第5話:罪の記憶


 聖女様が決めポーズを取り、子どもたちが爛々らんらんと目を輝かせる。

 そんな混沌を極める現場へ、古い鍋蓋なべぶたとオタマを手にした老婆が、決死の形相で駆け付けた。


「はぁはぁ……魔獣は……魔獣はどこじゃああああ……!?」


「あっ、ばーちゃん!」


「こっちこっちー」


「俺たちは無事だよー!」


「おぉ、無事でよかっ……とぁ!?」


 ホッと安堵の息を零した老婆は、しかし次の瞬間、驚愕に顎を落とす。


「し、シルバー様、ゼル様……!?」


 目に見えて狼狽する彼女へ、子どもたちが興奮した様子で語る。


「ばあちゃん、聞いてくれよ! この鎧の兄ちゃん、めちゃくちゃつえぇんだぜ!」


「おっかねぇ魔獣をさ! こう……バーンって! 一撃でやっつけたんだ!」


 激しく損壊した魔獣の遺骸、それを確認した老婆は、深々と頭を下げる。


「シルバー様、ゼル様、子どもたちを助けていただき、本当にありがとうございます。――こりゃお前たち、ちゃんとお礼を言わねばならんじゃろう!」


「いえいえ、どうかお気になさらず。私は当然のことをしたまでですから」


 ルナはあくまで『かっこいい冒険者ムーブ』をまっとうしていた。


「おっと申し遅れました、私はノノ・レヴァート、ノノ婆とお呼びくだされ」


 ノノ・レヴァート、八十五歳。

 身長150センチ、お団子ヘアの白髪に折れ曲がった腰、優しそうな顔が特徴の老婆だ。


「御二方、もし今晩の宿が決まっていないのであれば、うちへお泊りになられませんか? 先のお礼と言ってはなんですが、精一杯のおもてなしをさせていただきます」


 善意100%の提案を受け、ルナとゼルは小声で相談を始める。


「どうしよう。せっかくの御厚意だし、無碍むげに断るのも……ねぇ?」


「そう、ですね。明日はカソルラ魔道国の視察があるので、一宿いっしゅくというわけにはいきませんが、一飯いっぱんぐらいであれば問題ないでしょう」


「ぃやった!」


 そうして二人は、ノノにお呼ばれされる形で、街外れにある古びた教会へ移動。


「ささっ、どうぞお入りくださいませ」


 彼女が大きな扉を開けるとそこには、30人以上にもなる大勢の子どもたちがいた。


「これは……」


「もしや……孤児、ですか?」


「はい、うちは小さな孤児院を営んでおりましてな。戦争・病気・飢饉などにより、親を亡くした子どもたちを保護しているのです」


 ノノは簡単に事情を説明すると、小さくコホンと咳払いをする。


「こちらは聖女様の代行者シルバー様と伝説の大剣士ゼル様、みんなくれぐれも失礼のないようにするんじゃぞ?」


「「「はーいっ!」」」


 元気いっぱいの返事を受け、彼女は満足気に頷く。


「さて、私は夕飯の支度に掛かりますので、しばしそこでお待ちくだされ」


 ノノが調理場へ向かうと同時、好奇心旺盛な子どもたちは、見知らぬ『鎧』と『獣人』に殺到した。


「うわぁ、すっげーヨロイ! 本物だ! かっちかち!」


「羽、おっきぃー! それにふわふわだぁ……!」


「鎧のおにーちゃんってば、凄い人なんでしょ? 『ぶゆーでん』、聞かせてー!」


「ふっ、いいだろう」


 聖女様、子どもが大好き。

 彼らのリクエストに応え、自身の冒険譚を披露することにした。


「これは今から三百年ほど前、魔族が全盛を極めた時代のお話……。邪悪な魔王とその配下『天獄八鬼てんごくやっき』は世界中で大暴れ、人間をパクパクムシャムシャと食べ、人類は存亡の危機に瀕していました。――ゼル、敵の役やってくれる?」


