第4話:視察


「ま、まさか……ただの素振りが、この大破壊を成したとでも言うのか……!?」


しかり。その壁も雲も山も、シルバーの拳圧けんあつによって生まれたものだ。もしも彼が拳を止めていなければ、ラムザ殿は今頃、ただの肉塊と化していただろう」


「馬鹿な、そんなことが……っ」


『大人と子ども』と評することさえはばかられる、あまりにも隔絶とした力の差。

 前後不覚に陥るラムザへ、ゼルはとどめの問いを投げ掛ける。


「さて、これでもまだ『負けていない』と言い張るのならば、貴殿もまた剣を振るい、あの山を斬って見せねばなるまい。それを為して初めて『互角』と称せるというものだ――違うか?」


「ぐ……っ」


 非の打ち所がない正論を喰らい、何も言い返すことができなかった。

 敬愛する主君レティシアの前で、これ以上ないほど克明こくめいに『敗北』の二文字を突き付けられてしまった。


 悔しそうに床をにらむラムザ、威風堂々と君臨するルナ。

 両者の格は、その立ち姿を見れば一目瞭然だ。


 そうして圧倒的な力を見せ付けた聖女様は――。


(……ど、どうしよう……。お城の壁、壊しちゃった……っ)


 プレートアーマーの中で、小さくカタカタと震えていた。

 彼女はもはやラムザを見ていない。

 その視界にあるのは城壁に開いた巨大な風穴、その脳裏を埋めるのは『弁償』という絶望の二文字。


(ここは武道国の王城、きっとあの壁も『なんかいい感じの石』で作られているに違いない……っ)


 王城は国を代表する建物であり、王の御所にして権威の象徴。

 当然、建材には最高品質のものが使用され、築城には高名な建築家や土木技師が動員されている。


(前に緊急クエストで稼いだ、虎の子の100万ゴルドを渡せば……いや、無理だ。普通の家を建てるのですら3000万ゴルドは掛かるのに、王城の外壁を直すのに100万じゃ絶対に足りない……ッ)


 全身がなまりのように重くなり、視界がぐにゃりと歪む中――レティシアの美しい声が響く。


「――シルバー殿」


「は、はひっ!」


 上擦うわずった声を奏でながら、背筋をピンと伸ばす聖女様。

 その姿は、どこに出しても恥ずかしくない『立派な小物』だった。


「少し風通しが良くなり過ぎてしまったので、私の執務室へ移動しませんか?」


「あっはい、そう、ですね……」


 どこか歯切れの悪い返答、レティシアの頭に疑問符が浮かぶ。


「あの、どうかなされましたか?」


「なんというか、その……お城の壁を壊してしまい、大変申し訳ない……」


「……えっ?」


「いやでも、かなり加減はしたと言いますか、私的には軽く拳を振っただけなのですが……まさかこんなことになるとは……すみません」


 ルナは外壁を壊してしまったことを素直に詫び、それを受けたレティシアは驚愕に目を丸くする。

 人智を超越した絶対的な力を持ちながら、人の家の壁を壊したことに狼狽うろたえるその姿が人間臭く、非常に好ましく思えたのだ。


「いえ、どうかお気になさらず。こんな些事で腹を立てるほど、狭量な女ではありませんから」


 その後、執務室に移動した二人はソファに座り、小さな机を一つ挟んで向かい合う。

 ちなみに……従者であるゼルとラムザは、己が主の背後に控えており、机の上には緑茶が用意されている。


「――というわけでして、聖女様も私もゼルも、三百年前の常識しか持ち合わせておりません。聖王国を強く正しく豊かな国にするため、今日はこちらへ『現代の国』というものを学びに来た次第です」


