第6話:カソルラ魔道国
ゴドバ武道国の視察から一夜明けた次の日、ルナとゼルはカソルラ魔道国を訪れていた。
「ここが魔道国……。なんというか、武道国とは毛色が違うね。こっちの方が発展している感じがするかも」
「えぇ。先日いくつかの文献を調べたところ、『カソルラ魔道国は近代化を掲げており、アルバス帝国を参考にしつつ、進歩的な都市国家への道を
目に付く建物は、どれも近代的なデザインをしており、真新しいものばかり。これは成長・革新を国是とする、進歩主義的な宗主カソルラの意向を受けてのものだ。
ただ……『緑』に乏しい。
言い訳をするかの如く市中のところどころに散見される木々は、どこか人工的な香りが漂っており、真っ当な『自然』と評するには些か
自然との共生に成功した武道国とは、まるで正反対の街並だ。
「うわぁ、お店がいっぱい。それに凄い数の人……」
「中々に活気がありますね。ちなみに魔道国は有名な魔石の産出国として知られており、これを加工した品々を輸出し、多くの外貨を稼いでいるようです」
「へぇー、そうなんだ」
二人はキョロキョロと周囲を見回しながら、魔道国の中央通りを歩く。
もちろんルナはプレートアーマーを着込んだまま、聖女バレ対策に
「――あっ、なんかいい感じの魔道具屋さんがあるよ」
「せっかくですし、軽く覗いてみましょうか?」
「うん」
パッと目に付いた魔道具店に入ろうとすると、前方から仰々しい一団がやってきた。
「――お待ちしておりました。シルバー殿、ゼル殿」
集団の先頭に立つ女性は、丁寧な所作で腰を折り、
「えっと……どちら様でしょうか?」
ルナの質問に対し、謎の女性は柔らかく微笑む。
「私はカソルラ魔道国の宗主ナターシャ・リンドリア。以後、お見知りおきを」
ナターシャ・リンドリア、外見年齢は25歳前後、しかし実年齢は240歳を超える。
身長175センチ、線の細い体型。
薄いベージュの長髪は、まるで九尾の狐が如く、九つの束に纏められている。
細く切れ長の目・雪のように白く綿密な肌・完璧なプロポーション、豪奢な着物に身を包んだ彼女は、どこか浮世離れした美貌を放っていた。
「突然の御挨拶、驚かれたことかと存じます。実は昨日、御二方がゴドバ武道国にいらしたとの報を受けましてね。『もしかするとうちにも』と思い、準備していた次第です」
「なるほど、そういうことでしたか」
「はい」
小さく頷いたナターシャは、音もなくスッと右足を引き、半身の姿勢を取る。
「こんなところで立ち話もなんですし、どうぞ我が城へおいでくださいませ。ささやかながら、歓待の準備もできておりますので」
そうしてルナとゼルは、魔道国の中央にそびえ立つカソルラ城へ案内された。
威風堂々と構える巨大な城門を潜った次の瞬間――管弦楽団による優美な演奏が響き渡り、玄関ホールに整列した政府高官たちが一斉に頭を下げる。
「「「シルバー様、ゼル様、ようこそいらっしゃいました」」」
「ど、どうも……っ」
「さぁ、応接室はこちらにございます」
ナターシャはそう言って一階ホールの最奥、淡い
「どうぞお乗りください」
「「……?」」
ルナとゼルは要領を掴めない顔をしつつも、言われるがままに板の上に足を載せる。
「少し揺れますので、お気を付けを」
ナターシャが人差し指をクルリと回し、微弱な魔力を放出すると同時――足元の板が音もなく上昇し始めた。
「「ぉ、おぉ!?」」
下から押し上げられる奇妙な浮遊感、ルナとゼルの口から動揺の声が零れる。
「こちらは『
「しょ、昇降機ですか……っ」
「ほぉ……なんとも便利なものですな」
「ふふっ。お褒めにあずかり、光栄でございます」
そんな話をしている間にも最上階へ到着、国賓を招くための特別な応接室へ通された。
(こ、これは……っ)
床に敷き詰められた真紅の絨毯・壁際に掲げられた美しい風景画・天井に吊り下げられた豪奢なシャンデリア――武道国で目にした玉座の間とはまさに対極、なんとも
「どうぞお座りください」
「し、失礼します……っ」
緊張したルナがふかふかのソファに腰掛けると同時、ナターシャの背後に控える執事が素早く動き出す。
優雅な所作で紅茶を
「ティー・オ・ルーラ、我が国で採れた最高品質の茶葉を使ったものです」
