第22話 彼女目当て?

「ねぇ、翡翠くんって放課後何してるの?」


 先生から頼まれた資料運びを終えて、ちょっと遅めに校門を出ようとした時のこと。

 深雪さんに話しかけられた。


「――深雪さんこそ今日はどうしたんだ?」

「翡翠くんを待ってたの」


 よくわからないと怪訝な顔を見せると、彼女は言葉を続ける。


「クラスが違うとほんと話せないから、こうして待ち伏せてみたのよ」


 たしかに深雪さんとは話す機会がなかった。

 オリエンテーションのことがあったきり、俺の方から話しかけようとせず、そのままだったのだ。


「そうなんだ……えっと、放課後何してるかだっけ? 俺は勉強してるよ」

「へぇ、女の子を覗いたりすることじゃないんだ」


 深雪さんは小悪魔っぽく笑う。

 以前、水萌さんを見ていたことを言ってからかっているのだろう。


「当たり前だろ。俺はBクラスにいるのもギリギリだし、そんな余裕ないって」

「あぁ、だからお勉強! つまり努力してた訳だ。偉いじゃん」


 俺の帰り道の方向へと歩き出す深雪さん。

 こちらは家から真逆なのに、いいのだろうか。


「でも折角の青春時代に勉強だけは寂しいね……もっと遊ぶことも大事じゃない?」

「たまに辰也から誘われて、遊んでるよ」


 たまに……とは言ったものの、その頻度は高い方だから、むしろ控えるべきかもしれない。

 放課後はいつもカフェ『ルージュ』に寄っているため、大抵深夜に呼び出されて寝不足になるのもよくないから。


 辰也もまた一人暮らしな上に家の距離が近いので、つい羽目を外してしまう。

 ただただ遊んでいるだけじゃなくて、一緒に課題を熟すこともある。

 日頃ふざけているように見える辰也はあれで俺よりも頭がいいのだ。


「そうじゃなくて、もっとスイーツ巡りとか美容品厳選したりアクセ探したりしない?」

「……女子かよ」


 別にそういうのが好きな男もいるかもしれないけど、基本ないだろう。


「翡翠くんも似たようなものじゃない? 可愛い顔してるって自覚はあるでしょ?」

「深雪さんほどじゃないし、男にしてはって前置きがいるな」

「は……ぅ」


 「可愛い」と言われて褒められるのは、嬉しくないので、あまり言われたくない。


 深雪さんは顔を逸らし、少し早歩きになった。

 不快感を表に出したつもりはなかったけど、空気を悪くしてしまっただろうか。


「……放課後は、いつも行きつけのカフェに寄ってるんだ」


 カフェ『ルージュ』は俺の憩いの場所だ。

 他人に教えるかどうか迷ったが、どうせ深雪さんの帰り道はいつも真逆だしいいかと伝える。


「そうなの?」

「うん。なんなら今から行くか? 放課後、遅くなるかもしれないけど」

「行くっ!」


 なぜか急にスキップし出す深雪さん。

 彼女もまた大人っぽい部分だけじゃなくて、子供っぽい所があるらしい。

 まあ水萌さんの友達だし、似たところはあるってことかな。


(あっ、そういえば南さんのことどうしよう)


 ――女連れってことになるよな?