 ルナは武道国へ足を運んだ理由を簡単に話し、レティシアは「なるほど」と頷く。


「シルバー殿の目から見て、我が国はどのように映りましたか?」


「緑が豊かで活気があって、非常に住みやすそうな国、ですね」


「ふふっ、ありがとうございます」


 嬉しそうに微笑んだレティシアだが、その美しい顔にスッと陰が落ちる。


「ただ……この平和で穏やかな毎日も、後三日で終わってしまいます」


「確か、魔道国との戦争が控えているのでしたね」


「はい。国力を総動員した全面戦争、多くの血が流れることでしょう」


「その戦争、避けられないのでしょうか?」


 先ほどゼルにも投げた質問を、再度レティシアにもぶつけてみたのだが……彼女は静かに首を横へ振る。


「これまで何度も特使を派遣し、和平の道を探ってきました。しかし、取り付く島もありません。魔道国にあの魔女・・が君臨する限り、開戦は避けられないでしょう」


「魔女……?」


「はい。カソルラ魔道国宗主ナターシャ・リンドリア。私の高祖母こうそぼに当たる存在です」


「高祖母って……ナターシャ殿は、何歳になられるのですか?」


「記録に残っているだけでも、優に200を超えております」


「それはまた、随分と長生きしていらっしゃるのですね。よほど魔力が強いと見える」


 魔力とはすなわち生命力であり、これはそのまま寿命に直結する。

 もちろん人間には『種族的な限界』が存在するため、たとえどれほど莫大な魔力を持つ個体であろうとも、魔族・亜人・獣人のように数百年と長らえること難しい。

 しかしそれでも、歴史に名を残すような大魔法士は、『戦死』を除けば百歳を超えることが多く、一説によれば三百を数えた者さえいたとされる。


「……シルバー殿、少し昔話をしてもよろしいですか? ゴドバ武道国とカソルラ魔道国の成り立ち――両国がまだリンドリア道国どうこくと呼ばれていた時代の話です」


「是非お聞かせください」


 レティシアはコクリと頷き、記憶の川をさかのぼり始めた。


「今からおよそ250年前、広大なリンドリア平原には、小さな集落が点在しておりました。それらはやがて一つに纏まり、リンドリア道国が成立――豊かな鉱山資源と肥沃ひよくな土壌を背景に、目覚ましい経済発展を遂げたそうです」


 今はなき故国に想いを馳せながら、彼女はしめやかに続きを語る。


「道国が急速な成長を見せる中、国王夫妻のもとに双子の姉妹が生まれました。姉はゴドバ・リンドリア、妹はカソルラ・リンドリア」


「ゴドバ殿にカソルラ殿……もしや……?」


「お察しの通り、武道国と魔道国の名前の由来となられた方々です。ゴドバ様は『武』の才に、カソルラ様は『魔』の才に恵まれ、いくつもの武功ぶこうをあげられました。当時のいくさを記した歴史書には、『道国にゴドバとカソルラ、二頭の巨龍きょりゅうあり』とあるほどです」


「才気に溢れる愛娘が二人、初代国王はさぞ鼻が高かったことでしょうね」


「私もそのように思います。ただ……ゴドバ様とカソルラ様が四十歳を超える頃、国王は流行り病によって急没きゅうぼつしました。後継は指名されず、王位は宙に浮いたまま……」


「後継ぎ問題ですか、荒れそうだ」


 古今東西、王位継承の話題は紛糾するのが常であり、骨肉の争いになることも珍しくない。

 ルナの呟きは、珍しく正鵠せいこくたものだった。


おごそかな国葬が執り行われた後、ゴドバ様とカソルラ様の対談によって、次代の王を決める運びとなり――そこで『ゴドバの乱心』と呼ばれる、痛ましい事件が起こったのです」


 レティシアは膝上の拳をギュッと握り、重苦しい口調で訥々とつとつと語る。


「王位を話し合うその日その場で、ゴドバ様はカソルラ様を刺殺し……その後、王城の最上階で自害されました」


「……なんと……っ」


「カソルラ陣営はこれに憤激し、ゴドバ陣営を強く非難しました。国内を二分するこの争いはついぞ収まることはなく、リンドリア道国はゴドバ武道国とカソルラ魔道国に分かれた。ゴドバ様の血を引く我が一族は武道国の宗主となり、カソルラ様の一人娘であるナターシャ殿は今なお魔道国の宗主に就いております」


