第6部
第1話:激震
その日、世界に激震が走った。
「――号外! 号外だよッ!」
ゴドバ武道国とカソルラ魔道国の戦争。
所詮それは小国同士の争いであり、世間の
「お、おいおい、マジかよ……!?」
武道国と魔道国、どちらが勝とうとも、アルバス帝国が漁夫の利を得るだけ。
とどのつまりは既定路線。
敷かれたレールを走る、トロッコのようなもの。
しかし、
「……嘘、だろ……?」
世間のそんな冷めた目は、聖女陣営の介入により一変する。
『緊急速報:聖王国が武道国と魔道国を接収! このまま大国へ名乗りをあげるか!?』
仲裁に入ったシルバーが、その圧倒的なカリスマで戦を治め、両国を支配下に置いたのだ。
聖王国はこれにより、莫大な力を手にした。
武道国の
魔道国の豊富な魔石・魔石研究・魔道具の権利。
両国の人口・経済・領土、その全てを掌握したのだ。
「あの女狐め……っ。しくじるだけならばともかく、厄介なことをしてくれたな……ッ」
史上最高と称される名君は憤怒を燃やし、
「は、はは、ははははッ! やはりあの男はモノが違う! 単なる『同盟』に飽き足らず、『支配』してしまうとは……それも二か国同時に! やはり私の直感は正しかった! もはや疑う余地はない、次代の覇者となるのは――聖王国だ!」
世界を股に掛ける巨大財閥の総帥は、シルバーの
これまでの勢力図を塗り替える大事変を受け、王族・貴族・豪族といった現代の顔役たちは、蜂の巣を突いたように騒がしくなった。
「『陰の英雄』シルバー・グロリアス=エル=ブラッドフォールンハート……。この男ならば、我が国の混乱を治められるかもしれぬな……」
「今すぐシルバー殿へ文を送れ! なんとしても、聖女陣営と
「聖王国は『鉄板』だ! すぐに商取引の許可をもらいに行きな! 特大の
そうして世界中を震撼させた聖女様は――今日も今日とて、
しかもどうやら今回は、いつもより手が込んでいるようだ。
薄明かりの灯る部屋の中。
神妙な面持ちで
「き、貴様……いったい何手先まで読んでいやがる!?」
その後、トテテテテッとベッドの上に跳び乗り、
「――もちろん、全てよ」
そうして『悪役令嬢的小芝居』を完遂した彼女は、ベッドにバタンと倒れ込む。
「んーふふっ、ふふふっ、ふふふふふふぅー……ッ(最近の流行りは、『知略系の悪役令嬢』かぁ……。うん、これもいい! クールビューティな私には、こっちの路線が合ってるかも……!)」
枕にギューッと顔を
しかし次の瞬間、
「――ルナ様、お気は確かですか?」
キンキンに冷えたローの声が、頭の上から降って来た。
「うっひゃぁ!?」
ルナは蛙のように飛び上がり、シュババッと戦闘態勢を取る。
「ロー……ノック、した?」
「はい。しかし、いつものように返事がないうえ、不気味な鳴き声が聞こえて来たので、勝手ながら入らせていただきました」
「そ、そう……なら、仕方ないね」
今日は休校日、先般実施された神国聖女学院との合宿、その疲労をケアする五連休の最終日だ。
聖女学院の生徒たちがリラックス休暇を満喫する中、ルナはゴドバ武道国とカソルラ魔道国の騒ぎで大忙し。
せめて最後の一日ぐらいは、ゆっくりまったり過ごしたい。
そう考えた彼女は自室に引き籠って、大好きな小説をひたすらに読み
しかし、
(……ルナ様の様子がおかしい。どこか病院へ連れて行った方がいいのかな……)
日に日に悪化していく主人の奇行、侍女の
「ルナ様、本当に大丈夫なのですか?」
「えっ、何が?」
「その奇妙な小説を読み始めてから、ずっと様子がおかしいように思います。ですから、その……頭、大丈夫ですか?」
「むっ」
ローの直球を受けて、ルナは不機嫌そうに口を曲げる。
頭の心配をされたから――ではない。
自分の大好きな小説を『奇妙な本』呼ばわりされたことが、彼女の
「この本は――『悪役令嬢アルシェ』は、とっても面白いんだよ! 実際に三百年前から……ゴホン、昔から凄っっっく大人気で、何度読み返しても心に沁みる、不朽の名作なの!」
「はぁ……そうですか」
心ここに在らず、お手本のような生返事だ。
「まったく信じてないでしょ!? とにかく……はいこれ! ローも一度読んでみて! 絶対にハマるから!」
ルナは
「ふぅ……わかりました。また気が向いたら、読んでみることにします」