「お気遣い、ありがとうございます」
ルナはティーカップに手を付けず、小さく会釈をするに留めた。
<
(……ストレート、か……)
聖女様、苦いのが苦手。
紅茶を飲むときは、ミルクと砂糖が欠かせない。
さらに言うならば、ソーサーに置かれたティーカップは意匠が凝っており、綺麗な宝石たちが存在感を主張する。
(
昨日ゴドバ城の外壁を木端微塵に破壊したばかりのルナは、高価なものとの接触を可能な限り避けたいと思っていた。
とにもかくにも、両者が腰を落ち着かせたところで、ナターシャが柔らかく微笑む。
「改めまして――私はカソルラ魔道国初代宗主ナターシャ・リンドリアと申します。シルバー様、ゼル様、ようこそ我が国へいらっしゃいました」
「初めまして、シルバー・グロリアス=エル=ブラッドフォールンハートです」
「ゼル・ゼゼドです」
軽く自己紹介を済ませ、場の空気を整えたところで、ナターシャが小さくコホンと咳払いをする。
「さて、お互いに忙しい身ですし、早速『本題』へ入りましょう」
「本題、と申しますと?」
「ふふっ、そんな意地悪を仰らないでください。私とて一国の王、世界情勢は読めるつもりです。――『同盟国探し』、順調でしょうか?」
「……っ(こ、この人……賢い!?)」
視察の意図を見抜かれたルナは、わかりやすく言葉を詰まらせた。
突如として発布された聖王国の建国宣言、時を同じくして武道国と魔道国に訪れた聖女パーティの面々――この情報を照らし合わせれば、同盟国探しという
一国の王でありながら、世界情勢をまるで読めない聖女様は、ナターシャへの評価と警戒度をグーンと高めた。
「栄誉ある聖王国のパートナーとして、魔道国を選択肢に入れていただき、感謝の言葉もございません。ただ……偽らざる本音を言えば、先に武道国を訪れていらっしゃることに対し、一抹の不安を覚えております」
「おや、何か不都合でもありましたか?」
「聡明なシルバー殿のこと、判断を誤ることはないかと思います。……しかし、
「あの魔女……?」
「はい。ゴドバ武道国七代目宗主レティシア・リンドリア、私の遠い
ナターシャは憂いを帯びた瞳で、窓の外へ視線を移した。
「既にご存知のことかと思いますが、もう間もなく、魔道国と武道国の戦争が起こります」
「えぇ。ちなみになのですが……その戦争、避けることはできないのでしょうか?」
レティシアに投げた質問を、ナターシャにもぶつけてみたのだが……彼女はゆっくりと首を横へ振る。
「不可能です。我々はこれまで何度も特使を送り、和平の可能性を模索してきました。しかし、武道国は強硬な姿勢を崩さず、交渉は平行線を辿るばかり……。あの魔女が宗主として君臨する限り、全面戦争は必至でしょう」
「なる、ほど……(あれ? 確かレティシアさんも、同じようなことを言っていたような……?)」
自慢の聖女
かつて隆盛を極めたリンドリア道国は、初代国王が流行り病に倒れたことで後継ぎ問題が残る。
実子であるゴドバ・リンドリアとカソルラ・リンドリアの間で、王位を巡る骨肉の争いが繰り広げられ、やがて『ゴドバの乱心』という痛ましい事件が発生――姉のゴドバが妹のカソルラを刺殺した後、王城の最上階で自害を図った。
その結果、リンドリア道国はゴドバ武道国とカソルラ魔道国に分かれ、今現在に至る。
「我が母カソルラは、民を愛し民に愛されておりました。その人気たるや凄まじく、当時の国勢調査によれば、国民の9割が次代の王に推していたほどです。おそらくゴドバ殿は、そんな母の人徳に心を乱され……あのような凶行に至ったのでしょう」
そう語ったナターシャの瞳には、誇りと悲しみと憎しみが
「私の悲願は武道国と魔道国を統一し、リンドリア道国の再興を果たすこと。長年にわたる和平交渉が失敗に終わった今、残された手段はただ一つ……。なんとしても、次の戦争に勝たなければいけません」
「……ふむ……」
ここまで静かに話を聞いていたルナは、こっそりとゼルに<
(ねぇゼル、これってさ……)
(えぇ、お互いの言い分が大きく食い違っているようです)
(つまり、レティシアさんかナターシャさん、『どちらかが嘘をついている』ってことだよね? ……どっちが正しいんだろう?)
