第3話:全滅/憤怒からの無双



「戦闘態勢!!」


 リーダーの号令でメンバーが武器を構えた。


「ボーンマジシャンの変異種と思われる! 雑魚をいなしつつ、本体を叩け!」


 友人が瞬時にモンスターを看破した。

 ボーンマジシャンは基本属性――火水風土――のいずれかを使用するスケルトンの上位種だ。


 モンスターを召喚し、使役するとなると低層の中ボスにしては強すぎる。


「小豆、悪いな。 でも絶対守るから、カメラ止めんなよ?」


 タクマは本気か強がりか、口端を吊り上げた。


 大盾を持つ彼の手は震えていた。

 それは恐れからくるものなのか、武者震いなのか。


 戦う術のない僕に今、出来ることは一つ。


「ああ、分かった! 信じてるぜ!」

「ヒナ、広域魔法で撹乱してくれ。 俺が突っ込んでハルトの道を開ける!」


 ヒナが呪文を唱えると、かざした手の上に炎が渦巻くように回転した。


 待機しているリンは職業でいえば僧侶、回復役だ。


「第八級魔法――火波ひなみ


 放たれた炎が召喚されたモンスターを退させた。


 魔法は下から十級から上は一級に分類されている。

 八級ではモンスターを殲滅するほどの威力はないのだ。


「行こう!!!」

「おう」


 リーダーの合図で盾役の友人が先行で、骸骨へ一直線に向かっていく。


(行けっ!!)


 骸骨を殺せば全ては終わる。


 彼らは勝利し、等級に見合わぬ素晴らしい報酬を手に入れ、動画もきっとバズるだろう。 それを足掛かりに彼らは有名冒険者への道を――――


――かたかたかた


(なんだ?!)


 骸骨を守ろうと出てきたモンスターを友人が盾で吹き飛ばし、リーダーが剣を構えて敵を打倒せんと必死に突っ込んでいった。


 しかしそれをあざ笑うかのように骸骨が顎を鳴らした。 すると、


「おいおい、嘘だろ」


 骸骨を守るように現れた首のない騎士。

 騎士は子供をあしらうかのように軽々と、リーダーの剣を弾いた。


「リーダー! 危ない!!?」


 態勢を崩したリーダーに向かって、騎士が迅速の踏み込みで剣を振るった。


「ハルト!!」

「うがっ」


 リーダーは壁に叩きつけられ、動かなくなった。


「タクマ!!」


「ヒナ!?」


「嘘、でしょ?」


 その様子をカメラに収めながら走り出していた。


「悪いけど借りるよ」


 倒れた友人の腰に携えられていた剣を抜いた。


「いやっ! あっ!?」


 最後に残った治癒役のリンは騎士に蹴り飛ばされて、地面に倒れ伏した。


「全滅……」


 彼らの冒険はここで終わった。


 現実に覚醒なんてない。

 唯一無傷の僕にはモンスターを倒すすべがないのだ。


「なんで、こんな状況になっても僕は――」


――どうして憤怒できない?」


 自己嫌悪に、僕は唇を噛んだ。


「悪いな……」

「タクマ! 意識が残ってたのか!?」

「ああ、けど動けそうにはないや」


 彼は渇いた笑い声を上げて、懐からルービックキューブのような立方体を取り出した。


「これは……?」

「簡易転移角だよ。 お前だけでも逃げろ」

「一緒に逃げればよいだろう……」


 転移系のアイテムは非常に高価であり、珍しい品だ。


「一人用なんだ。 うちの親はなかなか心配性でね」

「使えないって」


 タクマは僕の手を握って懇願した。


「使ってくれよ。 俺はここで生き残っても、仲間の死を、それにお前を見捨てた事実を背負って生きていける自信がない」


 その言葉が本音かは分かりかねる。

 しかし彼の言うことは確かだ。 彼が生還すれば周囲から色々と言われることだろう。 罪の意識に苦しむことだろう。


 一方、僕は彼らとは会ったばかりで情もない。

 守ってもらう約束だったし、教室でのやりとりは他の生徒も見ていただろうから僕が臨時のメンバーであったことは知られているから仲間を見捨てた人でなしのレッテルを張られることもきっとない。


