第6話:カソルラ魔道国


 ゴドバ武道国の視察から一夜明けた次の日、ルナとゼルはカソルラ魔道国を訪れていた。


「ここが魔道国……。なんというか、武道国とは毛色が違うね。こっちの方が発展している感じがするかも」


「えぇ。先日いくつかの文献を調べたところ、『カソルラ魔道国は近代化を掲げており、アルバス帝国を参考にしつつ、進歩的な都市国家への道を邁進まいしんしている』という記述がありました。この街並みを見る限り、それは正しかったようです」


 目に付く建物は、どれも近代的なデザインをしており、真新しいものばかり。これは成長・革新を国是とする、進歩主義的な宗主カソルラの意向を受けてのものだ。


 ただ……『緑』に乏しい。

 言い訳をするかの如く市中のところどころに散見される木々は、どこか人工的な香りが漂っており、真っ当な『自然』と評するには些か躊躇ためらわれる。


 自然との共生に成功した武道国とは、まるで正反対の街並だ。


「うわぁ、お店がいっぱい。それに凄い数の人……」


「中々に活気がありますね。ちなみに魔道国は有名な魔石の産出国として知られており、これを加工した品々を輸出し、多くの外貨を稼いでいるようです」


「へぇー、そうなんだ」


 二人はキョロキョロと周囲を見回しながら、魔道国の中央通りを歩く。

 もちろんルナはプレートアーマーを着込んだまま、聖女バレ対策にかりはない。


「――あっ、なんかいい感じの魔道具屋さんがあるよ」


「せっかくですし、軽く覗いてみましょうか?」


「うん」


 パッと目に付いた魔道具店に入ろうとすると、前方から仰々しい一団がやってきた。


「――お待ちしておりました。シルバー殿、ゼル殿」


 集団の先頭に立つ女性は、丁寧な所作で腰を折り、うやうやしく一礼する。


「えっと……どちら様でしょうか?」


 ルナの質問に対し、謎の女性は柔らかく微笑む。


「私はカソルラ魔道国の宗主ナターシャ・リンドリア。以後、お見知りおきを」


 ナターシャ・リンドリア、外見年齢は25歳前後、しかし実年齢は240歳を超える。

 身長175センチ、線の細い体型。

 薄いベージュの長髪は、まるで九尾の狐が如く、九つの束に纏められている。

 細く切れ長の目・雪のように白く綿密な肌・完璧なプロポーション、豪奢な着物に身を包んだ彼女は、どこか浮世離れした美貌を放っていた。


「突然の御挨拶、驚かれたことかと存じます。実は昨日、御二方がゴドバ武道国にいらしたとの報を受けましてね。『もしかするとうちにも』と思い、準備していた次第です」


「なるほど、そういうことでしたか」


「はい」


 小さく頷いたナターシャは、音もなくスッと右足を引き、半身の姿勢を取る。


「こんなところで立ち話もなんですし、どうぞ我が城へおいでくださいませ。ささやかながら、歓待の準備もできておりますので」


 そうしてルナとゼルは、魔道国の中央にそびえ立つカソルラ城へ案内された。


 威風堂々と構える巨大な城門を潜った次の瞬間――管弦楽団による優美な演奏が響き渡り、玄関ホールに整列した政府高官たちが一斉に頭を下げる。


「「「シルバー様、ゼル様、ようこそいらっしゃいました」」」


「ど、どうも……っ」


 国賓こくひんレベルの歓待を受けた聖女様は、あまりに過剰なおもてなしっぷりに気圧されつつ、軽くペコリと会釈を返す。


「さぁ、応接室はこちらにございます」


 ナターシャはそう言って一階ホールの最奥、淡い蒼光そうこうを放つ、大きな正方形の板に乗った。


「どうぞお乗りください」


「「……?」」


 ルナとゼルは要領を掴めない顔をしつつも、言われるがままに板の上に足を載せる。


「少し揺れますので、お気を付けを」


 ナターシャが人差し指をクルリと回し、微弱な魔力を放出すると同時――足元の板が音もなく上昇し始めた。


「「ぉ、おぉ!?」」


 下から押し上げられる奇妙な浮遊感、ルナとゼルの口から動揺の声が零れる。


「こちらは『しょうの魔石』を用いた昇降機。このように少し魔力を流し込めば、垂直方向へ緩やかに上昇し、特定の階で停止いたします。最初は驚かれるかもしれませんが、慣れると非常に便利なのですよ?」


