第11話 自然と調理実習
――新入生オリエンテーション。
そう称された生徒主導の林間学校には、二クラス合わせて二十四人が参加することになった。
男女比では男子の方が四人多い程度。
引率は七瀬の口利きで二人の教師が参加する。
キャンプ地となる場所へはバスで向かった。
生徒交流を主題に置いているからか、なぜかバスの席は無作為の指定席になっており、俺の隣は七瀬になってしまったのだが――。
「平気か? ……七瀬さん」
窓側に座る七瀬は性格が真面目なのか、先ほどまでバスの中で書類確認をしていた。
しかしやがて車酔いしたのか、彼女は手を止めて動かなくなってしまう。
「ちょっとね。煮詰め過ぎたみたい」
「バスの中でくらい休んだ方がいい」
俺の言葉にゆっくりと頷くと、アイマスクを付けて眠り始める。
バスの中でまで色々作業していたくらいなのだし、昨夜もよく眠れていなかったのだろう。
そう察した俺は、七瀬が頭部を俺の肩へと傾かせてきても、気にしないことにした。
***
退屈だったバス内だったが、降りてからは自然の空気を吸って爽やかな気分になった。
何しろ一日目の昼には調理実習がある。
そして午後には体力作りのため、キャンプ地周辺のランニングが企画されているのだから。
そんなイベントの前に、俺達は班分けを行う。
ちょうど四人ずつだろうか……。
予め班を決めておかなかったのは、公式的な学校行事ではないためだ。
欠員が出ると想定されていたかららしい。
「ぐぬぉー!」
「男だけの班とか最悪かよ!」
班分けは当然男女混合……くじ引きで行った。
その結果、騒がしい男子達の雄叫びがちらほら。
確率的には、男子だけの班が出来上がる可能性の方が高い。
せっかくの交流会なのだから、俺はむしろその方が良いと思うが……みんな男女混合を望んでいるようだ。
それを言ったら男子三人女子一人のグループなどが本当に最悪な部類だろう。
尤も、そういう場合には女子には拒否権がある。
生徒達に募る時点で、それらは周知させておいたから、不平不満は言わせない体制だ。
「おいマジかよ翡翠。このラッキー野郎が」
班決めの結果について愚痴を零す辰也。
俺は男子のみを求めていたというのに、なんと俺の班は俺以外の三人女子。
いや……それだけならまだ良かった。
「あいつ風登さんと同じ班とか大丈夫か?」
「なんで男子には拒否権ないんだよぉ」
嫉妬の視線が俺に突き刺さる。
……それも仕方ないだろう。
合宿には、風登水萌が参加を表明したのだ。
その時点で参加者は締め切っていたが、反響は凄まじかった。
つまり参加した男子達は、風登さんとお近付きになれるかもしれないという希望を持っている。
他の男子に奪われては、面白くないだろう。
実際、風登さんに惚れている辰也はストレートに妬みの台詞を並べてきたのだから。
「なんでカレーなのに肉がねぇんだよぉ!」
「なんで玉ねぎ普通に薄切りにしてんの!? くし切りでしょ馬鹿なの?!?」
昼の調理実習は盛り上がっていた。
作るのは野菜を多く取り入れたスープカレー。
普通のカレーを作った経験のある男子達が、レシピをよく見ずに進めて女子に怒られている。
後で厳しい運動が待っているというのに、元気な連中が多いものだ。
まあアウトドア側の生徒が多く参加しているだろうとは思っていたけど。
「うおおおっ、野菜もう切ったか? なにぃぃぃ、まだ切ってない!? 早く切れ!」
「強火にすれば数十分も煮込まなくてよくね?」
「おい台所狭いんだから綺麗にしろよ!」
煮込むことなどを考えれば、調理時間は班ごとに大きな差を生まないはずだ。
しかし一部の男子達は、我先に終わらせようと焦っているように見えた。
大方、他の班の手伝いという名分で女子に近付きたいといったところか。
ところで俺と同じ班になったのは風登さんと七瀬さん。そしてもう一人もAクラスの女子だ。
寡黙な女子で、名前は
そんな俺達の班だが――。
「じゃあ次それお願いね、名畑くん」
「ああ、わかった」
七瀬さんに提示された役割分担で動く。
俺の担当は食器洗いや配膳準備、あと野菜が入っていたポリ袋などを片付ける雑用だった。
一人暮らししているから、自炊くらいする。
なので頼りにされないのは、初めこそモヤっとした。
しかし、七瀬さんの決めた方針でテキパキ進むのは見ていてわかるし、女子三人とも手慣れていたので心のモヤモヤは無くなった。
「お疲れ〜」
「私達が一番に作り終わったみたいですね」
手際が良いとは思っていたが、圧倒的に早く作り終わった。
同じレシピ通りなのに、何故?
そんな疑問が生まれるが、俺達が早いのではなく他の班が遅かった。
連携が取れないと大変である。
まあ初対面の生徒同士で組んだ班も多いだろうし、そういう部分を学ぶ実習なのだろう。
「ひ……名畑くんも雑用ありがとうございました。台所に邪魔な物が常になく、良い働きでした」
律儀にも風登さんが感謝の意を伝えてきた。
その表情や口調はやや硬いが、若干微笑んでいるようにも見える。
クールな彼女は常に大人びているが、今は少しだけ……年頃の女子なのだと思った。
いや、この落ち着いた態度は年頃ではないか。
アイドルとして多くの大人と関わっているからか、精神年齢が高く感じられるだけだろう。
彼女と話す機会なんてないと思っていたから、こうしてみると役得だ。
「あれ、名畑くん。一緒に食べないの?」
作った料理を紙皿に乗せて手に持った俺は、颯爽と男子達のテーブルへと向かおうとした。
だが、七瀬さんに呼び止められてしまう。
同じ班だからといって活動を共にするのは調理のみ。
とても食事まで女子だけの場に入り込むのは、申し訳ないないと思ったのだが……。
というか、正直男子達の目が怖い。
気遣いには断りを入れようと思ったが――。
「せっかく一番に作り終えた仲間ではなのですから、一緒に食べませんか? それとも名畑くんは嫌なのですか? 矢倉さんもいいですよね?」
「……うん。やみぃもいいよ」
流石というべきかクールな風登さんは淡々と言い放った。
気弱そうな矢倉さんも了承してしまった事で、断りづらい雰囲気が形成される。
本当に良いのだろうかと思いつつも、俺はせっかくならと自分に言い聞かせた。
この瞬間から、俺が男子達から目の敵にされるのは決まったようだ。
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