(我々は異邦人ゆえ、この地域の歴史に明るくありません。今ただちに適切な判断を下すのは、非常に難しいことのように思われます)
立場が変われば、見方も変わる。
レティシアを宗主とする武道国陣営は、魔道国サイドに責があると非難し、ナターシャを宗主とする魔道国陣営は、武道国サイドに責があると非難する。
果たしてどちらの主張が真に正しいのか、この場で判断することは困難を極めた。
ルナとゼルが沈黙を紡いでいると、ナターシャが
「……シルバー殿のその反応から察するに、私とレティシア殿の間で意見の相違があるようですね」
「えっと、まぁ……そんな感じですね」
隠しても仕方がないことなので、正直にコクリと頷いた。
「やはりそうでしたか……。では、私がいくら言葉を重ねたとしても、悪戯に混乱を招くだけですね」
力なく肩を落としたナターシャは、しかし小さく
「ただ、どうかこれだけは覚えておいてください。このナターシャ・リンドリア、先に語った話の中に一切の嘘偽りがないこと、聖女様に誓ってお約束いたします。聖女パーティの皆々様におかれましては、どちらが真に正しいのか、その深き叡智を以って御判断いただければ幸いです」
彼女の瞳はどこまでも透き通っており、とても嘘をついているようには見えなかった。
「――っと、長々と話し込んでしまい、申し訳ございません」
「貴重なお話、感謝いたします」
お互いに小さく頭を下げたところで、ナターシャが思い出したとばかりに軽くパンと手を合わせる。
「ときにシルバー殿、我が国の視察はもうお済みになられましたか?」
「いえ、ここにはつい先ほど到着したばかりでして、これから見て回る予定です」
「それでしたら是非、私にご案内させてください。カソルラ魔道国の魅力、存分にお伝えしたく思います」
「おぉ、ありがとうございます」
そうして特別応接室を後にしたルナ・ゼル・カソルラが、王城の外へ踏み出したその瞬間、凄まじい大歓声が湧きあがる。
「おぉっ!? あれが噂に聞く、聖女様の代行者か!」
「陰の英雄シルバー様だ!」
「おいアレ見ろ、大剣士ゼル様もいるぞ!」
「凄い、本物だ!」
「聖女様、万歳ッ! 聖女パーティ、万歳ッ!」
「シルバー様、ゼル様! こちらを向いてください!」
城門の周囲には、一万人を超える群衆が押し寄せていた。
「こ、これは……っ」
「なんとも、凄まじいですね……っ」
熱狂的な歓迎を受けたルナとゼルが、驚愕に目を見開いていると、
「まったく、あれだけ控えるようにと言ったのに……」
ナターシャはどこか呆れたように呟き、ペコリと頭を下げた。
「大変申し訳ございません。我が国は聖女様への信仰が
「へぇ、そうなんですか(うわぁ、ちょっと嫌かも……っ)」
「なるほど、それは大変よいことですね(理解のある素晴らしい民衆だな)」
ルナがヘルムの奥で頬を引き
「みなさん、お気持ちはよくわかりますが、落ち着いてください。聖女パーティのお邪魔になってはいけませんよ?」
優しい注意が飛んだけれど、民衆の興奮はまるで収まらない。
「もぅ、まったく……さぁほら、道を開けてくださいまし」
困り果てた様子のナターシャが一歩踏み出すと、群衆は真っ二つに割れ、ぱっかりと綺麗な道が出来上がる。
「……ん?」
聖女が
「はぁ、はぁ……どけぇ! どけどけ、どけぇええええ……ッ!」
見れば、身の丈2メートルはあるような大男が、人垣を掻き分けるように迫ってくるではないか。
「あれ、なんか興奮した人が……?」
「お下がりください」
呑気に背伸びをする主人を制し、ゼルが一歩前に踏み出した。
数秒後、ルナたちの前に躍り出た大男は、その場で膝を突き、両手を地に付けて懇願する。
「シルバー様、御無礼を承知でお願いします! どうか
突如として助けを求め出した彼は、まるで蜘蛛の巣に掛かった羽虫の如く、ピクリとも動かなくなった。
シンと静まり返る中、ナターシャの冷たい声が響く。
「――ひっ捕らえよ」
「「「はっ!」」」
宗主の命令を受けた近衛兵たちは迅速に動き出し、乱入してきた大男を捕獲、そのままどこかへ連行していく。
不気味なことに、拘束された大男は石のように固まったままで、
「あの、今の人は――」
ルナが質問を言い終わる前に、ナターシャは深々と頭を下げる。
「――大変申し訳ございません。我が統治の未熟さゆえ、このような暴漢の狼藉を許してしまいました。本当にお恥ずかしい限りです」
「……いえ、どうかお気になさらないでください」
なんとも言えない妙な空気が漂う中、
「聖女様万歳!」
「シルバー様、こちらを向いてください!」
「きゃーっ、ゼル様ー!」
民衆たちは
それから街を歩き続けることしばし、大きな白い建造物の前で、ナターシャの足が止まる。
「こちらは国立魔石研究所、魔道国の
「光栄です」
「ただ一点……この中には、国家機密のデータがあちらこちらにございます。ここで見聞きしたことは、くれぐれも他言無用でお願いしますね?」
ルナとゼルがコクリと頷いたところで、ナターシャは研究所の巨大な扉を開けた。
管理者用の特別通路を進み、ガラス越しに施設内の視察して回る。
「こちらは集積エリア。研究所に運ばれた全ての魔石は、まずここに集められ、<鑑定>の魔法で種類ごとに分別されます」
ナターシャの視線の先にはグラウンドのように大きな部屋があり、そこには赤・青・黄・緑・白・黒――淡い光を放つ大量の魔石が、山のように積み上げられていた。
「お、おぉー……っ」
「なんという数だ……っ」
その圧倒的な物量に押され、ルナとゼルの口から驚きの声が漏れる。
「我が国は世界有数の魔石の産出国ですからね。それもこれも南部の巨大な鉱脈のおかげです。――さっ、次の区画へ行きましょう」
そのまま通路を真っ直ぐ進むと、今度は狭く薄暗い部屋が見えて来た。
「こちらは生成エリア。ここでは魔石の生成実験を行っています」
「魔石の生成実験……?」
「人工的に魔石を作っている、ということですか?」
ルナとゼルの問い掛けに、ナターシャはコクリと頷く。
「なんの変哲もない普通の石に特殊な魔法を掛け、約一か月ほど微弱な魔力を流し続けることで、
生成エリアの最奥では、五人の魔法士たちが意識を集中させ、周囲の石に魔力を流し込んでいた。
「人工魔石の生成には時間と費用を要するため、天然の魔石を採掘した方が遥かに経済的です。しかし、魔石は大地の恵み。その数は有限であり、いずれは底を尽きてしまう。そうなったとき、魔石産業に依存した我が国の経済は、深刻な痛手を負うことになる」
ナターシャはグッと拳を握り、力強い
「人工魔石の研究はまだまだ途上にあり、今はとても市場競争力のある商品とは言えません。しかし、長く険しい探求の果てに生産コストの最適化を見い出し、『持続可能な魔石産業』を構築できればと思っております」
「な、なるほどぉ……」
「よく考えておられるのですね」
「お褒めにあずかり、光栄でございます」
そのまましばらく歩き続け、突き当たりを右に曲がったところで、白塗りの壁に覆われた部屋が見えてきた。
「こちらは開発エリア。魔石の成長や合成などなど、進歩的な研究を行う特別な区画となっております。本当は中をお見せしたいところなのですが、魔石開発にかかる研究は『秘中の秘』ゆえ、どうかここだけはご容赦くださいませ」
「秘中の秘、ですか」
「非常に気になるところですが、無理強いはできませんね」
それからおよそ三十分、施設内部を歩き回った。
ルナとゼルは学問的な分野にこそ明るくないが、魔道国の高度な魔石研究に舌を巻く。
(ほへぇ……あんまりよくわからないけど、なんだか凄いなぁ……)
(……正直、驚いた。まさか魔道国がここまでの科学力を持っていたとは……。聖王国も負けてはおられん! これは大至急、基礎研究分野に取り掛からねば!)