「しょ、昇降機ですか……っ」


「ほぉ……なんとも便利なものですな」


「ふふっ。お褒めにあずかり、光栄でございます」


 そんな話をしている間にも最上階へ到着、国賓を招くための特別な応接室へ通された。


(こ、これは……っ)


 床に敷き詰められた真紅の絨毯・壁際に掲げられた美しい風景画・天井に吊り下げられた豪奢なシャンデリア――武道国で目にした玉座の間とはまさに対極、なんともぜいを尽くした部屋である。


「どうぞお座りください」


「し、失礼します……っ」


 緊張したルナがふかふかのソファに腰掛けると同時、ナターシャの背後に控える執事が素早く動き出す。

 優雅な所作で紅茶をれた彼は、深々と頭を下げ、音もなく所定の位置へ戻った。


「ティー・オ・ルーラ、我が国で採れた最高品質の茶葉を使ったものです」


「お気遣い、ありがとうございます」


 ルナはティーカップに手を付けず、小さく会釈をするに留めた。

異界の扉ゲート>を活用した『聖女式飲食法』を用いれば、鎧を着たまま紅茶を飲むことも可能なのだが……。


(……ストレート、か……)


 聖女様、苦いのが苦手。

 紅茶を飲むときは、ミルクと砂糖が欠かせない。


 さらに言うならば、ソーサーに置かれたティーカップは意匠が凝っており、綺麗な宝石たちが存在感を主張する。


これ・・……万が一にでも、壊しちゃったら……っ)


 昨日ゴドバ城の外壁を木端微塵に破壊したばかりのルナは、高価なものとの接触を可能な限り避けたいと思っていた。


 とにもかくにも、両者が腰を落ち着かせたところで、ナターシャが柔らかく微笑む。


「改めまして――私はカソルラ魔道国初代宗主ナターシャ・リンドリアと申します。シルバー様、ゼル様、ようこそ我が国へいらっしゃいました」


「初めまして、シルバー・グロリアス=エル=ブラッドフォールンハートです」


「ゼル・ゼゼドです」


 軽く自己紹介を済ませ、場の空気を整えたところで、ナターシャが小さくコホンと咳払いをする。


「さて、お互いに忙しい身ですし、早速『本題』へ入りましょう」


「本題、と申しますと?」


「ふふっ、そんな意地悪を仰らないでください。私とて一国の王、世界情勢は読めるつもりです。――『同盟国探し』、順調でしょうか?」


「……っ(こ、この人……賢い!?)」


 視察の意図を見抜かれたルナは、わかりやすく言葉を詰まらせた。


 突如として発布された聖王国の建国宣言、時を同じくして武道国と魔道国に訪れた聖女パーティの面々――この情報を照らし合わせれば、同盟国探しという解答こたえに辿り着くのは、至極当然の帰結なのだが……。


 一国の王でありながら、世界情勢をまるで読めない聖女様は、ナターシャへの評価と警戒度をグーンと高めた。


「栄誉ある聖王国のパートナーとして、魔道国を選択肢に入れていただき、感謝の言葉もございません。ただ……偽らざる本音を言えば、先に武道国を訪れていらっしゃることに対し、一抹の不安を覚えております」


「おや、何か不都合でもありましたか?」


「聡明なシルバー殿のこと、判断を誤ることはないかと思います。……しかし、あの・・『魔女』は恐ろしく狡猾にして邪悪な存在。何かよからぬことを吹き込まれたのではないか、と案じている次第です」


「あの魔女……?」


「はい。ゴドバ武道国七代目宗主レティシア・リンドリア、私の遠いめいに当たる存在でございます」


 ナターシャは憂いを帯びた瞳で、窓の外へ視線を移した。


「既にご存知のことかと思いますが、もう間もなく、魔道国と武道国の戦争が起こります」


「えぇ。ちなみになのですが……その戦争、避けることはできないのでしょうか?」


 レティシアに投げた質問を、ナターシャにもぶつけてみたのだが……彼女はゆっくりと首を横へ振る。


「不可能です。我々はこれまで何度も特使を送り、和平の可能性を模索してきました。しかし、武道国は強硬な姿勢を崩さず、交渉は平行線を辿るばかり……。あの魔女が宗主として君臨する限り、全面戦争は必至でしょう」


