第23話 女友達の方が多いんですか?

「…………」


 カフェ『ルージュ』は今日――信じられないほど静かだった。

 いつも客足が伸びている訳じゃない。

 こういう日もあるだろう。

 まあここの常連は社会人が多いらしいので、この時間は仕方ないのかもしれない。

 今時のJKが喜ぶようなお洒落なメニューは、ここにないしな。


「翡翠くんっ……」

「あ、はい。なんですか?」


 静寂の中、南さんに声をかけられ、以前の敬語が戻ってきてしまった。

 いつも笑顔の南さんが、今日はツンとした表情。

 ふてぶてしく俺の方から話しかけづらかったので、向こうから話しかけてくれて助かる。


「昨日連れてきた女の子、本当にただのお友達なんですか? そのぉ……距離、近くありませんでしたかね~?」

「え? あっ、あーその……」


 ――深雪さんの件だ。

 席の位置からして、距離に関しては仕方ないと思うのだが……。

 なぜ、南さんが不機嫌になるのかわからない。

 もしかして、俺に嫉妬でもしてくれているのだろうか……?


「ただの友達だよ。彼女は前に話した水萌さんの友達で、なんか俺を監視しているみたいなんだ」

「……もしかして翡翠くん、女の子の友達の方が多いんですか~?」


 なぜかしょんぼりとした顔の南さん。

 意識したことはなかったが、それなりに話す仲では確かに女子の方が多いかもしれない。

 男子達には以前からあまり仲良くしてもらえないから……原因はわかっているけど。


「そ、そうかもしれないけど、モテてはないかな」

「へぇ……無自覚なだけかもしれませんよ? 恋は盲目と言いますからね~」

「……そのことわざ、使い方間違ってるから」


 確かに俺が無自覚の可能性は否めないだろう。

 でも俺が仲良くなった女子は、成り行きで友達関係が構築されただけに過ぎない。

 それに、今の時点では何が何でも早すぎる。

 やはり俺は……自分がモテるとはどうしても思えなかった。


「まさか。学校の女友達はみんな、話が合うってだけだよ。俺もそういう目で見たことはないかな」

「……本当に……ですかーっ?」

「俺も男だ――恋愛にも興味あるから、意識くらいはするけど、それでもないよ」


 『結婚の約束』に囚われていた頃の俺じゃない。

 きちんと女の子と恋愛してみたい気持ちはある。

 そう伝えながらも、俺の気になっている女性は学校の知り合いでないことを仄めかした。


 南さんがこんなことを訊いてきたのは、俺に脈アリで嫉妬してくれているものかと期待する。

 が、南さんの残念そうな様子は変わらなかった。


(なぜだ……? 脈アリじゃ、なかったか……)