「むぅ……」


 ルナが難しい表情で黙り込む中、レティシアは確信めいた口調で語る。


「私はこの一件、全てはあの魔女ナターシャ殿が仕組んだと思って……いえ、確信しております」


「その理由、お伺いしても?」


「はい。当家に伝わるゴドバ様の手記によれば――彼女はあの日、王位をカソルラ様へ譲ろうと考えていたのです」


「え?」


 ルナの口から驚きの声が零れた。


「ゴドバ様は平和を愛する優しい御方で、妹君のことを深く溺愛しておりました。 『私が縁の下の力持ちとなり、カソルラの敷く善政を支え、リンドリアを列強の一員に加えんと欲す』、事件の前夜、ゴドバ様の手記にはそう記されていたのです。さらに当時の支持率調査によれば、国民のおよそ80%がゴドバ様を次代の王に推していたとのこと」


「本人は王位を譲るつもりだったうえ、国民の多くがゴドバ殿を支持していた……確かに、それはおかしいですね。彼女には、カソルラ殿を殺す動機がない」


「まさにその通りです。高潔で誠実な人柄で知られたゴドバ様が、大切なカソルラ様を殺害したうえに自死を図るなど……信じられない、道理が通らない。きっと何者かに――いえ、当時20歳だったナターシャ・リンドリアに操られていたに違いありません」


「彼女には、犯行に至る動機があるのですか?」


 ルナの問いに対し、レティシアは間髪かんはつれずに首肯しゅこうした。


「ナターシャ殿は、カソルラ陣営の実質的な指導者であり、『母上こそが次代の王にふさわしい!』と論陣を張っておりました。もしもゴドバ様が王位を継げば、自分の王位が遠くなる。おそらくはそれを嫌っての犯行でしょう。実際彼女は、ゴドバの乱心を経て魔道国のトップに立った。本件で最も利を得たのは、他ならぬあの魔女です」


「ふむ、ナターシャ殿は何か人を操る魔法を……?」


 高位の操作魔法には、人心を惑わすモノがある。

 三百年前に旧友のシャシャからそんな話を聞いていたルナは、真っ先にその可能性を考えた。


「……わかりません。ただあの魔女は、大魔法士カソルラ様を超える莫大な魔力を持って生まれ、幼少の頃より邪悪な魔法に傾倒していたと伝わっております」


「なるほど……(ナターシャさんがなんらかの魔法でゴドバさんを操って、カソルラさんを謀殺ぼうさつした。――うん、十分にあり得る話かも)」


 ルナが考えを深めていると、レティシアは話の続きを語る。


「ナターシャ殿が率いる魔道国はその後、ひたすらに富国強兵の道を進みました。巧みな交渉術と人心掌握術で諸外国とコネクションを作っていき、特にアルバス帝国とは『蜜月の関係』だと言われております。全ては彼女が思い描く覇道はどうを成すため。その第一歩が目前に控えた戦争に勝ち、武道国を支配することです」


「ナターシャ・リンドリア、中々に油断のならない相手ですね」


 ルナが魔道国へ警戒感を抱いていると、ゼルから<交信コール>が飛んできた。


(聖女様、今の話はレティシア殿の主観が、多分に入っている可能性が高い。魔道国サイドの言い分を聞くまでは、フラットな御心持ちを維持するのがよろしいかと)


(そっか、わかった)