彼女は呆れたように呟き、「おやすみなさい」と退出する。
「まったく、これだから素人は……ふわぁ……」
ルナの口から、自然と欠伸が零れた。
チラリと時計を見れば、既に深夜零時を回っている。
「もうこんな時間か……」
ササッと寝支度を整え、ベッドに入る。
「タマー、おいでー、一緒に寝よー?」
「わふっ!」
部屋の隅で歯磨き用のおもちゃを噛んでいたタマは、大好きな主の声に反応し、勢いよくベッドに跳び乗った。
「はっはっはっ……!」
「あはは、もぅ、くすぐったいよ……っ」
ルナの顔をペロペロと舐めたタマは、掛け布団の中でクルリと丸くなる。
「ふふっ、タマはあったかいねぇ……」
「わふぅ……」
優しく喉元を撫でてあげると、タマはとろけそうな声をあげ、そのままスヤスヤと眠りについた。
もふもふの毛並みに顔を埋めながら、ぼんやりと明日のことを考える。
「学校に行くの、なんだか久しぶりだなぁ。サルコさんとウェンディさん、元気にしてるかな……?」
大切な友達のことを思い浮かべながら、深い
翌朝。
時刻は七時、ルナの部屋にノックの音が響き、扉がガチャリと開かれる。
「ルナ様、おはようございます」
「ふわぁ……おはようロー……って、あれ?」
「いかがなされましたか?」
「目元、クマができてるよ」
「……少し寝つきが悪かっただけです」
珍しく歯切れの悪い彼女は、キョロキョロと室内を見回す。
「どうかした?」
「いえ、あの……続きを、ちょっと……」
「『続き』?」
「……小説の続き、第二巻はどちらに……?」
ローは髪を指でいじりながら、どこか気恥ずかしそうに問いを投げ、
「……!」
こういうときだけ無駄に察しのいいルナは、嬉しそうにアホ毛をピンと立たせた。
「ねぇ、読んだんでしょ?」
「えぇ、御命令でしたので……」
「面白い? 面白かった? 面白かったよねぇ? ねぇねぇねぇ?」
「……くっ」
調子に乗った聖女様のウザさたるや、それはもう筆舌に尽くし難いものがある。
『面白い?』の三段活用攻撃を受けたローは、ちょっぴり悔しそうにプイとそっぽを向く。
「ま、まぁ……それなりに興味深いストーリーではありました。主人とのコミュニケーションを円滑に図るという目的では、一読の価値があると言ってもいいかもしれません」
この主人にして、この従者あり。
二人とも、素直じゃなかった。
「まったくもう、しょうがないなぁ……」
ルナは「やれやれ」といった風に肩を
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます!」
ローは子どものようにキラキラと目を輝かせ、主人より借り受けた続刊を大事そうに抱える。
この様子だと、今晩にでも読み始めるだろう。
その後、朝支度を済ませた二人は聖女学院へ向かい、教室の扉をガラガラと開く。
「――あっ、来ましたわね」
「ルナさん、ローさん、おはようございます」
声を掛けてくれたのは、既に登校していたサルコとウェンディだ。
「おはようございます、サルコさん、ウェンディさん」
「おはよーっす」
ルナは礼儀正しく挨拶し、ローは外行きの軽い感じで手を振る。
「そう言えばルナ、お休み中はどこへ行ってらしたの? みんなでお茶会をしようと思って、何度かお誘いにあがったのですが……」
「しばらくの間、お留守にしていましたよね?」
実はこの五連休を利用して、サルコはお茶会を計画。ルナ・ロー・ウェンディを誘うため、それぞれの学生寮へ足を運んでいた。
しかしタイミング悪く、ルナはそのときちょうど外出していたため、仕方なく延期することになったのだ。
「あ、あ゛ー……すみません、実は野暮用がありまして……」
まさか『ちょっと戦争を止めてきた』などと言えるわけもなく、『野暮用』というふわっとした理由で言葉を濁した。
その後、仲良し四人組は、連休中の出来事を語り合う。
ルナはペットのタマが可愛くて、一緒に寝ると落ち着く話。
ローはストレス発散として、ランニングを始めた話。
サルコは新しく見つけた、美味しいケーキ屋さんの話。
ウェンディは最近流行している、知的な悪役令嬢の小説の話。
仲のいい友達同士が集まって、他愛もない雑談で盛り上がる。
どこにでもあるような普通の日常。
