ、わかり合いたかったのにっ――――」


 俺の胸の内で、小声ながらも吐き出した言葉。

 それが誰に対する言葉なのか、俺にはわからない。

 ただやはり……水萌さんは色々なものを抱え込んでいるのかもしれないと思った。




 暫くして……水萌さんは俺の胸元から離れると、背中を向けて深呼吸をしていた。


 そして振り返った彼女は、いつもの感情希薄な風登水萌へと戻っていたのだ。


「もっと二人でお喋りしたかったのですが……そろそろ昼休みも終わりますね」

「……もう、大丈夫なのか?」


 彼女の口調はいつもより少しだけ柔らかったが、念のため俺は問いかけた。


「はい。見苦しいものをお見せしてすみません」

「気にしてない。むしろ、たまには吐き出した方がいいと思うから」

「っ……やっぱり翡翠くんは、優しいですね」


 ……そうだろうか。

 俺は、水萌さんの悩みを、聞き出そうとは思わなかった。

 いくら彼女相手であっても、そこに一線を引いていたからだ。

 それ以上は、俺の役割ではない――と。


 ――けど、水萌さんの気が楽になったなら、それに越したことはないだろう。

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