 ルナが素直に聞き入れたところで、レティシアが慇懃いんぎんに頭を下げる。


「これがゴドバ武道国とカソルラ魔道国の成り立ち、そして今は亡きリンドリア道国の歴史です。長いお話を聞いていただき、ありがとうございました」


「いえこちらこそ、実に興味深いお話でした」


 二人がそう結んだところで、話は新しい方面へ展開される。


「そう言えばシルバー殿とゼル殿は、我が国へ視察にいらしたんですよね?」


「えぇ、この後も王城周辺を見て回ろうかと考えております」


「もしよろしければ、私がご案内しましょうか?」


「よろしいのですか?」


「伝説の聖女パーティのお歴々れきれきに足を運んでいただいたのですから、これぐらいのおもてなしをせねば武道国の名折れにございます」


「ご厚情、感謝いたします」


 その後、王城を出た一行は大通りへ移動した。


 レティシアとシルバーが肩を並べて先頭を歩き、それぞれの後ろをゼルとラムザが付き従う。


「さてシルバー殿、どこから見て回りましょう。何かご希望などはございますか?」


「うーん……武道国の特色が現れた場所だと嬉しいですね」


「我が国の特色ですか、了解しました。それではまず、うちで一番の鍛冶屋ゴーンドゥへ参りましょう」


「鍛冶屋ですか、楽しみだ」


 目的地までの道中、


「あっ、レティシア様だー! こんにちはー!」


「はい、こんにちは。――あっこらこら、ちゃんと前を向かなきゃ転んじゃうよ?」


「おぉ、これはこれはレティシア様、今日もうるわしゅうございますな」


「ふふっ、ラドおじさんはいつも口がお上手ですね」


「レティシア様、今日はいい魚が取れたんで、また後ほど王城へお持ちするっす!」


「ありがとう、楽しみにしていますね」


 レティシアは国民からの人気が非常に高く、老若男女を問わずして、道行く人々からひっきりなしに声を掛けられた。


(なんだか凄くしたわれているっぽい……。三百年前には、あまり見なかったタイプの王様だなぁ)


(王と民の距離が近い。平和で健全な国である証拠だな。レティシア殿は、良き君主であられる)


 ルナとゼルがそんなことを考えている間にも、鍛冶屋ゴーンドゥに到着する。


「これは……鍛冶屋というかなんというか」


「えぇ、まるで工場のようですね」


 ルナとゼルの前にそびえ立つのは、鍛冶屋と製鉄所が一体化した巨大な工場だ。


「既に先触れが許可を取っております。さぁ、どうぞお入りください」


「失礼します」


「お邪魔いたす」


 鍛冶屋へ入るや否や、野太い雄叫びが迎えてくれた。


「「「――おっらぁ゛!」」」


 筋骨隆々の男衆が大きなハンマーを振るい、床に並べられた鉄鉱石を粉砕。粉末状の鉄鉱石に少量の石灰石を混ぜ、それらを高炉こうろに掻き入れて焼成し、酸素を除去した『鉄』が完成する。

 そうして抽出された高純度の鉄は、刀・鎧・盾など様々な鋳型に流し込まれ、鍛冶職人のもとへ運ばれた。


「――おぃ、火力が足んねーぞ! 火の魔石、もっと持って来いやァ!」


「「「うっす!」」」


 指示を受けた徒弟とていたちは、素早い動きで火の魔石を砕き割り、灼熱の炎がボッと燃え上がる。


(おぉー、なんか本格的かも)


 ルナがぼんやりその光景を眺めていると、鍛冶屋ゴーンドゥを取り仕切るスキンヘッドの大男が、ラムザへ直剣を差し出し――彼はそれを主君へ献上する。


「剣や鎧に代表される鉄製武具の生産は、我が国の最重要産業の一つ。あの超大国アルバス帝国のそれと比較しても、勝るとも劣らぬ品質であると自負しております」


 レティシアそう言って、武道国製の刀をルナへ手渡した。


「ほぅ、これは……(どこからどう見ても、普通の剣にしか見えない……)」


 刀剣の造詣ぞうけいが浅い彼女に、刀の品質など見抜けるわけもなく、わかっている風に呟くのが限界だ。


「ゼル、どう?」


「ふむ……かなり上質な直剣ですね。となる鉄の質はもちろんのこと、鍛冶師の腕がいいのでしょう(システム化された製鉄所に高い鍛冶スキル……なんとか聖王国に組み入れたいものだな)」


 鍛冶屋の視察を終えた後は、広大な農地へ案内された。


「ここは我が国でも指折りの大農園、ノームファームでございます」


「おー、これはこれは……中々の豊作ですな」


 見渡す限り一面の緑。

 ちょうど収穫期であることも重なって、ノームファームは非常に見栄えがよかった。


「武道国は国土が狭いため、エルギア王国のように大規模な農業を展開することはできません。それゆえ近年は魔法を活用した品種改良――具体的には収穫期間の短縮と収穫量の最大化に取り組み、食料自給率の向上に努めております」


