第7話:決戦前夜


 ゴドバ武道国とカソルラ魔道国の視察を終えたルナとゼルは、<異界の扉ゲート>を潜り、聖王国にあるゼルのログハウスへ戻った。


「ふぅー、疲れたぁ……っ」


 お疲れモードの聖女様は、重厚なプレートアーマーを脱ぎ捨て、だらしなくソファにゴロンと横たわる。


「お疲れ様でした。今、コーヒーをおれしますね」


「うん、ありがとー」


 三分後、温かい湯気の立ち昇るカップが、机の上にコトリと置かれた。


 ルナはそこへ砂糖とミルクをたっぷりと注ぎ込み、『地獄のデラックス化』を行うと、景気よくゴクゴクと喉を鳴らす。


「ぷはぁー、みわたるぅ……。頭を使った後の糖分は、やっぱり格別だね」


「ふふっ、それはよかったです」


 柔らかくニコリと微笑んだゼルは、対面のソファに腰を下ろし、肩を回すような感覚で両翼を大きく伸ばす。鳥の獣人族が見せる、リラックスポーズだ。


「さて聖女様、無事に両国の視察が終わったのですが、いかがでしたでしょうか?」


「ゴドバ武道国もカソルラ魔道国も、いろいろな特徴があって凄かった。レティシアさんもナターシャさんも、なんか『王様!』って感じでかっこよかったし、国造りって思っていたよりも大変そう。……私なんかにできるのかな」


 国を建てるという大業に対し、ルナは少し自信を失くしていた。

 それを目にしたゼルは、「やれやれ」と言った風に肩を竦める。


「まったく、何を仰いますことやら……。私はもう三百年と歳を重ねておりますが、聖女様ほどの器量は見たことがございません。きっと貴女は、世界で最も優れた王になることでしょう」


「えっ、そう……?」


「はい、この私が保証いたします」


「……そっか、やっぱり私って凄いか!」


 聖女様の自尊心が、ググーンと回復する。

 落ち込みやすく、立ち直りやすい。

 この単細胞っぷりは、聖女様の良いところでもあり、悪いところでもある。


 とにもかくにも、ルナの精神状態が整ったところで、ゼルは羽根ペンと羊皮紙を取り出した。


「視察の記憶がまだ新しいうちに、両国と同盟を結んだ際のメリットを整理しておきましょう」


「うん、お願い」


 ルナがコクリと頷き、ゼルは羽ペンをすらすらとおどらせる。


「まずゴドバ武道国と同盟を結んだ際、こちらが享受できるかもしれない『想定可能な恩恵』は、概ね以下の三つになります。①精錬技術の伝播でんぱによる産業の発展。②品種改良による効率化された農業の導入。③流技の伝承による兵力の増強」


「なるほど……」


 聖女様は集中した様子で、横髪をスッと耳に掛けた。


「次に魔道国と同盟を結んだ際のメリットは、大きく分けて二つ。①貿易による魔石・魔道具の獲得。②先進的な魔石研究の伝播」


「ふむふむ……」


 それぞれのメリットを纏めたところで、ゼルは結論に入る。


「大前提として、我らが同盟を結ぶのは、次の戦争に勝った国ですが……。個人的な意見を申し上げると――武道国も魅力的なのですが、魔道国が選ぶのが上策かと。やはり注目すべきは魔石産業、おそらくこの先数十年にわたって、大きく伸び続ける分野です。さらに付け加えるならば、国民の多くが聖女様を信奉しているらしく、帝国とも良好な関係を築いているように見えました。同盟国として、これ以上ない相手でしょう」


 ゼルは魔道国に対し、好印象を抱いていたのだが……ルナは難しい表情を浮かべる。


「うーん……そう、だよね……。合理的に考えたら、普通はそっちを選ぶよね……」


「魔道国に何か気になる点がおありですか?」


「別にここが嫌だとか、そういうのはないんだけど……。でも、なんか違う・・・・・感じがする・・・・・


「なるほど……」


 ゼルは真剣な表情で考え込む。


 ルナが自慢の聖女ブレインを活用し、必死に導き出した結論は――驚くほどに当たらない。とてもじゃないが、信用に足るものではない。

 しかし、彼女が何も考えず、自身の直感で辿り着いた結論は――恐ろしいほどによく当たる。合理や道理を抜きにして、採用する価値がある。


 かつての冒険から、ゼルはそれを知っていた。


「ごめん、やっぱり魔道国と組む方がお得だよね。こういうのは気持ちじゃなくて、ちゃんとよく考えなきゃ――」


「――いえ、聖女様の『野生の勘』は並外れております。事実、冷静に思い返してみれば、魔道国にはいくつか気掛かりな点がありました。総合的に判断すれば、武道国は堅実かつ安定的な選択かと」


