第24話 差出人の正体
――バイト終わり。
家に帰ってウィッグを外して地味な「南」を辞めた私は、再び外出した。
一人でいる時間は、いつも翡翠くんのことを考えるのが常だったけど、今日だけは違う。
「やはり……そういう事なのでしょうか」
今、私の中には、とある大きな疑問があった。
一度、情報を整理する。
「翡翠くんのストーカー、その正体は間違いなく私……ですが、それはもう終わった話です」
翡翠くんに相談したのは、友達の話なんかじゃなくて、私の話だった。彼にどう思われるのか、知りたかったのだ。
でも、彼に言った通り――私はもうストーカーなんてしていない。
こちらから追わずとも、彼はカフェ『ルージュ』へとやって来るのだから――。
「私は最近ラブレターなんて、渡していません」
翡翠くんがラブレターを全部読んでくれたというのは、私としても嬉しい情報だった。
しかし、今も差出人不明のラブレターが彼の元へ届いているのはおかしな話なのである。
「きっと翡翠くんは、勘違いしているのですね」
――最近届いたラブレターと中学まで届いていたラブレターが同一人物によるものだと。
それは非常に不味い。
ストーカーしてしまったという過去は私にとって、少し汚点のように考えていた。
だから翡翠くんに直接訊いてみて、気持ちを聞きたかったのに、彼は寛大にもストーカーを好意的に見てくれていた。
つまりこのままだと、中学まで私が彼に対して綴っていた想いを……その成果を他人に奪われてしまうようなものだ。
「――そんなの、絶対に許せません」
これまで……私がどんな思いで翡翠との関係を考えてきたと思っているのか。
女性としての価値を上げるためにアイドルになって、男に求められるような身体作りをして、いつでも助けになれるように精一杯勉強した。
彼と近づくために、バリスタの資格も得た。
一生養えるだけのお金も稼いだ。
すべて……翡翠くんに捧げるため。
前世であの時、絶望の淵に立たされた私を救ってくれた彼のためだけに、私は生きている。
「っんなの……ぜったいに嫌――――……イヤだッ!! 誰かに、取られるなんて、っ、っ……」
翡翠くんだけが、私の拠り所だ。
他人なんてどうでもいい。
誰も、私の恋路に関わらないでほしい。
「どうせ……どうせ私より劣っている癖に――奪おうだなんて…………おこがましいんですよ」
誰にも見せたことがない私の醜い内面。
それを誰かに見られるかもしれない野外で発露させた。
時が巻き戻って、ようやく自分の女性としての価値を知った私は、他の女と比較して……他人を見下すようになった。
そうしないと――心を保てない。
翡翠くんの『意中の相手』すなわち『みぃちゃん』――彼の『結婚の約束』というものへの執着が消えたとはいえ……まだ恐ろしい。
まだ、私が「みぃちゃん」より優れているのか……不安で仕方ない。
少なくとも深雪レベルで敵わない女の正体は、依然として何もわかっていないのだから。
だけど……諦めはしない。
たとえ消耗品でもいいから、一度……一度だけでも自分を選んでほしい。
「初めてだけは――私がいい」
翡翠くんと結ばれるためなら私は――なんだってできる。
犠牲はいとわない。
たとえ、それが友人であっても。
「もしもし――」
とある人へと電話をかける――私の翡翠くんに手を出そうとした、愚かな女へと。
差出人不明のラブレター。
実は、私が考案したものではなかった。
それは前世にて、翡翠くんの彼女になる女が、彼を落とす際に用いた手段。
少しでも可能性を広げるために、踏襲したもの。
つまり……だ。
この世にそんなことをする女は私と――。
***
数十分もすれば、深雪は私の前に現れた。
まだ肌寒い夜。少し着込んだ彼女の姿は、それだけでもファッションセンスに長けているのがわかる程に目立っている。
「大事な話ってどうしたの? というか、なんか水萌らしくない顔ね。大丈夫……?」
「惚けないでください。全部、わかってますから」
私を揶揄っているのかと、思った。
彼女の服装は、今から五年後に流行りだす奇抜なコーデ……今の深雪が着こなせるものじゃない。
「深雪も、過去に戻って来たんですよね?」
思えばこれまでも……奇妙な点はあった。
一番は先日、彼女がカフェ『ルージュ』に来たことである。
前世にて、深雪は翡翠くんと『ルージュ』に来たことがあると話していたから、二人が一緒に来ること自体おかしくない。
――けど、あまりにも早すぎる。
ラブレターのこと。
翡翠くんと友達になること。
放課後を共にする仲になること。
深雪の行動すべてが、翡翠くんを狙っているとしか思えないものだ。
「ええ、そうよ」
あっさりと答える深雪。
過去に戻るなんて……突飛な現象。
それは同じく過去に戻った私だからこそ、気付くことができた。
「でも、どうしてわかったのかしら。あたしだって、水萌が回帰者って気付いたのは最近なのに」
そう疑問に思うのは当然かもしれない。
私も深雪に対する違和感は、今までバタフライエフェクトか何かだと思っていた。
彼女が私と友達になることや、新入生オリエンテーションを開催することなどの大きな事は、前世とまったく変わらなかったから。
だけど、なぜか深雪は翡翠くんに近づいていったし……如実に彼女の行動は怪しくなっていった。
「放課後、校門で翡翠くんを待ち伏せしていたらしいですね。噂は私の耳にも入ってきましたから」
深雪と翡翠くんが二人でいた情報を持っているのは、私が「南」として知っていること。
しかし、そうでなくても深雪が翡翠くんを待ち伏せて話しかけた事は本当に噂になっていた。
こと高渓学園では恋愛の話が多くて、そういった噂はすぐに立つ。
まるで警戒が足りない、不用意な行動の多さ。
――浅い、浅すぎる。
「そう……そういうことなの。水萌も、翡翠くんに惚れてしまったのね」
「水萌“も”? ですか……」
「そうでしょ? 違うの……?」
「よくもそんなことを――言えますね。深雪は前世で、翡翠くんを裏切ったくせに」
私だって、深雪のことは嫌いじゃなかった。
浮気なんて翡翠くんを不幸にさせるようなことさえしなければ……。
いや、違う……深雪が過去へ戻ってきたとしても、翡翠くんさえ諦めてくれれば、私は――。
「わかってるわ。だからここは、この世界は――あたしがやり直すための世界なの」
言葉の意味が理解できない。
深雪がやり直すための世界?
そんなわけがない。
やはり裏切り者とは、相容れないみたいだ。
時間が巻き戻ったのはきっと――私が翡翠くんを深雪という悪魔から救って、彼を幸せするため。
そうとしか思えない。
そうじゃなきゃいけない。
なのに――前世で泣いて逃げることしかできなかった彼女は今、そう堅く信じるような涼しい顔をしていた。
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