しかしルナにとっては――三百年前、灰色の青春を送ってきた彼女にとっては、このありふれた日常が、どうしようもなく楽しかった。
それからしばらくすると、教室の前の扉がガラガラと開き、一年C組の担当教師ジュラール・サーペントが入ってくる。
教壇に立った彼は、ゴホンと咳払いをして、生徒の注目を集めた。
「――おはよう諸君。早速だがこれより、臨時の学年集会が開かれる。まずは大講堂へ移動してほしい」
ジュラールの指示を受け、ルナたちC組の生徒は、そぞろに移動し始める。
「これって……
「えぇ、タイミング的に間違いないかと」
「うわぁ……どうしよう、ついに来ちゃった……ッ」
周囲の生徒たちは、学年集会の内容にアテがあるらしく、何やら浮足だった様子だ。
(この感じ……。また何か、テストみたいなのが始まるのかな?)
ルナは『聖女適性試験』のことを思い出しながら、人の流れに乗って移動し――大講堂へ到着。
ジュラールの指示のもと、出席番号順に並び、静かに待機すること約三分。
「え゛ー……おっほん。皆の衆、ごきげんよう。聖女学院学院長バダム・ローゼンハイムじゃ。今日ここへ集まってもらったのは他でもない――『武闘会』が迫っておる」
バダムの言葉を受け、周囲がにわかに騒がしくなった。
「やはり来ましたわね……っ」
「うぅ、お腹が痛くなってきたよ……」
「ここまであまり目立てていませんから、なんとかいい成績を残さなくては……ッ」
緊張感が張り詰める中、何も理解していない生徒がここに一人。
「……ぶとうかい……?」
ルナが小首を傾げると、隣のローが素早く耳打ちをする。
「武闘会は聖女学院が執り行う、聖女様の転生体を見つけ出す
「なるほど、この前の適性試験と同じような感じか」
「はい、そのような認識で問題ありません」
二人が密談を交わしている間にも、バダムは話を先へ進める。
「武闘会はこれより一週間後、聖女学院内の特別競技場で、五日間にわたって実施される。まぁ既にみな知っておると思うが、簡単に武闘会のルールを説明しておこう」
彼はそう言って、ゴホンと咳払いをした。
「武闘会は、諸君ら一年生が主役となる武の祭典。聖女科より二人・支援科より一人・聖騎士学院より二人、合計五人からなる『聖女パーティ』を組み、トーナメント形式で覇を競う。これを制した者たちは、当代の聖女候補筆頭と見られ、後日国王陛下の晩餐会へ招待される。これは非常に名誉なことであり、諸君らの御両親も、きっとお
武闘会優勝という栄誉は、生徒のみならず、その家名にも
当然、親類から寄せられる期待は凄まじく……。プレッシャーに
「そして肝心の聖女パーティについてだが……。今日の放課後、この大講堂で聖女学院と聖騎士学院による懇親会を実施する。そこで有望な聖騎士をスカウトするとよいじゃろう」
一通りの説明を終えたバダムは、「ふぅ」と小さく息を吐く。
「ここまでいろいろと話して来たが、武闘会への参加は強制ではない。おそらく当日は、諸君らの雄姿を一目見んと、多くの国民たちが観戦に訪れる。腕に自信のない者は、無理に出場せんでもよい。ただまぁ……聖女学院の学生は『人類の希望』。国民の期待に応えるべく、我こそが聖女様の転生体たるやという者は、積極的に参加してもらいたい――以上じゃ」
バダムが言葉を切り、学年集会は終了。
生徒たちはそれぞれの教室に戻り、いつものように授業を受ける。
そうして迎えたお昼休み。
ロー・サルコ・ウェンディは、お弁当を持ち寄って、ルナの机に集まった。
「早速ですが、『聖女パーティ』を組みましょう!」
まさに開口一番、意気揚々と宣言したサルコは、野心に満ちた瞳を走らせる。
「まずは支援科枠として――ルナ!」
「えっ、私……?」
小さな口を大きく開けて、玉子焼きを頬張らんとしていた聖女様は、突然の指名にキョトンと目を丸くする。
「ルナの秘めたる実力は、前回の適性試験でバディを組んだこの私が、他の誰よりもよく知っておりますわ! 凶悪な魔獣を振り切る強靭な脚力! 私を背負って走り回る驚異の体力! 死の谷を登り切る異常な腕力! あなたは支援科の最強格! 真っ先にスカウトしようと思っておりましたの!」
彼女は支援科における最強格どころか、世界全土における最強生物なのだが……。
当然、サルコは知る