「なる、ほど……(あれ? 確かレティシアさんも、同じようなことを言っていたような……?)」


 自慢の聖女ブレインが早くも機能不全を起こし掛ける中、ナターシャは武道国と魔道国の成り立ちを――250年前のリンドリア道国どうこく時代の話を始めた。


 かつて隆盛を極めたリンドリア道国は、初代国王が流行り病に倒れたことで後継ぎ問題が残る。

 実子であるゴドバ・リンドリアとカソルラ・リンドリアの間で、王位を巡る骨肉の争いが繰り広げられ、やがて『ゴドバの乱心』という痛ましい事件が発生――姉のゴドバが妹のカソルラを刺殺した後、王城の最上階で自害を図った。


 その結果、リンドリア道国はゴドバ武道国とカソルラ魔道国に分かれ、今現在に至る。


「我が母カソルラは、民を愛し民に愛されておりました。その人気たるや凄まじく、当時の国勢調査によれば、国民の9割が次代の王に推していたほどです。おそらくゴドバ殿は、そんな母の人徳に心を乱され……あのような凶行に至ったのでしょう」


 そう語ったナターシャの瞳には、誇りと悲しみと憎しみが相混あいまざった、複雑な様相が浮かんでいた。


「私の悲願は武道国と魔道国を統一し、リンドリア道国の再興を果たすこと。長年にわたる和平交渉が失敗に終わった今、残された手段はただ一つ……。なんとしても、次の戦争に勝たなければいけません」


「……ふむ……」


 ここまで静かに話を聞いていたルナは、こっそりとゼルに<交信コール>を繋ぎ、思念を通じた会話を行う。


(ねぇゼル、これってさ……)


(えぇ、お互いの言い分が大きく食い違っているようです)


(つまり、レティシアさんかナターシャさん、『どちらかが嘘をついている』ってことだよね? ……どっちが正しいんだろう?)


(我々は異邦人ゆえ、この地域の歴史に明るくありません。今ただちに適切な判断を下すのは、非常に難しいことのように思われます)


 立場が変われば、見方も変わる。

 レティシアを宗主とする武道国陣営は、魔道国サイドに責があると非難し、ナターシャを宗主とする魔道国陣営は、武道国サイドに責があると非難する。

 果たしてどちらの主張が真に正しいのか、この場で判断することは困難を極めた。


 ルナとゼルが沈黙を紡いでいると、ナターシャがはかなげな表情で口を開く。


「……シルバー殿のその反応から察するに、私とレティシア殿の間で意見の相違があるようですね」


「えっと、まぁ……そんな感じですね」


 隠しても仕方がないことなので、正直にコクリと頷いた。


「やはりそうでしたか……。では、私がいくら言葉を重ねたとしても、悪戯に混乱を招くだけですね」


 力なく肩を落としたナターシャは、しかし小さくかぶりを振った後――ルナのヘルムを真っ直ぐに見つめた。


「ただ、どうかこれだけは覚えておいてください。このナターシャ・リンドリア、先に語った話の中に一切の嘘偽りがないこと、聖女様に誓ってお約束いたします。聖女パーティの皆々様におかれましては、どちらが真に正しいのか、その深き叡智を以って御判断いただければ幸いです」