魔石研究所の視察を終えた後は、五階建ての魔道具店に案内された。
「こちらは我が国最大の魔道具店ラゾルディ。ここへ来れば、『ほぼ全ての魔道具が見つかる』と言っても過言ではないかと」
「なるほど、確かに凄い品揃えだ」
「これほど充実した店は、そうそうお目に掛かれないでしょうな」
火の魔石を用いたヒーター・水の魔石を活用したクリーナー・氷の魔石を詰めたフリッジといったお馴染みのものから、どのように使うのかわからない謎のものまで、多種多様な魔道具が広大なフロアに並んでいた。
「ここラゾルディで取り扱っている商品は、そのほとんどが魔石研究所で開発されたものなんです。もしも気になった魔道具がありましたら、お気軽にお声掛けください。簡単にご説明させていただきます」
ナターシャがそう言うと、好奇心旺盛なルナがとある商品を指さした。
「すみません、こちらの黒い羽ペンは、どのような魔道具なのでしょうか?」
「これは……あぁ、『炭の魔石』を用いた無限ペンですね。こうして持ち手の部分に魔力を流せば、ペン先にインクが充填され、無限に書き続けられるというものでございます」
「ほぅ、なんと便利な……!(凄い! これがあれば、創作活動が捗……いや、待って待って、これ以上黒歴史を増やしてどうするの!?)」
ルナが興奮と困惑に悶えていると、ゼルがとある魔道具を手に取った。
「むぅ、この珍妙な形をした鍋はいったい……?」
「これは『
「なるほど……。どうやら世俗を離れている間に、料理の世界は大きく進んだらしい(実に面白い。聖王国の基礎固めが終わり次第、料理本と調理用の魔道具を買い漁らねば!)」
未知のものを知ることはとても楽しく、あっという間に時間が流れていき――気付けば、そろそろ次の視察へ移る頃合いとなった。
「いやぁ、凄く充実した時間でしたね」
「えぇ、非常に興味深いものがありました」
「ふふっ、そう言っていただけると嬉しいです」
そうして魔道具屋ラゾルディを出る折、店のオーナーから大きな袋を渡されたナターシャが、それをそのままルナに差し出す。
「シルバー殿、どうぞこちらをお持ちください」
「これは……?」
「最新の魔道具をいくつか
「えっ、よろしいのですか?」
「はい。もしもお気に召したものがございましたら、我が国へご照会ください。その際は、お安く御用意させていただきます」
「なるほど、そういうことですか。では、ありがたく頂戴しますね」
ルナは感謝の言葉を伝え、プレゼントされた魔道具を<
魔道具屋ラゾルディを見て回った後は、魔道国の正規軍が集まる演習場へ移る。
「こちらは魔道国中央演習場。この時間はちょうど……っと、始まるようですね」
ナターシャの視線の先――広大な演習場では、東軍と西軍が睨みを利かせていた。
各軍はそれぞれ500人、総数1000人の兵士たちが、静かにその時を待っているのだ。
「これより、集団実戦演習を開始する! 魔法部隊――撃てぇ!」
司令官らしき男が大声を張り上げると同時、
「「「――<
両陣営から灼熱の業火が飛び、それらは互いにぶつかり合って相殺。
「次っ! 魔法士部隊、強化魔法を展開! 歩兵部隊、進軍せよッ!」
続けざまに命令が飛び、魔法士たちが基礎的な強化魔法を発動。
身体能力の向上した歩兵たちが、刃の潰された剣で激しい斬り合いを演じた。
正規軍の訓練を目にしたナターシャは、満足そうに刻々と頷く。
「こちらは武道国との戦いを想定した、集団実戦演習でございます。敵は『
「なるほど……」
ルナは顎に手を添え、感嘆の吐息を漏らす。
聖女様、戦闘で頭を使わないタイプ。
魔族も魔獣も亜人も、基本的に殴れば一撃で死ぬ。
戦術も戦略も戦法も、必要としたことがないのだ。
そうして正規軍による演習を眺めていると、ゼルが鋭く目を尖らせた。
「……ナターシャ殿、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「はい、私でお答えできることならば」
「正規軍が装備している剣や盾、あれらは遠目からわかるほどに優れております。私見ですが、武道国の誇る鉄製武具と比較しても、勝るとも劣らぬレベルかと。いったいどのようにして、手に入れたのですか?」
魔道国の魔石産業は世界的に有名なのだが……鉄製武具の生産・加工においては、武道国の遥か
そして両国の関係は、長年にわたり極めて劣悪な状態だ。
まさか仮想敵国である魔道国に対し、武道国が武具の類を輸出することはあるまい。しかしそうなると、あの優れた装備の数々は、どのように調達したのか?
ゼルはそれが気になった。
「さすがは『大剣士』ゼル殿、素晴らしい観察眼ですね」
ナターシャはスッと目を細める。
「我が国は優れた魔石産業を持つ一方、武道国のような製錬や鍛冶の技術はございません。そのため剣・盾・鎧のような武具は、アルバス帝国から輸入しているのです」
「なるほど、帝国製の武具ですか。道理で質がいいわけだ(そう言えば……レティシア殿が言っていたか。魔道国と帝国は蜜月の関係を築いている、と)」
その後、いくつかの施設を見て回り――全ての視察が終わる頃には、太陽が西の空に沈もうとしていた。
「ナターシャ殿、本日は御案内いただき、ありがとうございます」
「おかげさまで、非常に実りのある視察となりました」
「どうかお気になさらず。聖王国の皆々様とは、この先もいいお付き合いができればと思いますので、今後ともよしなにお願いいたします」
ナターシャはそう言って、柔らかな笑みを浮かべるのだった。
ルナとゼルが魔道国を去った後、ナターシャのもとに一本の<
「――えぇ、もうシルバーは帰ったわ。……あらそう、よくやったわね。それじゃ、計画通りに
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