「承知しました」


 聖女役:ルナ

 敵役:ゼル

 脚本:ルナ

 監督:ルナ


 超豪華スタッフでお送りする、実話をベースにした演劇だ。


 ルナの語りはお世辞にも達者と呼べるものではなく、いろいろと雑なところはあったのだが……。


「「「……っ」」」


 ノンフィクションの力は凄まじく、その真に迫った体験談は、子どもたちの興味をさらった。


「――と、いうわけで私は……じゃなかった。知性と教養に満ちたクールビューティな聖女様は、邪悪な魔王を打ち倒し、たくさんの人達を救ったのでした。めでたしめでたし」


 一瞬の沈黙が流れた後、


「……す、すっげー!」


「聖女様、かっけー!」


「聖女パーティ、凄い……!」


 万雷の拍手が鳴り響き、称賛の言葉が飛び交う。


 聖女冒険物語が大盛況のうちに幕を下ろしたところで、玄関の扉がガラガラガラと開かれた。


「――遅くなった、大事ないか?」


 低く凛とした声が響くと同時、


「あっ、お父さんだ!」


「お父さん、おかえりー!」


「やっと帰ってきたー!」


 子どもたちは勢いよく顔をあげ、我先にと玄関口へ走って行った。


「あぁ、ただいま。みんな、ちゃんといい子にしていたか?」


『お父さん』と呼ばれた長身の男は柔らかく微笑み――僅かに目を細める。


「むっ、誰か客人が……なっ!?」


「おや、ラムザさん?」


「ほぅ、これは奇遇だな」


「し、シルバー、ゼル殿……何故ここに……!?」


 ラムザは後ろへ跳び下がり、すぐさま剣を抜き放った。


 それと同時、調理場から叱責の声が飛ぶ。


「こぉれッ! 何をしておるか、ラムザ!? 恩人に剣を向けるなど、無礼であろうが……!」


「お、恩人……?」


「シルバー様とゼル様は、魔獣に襲われた子どもたちを助けてくださった大恩人! この御二方がおらねば、ロンもエミールもミーシャ、今頃みんな化物の腹の中じゃぞ!? わかったらその剣、すぐに下げんかッ!」