「えっ、そう……?」


「はい。言語化の難しい違和感、それを正確に捉える繊細な感性……さすがは聖女様でございます」


「いやぁ、それほどでも――はっ!?」


 嬉しそうにテレテレと後頭部を掻いていたルナは、突然カッと目を見開く。


「今回の話って、『戦争で勝った国と同盟を結ぶ』だよね?」


「はい、その通りですが……いかがしましたか?」


「理想の相手が武道国なんだったら、今すぐ同盟を結んじゃうのはどう? そうすれば明日の戦争もなくなるし、もしかしたら聖王国・武道国・魔道国で、三国同盟的なアレができるかも……!」


 名案を思い付いたとばかりに、アホ毛をピンと立たせる聖女様。


 しかし、ゼルの反応は優れない。


「とても平和的な案ですが……個人的には、あまりおすすめできません」


「えっ、どうして?」


「今この段階で聖王国と武道国が同盟を結べば、戦力的に大きなビハインドを負った魔道国は、戦争回避に舵を取らざるを得ず、和平の談に着くでしょう。しかしこの場合、ナターシャ殿は振り上げた拳を降ろす形になり、国家としての面子が潰れてしまう。古今東西、この手の禍根は尾を引き、いずれ大きな亀裂を生みます」


「そ、そうなんだ……。それじゃもう最初から、『三国みんなで同盟を結ぼう』、っていうのはどう?」


「三国での同盟を呼び掛けた場合、おそらく武道国と魔道国は、聖女様の顔を立てるため、首を縦に振ると思われます。しかし、両国のわだかまりは以前として解けぬまま。これでは臭いモノに蓋をしただけであり、いつ破裂するやもわからぬ『大きな爆弾』を抱えることになるでしょう」


「それは……ちょっとよくないかも……っ」


 ルナが「むぅ」と頭を抱えたところで、ゼルは自身の考えを語る。


「武道国と魔道国の力が拮抗している現状において、聖王国の支持した陣営が些か有利になり過ぎてしまう。そのため今回は『けん』に回る、これが正着かと存じます」


「見に回る?」


「はい。当初の予定通り、我らは両国間の争いに一切関知せず、次の戦に勝利した陣営と同盟を結ぶのです」


 彼はコーヒーで喉を潤わせた後、スッと目を細める。


「此度の視察を通して、両国には歴史的な因縁が、それぞれの正義があることがわかりました。そのような状況下において、異邦人である我らがしゃばり、戦の趨勢すうせいを決定付ける一手を打つのは……悪手です。無用な反感を買わぬためにも、やはり最後の一手は、当事者たちに打ってもらわねばなりません」


「……なる、ほど……」


 聖女様の頭から、プスプスと煙が出始めた。


(むっ、そろそろ限界が近いな)


 情報過多による、聖女ブレインのオーバーフロー。

 それを正確に見極めたゼルは、滑らかに総括へ移る。


「私の考えを簡単に纏めますと……我ら聖王国陣営は、明日の戦争で見の立場を維持し、戦を制した国と同盟を結ぶ。そして辛くも敗れた国に対しては、速やかに人道的支援を行う。要は『監督者の役割に徹する』、これが最も理想的な形かと」


 ゼルのわかりやすい纏めを聞いたルナは、それを頭の中でゆっくりと咀嚼そしゃくし――コクリと頷く。


「――うん、そうだね。確かにそれが一番平等で公平かも」


「ありがとうございます」


「それじゃ明日は、ちょっと離れたところから、戦いの行く末を見守ろう」


「はっ、承知しました」



 ルナとゼルが次の戦争における、聖王国の基本方針を定めたその頃――。

 陽も落ちて久しいアルバス帝国に、『北方遠征』を終えた皇帝アドリヌス・オド・アルバスが帰還する。

 玉座の間に戻った彼を出迎えたのは、最側近であるラド・ツェズゲニアだ。


「――陛下、遠征からの帰陣、心よりお喜び申し上げます」


「うむ」


 皇帝はここ一か月ほど、御所である帝城を留守にし、帝国北方に広がる人類の生存圏外――『外界』から押し寄せる、魔族や亜人族の撃退に出向いていた。

 この北方遠征は当代の皇帝が正規軍を率いて赴くものであり、数年に一度という頻度で実施されていたのだが……。近年は魔族と亜人族の活発化によって、今ではほとんど年ごとに行われている。