 ちょっと期待した。

 いつも楽しく話している仲なのだし、てっきり自分よりも仲の良い女子の存在に嫉妬してくれているものだと思い込んでいた。

 だけどこの反応は……違うな。


「そ、そうだ……あの風登水萌さんにも……そういう感情、ないんですか?」

「え……? だから女友達とは――」

「私一度、彼女のライブ映像を見たことがありますけど、綺麗でしたよ!」


 勢いよくそう言う南さんに気圧される。

 やはり彼女は水萌さんのファンだったのか。


「お、おう。美女だとは、俺も思ってるけど……」

「じゃあ、狙ったりしないんですか!?」


 食い気味に言う南さん。

 そう言われても、学校での水萌さんは感情が読みづらい相手なのだ。


 友達という立場を得た今の俺なら、確かにチャンスはあるかもしれないし、一度当たって砕けてみるのも、悪くない考えだろう。

 でも――。


「実は、水萌さんはグイグイくる男子が苦手なんだ。だから、そんな事したら彼女を傷付けてしまう」


 南さんは一度ハッとした顔を見せると、次に複雑そうな表情を浮かべた。


 男としては勿体ない選択かもしれない。

 けど、俺は水萌さんを尊重してあげたい。

 それに俺が好きなのは水萌さんではなく――目の前にいる南さんなのだから。


「そうですか」


 感想は短く、それだけ。

 今度は何やら思い悩むような顔の南さん。

 どうして、何も言葉にしてくれないのだろう。


「…………南さん、俺に何か言いたいなら、言ってほしいんだけど」


 南さんが何に悩んでいるのか、知りたい。

 俺が助けられることなら、頼ってもらいたい。

 何より南さんの暗い顔は見たくない。

 いつだって南さんには笑顔が似合うから。

 しかし――。


「いえ、その……私も恋バナというものに興味があって――」

「え…………?」

「なので、ちょーっと参考までにお聞きしたくてですね~……一方的にたくさん聞いてしまいました」


 参考までに……?

 頭がかち割れるような衝撃を覚える。

 ……なんだ、それは。

 まるで南さんが、誰かに恋をしているみたいじゃないか。

 唖然として、言葉が出てこなくなる。


「――その、これは友達の話なんですけど……熱狂的に好きな男子がいて、ストーカーまがいの行為をしていたらしいんです」

「ストーカー……」

「今はやめたみたいなんですけど、今度はどう想いを伝えたらいいのかわからないらしく……私もどうアドバイスすればいいのか、悩んでいまして」


 ……なんだ、友達の話か。

 俺はそっと胸を撫でおろした。

 そういう話なら、参考にしたいという話もよく理解できるし――チャンスだ。


「なるほど……ストーカー関連という話なら、俺も相談に乗れるかもしれない」

「そうなんですか!?」

「実は、今まで話してなかったけど、俺も現在進行形でストーカー被害にあっているんだ」

「…………えっ? 現在……進行形……?」


 目を丸くする南さん。

 今まで相談しなかったことを、俺が信用されていないからだと思われてしまったのかもしれない。

 訂正しなければ――。


「現在進行形って言っても、中学の頃に何度も送られてきた差出人不明のラブレターが、つい先日また届いたから、今まで言ってなかったんだ。内緒にしていたわけじゃ――」

「ちょっと待ってください!」


 南さんから待ったをかけられる。

 彼女はなぜか……見たこともないくらいに動揺していた。


「それ私の悩みよりもずっと大問題じゃないですかーっ! だって翡翠くん……違う町から来たんですよね?」

「あ、ああ……だから、正直びっくりしてる」


 南さんのちょっと大袈裟な反応に、俺も驚く。

 親身になってくれているのだろうか。

 南さんに心配はかけたくないけど、俺のことを考えてくれるのは嬉しい。


「でもまあ、被害はないから、あまり気にしないで。むしろ南さんの悩みに役立てそうなら、良かった」


 俺は大丈夫だと表情に見せると、南さんは心配そうな表情を引っ込めてくれた。


「そ、そうですか……では参考までに、翡翠くんその……嫌がってないんですかっ?」

「ちょっと怖いけど、嫌ではないかな。ラブレター全部読んだけど、気持ちは嬉しかったし」


 全部、嫌がらせで書ける内容じゃなかった。

 ラブレターは今でも全部保管している。


「――あとほら、俺の場合は『結婚の約束』があるって話しただろ?」

「はい。それが……?」

「彼女はそれを知っていて手紙に名前を書かなかっただろうから、ちょっと罪悪感もあって。でも、嬉しいって気持ちがあるのは変わらないよ」


 ストーカーと聞いて悪いイメージが先行するかもしれない。

 でも俺が大事だと思うのは、ちゃんと相手のことを想うことだと思う。


「だから嫌がらせをしたり怖がらせようとしたのでなければ、その友達の想いは伝わると思うよ」

「……良かったぁ」


 まるで自分のことのように安心する南さん。

 南さんは友達想いの良い人……いや、もう天使みたいな女性だと思う。


「翡翠くんのお陰で、友達を安心させることができるかもしれません。ありがとうございますっ!」

「どういたしまして。コーヒー、おかわりを」

「はいっ、かしこまりました~!」


 南さんに笑顔が戻った。

 それだけで、俺も幸せな気分になる。

 俺も毎日彼女に会いにきている辺り、ストーカーみたいなものなのかもしれないな。

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