「あ、あぁ……わかった、悪かったよ。……すまない、子どもたちが世話になったようだ。感謝する」


 ノノに気圧されたラムザは納刀し、素直に陳謝ちんしゃした。


 ルナとゼルが「気にするな」というジェスチャーを見せたところで、子どもたちの元気な声があがる。


「お父さん、遊ぼー!」


「お馬さんごっこしてー!」


「絵本よんでー!」


「チャンバラしようぜぇ!」


「そろそろ剣を教えてくれよー! 『りゅーぎ』ってやつさ!」


 たくさんのリクエストを受けたラムザは武骨な手を伸ばし、彼ら彼女らの頭をわしゃわしゃと撫でる。


「また後でな」


 その顔は優しく慈愛に満ちており、王城で見せた刃のような剣幕はどこへやら……まるで別人のようだった。


「おやおや、先ほどとは随分とキャラが違うようですねぇ」


「これは驚いた。貴殿にまさかこんな一面があったとはなぁ」


 ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべるルナとゼルに対し、


「ぐ……っ。貴様等、後で覚えておけよ……ッ」


 ラムザは頬を赤く染めながら、ギリリッと奥歯を噛み締めた。


 そうこうしているうちに、調理場からヘルプの声があがる。


「ラムザよ、こちらへ来てくれぬか? 客人の馳走を作っておるのじゃが……ちぃと手が足りぬでな」


「あぁ、今行く」


 ラムザはクマさん柄のエプロンを手に取ると、足早に調理場へ向かった。


「「……」」


 なんとなく興味を惹かれたルナとゼルは、顔を見合わせてコクリと頷き、コソコソと調理場に移動する。


 簡素ながら清潔な調理場では、ノノとラムザが慣れた手つきで鉄鍋てつなべを振るっていた。


「へぇ、ラムザさんは料理ができるんですか」


「ほほぅ、意外な特技だな」


 後ろからひょっこりと顔を出したルナとゼルは、驚きと感心の混ざったコメントを口にし――ラムザは自慢気に鼻を鳴らす。


「ふんっ、こう見えても私は、武道国で一番の料理人だからな」


 その言葉に強い反応を見せたのは他でもない――ゼルだ。


「なるほど、鍋捌なべさばきからして『素人』ではないと思ったが、まさか国一番の料理人だったとは……面白い」


 三百年前、ゼルは聖女パーティの台所をあずかっていた男。

『武道国最高の料理人』を前にして、胸の内に秘めた料理魂が静かに燃え上がる。


「どれ、私も手伝おう。ノノ婆さん、鍋をお貸しいただけますか?」


「も、申し訳ございません……。お心遣いは大変嬉しいのですが、うちにはもう食材がありませぬ。今調理しているものが全てなのです」


「むっ、そうなのですか?」


「はい。もう間もなく戦争が始まりますゆえ、資源の多くはそちらに回っており……なんともお恥ずかしい話です」


「なるほど、そういうことでしたか」


 納得気に頷いたゼルは、ルナの側へササッと寄り、小さな声でお願いをする。


「――聖女様、<異界の扉ゲート>を開いてはもらえないでしょうか?」


「別にいいけど、どこへ行くの?」


「聖王国にある、私のログハウスへ。余っている食材を持ってこようかと」


「あぁ、そういうことね。――<異界の扉ゲート>」


 ルナがパチンと指を鳴らすと同時、何もない空間に巨大な扉が出現した。


 それと同時、純粋無垢な喝采があがる。


「か、かっけー……!」


「俺、知ってる! これ、『クーカンマホー』って言うんだぜ!」


「す、すごい……! 私もいつか立派な魔法士になりたいなぁ……!」


 子どもたちが『きゃっきゃっ』と騒ぐ中、ラムザは驚愕に目を見開く。


(こ、これは……最上位の空間魔法<異界の扉ゲート>!? 魔道具や大儀式の補助もなく、指を鳴らすだけで発動するとは……っ。シルバーめ、いったい何をするつもりだ!?)