「なるほど、品種改良ですか」


 ルナが感心しきった様子で頷いていると、


「――レティシア様、こちらをお持ちください」


 農園の管理者である老齢の婦人が、大きなバスケットを差し出した。

 そこには今朝収穫されたばかりの野菜が、これでもかというほどに詰められている。


 レティシアは「ありがとう」とお礼を伝えた後、大地の恵みで溢れたそれをルナのもとへ向けた。


「うちで採れた旬のお野菜です。どうぞ食べてみてください」


 せっかくの御厚意、本来ならばこの場で食すのが礼儀というもの。

 しかし、聖女バレを徹底的に避けているルナが、まさかヘルムを取って素顔を晒すわけにはいかない。


「あ、あ゛ー……申し訳ない。私は遠慮しておきます(人前で食事を取る方法、何か考えておかなきゃ……っ)」


 彼女は申し訳なさそうに辞退し、その代わりにゼルが一歩前に出る。


「では、私がいただきましょう」


 まるで宝石のような真紅のトマトを手に取り、そのままムシャリとかじりつく。

 えて毒見をせずに口へ入れたのは、相手のことを信頼しているという表現だ。

 それにもし万が一のことがあったとしても、彼は<解毒>の魔法を使えるので問題にならない。


「むっ!? ……なるほど、これは素晴らしいトマトだ。果物のような甘味に暴力的な水分、ほどよい酸味が後味を引き締める。まさに太陽と大地の恵みと言えるでしょう(品種改良により効率化された農業、か……。国土に乏しいのは聖王国も同じこと、どうにかしてこのスキームを取り入れたいものだ)」


「ふふっ、ありがとうございます」


 大農園ノームファームを見学した後は、武道国の正規兵がつどう訓練場へ移動する。


「はぁああああああああ……!」


「ぜぇりゃあああああああ……!」


「どっせぃいいいいいいいい……!」


 そこでは竹刀を手にした兵士たちが、木人形もくにんぎょうへ打ち込み稽古を行っていた。


 雄叫びと気合いと汗が飛び散る中――訓練場の主である仙人めいた老爺ろうやが、レティシアの来訪に気付く。


「おやおや、レティシア様……っと、そちらの御方は……まさか!?」


「はい、シルバー殿とゼル殿です。武道国の視察にいらしてくださいました」


 レティシアが簡単に紹介し、ルナとゼルが小さく会釈したその瞬間、訓練場に大きな動揺が走る。


「し、シルバーって……あの聖女様の代行者!?」


「しかも後ろには、大剣士ゼル様がいらっしゃるぞ!?」


「うちへ視察って、いったいどういうことだ!?」


 にわかに騒ぎ立つ兵士たちへ、レティシアは柔らかく微笑んだ。


「お邪魔してすみません。どうか私達のことはお気になさらず、いつものように稽古を続けてください」


「「「は、はいっ!」」」


 彼らは素早く敬礼し、大急ぎで訓練を再開する。


「さてシルバー殿、今日はせっかくなので、我が国の独自の武術『流技りゅうぎ』です」


「流技……ラムザ殿が先ほど口走った『秘奥』というやつですね?」


「はい。流技の極意は『魔身流合ましんりゅうごう』。頭の天辺から爪先はもちろん、剣や防具に至るまで魔力を流し、基本性能を大きく向上させる――っと、噂をすれば、ちょうど始まるようです」


