【2】

「嫌いなんですよ、表記揺れ」

 別にあったっていいじゃないですか、とうっかり口を滑らしたところ、遠藤はまるで私がわざとコーヒーとワインを混ぜて彼に差し出したような顔をして、テーブルに身をぐいと乗り出し長々と意見を述べ始める。私は聞いているようで聞いていない。だいたい初デートがファミレスってなんなんだよ。そりゃ私だってガストは好きだけど、まだ緊張感のある大人が、お互いの距離を縮めるのにいきなり来るところじゃない。年代が中学生や高校生なら許した。というか、大歓迎かも。ドリンクバーあるし。でもせっかく子供ならカラオケ行きたいかな。学生割引。あ、そうだ。レディースデーに映画行こうと思ってたんだ。

 お話が終わったようなので、そうなんですか、私そこまで詳しくわからなくて、と微笑む。

「ほんと駄目だな、そういうとこ」

 やれやれ系の男は嫌いなので、こいつはないなと思う。帰りに商店街でたい焼き買おうかな。それとも、たこ焼き。

「それで、どうします?」

「何がですか?」

「このあと」

「帰りますよ」

 なんなら今帰りますね、と微笑みを崩さず立ち上がって、遠藤の何やらグダグダ話しているのを無視する。代金を机の上に置いて去る。本屋に行きたい。ミステリーが読みたい。

 本格ものが好きだ。精緻なトリックが好きだ。日本語で綴られたそれを、読んでいる間は理解出来ても、読み終えたあとに、あれはどうなったんだっけ、結局謎はどう解かれたのだっけ、とまた中盤から終盤に戻る。人間、好きなものが得意であるとは限らない。推理小説は、わからない数学の問題を解いているようで楽しい。楽しいが、理解は出来ていないので、あの探偵かっこいいとか、この台詞が凄いとか、一番に盛りあがる感情はそこになる。ミステリーをキャラクター小説に貶めるのは無能な読者であり、なるほどそれがキャッチーなんだな、と敏感な作家がアンチミステリを書き始める。

 ミステリーはミステリーだが、アンチがつくとミステリになる。私の中では。これも表記揺れになるんだろうか。ソファーはソファと書きたい。けれどソファーベッドはソファーベッドだ。どの表記がしっくり落ち着くのかには個人差があり、また場合によっても異なる。

 貴方ね、とたしなめたいときがあり、あなた、と祈るときがある。ふざけてアナタと呼ぶ場合もある。人の感情は揺らいで七色であり、七色というのは例えであってもっとあるはずで、場面は場面であり、文字は視覚による情報であり、文面にするからにはある種の詩的な感性を働かせて私はどうも読んでしまうので、統一は難しい。

 思考なんて細切れだ。コマ肉よりまとまりがない。

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