 全身に聖遺物こくほうを纏ったアドリヌスは、それらを<次元収納ストレージ>に仕舞い、玉座に腰を下ろす。


「南方亜人族の長ダダリオ・ドドグラスの首を獲った。これであの蛮族共も、しばらくは大人しくなるだろう」


「さすがでございます。北方の帝国臣民も、心穏やかに暮らせることでしょう」


 いくらかの疲労感を滲ませる皇帝が、おもむろに空のグラスを手に取ると、ラドはあらかじめ用意しておいたボトルを開ける。

 がれたワインは、五十年ものの『ネメシア』。

 普段は辛口を好むアドリヌスだが、北方遠征から帰還したその日に限り、口当たりが柔らかく渋みの控えめなこれをあおるのだ。


「ほぅ……悪くないな」


「当たり年でございます」


 広く荘厳な玉座の間には、皇帝と最側近の二人のみ。

 しかし、ここに寂寥せきりょうかんはなく、それどころか満たされていた。


 絶対君主アドリヌス・オド・アルバス、彼が此処に在ることによって、玉座の間はかんるのだ。


「さて、これでようやく『最重要案件』に、聖女とシルバーの問題に取り掛かれるな」


「はい。<交信コール>による定時連絡を行ってはおりましたが、念のため、こちらに詳細な資料を時系列順に纏めてあります。必要とあらば、ご活用ください」


「ふっ、相変わらず気の回る奴だ」


 アドリヌスは腹心の仕事ぶりをねぎらい、分厚い羊皮紙の束を手に取った。


「まずは――ふむ、グランディーゼ神国しんこくの件か。なんでも我が従順な小間使い、枢機卿すうききょうのケルキスが死亡したそうだな」


「はい、奴に掛けておいた『禁言きんごんの呪い』が起動しました。おそらくは聖女の暗殺に失敗した後、シルバーから苛烈な尋問を受けたのでしょう。まったく……失態を演じた挙句、陛下の情報を漏らそうとは、救いようのない愚物ですね」


「まぁ所詮、アレはその程度の器よ。そう判断したゆえ、呪いという保険を掛けておいたのだからな。――そんな些事よりも、問題はこれ・・だろう」


 裏切り者についてサラッと流したアドリヌスは、真剣な表情で資料の一点を睨む。


「死の神ディスティルの現界げんかい。これが指し示すことはただ一つ、禁忌である『蘇生』が行われたのだ」


「はい。そして五分後、ディスティルの魔力反応は消失しております。これはやはり……?」


「あぁ、おおよその筋書きはこうだろう。ケルキスはなんらかの手段を以って、聖女ロー・ステインクロウの暗殺に成功した。しかしその直後、現着したシルバーが蘇生の魔法を展開し、それを防ぐために死の神ディスティルが顕現。激しい死闘の末、シルバーがディスティルを葬った」


 皇帝の予想は完璧だった。

 聖女の正体がローではなく、ルナという点に目をつぶれば。


「一つ予想外だったのは、シルバーの持つ武力だな。強者であることに疑いはなかったが、まさか単騎で死の神を屠るほどの男だとは……正直、これには驚かされた」


「敵は神さえも打ち滅ぼす存在、どのように立ち回るべきなのでしょうか……」


「……確かに、シルバーの存在は脅威だ。知恵の足らぬ北方の亜人など、赤子に思えるほどの、な。――しかし、俺は此度の一件で奴の『底』を見た」


 アドリヌスはグラスを揺らしながら、続く二枚の資料に目を向ける。


「先日秘密裏に開かれたレイトン財閥との対談、そして現在進行中の武道国および魔道国の視察――ラドよ、お前はこれらをどう見る?」


「聖女陣営の世界進出、その地固めを行っているのかと」


「くくっ、なるほど確かにそう見る向きもあるだろう。いや、大勢たいせいはそのように理解するだろう」


「陛下は、違ったのですか?」


 ラドの問いに対し、皇帝はコクリと頷く。


「断言しよう。これは間違いなく『時間稼ぎ』だ」


「地固めが……時間稼ぎ……?」


 中々に結び付かぬ組み合わせ、ラドの顔に困惑の色が浮かぶ。


「考えてもみろ。シルバーは神をも討ち滅ぼす超常の存在。そんな奴が何故レイトンと組む? 何故同盟国を求める? 圧倒的な武力を持ちながら、どうして他者に解を求める? おかしいとは思わんか?」