「い、いやいや、私なんかなんの役にも立ちませんよ……!?」
「いいえ、過酷な武闘会を勝ち抜くには、ルナの力が必要不可欠です。どうか是非、私のパーティに入ってくださいませんか?」
自室に引き籠ってほとんど外に出ないルナ――とても押しに弱い。
過酷なマウント山を生き延びてきたサルコ――とても押しが強い。
そして何よりこれは、大切な友達からのお願い。
ルナは仕方なく、コクリと頷いた。
「正直、あまり戦力になるとは思いませんが、そこまで言われるのでしたら……(武闘会って具体的に何をするのかよくわかってないけど……多分大丈夫、だよね?)」
「さすがはルナ、ありがとうございます!」
ルナの武闘会参戦が決定すると同時、教室内に小さくないどよめきが起こった。
「くそ、取られたか……っ」
「さすがはレイトン家の跡取り娘、お父上譲りの目利きぶりですわね……ッ」
「次、次を探しますわよ!」
本人はまったく気付いていないのだが……聖女適性試験を経て、ルナの評価は大きく上昇していた。
実際、彼女に声を掛けようと思っていたパーティは、他にもいくつかあったらしく、周囲からは悔しがる声が聞こえてくる。
他の生徒が次のターゲットに狙いを変える中、サルコはさらに戦力増強を推し進めた。
「『聖騎士枠』については、放課後の懇親会で探すとして……。残す聖女科枠は、私を除いて後一人」
視線の先には、ローとウェンディ。
(この二人は、聖女科でもトップクラスの実力者。これは非常に悩ましい問題ですわね……)
サルコが難しい表情で考え込んでいると、ローがひらひらと手を振った。
「あー、私は面倒くさいからパス」
彼女はカルロとトレバスより、ルナの護衛を命じられており、不用意に目立つことを嫌ったのだ。
「まぁ、ローらしいですわね。――ではウェンディ、消去法のような形になって申し訳ないのですが、あなたの力をお貸しいただけますか?」
「はい、私でよろしければ是非」
ウェンディはそう言って、メインヒロイン然とした柔らかい微笑みを浮かべた。
「では、私・ルナ・ウェンディの三人で決まりですわね! 武闘会の開催は一週間後! 目指すは優勝あるのみ! みんな、気合を入れて行きますわよっ!」
「「おー!」」
ルナとウェンディは元気よく拳を突き上げ、
「頑張れー」
ローはいつもの軽いノリで、応援を送るのだった。
■
放課後。
聖女学院と聖騎士学院の生徒が懇親会に出席する中、特別棟の屋上で一人の生徒がたそがれていた。
彼の名はレイオス・ラインハルト、第三聖騎士小隊の隊長であり、代々聖騎士を輩出する名家の長子だ。
「……」
レイオスが目を落としているのは、初代ラインハルトの遺した手記。ラインハルト家に代々引き継がれ、
彼は静かにページをめくり、三百年前の記録に想いを
『聖女様はお日様のような香りがする。彼女はまさしく人類の太陽、彼女が笑えば花が咲き、彼女が泣けば雨が落ちる。長きにわたる歴史において、これほどまでに優れた人はいないだろう』
『……時折、聖女様は信じられないようなミスをなされる。しかし、それもまたご愛敬。人間というのものは、どこか欠陥のある方が好ましい』
『…………聖女様が力加減をお間違えになり、王国北部の大農園が魔族の軍勢と共に消し飛んだ。幸いにも負傷者はいなかったものの、復旧には十年以上と掛かる見込みだ。前述撤回、大き過ぎる欠陥は、直した方が好ましい』
初代ラインハルトは聖女との交流があったらしく、手記の中には、当時のエピソードが散りばめられている。
そしてその中に一つ、とても気になる記述があった。
「……『お日様のような香り』、か……」
レイオスは先日、ワイズ=バーダーホルンという魔族と戦い、辛くも敗れた。
切り札の
彼の大きな背に守られたあのとき、確かにお日様のような香りがした。
(それ自体は、別におかしなことではない)
シルバーは聖女の代行者であり、両者は密に連絡を取り合っている。
実際にレオナード教国へ同行した際も、二人が<
あれだけ頻繁に交流しているのだから、同じにおいがしても不思議ではない。
(しかし、俺は以前……
聖女様のお日様のような香り。
シルバーのお日様のような香り。
そして……何者かが漂わせる、お日様のような香り。
(いつ、どこで、誰からだ……?)