 変な勘違いをされないといいけど……。

 でもあの南さんに限って、誤解はしないだろう。




 ***




「……いらっしゃいませ~、お客様」


 南さんは見たこともないくらいの営業スマイルを浮かべ、席に座るといつもは俺に出してこないメニューを差し出して来た。


「あ、あの南さん……こんにちは」

「あれ、あぁ~、翡翠くんでしたかぁ。すみません気付きませんでした」


 俺にはわかる。

 明らかに惚けている顔だ。

 顔はいつも以上に笑っているのに、その目は一切笑っていない。

 どうして、他人のフリをしようとしたのだろう。


「知ってる人?」

「ああ、うん。一応俺、ここの常連だからさ」

「ふうん」


 深雪さんの訝し気な視線が突き刺さる。

 南さんが同い年くらいの女子だってことは、その見た目からある程度気付く。

 そして容姿こそ地味だが、お洒落をすればとんでもないポテンシャルを秘めていることも。


「彼女目当て?」


 そっと耳元に吐息を吹かれたと思えば、すぐ隣には深雪さんの顔があった。

 同時に眉をひそめる南さんの顔が視界に入る。


「ひ、翡翠くんのお友達でしたかぁ……」


 なんだか初対面なのに雰囲気の悪い二人。

 いつも話しながらでもテキパキ手を動かしている南さんの様子がおかしい。


「あたしは深雪って言うの、よろしく店員さん」

「は、はいぃ……」

「ただ一つ訂正させてもらうと、友達じゃなくて実は恋人なの」

「お、おい!?」


 平然と嘘を吐く深雪さん。

 なぜかウインクされ、肯定も否定も出来なくなってしまった。

 しかしだ……南さんならきっと冗談だと見抜いてくれるはず。


「おかしいですね~、昨日私は翡翠くんには彼女がいないと聞いていたんですけど……」

「今日付き合ったの」


 良かった。

 深雪さんは堂々と嘘を貫こうとしているけど、南さんは完全にわかってくれている。

 安心したその時、微かに彼女の唇が震えているのが見えた。

 ――あれ? わかって……くれているよな?


「……そうなんですか? 翡翠くん」

「違います。深雪さんも、南さんを困らせないでやってくれ」

「そう、残念。面白かったのに」


 俺は冷汗が出た。

 南さんに誤解されて、俺が騙していたように思われるのは本当に不本意だ。

 そんな事で彼女に嫌われたくない。


「えっと南さん……俺はいつもので」

「あたしも翡翠くんと同じものを頼むわ」

「……かしこまりました~」


 営業スマイルのまま、南さんはコーヒーを淹れる為手を動かす。

 だがいつもと違い俺と目を合わせてくれない。

 それが堪らなく寂しい。


「意外な伏兵が出てきたわね……」


 横から、聴き取りづらい言葉をぶつぶつと呟く深雪さん。

 深雪さんを連れてきたのは間違いだった。

 しかしそれも俺のミスか。

 南さんに誤解されるかもしれないと考えておくべきだった。

 彼女を責めることはできない。


「――それではごゆっくり~」


 南さんは店員として徹し、こちらに話しかけることはなくなった。

 代わりに深雪さんが頬杖を付きながら喋りかけてくる。


「そういえば翡翠くん、水萌のことも名前呼びするようになったのね。あの子から聞いたわ」

「あ、ああ。色々あったんだ」


 いくら深雪さんでも、水萌さんの弱点を本人から聞いているかわからないので伏せておく。


「ぶっちゃけ、水萌のことどう思ってるの?」

「どうって……まぁ光栄というか何というか」


 水萌さんは人気アイドル。

 俺なんかがお近づきになれるなんて奇跡的な偶然だろう。

 彼女とは登山では色々あったが、相談されたらちゃんと頼れる男になりたいとは思っている。

 それは本心だ。


「ふうん、下心はないのかしら?」

「えっ……?」

「同性のあたしから見ても、彼女は大分魅力的だもの。下心があると考えるのが自然じゃない?」


 元々、深雪さんはそういう部分を警戒して俺と話す仲になったのだ。

 その疑問を抱くのは当然か……。


「ない……と言えば嘘になるけど、そういう目で水萌さんを見るのは失礼だから」


 それに、水萌さんの本当に魅力的な部分はアイドルとして踊っている時だ。

 あのライブ映像の彼女を見てから、沢山の一面を探す方が楽しいという点もある。


「俺が言っても信用できるかわからないけど、そこは安心してほしい」

「ふうん……まっ、信用してあげるわ」


 コーヒーを啜り、警戒を解いてくれた深雪さん。


 ――彼女に対してもそうだ。

 水萌さんという別格が同じ学校にいるだけで、深雪さんもそれなりに美人。

 それでも俺が惚れた女性は二人じゃない。


 俺もコーヒーを啜りながら、誰にも気付かれないようにこっそりと……今も働いている南さんの姿を見つめた。

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