「……確かに……」


「これまでの行いからして、シルバーが頭抜ずぬけた知者であることは明白だ。奴は決して無駄なことをしない。その行動には全て、何かしらの深い意味が含まれている。この前提を踏まえたうえで、聖王国の動きを分析すれば、二つの可能性に辿り着く」


 膝を組み直したアドリヌスは、頬杖を突きながら自身の考えを語る。


「①シルバーは現在、生死に関わるほどの重傷を負っている。②聖女の完全復活には、未だかなりの時間を要する」


 ラドは主人の言葉を聞き洩らさぬよう、静かに耳をそばだてる。


「①は言わずもがな、だ。あの・・死の神とやり合って、無事で済むはずがない。シルバーは今、相当な深手を負っているだろう」


 実際のところ、聖女とディスティルの戦闘は、ただただ一方的な虐殺だったのだが……そんなことは知るよしもない。


「②については、状況証拠から組み立てた推察だ。聖王国の建国宣言からしばらく経つが、聖女はまるで表舞台に立とうとしない。おそらくは当初の予定よりも、転生からの回復に手間取っているのだろう。もしかすると此度の死亡→蘇生によって、さらに弱体化が進んだのやもしれんな」


 聖女様は今日も元気いっぱい、いつものように空回りを続けているのだが……従者であるゼル以外、これを知る者はいない。


「①・②を勘案すれば、此度の地固めは『シルバーと聖女が回復するまでの時間稼ぎ』と見るのが自然だろう」


「な、なるほど……っ」


「些か巧遅こうちの感を覚える一手だが……まぁ悪くはない。聖王国が協調路線に舵を切ったことで、実際に場は膠着こうちゃくした。我ら四大国は所在なく盤上で手を泳がせるのみ、奴等に建て直しの時間を許している。これならばいっそのこと、独裁に走ってくれた方が幾分やりやすい。『聖王国の人民解放』を大義に四大国同盟を築き、聖王国対世界の構図を作れたのだからな」


「その辺りはさすが三百年前の大英雄というべきでしょうか、大局観に優れておりますね」


 ラドの意見に対し、アドリヌスはコクリと頷く。


「しかし、一定の時間と引き換えに、シルバーは新たな手札を明かした。それこそまさに強さの底。奴の武力は死の神ディスティルと同等、もしくはやや上と言ったところだろう」


「神と比肩する武力、想像すらできません」


「確かに強敵だ。が、『神殺し』は何も聖女や魔王だけの特権ではない。数こそ少ないものの、人間が神を討ったは前例はある」


「つまり、知略を尽くせば、シルバーを屠ることも可能!?」


「然り。くくっ、ケルキスめ……愚物の割に良い仕事をするではないか」


 上機嫌に肩を揺らすアドリヌス、一方のラドは何やら深刻な表情を浮かべている。


「どうした、何ぞ引っ掛かることでもあったか?」


「……一つ、『恐ろしい可能性』が脳裏をよぎりました」


「ほぅ、聞かせてみろ」


「これは仮定の話なのですが……。もしもシルバー=聖女の図式が成り立つのであれば、あの鎧の中に聖女本人が入っているならば、ここまでの話は全て変わってくるのではないか、と」


 ラドは自身の考えを口にしながら、思考を深めていく。


(聖滅運動により、聖女の記録はそのほとんどが失われた。現存する僅かな文献は、その出所に不審な点が多く、偽典ぎてんと捨て置かれている。しかし、いくつか本物の――正典の可能性があるものの中には、『聖女は恐ろしくアホだった』という記述が散見される)


 もしかしたら、聖女のことを高く評価し過ぎているのではないか?

 実際のところ、彼女はただやりたいようにやっているだけで、自分たちは深く考え過ぎているのではないか?


 そんな恐ろしい可能性が、ラドの脳裏を掠めた。


 限りなく真実に近付いたその意見を受け――皇帝は思わず噴き出す。


「くっ……くはははは……っ! ラド、なんだお前、笑いのセンスがあったのだな!」


「い、いえ……決して冗談のつもりは……っ」


「くだらぬ三文話ならば、斬って捨てるところだが……。よい、今のは中々に冴えておったぞ!」


 アドリヌスは楽し気に喉を鳴らした後、自信に満ちた表情で断言する。


「敢えて言おう。そのような仮定は、天地がひっくり返ろうとも成立せぬ。聖女は究極の武と天上の智を併せ持つ存在。力あるものには、それに見合った自尊心プライドがある。聖女があんな鎧に入り、代行者の演技を図る? そんな滑稽なことはあるまい」