レイオスはこのところ、ずっとそのことばかり考えていた。
しかし、どれだけ頭を捻っても、思い出すことができない。
「……くそっ……」
頭を乱雑にくしゃくしゃと掻くと、遠巻きに「おーい」と声が掛かった。
チラリとそちらへ目を向ければ、見るからに軽薄そうな茶髪の男が――カース・メレフがいた。
「なんやおらん思たら、やっぱりここかいな。聖女学院との懇親会、もうとっくに始まってんで?」
「……あぁ、今行く」
レイオスは初代の手記を<
■
聖女学院の大講堂には、既に大勢の一年生が集まっていた。
「あのすみません、うちのパーティに入っていただけませんか?」
「自分、こういっちゃなんすけど、けっこう剣術には自信あるんすよね!」
「魔法が得意な方、大募集中ですー!」
勧誘に精を出す者・実力を売り込む者・希望の人材を求める者、熾烈な引き抜き合戦が行われている。
「ほへぇ、なんやえらい盛り上がっとるなぁ」
カースは感心したように呟き、
「ふん、くだらん」
レイオスは不快げに鼻を鳴らす。
そんな折、とある女生徒が声を掛けてきた。
「あ、あのレイオスくん、もしよかったら私達のパーティに入っていただけませんか……?」
レイオスは聖騎士学院でも指折りの実力者であり、もしもパーティに引き込むことができれば、武闘会の優勝に大きく前進する。
なんとか彼を勧誘できないものか。
そう考える聖女学院の生徒は、決して少なくなかった。
だがしかし、
「……」
パーティに誘われたレイオスは、仏頂面を浮かべたまま、品定めするような鋭い視線を向けるのみ。
「ぇ、えっと、あの……その……失礼しました……っ」
勇気を振り絞って声を掛けた女生徒は、逃げるように走り去っていく。
その後、いくつもの聖女パーティが、レイオスの勧誘に動いたのだが……。
「レイオス様、うちのパーティに――」
「……」
「レイオスくん、どうか力を貸して――」
「……」
「レイオスさん、少し話を――」
「……」
彼の放つ無言の圧にやられ、皆おずおずと引き下がる。
「あ、あれ、おかしぃなぁ……。なんでボク、誰からも声掛からんの……?」
狼狽するカースを
(どいつもこいつも情けない。この程度の圧にも耐えられんとは……所詮は聖女モドキ。やはりこの中に聖女様の転生体はおられないな)
そんな中、
「――あら、こんなところにいましたの」
レイオスの圧をモノともしない、鋼の精神を持つ生徒が現れた。
「レイオスあなた、うちのパーティに入らなくて?」
「……サール・コ・レイトンか」
サール・コ・レイトン。
レイトン家が長子にして、聖女候補の筆頭格として知られる、風魔法のエキスパートだ。
「あなたもラインハルト家の
ラインハルト家は、王国でも指折りの名家。
歴代当主の多くは、若かりし頃に武闘会で優勝し、聖騎士学院を首席で卒業――剣聖の称号を授かった。
そしてレイオスは、ラインハルト家の次期当主。
彼に向けられた周囲の期待は凄まじく、偉大なる祖先の
(サールは
レイオスはサルコに対し、一定の評価を与えていた。
「……他のメンバーは?」
「聖女科はこの私とウェンディ、そして支援科からはルナ――最強の三人が
サルコが自信満々にそう言うと、レイオスはその審美眼を光らせる。
(ウェンディ・トライアード、帝国聖女学院から転校してきたエリート。幅広い分野の知識を持ち、その実力は聖騎士顔負けと聞く……)
ウェンディの優秀さは聖女学院を飛び越え、お隣の聖騎士学院にまで届いていた。
(サールとウェンディについては、悪くない……。問題は
