第14話 監視させてもらうわね
――温泉上がり。
俺はすっかりのぼせてしまった辰也に肩を貸しながら、テントへと戻る。
学校行事ではないのでしおりに報告を書くような面倒はない。
一つのテントの中、二人で寝る形。
空にはっきりと星が見えてきた頃、キャンプファイヤーもないのにテント外は騒がしかった。
仲のいい連中同士がテント内に集まってトランプでもしているようだ。
交流会としては成功と言っていいんだろう。
俺の相方は……すっかりヘロヘロになって寝袋の上にうつ伏せとなり動かなくなったけども。
「まったく……開き直って次の恋でも探せ」
辰也に声をかけても、返答はない。
こんなに周りが煩くても、精神的疲労からかもう寝てしまったようだ。
俺は適当にスマホでも弄りながら静かになるまで待つことにしようと考えたが――。
「……誰だ?」
手元に置いていたランプの光が、テント外の人影を映した。
忍び足で俺達のテントに寄って来た様子から、誰なのかと警戒する。
「あたし、七瀬よ。テントの中入れてもらえる?」
「あ、ああ」
テントの扉を開ける。
外の様子を見ると、七瀬さん以外に人はいない。
こんな時間に女子一人で来たようだ。
俺が中に入れる許可を出すと、七瀬さんがテント内へと入ってくる。
「やっぱり少し狭いわね」
林間学校を計画したのは七瀬さんだ。
とはいえ彼女も経験豊富というわけではないらしい。
七瀬さんは荷物を椅子代わりにして座った。
「そう……だな。ところで七瀬さんは?」
「その男の話よ」
そう言って指差したのは、睡眠中の辰也。
同じテントの中に女子がいるというのに、本人に起きる気配は微々ともない。
「別に文句を言いに来た訳じゃないの。ただ水萌もちょっと悩んでいるみたいでね」
「あー、うん。悪い……
七瀬さんは「その通り」と言って、人差し指を俺の口元へ寄せる。
テントの中は狭い。
どうしたって、彼女の火照った体温は指先から伝ってきてしまう。
「見ての通り、辰也は湯にのぼせたらしい。辰也はそれで投げやりになっていただけで、わざと振られたことを吹聴している訳ではないと思うぞ」
七瀬さんが気にしているのは、辰也が風登さんに振られたという事実が、既に噂として拡散されてしまっていることだろう。
そこに「こっ酷く振られた」という修飾語が付けば、彼女の友達である彼女が黙っていない。
「ふうん、本当にそう思ってる?」
「え……?」
七瀬さんの鋭い眼差しがつき刺さる。
俺はずっと辰也に付き添っていた。
思うも何もない……そう考えるのが普通だと思ったが――。
「のぼせる前から、言いふらしていたでしょ。温泉に入ってた男子達が噂してたわよ」
その言葉に俺は押し黙る。
俺はたしかに……辰也を少し庇った。
誤魔化そうとした俺もまた、七瀬さんに睨まれるかと思ったが――。
「これでも、貴方達には感謝しているのよ? こうして新入生オリエンテーションの企画を手伝ってくれた恩はある」
「あ、ああ……」
手を取って、なぜか指を搦めてくる七瀬さん。
そのままテントの壁まで押し込まれた。
急な展開にドキドキしてしまうが、それでも彼女は真剣な顔を崩さない。
「――だけど、水萌はあたしの友達なの。流石に黙ってない」
――顔が近い。
唇が重なるまで十センチもないだろう。
しかし彼女の顔は至って変わらず、このままでは俺が恥ずかしい想いをしているだけだ。
「
「酷い振られ方をされたのは事実?」
「七瀬さんも……知っていたのか」
俺は
ならば何故、彼女はここにきて俺にこんな話をしに来たのかわからなくなる。
ただの愚痴……には見えない。
「ええそうよ。でもね、事実かどうかなんて重要じゃないの」
その言葉に、俺はハッとした。
彼女の言う通り、それが事実かどうかなんて関係ないじゃないか。
七瀬さんは、どういう形であれ友達が傷付くような噂を立てられたことに、腹を立てたのだろう。
「ふふっ、何か勘違いしてる顔。別にあたしは怒ってないわよ」
「え?」
教室で見た風登さんよりも……どこかクールに微笑む七瀬さん。
彼女がここへ来た目的が一向に見えてこない。
「名畑くん……名畑翡翠くん、貴方に興味があるの。どうして貴方、水萌の目を引いているのかしら」
「え……?」
何を言われているのかわからなかった。
風登さんが俺を見ていた? 一体何のことだ。
どう考えても文句を言うべき相手は辰也なのに、俺に話しかけている時点で何かがおかしかった。
本当に俺にそんなことを聞くために、テントまでやってきたのだろうか。
「いや、何のことやらさっぱり――」
「そう……あくまで惚ける気なのね」
惚けるも何も、本当に心当たりがないのだから仕方ない。
大体目を引くと言われても、いつの話なのか。
教室で風登さんと目が合った時?
それとも温泉から戻る際にでも、ひっそりと見られていたのだろうか。
「悪いけど、名畑くん……いいえ、翡翠くんのことは監視させてもらうわね」
七瀬さんはそう宣言すると、俺の膝に手を置いて、俺の耳元へに囁いた。
本人は脅しているつもりなのだろうか。
大胆なのに……やはりどこかクールで、意識してしまう。
「べ、別に……俺は風登さんに今日の調理実習以外で関わったことなんてないし、好きに監視すればいいさ」
これでも俺は男なので、負けんじと強気に出ることにした。
「ふふっ、そう堅苦しく考えないで。あたしは貴方と仲良くなりたいって言ってるのよ、翡翠くん」
「そうですか……七瀬さん」
無難な返答をすると、なぜか口元がへの字になる七瀬さん。
何か失言をしたつもりはないのだが……。
そこで、七瀬さんが人差し指を俺の鼻にちょんと突き立て――。
「あたしが名前で呼んであげてるんだから、あたしのことも深雪でいいのよ」
「わ、わかったよ……深雪さん」
「よろしい」
素直に名前で呼んでみると、満足したような顔で俺から離れた彼女は、テントの扉を開けた。
気付けばテント外は静かになっている。
七瀬さんも、もう戻らないと色々不味いだろう。
「じゃあ、明日もよろしくね、おやすみ翡翠くん」
「ああ、おやすみ」
わけがわからない。
七瀬……深雪さんが仲良くなりたいと言った意図はなんだろう。
監視の意味でそう言っただけか、本当の意味で友達になりたいと言ったのか。
そして――風登さんが俺を見ていたというのは一体何なんだというのか。
辰也と同じように寝袋の上に倒れ込み、深雪さんに言われたことをもう一度振り返る。
だが頭が疲れるだけで、ふと意識を手放した。
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