 聖女のド天然と皇帝の叡智、両者の相性は文字通り『最悪』だった。


「なるほど、そういうものなのですか(陛下がここまで断言するのだ。きっと間違いないだろう)」


 アドリヌスへ全幅の信頼を寄せるラドは、異議を唱えることなく、納得の姿勢を見せる。


「さて、次はシルバーとゼルが視察へ出たことについて……むっ?」


 グランディーゼ神国の総括を終え、次の議題に移ろうとしたそのとき、宮廷魔法士より<交信コール>が入った。


「――皇帝陛下、大儀式の準備が整いました。いつでも<異界の扉>を展開可能でございます」


「そうか、ではすぐに繋げ」


「はっ」


 次の瞬間、玉座の間に<異界の扉ゲート>が出現した。

 帝国の魔法士たちが展開した<異界の扉ゲート>、そこから姿を現したのは、カソルラ魔道国宗主ナターシャ・リンドリアだ。


「――皇帝陛下、お招きいただき、光栄の至りでございます」


 ナターシャは玉座の前で跪き、面を伏せたままに礼をる。


「うむ、急に呼び立ててすまんな」


「いえいえ、とんでもございません」


 アドリヌスとナターシャ、二人は共に国を統治する王なのだが……。


 当然そこには『格』というものが存在する。


 アルバス帝国は、世界の覇を競う超大国。

 カソルラ魔道国は、世界地図の片隅に載る小国。

 国を率いる立場ながら、両者の間には絶対的な差があるのだ。


「して、首尾はどうだ?」


「万事、問題ございません。陛下より賜りました最高品質の鉄製武具、特別にお貸しいただいた一万匹の魔獣。我が魔道国の戦力は、武道国を超越しております」


「それはけっこう。ただ……あの・・『獣』にだけは気を付けろ。奴は単騎で国を獲れる器、アレを自由にさせては、どうなるやもわからんぞ?」


 皇帝の脳裏をよぎるのは十年前の記憶――自身が推し進める貧民街の再開発計画、これに反対する貴族を見せしめに惨殺した帰り道。

 偶然に出会った、薄汚い子ども。


【ほぅ……貴様、まだ若いのによい目をしているな。希望の失せた虚無な瞳、緩やかに死んでいる。言うならばそう――『獣』のようだ】


【……あ?】


 アドリヌスの眼は見抜いていた、少年の身に宿る天賦の才能を。


「ご安心ください。ラムザの弱みは、既にこの手の中に」


「ほぅ、優秀だ」


「もったいなき御言葉でございます」


 謝意を伝えたナターシャは、頭を下げたまま、小さな願いを口にする。


「皇帝陛下、発言の許可をいただきたく」


「なんだ、申してみよ」


「重ね重ねの確認となり、大変恐縮なのですが……。明日の戦を制し、魔道国と武道国の併合、すなわちリンドリア道国の統一を成し遂げた暁には――」


「――うむ、リンドリア道国をアルバス帝国の傘下に加え、貴様には『辺境伯』の地位を授けよう」


「ありがたき幸せにございます」


 ナターシャは感謝の意を述べ、


「……ふん」


『男の世辞と女の嘘』を何よりも嫌うアドリヌスは、どこか不機嫌そうに鼻を鳴らす。


「さて、話は以上だ。明日に備えて、今宵はもう休むといい」


「お気遣い、痛み入ります」


 深々と頭を下げたナターシャは、優雅な所作で立ち上がり、<異界の扉>を潜った。


 カソルラ城の最上階、自身の寝室に帰還した彼女は――憤怒の表情を浮かべ、豪奢ごうしゃ姿見すがたみを殴り割る。

 鮮血とガラス片が飛び散ると同時、身の毛もよだつ悍ましき大魔力が吹き荒れた。


「……まずは明日、武道国を手に入れる。その次は貴様だ、アドリヌス……! 既に仕込み・・・は済んでいる。近い未来、アルバス帝国を討ち滅ぼし、妾がこの世界の頂点に立つッ!」


 暗く淀んだ部屋の中、女帝の邪悪な野心が煮えたぎる。

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【※大切なお知らせ!】

実は本日、私が原作を務める作品『追放されたギルド職員は世界最強の召喚士』のコミカライズが始まりました!

詳しくは近況ノート→https://kakuyomu.jp/users/Tsukishima/news/16818023213042552788に書いてありますので、チラッとでも見ていただけると嬉しいです……!

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