目の前でポカンとアホ面を晒す聖女モドキ――ルナ・スペディオ。
かつて自分に大恥を掻かせた、忌まわしき女だ。
(ルナは支援科の中でも、特別無能な生徒だと聞く。ただ……こいつには妙なところがある。いったいどんな手品を使ったのかわからないが、既製品のレイピアを以って、俺の退魔剣ローグレアを叩き斬った。おそらくは……なんらしかの【
レイオスは深く考え込み、これまでの戦力を纏めていく。
サール・コ・レイトン――優秀。
ウェンディ・トライアード――優秀。
ルナ・スペディオ――不明。
「まぁ……可もなく不可もなく、と言ったところか」
レイオスの率直な感想を聞き、
「……はぁ゛?」
サルコの額にピキリと青筋が走る。
自身の考えた『最強の聖女パーティ』に対し、「可もなく不可もなく」という舐めた評価を付けたレイオス。
これが彼女の逆鱗に触れたのだ。
「まぁお前がどうしてもと言うのなら、入ってやらんこともない。ただ、勘違いするなよ? 聖女様が率いるからこその『聖女パーティ』であり、貴様等のそれは『聖女モドキパーティ』だ」
レイオスの歯に
「黙って聞いていれば、好き放題に言ってくださいますわね……っ」
自慢の金髪ロールが逆巻き立ち、『夜会の女王スイッチ』がオンになる。
それと同時、ルナが慌てて仲裁へ入った。
「ま、まぁまぁ……サルコさん、少し落ち着いて……っ」
すると次の瞬間、清涼感のある優しい香りが、レイオスの
(……こ、これは……!?)
あり得ない。
小さく頭を横へ振り、『とある可能性』を強く否定した。
(しかし、今の香りは……っ)
揺れる思考を鋼の精神で抑えつけ、勢いよくバッと顔をあげる。
「ルナ……!」
「は、はいっ」
突然大声で名前を呼ばれ、目を白黒とさせる聖女様。
そんな彼女の前へ、レイオスはズンズンと歩みを進める。
「そこを動くな」
「えっ……いや、ちょ……~~ッ!?」
レイオスはおもむろにルナの髪を手に取ると、スンスンとにおいを嗅ぎ始めた。
その瞬間、彼の脳裏に電撃が走る。
「……お、お日様のような香りだ……っ」
突如として女生徒の髪を嗅ぎ、雄弁な感想を述べる漢レイオス。
周囲がフリーズする中、彼の脳内では激しいスパークが起こっていた。
(初代が遺した手記、お日様のような香り、聖女様の代行者シルバー……)
点と点が一本の線となり、やがて一つの『結論』に辿り着く。
「ルナ、お前はまさか――」
レイオスが思考の海から戻るとそこには、絶対零度の視線があった。
「へ、変態……っ」
ルナは胸の前で両手を組みながらフルフルと左右に首を振り、
「最っっっ低……」
ローはゴミを見るような瞳で
「
サルコは
「レイオスさん、心の底から軽蔑します」
ウェンディは言葉のナイフで
「レイオス、自分それはあかんて……完全にライン越えや」
あのカースにさえ、
ハッと我に返り、自分の蛮行を理解したレイオスは、必死に弁解を述べる。
「ち、違う……! 誤解だ! 俺は断じて、変態的な行為に及んだのはない!」
しかし、突如として女子生徒の髪を嗅ぎ、まるでソムリエのように感想を語った。
この揺るぎない事実は、未来永劫変わらない。
今の彼は、どこに出しても恥ずかしくない立派な変態だ。
「「「「「……」」」」」
極寒の視線に晒されたレイオスは、
「ぐっ、この大馬鹿者どもめ……ッ」
苛立ちまじりに毒を吐き、とっておきの
「単刀直入に聞くぞ。――ルナ、お前が聖女様じゃないのか!?」
「……え゛っ……!?」
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