「それに」


 タクマは泣き笑いの表情を浮かべて言った。


「約束しただろ? お前は絶対に守るって」

「これは守るとは言わないんじゃないの?」

「うるせー! 細かいことはいいんだよ! とにかくこれは俺たちの冒険で、お前は巻き込まれただけなんだから気にせず使ってくれ」


「震えてるよ?」

「こ、これは武者震いだっての」

「あっそ。 ところで話は変わるけど――


――僕はバッドエンドが嫌いなんだ」


 僕はそう言いながらタクマの携えている剣を構え――


「カッコつけてる場合かよ――っ危ない!!!」

「空気読んでほしいな、騎士さん」


 振り向きざまに僕は騎士の剣を受けた。


「お前なんで……」

「いや実は冒険者志望だったんだよね。 だから戦闘技術だけはそれなりに自信がある」

「それなりってレベルじゃねえだろ、それ……」

「それなりだよ。 だってどんなに鋭い剣を放ててても――」


――ボヨン


 騎士の剣を払い、素早く踏み込み体を切りつけるといつもの間抜けな感触とと共に優しく騎士を押し出した。


「特殊スキルのせいで攻撃力ゼロなんでね!」

「デバフ系ユニークか……もったいないねえ」


――ボヨン


「だから時間稼ぎは任せて」

「おう、分かった」


 僕は結局特殊スキルを克服することなく、夢をあきらめた。


――ボヨン


 けれどあの時間は無駄じゃなかった。


 やってきたことは、鍛え続けたことは間違いじゃなかったと初めて思えたんだ。


(このまま時間を稼いで、僕とタクマの二枚盾で挑めばきっと勝てる)


 そんな風に算段していた、その時。


――かたかた


 骸骨が再び、杖を振った。


 すると騎士の体が黒く輝き、存在感が増す――おそらく強化だ。


「これはちょっとヤバイ……タクマ急いで――」


 そう言いかけて、タクマの方へ視線を向けると彼は亀のように地面にうずくまっていた。


「悪い、小豆。 動きたいのに、動かなきゃって分かってるのに……怖くて動けない。 止まらないんだ、震えが」

「まじかー」


 強さに圧倒的な差異がある場合、恐慌状態に陥るとは聞いたことがあった。

 これがそうなのだろう。 しかし彼よりもレベルが低いであろう、僕が割と平然としていられることは不思議だ。


「まあでも死にたくないから」


――ボヨン


「足掻くしかないよね」


 先ほどより騎士の速さが増している。


 もう捌ききることも出来なくなって、少しずつ体に剣がかすり始める。


 加えて僕の体力もきつくなってきているのに、相手は疲れ知らずの不死なのだ。

 どう考えても負けイベントだった。


『死』


 その時、初めて明確に予感した――僕は死ぬかもしれない、と。


 中学生は冒険者になりたくて、諦められなくて必死に頑張った。


 でも少し成長した僕は、夢をあきらめ高校から心機一転新たな人生を始めるはずだったのだ。


 まだ何もしていない。


 まだ何も始まっていない。


 人生、これからだったのに、


 ここで終わるのか?


(ああ、どうせ死ぬならもっとちゃんと冒険して死にたかった――)


「……何諦めてんだよ、僕は」


「なんで死ぬことを受け入れちゃってるんだよ」


「なにをカッコつけてるんだ」


「誰に見栄を張ってるんだ?」


「心の中でくらい遠慮すんなよ」


「なあ」


「なあっ!!!」


「こんなとこで終わっていいのかよ! こんな理不尽で、中途半端で! なんで俺がこんな目に合わなきゃならない! 俺は頼まれてここにきただけなのに! 可笑しいだろオカシイんだよ! 僕は、俺はまだ終わりたくない! こんな中途半端な冒険まがいで散るなんて絶対にごめんだ! イヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダダレガワルい? アアオマエカ、お前が全部悪いんだ。 殺す殺す殺す」


 言い聞かせるように叫んだ。



 心の奥底で燻っていた何かが、芽吹いた。



「ああ、これが怒りか」


 今僕は明確に目の前の理不尽に、脅威に殺意を抱いている。


 僕の人生を、冒険を邪魔するモンスターに憤怒していた。


 心の底が煮えくり返るような気持ちなのに、しかし僕の心は歓喜していた。


「感謝するよ、モンスター」


「ここからは僕の冒険だ」


 何度も何度も何度も何度も、


 この瞬間を夢見てた。


 いつものように踏み込みモンスターの懐へ、


 いつものようにモンスターの攻撃をかわし、


 いつものように振り上げ、


 降ろす。


――ザク


 手に伝わる生々しく、不快で、心地よい手応え。


「ああ、僕は今怒りに満たされている」


――斬


「もっと」


――斬


「もっともっと」


――斬


「アハハハ」


――斬


「アハハハハハハハハハ」


――斬


 骸骨の首が落ちて、宝箱が現れ次の階層に続く階段が現れる。


「ああ、お願いだ――


――まだ消えないでくれ」


 全てのモンスターを倒し終えたことで、激情が冷めていく。


 スキルの効果が消えたのが感覚的に理解できた。


「もう少し、あともう少しだけ冒険をさせてくれよ」


 僕の心は達成感と快感に満たされていた。


(ああ、こんな感覚を知ったら戻れなくなる)


 冒険のことは忘れて、新しい人生を生きるつもりだったのに。


「あーでも、楽しかったァ」


 消えかかっていた僕の心に再び火は灯されてしまった。






 

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