第12話 どうち゛て゛ぇ~~~っ!

「くはぁ、まーじで疲れたぁ」


 午後のランニング。

 これが思っていた以上にキツかった。

 最近あまり運動をしていなかっただけあり、反動がきたのだろう。

 明日には筋肉痛になるのではないかと心配になりながら、テント設営などを行った。


 運動の後は、作業分担で女子全員が夕食を作り、俺達男子は設営を担当。

 元々は違ったのだが、男子達のみで構成されたグループが七瀬さんに訴えた結果らしい。


「温泉には割り当ててる時間毎通りに入ってね? 一般客にも迷惑をかけないように!」


 ――夕食をいただいた後。

 俺達は近場の温泉へと入ることになっている。

 扱いとしては皆同じ一般客なのだが、そこは七瀬さんの采配で人数を前半後半に分けた。


「なぁ翡翠」

「んー?」


 後半になった俺は、同じテントで寝ることになった辰也がソワソワしていることに気付く。

 落ち着きがないなと思っていたところ、辰也は突然、俺に宣言してきた。


「俺さ、風登さんに告白しようと思っているんだ」

「は?」


 告白をする……その意味は流石にわかる。

 だけど、俺の知る限り辰也と風登さんの交流はほぼないはずだ。

 ランニング途中……辰也が勇気を出したのか少し話しかけに行っていたが、その程度。

 はっきり言って無謀と言わざるを得ない。


「決心が早くないか? まずは友達から――」

「待っていたら、誰かに取られちまうかもだろ!」


 その言葉を聞いて、なぜか胸がキュッとなる。

 風登さんを意識しているわけじゃない。

 恋愛の話題となってふと……中学の頃のストーカーのことを思い出させたのだ。


 あれがトラウマになっているわけではない。

 ただなぜか……イヤだと思った。

 風登さんに恋なんてしていないのに……それでも彼女が誰かのものになってほしくない。


「俺が勘違い野郎だと思ったか? 風登さんが俺のことまだ好きじゃないのはわかる。ただお試しで付き合ってくれるかもしれないだろ?」


 ……辰也の言う通りだ。

 なにも告白が成功する可能性はゼロじゃない。

 俺は辰也のことを友達として気のいい奴だと思っているし、応援したい気持ちもある。

 でも心にモヤモヤが渦巻いていた。


「んじゃ、行ってくる」

「今から……なのか?」


 風登さんも温泉には後半組み。

 そして俺達は七瀬さんの連絡先を持っている。

 七瀬さんと風登さんの仲が良いらしいし、傍から見ても、それはわかった。

 つまり呼び出すだけなら、たしかに簡単なのだ。


 先駆けする計画がいつから辰也の頭にあったのかわからない。

 けど……絶好の機会なのは間違いない。


「ああ。できれば見守ってくれないか? 俺だって少し怖いんだ」

「わかった」


 怖いのにその一歩を踏み出す勇気。

 前々から感じてはいたが、辰也はすごい奴だ。

 ビビりな部分は、相変わらずだけど……。




 ***




 数々のテントが張られているキャンプ地の中心から、そこそこ離れた人気のない静かな森の中。

 虫の音すら聞こえない暗い場所にて、告白は行われる。


 七瀬さんは男女二人でこんな場所へ行くなんて危ないと止めようとしたようだ。

 しかし、なぜか風登さんが大丈夫だと判断したらしく、この場は設けられた。


「好きです! ずっと前から風登さんのアイドル活動追っていて、気付いたら好きになってました。お試しでもいいのでお付き合いしてくれませんかっ」


 精一杯の告白。

 キャンプ地から離れていながらも声量は大きくなかったが、それでも勢いはあったと思う。

 それに対して――。


「ごめんなさい。私に貴方を好きになる要素がありませんので、お付き合いはできません」


 凍てつくような冷たい眼差しと言葉が、辰也に向けられていた。

 対面している辰也は言葉を失っている。

 微かな冷たさは陰から見ている俺にも伝わった。

 辰也の告白が失敗したことなんてどうでも良くなるくらい、剣呑とした空気が漂い始める。


 こっ酷く振られた辰也が正常なのか気になっていると――。


「……あっ」


 ――そこで風登さんと目が合ってしまった。

 一瞬で空気がうんさんしょうしてしまう。


「かっ、帰ります」


 なぜか慌て出した彼女は、辰也を置いて去っていってしまう。

 それを見て、俺はなんて女なのだと思った。

 自分に好意を抱いてくれて勇気を出して告白した男に対して酷いじゃないか、と。

 でも――。


「…………」


 クールな彼女らしいと思った。

 その一連の堂々とした振る舞いがどうにも綺麗だとも感じた。


(ああいう顔も出来るのか)


 人形みたいにクールな女子を振る舞うしか脳がないと思っていたけど、それは違った。

 彼女の振る舞いには人間らしい嫌悪感という感情があったのだ。


「大丈夫か?」

「ひすっ、翡翠……」

「泣くな。男だろ」


 俺は心のどこかで風登さんの行動を正当化したかったのかもしれない。

 不本意にもあんな風登さんを美しいと思ってしまったのだから。

 ……俺もまた酷い男だろう。


「イケると……思ったんだけどなぁ……」


 その自信が何処から来ているのかわからないけど、風登さんを想う気持ちは本物だったと思う。

 ただのファンでいればよかっただろうに、夢を見過ぎたのだろう。

 何度も慰めの言葉をかけながら、テントに戻ることにした。


 その途中、温泉に入り今帰ってきている前半組の連中と対面する。

 木々に囲まれた道。

 彼らとすれ違う中で狭くなった道を歩いていたのだが――。


「うおっと、すまん」


 誰かと肩がぶつかった。

 振り返ってみると、容姿の整った男子の姿。

 そして転びそうになった彼を支えようとする女子の姿があった。


「雅也くん大丈夫……?」

「ああ、問題ないよ。心配してくれて悪い、やみぃ」


 ――とうどうまさ

 Aクラスの男子生徒で、将来は俳優志望らしい。

 性格も良くて既に多くの女子から慕われていると聞く。


 実際、今も彼の隣には矢倉美沙がいた。

 調理実習で同じ班だった女子だ。

 前半組の知り合い同士、帰り道でデートでもしていたのだろう。


「君も大丈夫かい?」

「ああ、平気だ」


 彼とぶつかったのは、俺が上の空で前を見ていなかったからであり、藤堂は悪くない。

 それなのにこういった気遣いのできる彼はうわさ通り性格が良いのだろう。

 ただ、その目にはみょうな違和感を覚えた。


「なら良かった。じゃあ行こっか、やみぃ」

「うん」


 彼の細い目から向けられた視線は、失礼かもしれないけど、ゾッとした。

 表情がほとんど変わらない風登さんとは似ているようで、まるで違う。

 ずっとニコニコと笑っている顔とその視線がチグハグに感じた。


 そして――俺の肩にはそこまで強く彼とぶつかった感触がなかった。




 ***




「どうち゛て゛ぇ~~~っ! どうして見ているんですかぁ~!?」


 誰にも見られぬ場所で零れた、少女の悲痛な声。

 後日、その声が幽霊と勘違いされ話題になったのはまた別の話である。

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