 武道国の宰相が最大レベルの警戒を払っていると、ゼルは「しばし待たれよ」と扉を潜り……およそ一分後、両翼に大量の肉と野菜を抱えたゼルが帰還する。


「――ノノ婆さん、食材ならばここにいくらでもあります。さぁ、鍋を貸してください」


「こ、これは……!?」


「聖王国で採れた大地の恵みです」


「そんな……受け取れません!」


「いえ、どうかお気になさらず。聖王国は今、一時的な食余りが起きておりましてな。子どもたちの腹の足しになるのであれば、きっとこの食材も本望でしょう」


 これまでスペディオ領こと聖王国は、四大国からの無茶な徴税に苦しんでいたのだが……。

 独立を果たした今、税の取り立ては全て停止。

 その結果、今年度納めるはずだった食材が滞り、極々短期的な食余りが起きているのだ。


「さてラムザ殿、第二ラウンドだ。『剣』の次は、『鍋』を振るおうではないか」


「……ふっ、受けて立ちましょう」


 そうしてゼルとラムザによる、白熱の料理バトルが繰り広げられた。


 三十分後、食卓には肉・魚・野菜――大自然の恵みがふんだんに使われた、豪勢な料理がズラリと並ぶ。


「……す、すっげ……ッ」


「こんなご馳走、見たことない……っ」


「こ、これ……本当に食べていいの……!?」


 子どもたちはじゅるりと涎を蓄えながら、食材の出資者たちへ期待の眼差しを向け――ルナとゼルはこころよく頷く。


「あぁ、もちろんだとも」


「お腹いっぱい食べるといい」


「「「ぃやったー……!」」」


 歓喜の声が木霊こだまし、幸せな空気が流れる中――『料理熱』の冷めたゼルが、ハッと正気に戻る。


「も、申し訳ございません……っ。このゼル、一生の不覚……ッ」


 主人は現在プレートアーマーを纏っており、大衆の面前で食事がとれない状態。

 それにもかかわらず、豪華な料理をこれでもかと作ってしまった。


 視察でお腹を空かせたルナのことを考えぬ浅慮――料理人としてのプライドを刺激されたとはいえ、己が視野の狭さを恥じ入る次第だ。


 しかし、


「ふふっ、大丈夫だよ。私、『いい方法』を思い付いたから――<異界の扉ゲート>」


 ルナは優しく微笑み、掌に極小の<異界の扉ゲート>を展開。

 扉の接続先は鎧の内部、聖女本体の掌の上。

 つまり、手甲てっこうしに掴んだ料理を生身の手に瞬間移動させたのだ。

 こうすれば人目を気にせず、鎧の中でむしゃむしゃと食べられる。


 最上位魔法である<異界の扉>をこんなくだらないことに使うのは、世界広しといえどもルナだけだろう。


「んーっ、おいし……ご、ゴホン! うまいうまい! これならば、いくらでも食べられそうだ!」


 うっかり素のリアクションが出そうになった聖女様は、すぐに咳払いをして男性冒険者っぽい反応を取り――それが皮切りとなって、楽しい晩餐会が始まった。


「う、うまいッ! なんじゃこの野菜炒めは……!? 肉の脂と野菜の旨味が絶妙なハーモニーを奏でておる!」


「「「おいしーっ!」」」


 ノノと子どもたちが絶品料理に舌鼓を打つ中、互いに鉄鍋を振るい合った戦友たちは、膝を突き合って語り合う。


「ラムザ殿、聖王国の酒だ。ほどよい辛みがあって、肉によく合うぞ」


「いや、遠慮しておきます」


「むっ、下戸げこか?」


「いえ、私はまだ17歳。未成年なので」


「貴殿、その顔でか!? てっきり二十後半かと……」


「……老け顔なのは承知しています」


 楽しい食事会が開かれる中、ルナはずっと気になっていたことを聞いてみることにした。


「そういえばラムザ殿、一つお伺いしたことがあるのですが……」


「なんだ、言ってみろ」


「あの御面おめんはいったいなんなのでしょう? 見たところ、妙な魔力が宿っているようですが……?」


 ルナの視線の先――孤児院の最奥には、白い獣の面が飾られてあった。

 さらにその下には、長刀と着物が据えられており、何やら異様な空気が漂っている。


「あれは……十年前に死んだ、獣の仮面だ」


 ラムザはそう言うと、静かに目を細めた。


 あの仮面は『戒め』。

 獣だった自分を忘れぬよう。

 もう二度と獣に戻らぬよう。

 己を縛る鎖として、目立つ場所に飾ってあるのだ。


(……あれ・・からもう、十年になるのか……)


 脳裏をよぎるのは、自身が七歳の頃の記憶、血と死に塗れた過去の罪――。


 ラムザ・クランツェルトは、アルバス帝国の貧民街で生まれた。

 親の名前はおろか顔さえ知らず、彼らが生きているのか死んでいるのかも定かでない。物心がつく頃には、二人とも蒸発していたので、別にどうでもよかった。


【……腹、減ったな……】


 動物の死肉や飲食店の廃棄物を貪り、路傍に溜まった泥水で喉を潤す。


 まるで獣のような毎日を過ごす中、転機が訪れた。


 それは陽の差さぬ曇天、ラムザがいつものように裏路地を歩いていると――前方から豪奢な衣装を纏った一団がやってきた。

 先頭を歩くのは背の高い青年、美しい緑髪をたなびかせる彼は、後に『帝国史上最高の名君』と呼ばれる男だ。


【なんだあいつら、貴族かなんかか……?】


 面倒事を嫌ったラムザは、目を伏せたまま、静かにすれ違おうとしたのだが……それは叶わなかった。


【ほぅ……貴様、まだ若いのによい目をしているな。希望の失せた虚無な瞳、緩やかに死んでいる。言うならばそう――『獣』のようだ】


【……あ?】


【ふむ、気に入ったぞ。この獣、俺が飼おう】


 衣食住の全てを保証する代わりにその身を引き渡したラムザは、とある特殊な施設に入れられ、そこで暗殺者としての英才教育を受けた。


 結果的に言えば、ラムザ・クランツェルトは『天才』だった。

 彼は渇いた脱脂綿のようにあらゆる技術を吸収し、僅か半年を経たずして、帝国でも指折りの暗殺者となった。


【……次の仕事は……?】


【帝国の大貴族フリオーソ侯爵の暗殺だ。こいつは帝国で流行している麻薬の元締めでな。聖騎士の上層部とも繋がりがあるそうで、表立って捕まえることはできないらしい】


 コードネーム『ベスティア』を与えられたラムザは、指示された仕事ころしを淡々とこなしていく。


 その手はあっという間に死で染まり、


【……くせぇ……】


 洗っても拭っても擦っても、こびり付いた血のにおいは消えなくなった。


 希望のないせた眼が、死人のように落ちくぼんだ頃――運命の日がやってくる。


【よぅ、今回の仕事はこれ・・だ】


 エージェントから降りてきた依頼は、ゴドバ武道国宗主レティシア・リンドリアの殺害。

 レティシアは、『ゴドバの悲劇』を引き起こした呪われし血族の末裔。幼くして悪心を抱き、そう遠くない未来、カソルラ魔道国へ戦争を仕掛ける魔性の女。戦争を止めるためには、彼女を始末するほかないとのことだ。