 彼女の瞳はどこまでも透き通っており、とても嘘をついているようには見えなかった。


「――っと、長々と話し込んでしまい、申し訳ございません」


「貴重なお話、感謝いたします」


 お互いに小さく頭を下げたところで、ナターシャが思い出したとばかりに軽くパンと手を合わせる。


「ときにシルバー殿、我が国の視察はもうお済みになられましたか?」


「いえ、ここにはつい先ほど到着したばかりでして、これから見て回る予定です」


「それでしたら是非、私にご案内させてください。カソルラ魔道国の魅力、存分にお伝えしたく思います」


「おぉ、ありがとうございます」


 そうして特別応接室を後にしたルナ・ゼル・カソルラが、王城の外へ踏み出したその瞬間、凄まじい大歓声が湧きあがる。


「おぉっ!? あれが噂に聞く、聖女様の代行者か!」


「陰の英雄シルバー様だ!」


「おいアレ見ろ、大剣士ゼル様もいるぞ!」


「凄い、本物だ!」


「聖女様、万歳ッ! 聖女パーティ、万歳ッ!」


「シルバー様、ゼル様! こちらを向いてください!」


 城門の周囲には、一万人を超える群衆が押し寄せていた。


「こ、これは……っ」


「なんとも、凄まじいですね……っ」


 熱狂的な歓迎を受けたルナとゼルが、驚愕に目を見開いていると、


「まったく、あれだけ控えるようにと言ったのに……」


 ナターシャはどこか呆れたように呟き、ペコリと頭を下げた。


「大変申し訳ございません。我が国は聖女様への信仰がことほかに厚く、皆にはくれぐれも抑えるようにと伝えてあったのですが……。お恥ずかしい限りでございます」


「へぇ、そうなんですか(うわぁ、ちょっと嫌かも……っ)」


「なるほど、それは大変よいことですね(理解のある素晴らしい民衆だな)」


 ルナがヘルムの奥で頬を引きらせ、ゼルが満足気に頷いたところで、ナターシャがパンパンと手を打ち鳴らす。


「みなさん、お気持ちはよくわかりますが、落ち着いてください。聖女パーティのお邪魔になってはいけませんよ?」


 優しい注意が飛んだけれど、民衆の興奮はまるで収まらない。


「もぅ、まったく……さぁほら、道を開けてくださいまし」


 困り果てた様子のナターシャが一歩踏み出すと、群衆は真っ二つに割れ、ぱっかりと綺麗な道が出来上がる。


「……ん?」


 聖女がとある違和感・・・・・・を覚えたそのとき――大きな怒声が響いた。


「はぁ、はぁ……どけぇ! どけどけ、どけぇええええ……ッ!」


 見れば、身の丈2メートルはあるような大男が、人垣を掻き分けるように迫ってくるではないか。


「あれ、なんか興奮した人が……?」


「お下がりください」


 呑気に背伸びをする主人を制し、ゼルが一歩前に踏み出した。


 数秒後、ルナたちの前に躍り出た大男は、その場で膝を突き、両手を地に付けて懇願する。


「シルバー様、御無礼を承知でお願いします! どうか我ら・・をお助け下さ……ぉ、ご……っ」


 突如として助けを求め出した彼は、まるで蜘蛛の巣に掛かった羽虫の如く、ピクリとも動かなくなった。


 シンと静まり返る中、ナターシャの冷たい声が響く。


「――ひっ捕らえよ」


「「「はっ!」」」


 宗主の命令を受けた近衛兵たちは迅速に動き出し、乱入してきた大男を捕獲、そのままどこかへ連行していく。

 不気味なことに、拘束された大男は石のように固まったままで、ろくな抵抗一つ見せなかった。


「あの、今の人は――」


 ルナが質問を言い終わる前に、ナターシャは深々と頭を下げる。


「――大変申し訳ございません。我が統治の未熟さゆえ、このような暴漢の狼藉を許してしまいました。本当にお恥ずかしい限りです」


「……いえ、どうかお気になさらないでください」


 なんとも言えない妙な空気が漂う中、


「聖女様万歳!」


「シルバー様、こちらを向いてください!」


「きゃーっ、ゼル様ー!」


 民衆たちはまるで・・・何事もなかった・・・・・・・かのように・・・・・、喝采の声を上げ続けるのだった。


 それから街を歩き続けることしばし、大きな白い建造物の前で、ナターシャの足が止まる。


「こちらは国立魔石研究所、魔道国の叡智えいちが集う最重要施設です。今まで異国の方を招き入れたことはありませんが、今回は聖女パーティの皆様ということもあり、特別に御案内させていただければと思います」


