第26話 その女、誰ですか?
背徳感……というのだろうか。
俺はただ疲れた放課後をカフェで過ごしているだけだというのに、それが一種のストーカー行為と化している気がしてきた。
あんなにも純粋な笑顔を浮かべる南さん相手に、邪な考えかもしれないけど。
(俺が南さん目当てで『ルージュ』に通ってること、彼女は気付いてるのかな)
気付いていてほしい。
いや気付いてほしくない。
好意を知って欲しいのに、まだ勇気が出ない。
もしも拒絶されてしまったら――俺の幸せな日常は壊れてしまうのだから。
「……名畑、間抜けな顔」
「はぁ?」
急に失礼なことを言われた。
声の主の顔を拝むと、三岩だった。
いや……俺の苗字を呼び捨てにするのはこいつだけったか。
三岩とは度々話すようになった。
俺と辰也だけだった孤立組は、今や三岩を入れて三人グループだ。
まさに、三つの岩ころ……なんてな。
「僕は真剣。なのに名畑がこれじゃ上手くいくものも上手く行かない……まったく」
「水萌さんの件だな?」
別に俺が関わらずとも、三岩が勇気を出して話しかければ済む話ではあるのだが……。
ふてぶてしい奴だ。
「早くみなもんに会いたい」
「朝からその話は疲れるんだけどなぁ」
三岩の目的は一貫して水萌さんとお近づきになること。
残念ながら馴れ合いは好かないらしい。
まあ、こう何度も同じ話を繰り返す三岩が、他のグループで馴染めるとは思っていないけど。
「わかったわかった。じゃあ昼休み、水萌さん呼び出してみるから、それで一回対面してみろ」
三岩をこんな熱狂的なファンにしてしまった水萌さんにも責任はある。
アイドルとしての水萌さんは憧れてしかるべき神だけど、握手会に出なかったりとファンサービスに至ってはあまりよくない。
三岩が欲求不満なのも納得だ。
面倒くさい話をささっと済ませるため、水萌さんに連絡を入れて、ランチの約束を取り付けた。
なぜか数秒で快諾の返信をしてくれたので、後は三岩の対応に任せるだけだ。
それ以上協力する気がないのは……決して同担拒否している訳ではない。
***
当初、三岩と水萌さんを含めた三人で昼食を共にしようと考えていた。
が、なぜか深雪さんも加わったらしい。
――食堂の目立つ中央に座ってしまったのは間違いだっただろうか。
先ほどから沈黙を貫く約二名のせいで、食べ物が喉を通りにくい。
「それで、翡翠くん。その女、誰ですか?」
「あたしも気になるなぁ」
ようやく口を開いたと思えば、なぜだろう。
……二人とも顔が怖い。
そういえば三岩のことは告げていなかったけど、それを言うなら深雪さんだって同じだ。
まあ人数が多少増えた方が、三岩も緊張が解れるはず――。
「ぼ、僕……みなもんのファンで――」
目を回しながらあたふたしていた。
いつもは遠慮なんて知らなそうな三岩が――ガチガチに緊張している。
「こちらは俺と同じBクラスの三岩小石さん。水萌さんと仲良くなりたいらしくて、ちょっとでいいから話してあげてくれないか?」
「…………」
水萌さんは、困ったような顔をする。
ファンとの交流がほとんどない彼女だけど、もしかして慣れていないのだろうか。
そして、そわそわとしだす三岩……確かに彼女が一人で水萌さんと仲良くなるのは、難しそうだ。
「……頼むよ」
「わかりました。翡翠くんにそこまでお願いされたら、仕方ありませんね」
敢えてクールに振舞う水萌さん。
雰囲気が一気に切り替わった。
落ち着かせるように、三岩の背中を擦ると、対面位置からの視線が刺さる。
「ねえ翡翠くん。三岩さんとは、ただのクラスメイトなのよね?」
「ああ、うん。深雪さんが想像する通りだよ」
質問の意図がわからない。
そう紹介したつもりなんだが、深雪さんが三岩に向ける顔は何かを疑うものだった。
「なるほど、私と接触する為に翡翠くんを利用したのはわかりました。でも、なぜ彼なのですか?」
「えっ……」
言葉に詰まる三岩。
俺を介したことなんて対して重要なことじゃないと思うが、水萌さんは何が気になるのだろう。
「利用したのはそう。でも、提案してくれたのは名畑から」
俺も三岩に同意するように頷いて見せる。
「三岩とはクラスでもよく話す仲でさ。口は悪いけど信用できる奴だから……」
どうやら水萌さんは三岩を警戒している様子。
だけど、本当に水萌さんの面倒くさいファンなだけなのだ。
話すようになった時期こそ近日だけど、三岩のことはもうよく知っている。
いつも彼女は口を開けば「みなもん」だ。
「名畑は良い友達。だけど、弱弱しくて頼りない」
「おいサラッと悪口言うな」
「事実」
ぷいっと俺から顔を逸らす三岩。
協力しているんだから、そこはお世辞でもそこは褒めてほしかった。
まあ三岩の正直なところは、嫌いではないけど。
「……仲が良いんですね」
水萌さんから発せられた言葉からは、久しぶりに肌寒さを感じた。
彼女の表情はいつも通りなのに、一体何だろう。
「ぼ、僕は、みなもんと仲良くなりたい……から」
しかし怖気づいたりせず、三岩はおどおどしながらも気持ちを伝えた。
流石ファンだけあって、水萌さんの冷たい視線には涼しい顔をしている。
「いいですよ。私も三岩さんに興味が出てきました。放課後はレッスンがあるので出られませんが、連絡を交換しましょう」
すると、今度はあっさりと了承する水萌さん。
深雪さん以外に仲良くしている女子があまりいない彼女のことだ。
……本当は仲良くしたかったけど、不器用だったのだろう。
なぜか深雪さんは呆れた表情をしているけど、食卓のムードは少し明るくなった。
そんな時――。
「へぇ――風登の連絡先、俺にもくれねぇか?」
突然現れて、口を挟む男がいた。
たしか彼は、Aクラスの藤堂雅也。
学年で一番のイケメンとして女子達から絶大な人気を誇る男だ。
そして彼の背中には、オリエンテーションの調理実習で話したことがある矢倉美沙が見える。
「あたし達食事中なんだけど、話に割り込まないで貰える?」
不快感を露にして拒否する深雪さん。
何があったのか知らないけど、二人の間には険悪な雰囲気が広がっていた。
「や、やっぱりやめとこうよ……雅也くん」
「いいじゃないか、やみぃ。食事は大勢の方が楽しいに決まってる」
声色は優しそうだけど、グイグイ自分の意思を押し通そうとする藤堂。
……深雪さんが警戒する訳だ。
水萌さんはこういう男が苦手なのだから。
同じく苦手なのか、三岩がそっと俺の服の裾を掴んで身構えていた。
「風登も、そう思うだろう?」
追求するように、水萌さんへと問う藤堂。
怖がっているんじゃないかと、心配して水萌さんを見てみると――。
(あれ……?)
まるで話しかけられたことに気付いていないかの如く、藤堂を無視していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます