第8話:開戦
東の空より太陽が昇り、ついに開戦の日を迎えた。
決戦の舞台は、リンドリア平原。
ゴドバ武道国とカソルラ魔道国は、既に全軍の展開を完了し、静かな睨み合いを続けていた。
「そろそろ始まる?」
「えぇ、もう間もなく開戦の時間です」
ルナとゼルは遥か遠方の丘から、戦いの行く末を見守っている。
「武道国も魔道国も、同じような配置だね。なんか有名なやつなの?」
「両翼の陣、古の軍師が考案した戦型でございます。右翼と左翼に戦力を集中させ、手薄となった中央には最強の部隊を置く。中央の精鋭たちに大きな自由を与えつつ、両翼を烈火の如く制圧する、非常に攻撃的な陣です。ただ……ここまで中央が手薄なものは、些か珍しいように思います」
武道国と魔道国の全軍は、両翼に集結しており、真ん中は文字通りの真空地帯――兵の一人もいない状況だ。
「あのぽっかり空いた真ん中には、すっごく強い人たちが収まるってことか」
「はい。おそらくは待機中の精鋭部隊が、なんらしかの空間魔法によって――っと、噂をすれば、来たようですね」
魔道国陣営の中央に、巨大な<
そこから姿を現したのは、魔道国宗主ナターシャ・リンドリア。
和やかな笑みを浮かべた彼女の後には、帝国より供与された魔道国の最大戦力『魔獣部隊』が続く。
「「「オォオオオオオ゛オ゛オ゛オ゛……!」」」
ガーゴイル・キメラ・ゴーレム・ミノタウロス・バジリスクなど、血に飢えた100体の軍勢が、獰猛な雄叫びをあげた。
「うわぁ、凄い数……」
「なんと、あれほどの魔獣を使役していたとは……!?(しかも、ほぼ全てが上位種だ。マズいな、これは武道国の手に余るぞ……っ)」
ルナは小さく口を開け、ゼルは驚愕に唾を呑む。
魔道国の準備が整ったところで、武道国サイドにも動きが見られた。
「……」
獣の面をかぶった
「あの
「えぇ、孤児院で見た――」
ルナとゼルが記憶を辿り始めた瞬間、二本の火柱が勢いよく打ち上がる。
両陣営による<
「「「――<
「「「――<獄炎>!」」」
両軍の魔法士部隊が、ほぼ同時に遠距離攻撃を放つ。
灼熱の炎がぶつかり合い、
第一陣の魔法攻撃が、互角に終わったところで、
「「「うぉおおおおお゛お゛お゛お゛……!」」」
続く第二陣、両軍の武双した兵たちが、地鳴りのような雄叫びをあげながら突撃する。
右翼と左翼が激しい戦火に包まれる中、
「さぁ、お行きなさい」
中央のナターシャが命令を飛ばし、
「ゲッゲッゲ……!」
「ゴォオオオオ……!」
「ガルゥウウウウウウウ……!」
解き放たれた魔獣の大群が、途轍もない勢いで駆け出した。
対する仮面の剣士は、スーッと長刀を抜き放ち、ゆっくりと前進する。
「――
十閃の斬撃が空を舞い、魔獣の血肉が飛び散った。
「あの
「昨日も思ったけど、ラムザさんってけっこう強いよね。この時代に会った人だと一番かも?」
二人がそんな話をしている間にも、ラムザはその流麗な剣技を以って、次々に魔獣を切り捨てていく。
しかも、それだけじゃない。
「騎馬隊、そのまま進軍を続けよ! 魔法士部隊、四時の方向へ<
彼は魔獣と戦いながら、広域探知魔法<
「うわっ、凄いなぁ……。戦いながら指示を出すなんて、私には絶対できないよ」
「どうやらあの男は、武と智を併せ持つ、大器のようですね(卓越した剣術・戦況を俯瞰できる視野・的確な状況判断能力……ここで
聖王国の防衛大臣であり、軍事力の拡充を目論むゼルは、ラムザの評価をグッと高めた。
武装・戦力・頭数、武道国はあらゆる面で、魔道国に
しかし、戦況は拮抗――否、やや武道国に傾いていた。
それは
「――流技・
ラムザがひとたび剣を振るえば、魔獣の屍が積み上がっていく。
中央・右翼・左翼、全局面において優位を築き、このまま
そう思われた矢先――魔道国の宗主ナターシャ・リンドリアが、ゆっくりと最前線に歩みを進めた。
「もうよい、下がれ」
魔獣部隊を
「さすがはラムザ・クランツェルト、皇帝陛下が一目置く存在だ」
「ふん、あんな阿呆に
「まさか。高みの見物も飽きてきたので、そろそろ動こうかと思いしましてね」
ナターシャは自身の足元――どす黒い陰に手を入れ、鎖に繋がれたレティシアを引き
「れ、レティシア様……っ」
「……ラム、ごめんなさい……」
ラムザは小さく首を振ると、鬼のような形相を浮かべた。
「
「おー、怖い怖い。そのような目で見てくれるな」
昨夜未明、ゴドバ城の正門前で、四人の斬殺死体が発見された。
彼らはみな、レティシアの護衛を任された騎士。
『最悪の可能性』が脳裏をよぎったが、レティシアの遺体だけは
「この外道め! レティシア様を解放しろッ!」
「えぇ、もちろん。
妖しい微笑みを浮かべたナターシャは、<
「レティシアを助けたければ、その木剣を以って、我が魔獣部隊を全て
あまりにも無茶な条件に対し、レティシアは大声を張り上げる。
「ラム、こんな魔女の言うことを聞いちゃダメ! 私のことはいいから、ナターシャを斬ってちょうだい!」
主君の命令を受けたラムザは、憤怒の形相を浮かべたまま、重々しい口を開く。
「……ナターシャよ、先の言葉に偽りはないな?」
「もちろん、初代宗主ナターシャ・リンドリアの名において約束しましょう」
「…………いいだろう」
ラムザは愛刀を背後に投げ捨て、古びた木剣を拾いあげた。
「ふふっ、さすがは獣、見上げた忠誠心ですね」
「ラム、どうして……っ」
ナターシャは満足気に微笑み、レティシアは絶望に瞳を曇らせる。
「ふぅー……っ」
魔獣の軍勢と対峙したラムザは、浅く長く息を吐き、凄まじい速度で駆け出した。
「――流技・閃剣!」
煌く十の斬撃が、ガーゴイルの首を正確に捉える。
しかし、
「ゲギャギャギャギャッ!」
所詮、刃のない木剣では、魔獣の屈強な肉を断つことはできない。
「ギャラゥ!」
鋭い爪が弧を描き、
「ぐ……っ」
ラムザの左肩を切り裂いた。
そこから先の戦いは、ひたすらに防戦一方。
神懸かった反射神経と天才的な防御術で、なんとか致命の一撃こそ避けているものの……。
「ブモォオオオオオオオ……!」
「……ッ」
魔獣たちの猛撃によって、じわりじわりと削られていき、
「ブゥゥ……モウッ!」
「ご、ふ……っ」
ミノタウロスの巨大な
「くかかっ! 見ろ! あのラムザが、まるでボロ雑巾のようだ! よい、よいぞ! これはよい見世物じゃ! かかかかかっ!」
ナターシャは手を打ち鳴らし、喜悦に満ちた笑みを浮かべる。
「ラム……ッ」
拘束されたレティシアは、最愛の人が一方的に
そして――ラムザが崩れたことで、戦況は大きく動き出す。
「ラムザ様、次の御指示をお願いします……! ラムザ様ッ!」
「敵軍が盛り返してきております! もうこれ以上は持ちませ……ぐぁああああああああ……ッ」
司令塔を失った両翼は
そんな中、自身の持ち場を離れ、ナターシャのもとへ走る兵士が一人。
「ナターシャ様ッ!
「――
ナターシャが睨みを利かせると同時、
「ぐ、ぉ……っ」
男は頭を押さえて
ラムザはその間も、殴られ蹴られ打たれ叩かれ斬られ、地獄のような責め苦を受け続ける。
「……お願い、もうやめて……っ」
レティシアの目から涙が零れ落ち、
「さて、そろそろか……?」
ナターシャがその細い目をさらに尖らせたそのとき、
「……ぐっ、お゛ぁああああああああ……ッ!」
ラムザを中心に漆黒の大魔力が吹き荒れた。
酷く血走った眼・逆巻き立った頭髪・体に浮かぶ漆黒の紋様、その姿はまさに『獣』と呼ぶにふさわしい。
「ようやく出たな、
天恵【獣化】、自身の理性と引き換えに、莫大な魔力と膂力を手にする。
彼が命の危機に瀕した際、自動で発動する力だ。
「う゛、ぐっ……がぁああああああああ……ッ!」
ラムザの踏み足によって、大地は激しく揺れ動き――体勢を崩したミノタウロスの顔面に木剣が叩き込まれる。
「ブ、モォ……ッ」
桁外れの膂力による一撃。
頭部を失ったミノタウロスは、そのままゆっくりと倒れ伏す。
獣化したラムザは、まさに『暴力の化身』。
「オォオオオオオ゛オ゛オ゛オ゛……!」
ガーゴイルの羽を千切り、ゴーレムの核を砕き、バジリスクの牙を叩き折る。
技を捨て、戦略を捨て、人間性を捨て――リミッターの外れた力を振り回す。
そうしてあっという間に魔獣部隊を殲滅したラムザは、
「ガァアアアアア゛ア゛ア゛ア゛……!」
勢いのままナターシャへ襲い掛かり、右手の木剣を大きく引き絞る。
狙うは一点、
漆黒の木剣が差し迫る中、ナターシャはレティシアの首輪を持ち上げ、そのままツッと前に突き出した。
それと同時、ラムザの剣がピタリと止まる。
「ぐっ、ぉ……ッ」
重なってしまった。
二度と消せぬ罪と。
薄弱な理性が吠えた。
同じ過ちを繰り返すなと。
十年前――レティシア暗殺の指令を受けたラムザは、ゴドバ城に侵入を果たし、彼女の心臓を刺し
しかし次の瞬間、
【……なんだ、これは……!?】
レティシアの体から眩い光が溢れ出し、神聖な鎖が自身の体を拘束していく。
神器『
使用者が致命の傷を負ったとき、たった一度に限りそのダメージを完全に回復し、当該行為を行った敵を拘束する。大僧侶フィオーナより与えられた、ゴドバ武道国に伝わる国宝だ。
【レティシア様、今の光は……なっ!?】
【この鎖はまさか……伝承に
【クソガキめ、なんということをッ!】
騒ぎを聞きつけた
【何故レティシア様を襲った!?】
【……殺せ……】
【誰の差し金だ!?】
【……殺せ……】
【このガキ、大人を舐めんじゃねぇぞッ!】
【……殺せ……】
彼は虚空を見つめたまま、ただ「殺せ」と繰り返した。
任務に失敗した時点で、
そういう風に
その様子を遠巻きに見ていたレティシアは、隣の近衛に問い掛ける。
【ねぇ、あの人は……?】
【あやつは
【この後、どうなるの?】
【背後関係を調べ上げた後、
【……そっか……】
レティシアは少し考え込んだ後、ラムザの正面にひょっこりと躍り出る。
【れ、レティシア様!?】
【危険です! お下がりください!】
慌てふためく近衛をスルーし、そのまま語り掛ける。
【私はレティシア、あなたのお名前は?】
温かくて優しい瞳が、虚無な瞳を真っ直ぐに見つめた。
長い長い沈黙の末、
【…………ラムザ】
彼は気まぐれにそう答えた。
【ラムザは、また私を殺すの?】
【……いや、それはない。俺はしくじったからな……】
規定の時間内に指示された場所へ戻れなかった。
レティシア暗殺に失敗したことは、既に仲介人が上申し、皇帝の耳に入っていることだろう。
彼女の首を獲ることに、もはやなんの意味もない。
【そっか。じゃ、もう安心だね】
【……はっ、どうだかな……】
ラムザは「変な女だ」と思いながら、感情のない声で笑った。
レティシアはそんな彼の目を――瞳の奥をジッと見つめ、にっこりと微笑む。
【ねぇあなた、私の騎士にならない?】
【…………は…………?】
驚愕の提案。
当然、近衛は猛烈に反対したのだが……。
【大丈夫。こう見えて私、人を見る目には自信があるの】
いつもの如く謎の自信に満ち溢れたレティシアは、太陽のような微笑みを浮かべるのだった。
彼女はその後、ラムザにいろいろなことを教えていく。
【これが桜、綺麗でしょ?】
【……よくわからん……】
【さぁ召し上がれ、武道国名物ゴドミート! どう、おいしい? 私の手作りなの!】
【……うまい……と思う】
【じゃじゃーん、今日はラムにプレゼントです! はいこれ、私が大好きな小説。また今度、感想を聞かせてね?】
【……これは面白い、のか……?】
ラムザの情緒面の発達は、著しく鈍かった。
武道国お抱えの心理学者が言うには、『帝国の特殊機関で受けた、心を殺す訓練によるものでしょう』とのことだ。
しかしその反面、戦闘においては圧倒的。
年に一度の御前試合にて、
【ぬぅん! 流技・
【……流技・閃剣】
【が、はぁ……っ】
【なるほど……これが流技、か】
武道国最強の剣士をいとも容易く打ち倒し、秘奥である流技を一目で模倣した。
しかも、それだけじゃない。
【つまり、この魔力変換公式が、純粋魔法理論における人類の到達点! 偉大な魔法士たちの叡智が詰め込まれた、最高に尊い魔法式というわけだ! ……まぁ貴様のようなチンピラ崩れには、とても理解できんだろうがな】
【……その式、間違っているぞ……】
【なんだと?】
【……何をどう考えても、こちらの方が効率的だ……】
【ば、馬鹿な……っ】
ラムザは驚くほどに頭がよかった。
一を聞いて百を知る。
基礎的な事項を教えるだけで、その先にある応用・発展に自ずと辿り着いてしまう。
武と智を兼ね備えた
ラムザ・クランツェルトは、天より二物を与えられた男だった。
【ラムは凄いね! とっても強くて、とっても賢い! 将来は有名な剣士さんかな? それとも立派な学者さんかな? あなたなら、きっとなんにでもなれるよ!】
【……俺は獣、殺しの道具に夢なんかねぇよ……】
ラムザが吐き捨てるように言うと、レティシアは不機嫌そうな表情でグッと距離を詰めた。
【違うよ。あなたは獣じゃない。今はちょっと心が疲れちゃっているけど、本当はとても優しくて凄く純粋な人】
【……】
【そんなしょぼくれた顔をしなくても大丈夫! 私があなたをちゃんとした人間に戻してあげる! ほら、約束しよ?】
【……はっ、期待せずに待ってるよ……】
二人はそう言って、互いの小指を結んだ――。
「――お願い、ラム……私ごとナターシャを斬って……ッ」
ラムザは獣、主の命を
しかし、
「……申し訳、ございません……っ」
血に濡れた手から、木剣が零れ落ちた。
『
「くかかっ、獣のままなら勝てたものを……!」
全てを見透かした魔女が、愚かな
「――
邪悪な
「が、は……っ」
ラムザの四肢を深々と抉った。
「ラム……!」
彼は大きく後ろへ吹き飛び、地面に何度も体をぶつけて転がっていく。
「……はぁ、はぁ……っ」
獣化の解けた彼は、荒々しい息を吐きながら、木剣を支えにゆっくりと立ち上がる。
霞む視界・震える手足・止まらぬ出血、これ以上の戦闘は望むべくもない状態だ。
「ナターシャ、御自慢の魔獣たちは、全て斬り伏せたぞ……っ。約束だ、レティシア様を解放しろ……!」
「断る」
「なっ……話が違うではないか!」
「これこれ、人聞きが悪いことを言うでない。私は何も違えておらぬわ」
「ほざけ! 貴様の魔獣部隊は全て――」
「――私の魔獣部隊が、どうしたって?」
ナターシャがパンパンと手を叩くと同時、巨大な<異界の扉>が再び出現し、そこから途轍もない数の魔獣が進軍する。
「ば、馬鹿な……ッ」
総数にして1000体、先ほどの十倍にも及ぶ大軍勢だ。
「『戦力の
絶望的な宣告を受けたラムザは、それでもなお諦めない。
「……はっ、雑魚をいくら並べたところで、ものの数に入らん! もう一度【獣化】で蹴散らすまでだ!」
「くかかっ、虚勢を張るな。知っているぞ? 【獣化】の使用は日に一度のみ。そのうえ発動した後は、しばらくまともに動けぬ……違うか?」
「……っ」
皇帝アドリヌスから
そうして完全に戦局を支配したナターシャは、
「
万感の吐息を零し、
「あなた、やはり……ッ」
このとき、天性の直観力を持つレティシアは確信した。
ゴドバの乱における黒幕が、ナターシャであることを。
「……『先祖返り』とでも言うのかねぇ。その透き通るような髪・太陽の如き瞳・人懐っこい顔……忌々しいゴドバにそっくりだ。見ていて吐き気がするよ」
ナターシャは闇の魔力を込めた手で、レティシアの顔面を力強く
「きゃぁ……ッ」
彼女は痛々しい悲鳴をあげて倒れ、
「き、貴様……ッ」
ラムザは覚束ない足取りで、ナターシャのもとへ走った。
しかし、
「――<
「ぐっ、ぉ……っ」
魔女の放った小さな炎が、ラムザの胸部を焼き焦がす。
「くかかっ、
もはやこの場に正義はない。
「さて、そろそろ幕引きとしたいのだが……手負いの獣が最も恐ろしい。念には念を入れておこう」
ナターシャは<
「よぅく魔力を溜めて、しっかりと狙うのだぞ? これが記念すべき、我が覇道の第一歩なのだからな。――さぁ、盛大な祝砲をあげよ!」
「「「ゴォオオオオオ゛オ゛オ゛オ゛……ッ!」」」
魔獣の軍勢は、途轍もない出力の魔弾を放ち、
「「「……<
カソルラの魔法士部隊は、顔を伏せながら魔法を撃つ。
大出力の魔弾は、灼熱の
絶体絶命の窮地に追いやられた彼は――優しく微笑んだ。
「レティシア様、あなたのおかげで、私は人間に――」
「いや、ラム……逃げて……ッ」
「くかかかかっ! 新時代の幕開けじゃ!」
魔女の嘲笑が終局を飾る中、
「……ごめんゼル、もう我慢できないや」
「全ては聖女様の思うがままに」
三百年前の英雄たちは、
ゼルはラムザと魔弾の間に体を滑り込ませ、その美しい白翼をはためかせた。
「――<返し羽>」
迫り来る魔弾の軌道を変え、垂直方向に打ち上げる。
そして――。
「我が名はシルバー・グロリアス……えっ、ぶばぁっ!?」
遥か上空にて、格好よく名乗りあげていたルナへ、全魔弾が漏れなく直撃。
「せ、聖じ――シルバーぁあああああ゛あ゛あ゛あ゛!?」
まさかそんなところに敬愛する主人がいるとは露知らず……ゼルは真っ青な顔で、大絶叫をあげる。
一秒後、
「――ちょっ、ビックリするだろう!?」
当然のように無傷のルナは、高鳴る心臓に手を当てながら苦情を入れ、
「ま、まさか上空にいらっしゃるとは思わず、大変申し訳ございません……っ」
ゼルはただただ平謝りをするのだった。
「……ゼル殿、何を……?」
「ん? あぁ……ゴホン、聖女様の御命令により、助太刀に
それに対し、ラムザを首を横へ振る。
「……逃げてくれ。貴殿らがどれほど強かろうとも、この戦はもうどうにもならん。我らの敗北だ……」
左翼と右翼は崩壊し、正面には魔獣の大軍勢。
ラムザという最高戦力が崩れたうえ、敵の
帝国のバックアップを受けた魔道国は、武道国を完全に圧倒していた。
一方、撤退を勧められたゼルは、困ったように
「ふむ、これはまた
「……どういう意味ですか?」
「私は老兵ゆえ、現代の兵法を知らぬ。だが、昔の常識ならば知っている。
不敵な笑みを浮かべたゼルは、天高くへ飛び上がり、カソルラの全軍に告げる。
「我が名はゼル・ゼゼド! 聖女様に仕えし、
ゼルの降伏勧告を受け、ルナとカソルラ全軍に大きな動揺が走る。
「わ、私の台詞が……っ」
「ぜ、ゼル様がお怒りだ……ッ」
「おいおい、聖女様の天罰って……!?」
一方、ナターシャの判断は、迅速かつ冷徹だった。
「くくっ、飛んで火に入るなんとやらよ。――遠慮はいらぬ、撃ち落とせ」
「しかし、ナターシャ様……っ」
「相手は三百年前の大英雄ですよ!?」
「そんな恐れ多いこと、自分にはできません……ッ」
「――お゛ぃ、
「「「……了解、しました……ッ」」」
家族を人質に取られている兵たちは、ただただ頷くことしかできなかった。
そうこうしている間にも、ゼルのカウントダウンは進んで行き、
「3……2……1……!」
ゼロを刻むと同時、ナターシャの邪悪な笑みが咲く。
「――今だ、
しかし次の瞬間、
「――<
ルナの掌から太陽の如き炎塊が、途轍もない速度で解き放たれた。
それはカソルラ陣営の中央――最強の魔獣部隊のもとに着弾し、天にも届かんという爆炎が巻き起こる。
「「「ゴ、ォ……ッ!?」」」
<
大気は焼け、草葉は蒸発し、地面は燃え朽ちる、生き物の存在を許さぬ焦熱地獄。
天災の如き魔法を気軽に放ったプレートアーマーは、ゆっくりと大地に降り立ち、超越者の如く
「「「……っ」」」
不気味なほどの静寂が降りる中、ゴドバ軍の
「し、シルバー様の放った
聖女ルナは、三百年前に『戦略兵器』と恐れられたその力を遺憾なく発揮していた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
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