「光栄です」


「ただ一点……この中には、国家機密のデータがあちらこちらにございます。ここで見聞きしたことは、くれぐれも他言無用でお願いしますね?」


 ルナとゼルがコクリと頷いたところで、ナターシャは研究所の巨大な扉を開けた。

 管理者用の特別通路を進み、ガラス越しに施設内の視察して回る。


「こちらは集積エリア。研究所に運ばれた全ての魔石は、まずここに集められ、<鑑定>の魔法で種類ごとに分別されます」


 ナターシャの視線の先にはグラウンドのように大きな部屋があり、そこには赤・青・黄・緑・白・黒――淡い光を放つ大量の魔石が、山のように積み上げられていた。


「お、おぉー……っ」


「なんという数だ……っ」


 その圧倒的な物量に押され、ルナとゼルの口から驚きの声が漏れる。


「我が国は世界有数の魔石の産出国ですからね。それもこれも南部の巨大な鉱脈のおかげです。――さっ、次の区画へ行きましょう」


 そのまま通路を真っ直ぐ進むと、今度は狭く薄暗い部屋が見えて来た。


「こちらは生成エリア。ここでは魔石の生成実験を行っています」


「魔石の生成実験……?」


「人工的に魔石を作っている、ということですか?」


 ルナとゼルの問い掛けに、ナターシャはコクリと頷く。


「なんの変哲もない普通の石に特殊な魔法を掛け、約一か月ほど微弱な魔力を流し続けることで、魔石化ませきかすることが確認されております」


 生成エリアの最奥では、五人の魔法士たちが意識を集中させ、周囲の石に魔力を流し込んでいた。


「人工魔石の生成には時間と費用を要するため、天然の魔石を採掘した方が遥かに経済的です。しかし、魔石は大地の恵み。その数は有限であり、いずれは底を尽きてしまう。そうなったとき、魔石産業に依存した我が国の経済は、深刻な痛手を負うことになる」


 ナターシャはグッと拳を握り、力強い声音こわねで語る。


「人工魔石の研究はまだまだ途上にあり、今はとても市場競争力のある商品とは言えません。しかし、長く険しい探求の果てに生産コストの最適化を見い出し、『持続可能な魔石産業』を構築できればと思っております」


「な、なるほどぉ……」


「よく考えておられるのですね」


「お褒めにあずかり、光栄でございます」


 そのまましばらく歩き続け、突き当たりを右に曲がったところで、白塗りの壁に覆われた部屋が見えてきた。


「こちらは開発エリア。魔石の成長や合成などなど、進歩的な研究を行う特別な区画となっております。本当は中をお見せしたいところなのですが、魔石開発にかかる研究は『秘中の秘』ゆえ、どうかここだけはご容赦くださいませ」


「秘中の秘、ですか」


「非常に気になるところですが、無理強いはできませんね」


 それからおよそ三十分、施設内部を歩き回った。


 ルナとゼルは学問的な分野にこそ明るくないが、魔道国の高度な魔石研究に舌を巻く。


(ほへぇ……あんまりよくわからないけど、なんだか凄いなぁ……)


(……正直、驚いた。まさか魔道国がここまでの科学力を持っていたとは……。聖王国も負けてはおられん! これは大至急、基礎研究分野に取り掛からねば!)


 魔石研究所の視察を終えた後は、五階建ての魔道具店に案内された。


「こちらは我が国最大の魔道具店ラゾルディ。ここへ来れば、『ほぼ全ての魔道具が見つかる』と言っても過言ではないかと」


「なるほど、確かに凄い品揃えだ」


「これほど充実した店は、そうそうお目に掛かれないでしょうな」


 火の魔石を用いたヒーター・水の魔石を活用したクリーナー・氷の魔石を詰めたフリッジといったお馴染みのものから、どのように使うのかわからない謎のものまで、多種多様な魔道具が広大なフロアに並んでいた。


「ここラゾルディで取り扱っている商品は、そのほとんどが魔石研究所で開発されたものなんです。もしも気になった魔道具がありましたら、お気軽にお声掛けください。簡単にご説明させていただきます」


 ナターシャがそう言うと、好奇心旺盛なルナがとある商品を指さした。


「すみません、こちらの黒い羽ペンは、どのような魔道具なのでしょうか?」


「これは……あぁ、『炭の魔石』を用いた無限ペンですね。こうして持ち手の部分に魔力を流せば、ペン先にインクが充填され、無限に書き続けられるというものでございます」


「ほぅ、なんと便利な……!(凄い! これがあれば、創作活動が捗……いや、待って待って、これ以上黒歴史を増やしてどうするの!?)」


 ルナが興奮と困惑に悶えていると、ゼルがとある魔道具を手に取った。


「むぅ、この珍妙な形をした鍋はいったい……?」


「これは『じゅうの魔石』を用いた圧力鍋。お恥ずかしながら、私は料理に詳しくありませんが……なんでも容器内を密封・高圧状態にすることで、調理時間の短縮に繋がるとのことです」


「なるほど……。どうやら世俗を離れている間に、料理の世界は大きく進んだらしい(実に面白い。聖王国の基礎固めが終わり次第、料理本と調理用の魔道具を買い漁らねば!)」


