【12】
「絶対にハーゲンダッツなんですか?」
「はい」
家の最寄りのスーパーに町屋と行く。町屋がこんなところにいるのは不思議だとあなたは思う。見慣れた景色と見慣れた人物であるが、この組み合わせは初めてなので戸惑う。
ハーゲンダッツなのは確定であるけれど、バニラではなくマカデミアンナッツを結局あなたは選ぶ。あなたは結局それが一番好きなのだ。夜のスーパーは日中の客が残していった迷いや不安でどっと疲れきっている。閑散とした店内をうろつきながら、ついでにアルコールや肴を選ぶ。
「苦手なものだって食べたいじゃないですか。きのこ、ミョウガ、激辛カレー」
「僕は絶対にピーマンは食べません」
町屋はそう言って、買い物かごにビールを追加する。
「絶対に?」
「絶対に」
新しい神様が売っていたので、お試し用の薄汚れた神様にあなたは話しかける。
「割れない卵は?」
「もう割ってしまった卵」
「この世に絶対の悪はありますか」
「美味しくないお寿司」
「幸せとは」
「ギョーザを作るから食べるまでの行程全てとその想像」
なるほど。さもあらん。買おうとすると町屋に止められる。
「もっといいのをちゃんとした場所で買ったらどうですか」
「安価には安価なりの役割が」
「空豆買います?」
「やめてください」
空豆は買わずに神様を深夜のスーパーで購入する。正確に言うとかごにあるものの代金は全て町屋が支払ってくれた。
「場所はあなた、これは僕」
「それって対等とは思えませんけど」
支払いの押し問答などこんな場所でしたくはなく、町屋も同じようで、じゃあまた今度なにか、と彼は言う。はい、とあなたは頷く。そこでおさめるしかないこの台詞を最初に言い出したのは誰だろう。
自分の家へ帰ってきて、少しほっとする。ずらりと並んだ本の背表紙を、町屋は眺める。たしなめたわりには、町屋のが随分と神様を気に入っており、腕に抱っこしながら話しかけているのがなんともおかしい。
「世の中から戦争をなくすにはどうすればいいですか」
「素っ裸と変顔でしか演説が出来なくなりゃ良い」
「僕、髭生やす男が大嫌いなんですよね」
「翼の生えてる男より?」
買ってきたものを並べて、町屋とリビングのテーブルを囲む。ワインの赤がやたら目につく。ミトコンドリアの悲鳴だの、ニュー湾だのと思考も言葉もとっちらかって、神様がそのうち歌い始める。
今ここでこうして町屋とハーゲンダッツを食べているけれども、たいしてときめきはないなとあなたは思う。思うだけで幸せを感じる事柄がこの世にはあり、実際叶ってみるとそうでもない。願った瞬間が最高潮なのかもしれない。思考の飛躍。既存からの脱却。解放。
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