 依頼書を受け取ったラムザは、すぐに行動を開始する。


 その日は美しい白雪しらゆきの降る夜だった。


 卓越した隠形おんぎょうを以って、ゴドバ城に潜入を果たした獣は、寝室へ向かうターゲットの背後を取る。


【……誰……?】


 振り返ると同時、ラムザの握る鋭い短剣が、レティシアの心臓を刺し穿うがった。


「――むざ……? ……ラムザ殿……?」


「……はっ!?」


 今でも夢に見る、自身の消せぬ罪。


「ラムザ殿、顔色が優れませんが、大丈夫ですか?」


「……いや、気にするな」


 心配そうに声を掛けるルナへ、ラムザが小さく首を振った直後――コンコンコンとノックが鳴り、ゆっくりと扉が開かれた。


「ラムー、いるー?」


 鈴を転がしたような美しい声色が響き、ラムザは驚愕に言葉を詰まらせる。


「なっ!? お、お待ちください! 今はなりませ――」


「――えへへ、遊びに来ちゃった。……ってあれ? シルバー殿にゼル殿、どうしてここに?」


 ひょっこりと姿を見せたのは、武道国宗主レティシア・リンドリア。その背後には、四人の屈強な護衛が控えている。


「おや、レティシア殿……?」


「なんと、これは奇遇ですね」


 ルナとゼルが目を丸くしていると、レティシアはスススッとラムザの元へすり寄った。


「ねぇラム、いったいどういう状況なの?」


「ノノ婆の話によれば、うちの子どもたちが魔獣に襲われていたところを、助けてくれたそうでして……」


「えっ、そうなの? それじゃちゃんとお礼をしなきゃだね」


 仲睦まじく耳打ちをする二人、その姿はその空気はその距離感は――とある『誤解』を招くに足るものだった。


「ほぅ、なるほどなるほど……いやしかし、ラムザ殿は隅に置けない男ですなぁ」


「な、何を言うかシルバー! 私とレティシアは、主と従僕であり、それ以上でもそれ以下でもない! だから、今すぐその生温かい目をやめろ! ヘルム越しにでも十分に伝わってくるぞッ!」


「主と従者と括るには、些か以上に親し気な様子だったが……?」


「ゼル殿まで……くだらない詮索はよしてください! ――レティシア様、ここは一つ、この愚か者たちへ叱責の御言葉を!」


 憤激したラムザが振り返るとそこには、


「え、えへへ……私とラムは……なんというか、その……っ」


 頬を真っ赤に染めながら、ごにょごにょと言葉を濁す主の姿があった。


 なんとも甘酸っぱい空気が流れる中、無邪気な子どもたちが「「「ひゅーひゅーっ!」」」とはやし立て、背後に佇む護衛たちが「いい加減に男を見せろ!」とばかりに親指を立てる。

 ラムザとレティシアが互いを想い合っていることは、武道国における公然の秘密であり、長年にわたって周囲が生温かく見守っている状況なのだ。


 そうして針のむしろに立たされたラムザは、


「そ、そうだレティシア様! 今ちょうど夕飯を食べていたところでして、もしよろしければ御一緒にいかがですか!? 私とゼル殿が腕によりをかけて作った料理がございます! きっとお口に合うことでしょう!」


 無理矢理に大きな声を張り、強引に話題を変えんとするのだった。


 その後、新たにレティシアを加えた夕食は、さらに賑やかなものとなる。


「ところで、先のお話の続きなのですが……。お二人はどのようにして出会ったのでしょうか?」


 年頃の女の子である聖女様が、興味津々と言った風に恋バナを振ると、


「えっと、私とラムは……とても衝撃的な出会いをしてですね……っ」


 レティシアは口元を緩ませながら語り始め、


「ちょ、何を仰るのですか!? や、やめてくださ……やめ、やめ……やめろぉッ!」


 ラムザは悲鳴のような絶叫をあげる。


 こうしてゴドバ武道国の視察は、ほのぼのとした終わりを迎えるのだった。

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