 未知のものを知ることはとても楽しく、あっという間に時間が流れていき――気付けば、そろそろ次の視察へ移る頃合いとなった。


「いやぁ、凄く充実した時間でしたね」


「えぇ、非常に興味深いものがありました」


「ふふっ、そう言っていただけると嬉しいです」


 そうして魔道具屋ラゾルディを出る折、店のオーナーから大きな袋を渡されたナターシャが、それをそのままルナに差し出す。


「シルバー殿、どうぞこちらをお持ちください」


「これは……?」


「最新の魔道具をいくつか見繕みつくろわせていただきました。心ばかりの贈り物でございます」


「えっ、よろしいのですか?」


「はい。もしもお気に召したものがございましたら、我が国へご照会ください。その際は、お安く御用意させていただきます」


「なるほど、そういうことですか。では、ありがたく頂戴しますね」


 ルナは感謝の言葉を伝え、プレゼントされた魔道具を<次元収納ストレージ>の中にしまった。


 魔道具屋ラゾルディを見て回った後は、魔道国の正規軍が集まる演習場へ移る。


「こちらは魔道国中央演習場。この時間はちょうど……っと、始まるようですね」


 ナターシャの視線の先――広大な演習場では、東軍と西軍が睨みを利かせていた。

 各軍はそれぞれ500人、総数1000人の兵士たちが、静かにその時を待っているのだ。


「これより、集団実戦演習を開始する! 魔法部隊――撃てぇ!」


 司令官らしき男が大声を張り上げると同時、


「「「――<獄炎ヘル・フレイム>!」」」


 両陣営から灼熱の業火が飛び、それらは互いにぶつかり合って相殺。


「次っ! 魔法士部隊、強化魔法を展開! 歩兵部隊、進軍せよッ!」


 続けざまに命令が飛び、魔法士たちが基礎的な強化魔法を発動。

 身体能力の向上した歩兵たちが、刃の潰された剣で激しい斬り合いを演じた。


 正規軍の訓練を目にしたナターシャは、満足そうに刻々と頷く。


「こちらは武道国との戦いを想定した、集団実戦演習でございます。敵は『流技りゅうぎ』という伝統武術を使うため、真っ正面からの斬り合いでは分が悪い。そのため遠距離からの魔法攻撃や魔法で強化した歩兵たちによる白兵戦など、魔法を噛ませた戦法を取り入れております」


「なるほど……」


 ルナは顎に手を添え、感嘆の吐息を漏らす。


 聖女様、戦闘で頭を使わないタイプ。

 魔族も魔獣も亜人も、基本的に殴れば一撃で死ぬ。

 戦術も戦略も戦法も、必要としたことがないのだ。


 そうして正規軍による演習を眺めていると、ゼルが鋭く目を尖らせた。


「……ナターシャ殿、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」


「はい、私でお答えできることならば」


「正規軍が装備している剣や盾、あれらは遠目からわかるほどに優れております。私見ですが、武道国の誇る鉄製武具と比較しても、勝るとも劣らぬレベルかと。いったいどのようにして、手に入れたのですか?」


 魔道国の魔石産業は世界的に有名なのだが……鉄製武具の生産・加工においては、武道国の遥か後塵こうじんはいしている。

 そして両国の関係は、長年にわたり極めて劣悪な状態だ。

 まさか仮想敵国である魔道国に対し、武道国が武具の類を輸出することはあるまい。しかしそうなると、あの優れた装備の数々は、どのように調達したのか?


 ゼルはそれが気になった。


「さすがは『大剣士』ゼル殿、素晴らしい観察眼ですね」


 ナターシャはスッと目を細める。


「我が国は優れた魔石産業を持つ一方、武道国のような製錬や鍛冶の技術はございません。そのため剣・盾・鎧のような武具は、アルバス帝国から輸入しているのです」


「なるほど、帝国製の武具ですか。道理で質がいいわけだ(そう言えば……レティシア殿が言っていたか。魔道国と帝国は蜜月の関係を築いている、と)」


 その後、いくつかの施設を見て回り――全ての視察が終わる頃には、太陽が西の空に沈もうとしていた。


「ナターシャ殿、本日は御案内いただき、ありがとうございます」


「おかげさまで、非常に実りのある視察となりました」


「どうかお気になさらず。聖王国の皆々様とは、この先もいいお付き合いができればと思いますので、今後ともよしなにお願いいたします」


 ナターシャはそう言って、柔らかな笑みを浮かべるのだった。


 ルナとゼルが魔道国を去った後、ナターシャのもとに一本の<交信コール>が入る。


「――えぇ、もうシルバーは帰ったわ。……あらそう、よくやったわね。それじゃ、計画通りにさらってちょうだいな」

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