 レティシアの視線の先では、訓練用の木剣を握った二人の男が、鋭い視線をぶつけ合っていた。


「――双方、流技の準備はよいな? それでは、はじめぃッ!」


 審判役の老爺が手を振り下ろすと同時、


「ぜりゃぁああああああああ……!」


「きぇえええええええええぃ……!」


 流技を発動した二人は、力強い雄叫びをあげ、凄まじい剣戟を演じた。

 その動きはまるで演舞が如く、流麗かつ豪儀ごうぎ、そして何より――無駄がない。


 兵たちの摸擬戦を目にしたレティシアは、満足げにコクコクと頷く。


「『いくさ』に通じる御二方のこと、流技の効果がおわかりになられたかと思います」


「え? ぁ、あぁ……はい! これは、なんというかその……凄い技術ですね!(いや、流技の効果ってなんのこと!?)」


 聖女様がわかった風に頷く一方、


「ふむ、打ち込み稽古の動きと比較すれば、まるで別人になったかのようだ(流技、か……実に興味深い。これを聖王国で普及させれば、兵力の大幅な増強に繋がるぞ)」


 防衛大臣のゼルは、真剣な表情で思考を巡らせる。

 その後、武道国の要所をいくつか見て回り――全ての視察が終わる頃には、午後六時を回っていた。


「レティシア殿、今日はありがとうございました」


「わざわざご案内いただき、感謝の言葉もございません」


 ルナとゼルが礼儀正しく謝意を伝えると、


「いえいえ、またいつでもいらしてくださいね」


 レティシアは柔らかく微笑み、武道国の視察は終了となった。



 レティシアと別れたルナとゼルは、聖王国への帰路に就く。

異界の扉ゲート>を使えばすぐに帰れるのだが、いろいろと話し合いたいこともあったので、夜風に当たりながらしばし歩くことにしたのだ。


「ゴドバ武道国、一通り見て回ったけど、どんな感じだった……?」


「非常に得るものが多い視察だったかと。鉄の精錬と加工技術・広大で豊かな農地・流技という特殊な武術……。私が思っていたよりもずっと発展した国でした。武道国と同盟を結んだ暁には、新規入植者を募り、我が国の産業発展に繋げ――」


 ゼルが自分の感想を述べていると、


「「「ぅ、うわぁああああああああ……!?」」」

遥か前方から、子どもの悲鳴があがった。


「むっ」


「あれは……」


 二人が目を凝らすとそこには、巨大な魔獣ガーゴイルが、小さな子どもたちを追い掛けている。

 両者の距離はみるみるうちに詰まっていき、数秒後の惨劇は火を見るよりも明らかだ。


「ゼル、いいよね?」


「他国での戦闘行為は、あまり望ましくありませんが……やむを得ないでしょう」


 ゼルが頷くと同時、ルナは軽く地面を蹴り付けた。


「――グロォオオオオオオオオッ!」


「だ、誰か……助け――」


 ガーゴイルの鋭い爪が、男児の頭を抉らんとしたそのとき、


「――よっと」


 ルナの右拳が魔獣の腹部に突き刺さり、凄まじい破裂音が周囲に木霊こだました。


「「「……え……っ」」」


 魔獣の恐ろしさをよく知る子どもたちは、頭から血の雨をかぶりながら幼心おさなごころに理解した。


 目の前の鎧が、どれほどの化物なのかを。


「みなさん、大丈夫ですか?」


 ルナは冒険者然とした口調で、紳士的に声を掛けた。

 聖女の代行者に救われるという僥倖ぎょうこう

 こんな幸運に恵まれれば、頭を垂れて感謝の念を唱えるのが普通。


 しかし……彼らはまだ幼く、その感動をストレートに表現した。


「す、すっげぇええええええええ……!」


「鎧の兄ちゃん、めちゃくちゃぇえええええええ……!」


「そのかっこ、冒険者だろ!?」


「もしかして……有名な人?」


「名前、教えてくれよーっ!」


 飾り気も打算も何もない、ただただ純粋な誉め言葉。

 子どもだからこそできる、否、子どもにのみ許された態度だ。


 無邪気な声援を受けたルナは、こういうときのために温めておいた『かっこいい決めポーズ』を取り、自慢の冒険者ネームを披露する。


「我が名はシルバー・グロリアス=エル=ブラッドフォールンハート! どこにでもいる普通の冒険者さ!」


「せ、聖女、さま……?」


 主人の突然の奇行に対し、ゼルが呆然と立ち竦む中、


「「「か、かっけー……!」」」


 子どもたちはグッと拳を握り締め、純粋無垢な瞳をキラキラと輝かせるのだった。

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