第5部

第1話:聖王国


 神国聖女学院との合同夏合宿が無事に終わり、ルナたち王国聖女学院の一年生は、三連休という御褒美を手に入れた。

 これはカリキュラム上の休校日に、合宿疲れを考慮した特別休養日が加わった結果だ。


 手早く朝食を摂り終え、いつものように自室へ引き籠ったルナは、本棚の前で思案にふける。


(ふふっ、今日は何を読もうかなぁ)


 眼前にズラリと並ぶのは、『悪役令嬢』を題材とした小説の数々。

 三百年前からの愛読書『悪役令嬢アルシェ』はもちろん、この時代に転生してから、新たに買い集めたシリーズもたくさんある。


(どれも粒揃いだけど……。やっぱりここは、安心と信頼のアルシェを――)


 彼女がツッと背伸びをして、狙い定めた一冊に手を伸ばしたそのとき――頭の中に『念波ねんぱ』が届いた、<交信コール>の魔法を受けたのだ。


(ん、誰からだろう?)


 彼女がそんなことを考えながら接続すると、非常に聞きなれた声が脳内に響く。


(――聖女様、こちらゼル・ゼゼドです。今、お時間はよろしいでしょうか?)


(うん、大丈夫だよ。どうかした?)


(聖王国の今後について、いくつかご相談したいことがございます。どれも重要な案件ゆえ、直接お話しできればと思いまして……。もし可能でしたら、一度スペディオ領へお越しいただけないでしょうか?)


(わかった。それじゃ今からそっちに飛ぶね)


 ルナがそう言うと、ゼルの声に驚きの色が混ざる。


(今から……ですか?)


(あれ、駄目だった? もうちょっと時間を開けた方がいい?)


(いえいえ、こちらとしては大変ありがたい限りです! ただ……いささか急な話を持ち掛けてしまったので、聖女様のご予定は大丈夫なのかと思いまして……)


 ゼルの心配事は一つ。

 自分が無理な願いを言ったせいで、敬愛する聖女の予定が崩れてしまったのではないか――それだけが気掛かりだった。


(平気だよ。今日は聖女学院もお休みだし、それに……私もそろそろ、聖王国について『本気で取り掛からなきゃ』って思ってたところなんだよね)


(そうでしたか。では、聖王国でお待ちしております)


(うん。準備が終わったら、すぐに行くから、ちょっと待ってて)


(はい、それでは失礼いたします)


交信コール>切断。


「よしっ、パパッと準備を済ませちゃおっと」


 本棚から回れ右をして、クローゼットに手を掛けると――コンコンコンとノックの音が響いた。


「――ルナ様、今よろしいでしょうか?」


「いいよー」


「失礼します」


 自室の扉がキィと開き、メイド服を着たローが入ってくる。


「突然なのですが……カルロ様・トレバス様より命を受け、この三連休の間、スペディオ領へ帰ることになりました」


「えっ、それってもしかして……」


「はい。先日発表された『スペディオ領の独立宣言』。それに伴って発生する、『聖王国の建国作業』に駆り出されました。おそらく今後も、頻繁に呼び戻されることでしょう」


 ローは炊事洗濯家事掃除はもちろん、設計建築・回復魔法・庭仕事・護衛任務・敵地潜入などなど……あらゆる物事を完璧にこなす『万能メイド』。

 超スーパーハイスペックな彼女は、聖王国の建国作業において必要不可欠な人材であり、この先も引っ張りダコになることが予想された。


「そっか、なんかごめん……」


「何故ルナ様が謝罪なされるのか、まったく意味がわかりませんが……聖王国の樹立は、非常に喜ばしいことです。四大国からの独立は、スペディオ領の悲願。そしてこれを為してくださったのは、聖女様の意思を借りた、『伝説の英雄』シルバー様とゼル様。あの地に住まう領民は今、かつてない幸福感に身を震わせています」


「そう言えば、そんな感じだったね」


 ルナの脳裏をよぎるのは、ゼルが独立宣言を発した際、領民たちが見せた異様なまでの熱狂っぷり。


【【【聖女様……ッ! 聖女様……ッ! 聖女様……ッ!】】】


 あの狂喜乱舞を目にすれば、聖王国の樹立がどれほど望まれているのか、いやおうでも理解させられる。


此度こたびの独立宣言は、まさに天啓てんけい。私にできることなど、たかれておりますが……全身全霊を以って、新国家樹立に協力させていただく所存です。他の領民たちもみな、きっと同じ気持ちでしょう」


「そっか、よかった」


 自分が行おうとしている国造り、それがみんなに受け入れられていると知り、ルナの心はいっそう前向きになった。


「さて、先の話に戻るのですが……ルナ様はどうなされますか? 私と一緒にスペディオ領へ御同行いただいてもけっこうですし、ここでゆっくりとお休みいただいても構いません。カルロ様とトレバス様は、『本人の意思に任せる』と言っておられました」


「うーん……ちょっと前に帰ったばかりだし、今回は遠慮しておこうかな」


「承知しました。それでは失礼します」


 ローが美しい所作でお辞儀をし、部屋から退出しようとしたそのとき――ルナが素早く『待った』を掛ける。


「――あっ、ちょっと待った! 昨日あげた『お守り』、ちゃんと持ってるよね?」


「はい、もちろんです。『肌身離さず持ち歩くように』、と申し付けられておりますので」


 ローはそう言って、懐から赤い巾着袋きんちゃくぶくろを取り出した。


「前にも言ったと思うけど、それ、絶っっっ対に開けちゃ駄目だからね? お守りは中を見たら、神様がどこかへ逃げちゃって、効果がなくなるからね? オッケー?」


 聖女様がなけなしの裁縫スキルを総動員して作った、不格好な巾着袋。その中には『最高位の防御魔法』が込められた、小判型の平たい石が入っている。

 もしもお守りの中を見られようものなら、『何故ルナがこんな代物を持っているのか?』という当然の疑問が生まれ、非常に厄介なことになってしまう。


 そうならないため、彼女は口をっぱくして、「開封厳禁」と念押ししているのだ。


 主人の言い付けに対し、侍女はコクリと頷く。


「もちろんです。たとえどんなことがあろうとも、この巾着袋を開けるような真似はいたしません」


 ローは侍女の仕事に誇りを持っており、その美学に反することは――主人の言い付けにそむくような真似は絶対にしない。


「そっか、それなら安心」


「はい。では今度こそ、失礼いたします」


「うん、気を付けてね」


「お心遣い、ありがとうございます」


 ローはもう一度お辞儀をして、学生寮を後にした。


「さて、と……私も急いで準備しなきゃ」


 その後、手早く支度を済ませたルナは、<換装コンバージョン>でプレートアーマーをまとい――ベッドの上でグデンとお腹を出す同居人のもとへ向かう。


「――タマ、ちょっとお外に行ってくるね。晩御飯までには帰ってくるから、ちゃんといい子でお留守番してるんだよ?」


「……わふぅ……」


 見るからに眠たそうな顔で、大きな欠伸をしながら返事をするタマ。

 その頭を「よしよし」と優しく撫ぜたルナは、<異界の扉ゲート>を使い、スペディオ領へ飛ぶのだった。



 学生寮からスペディオ領へ飛んだルナは、


(う、わぁ……っ)


 大きく様変わりした故郷の姿に唖然あぜんとした。


 それもそのはず、彼女の視線の先で――否、領地のあらゆるところで、大規模な建築工事が行われているのだ。


「おーい、誰か木ぃ持って来てくれー!」


「みなさーん! 今から重たい石材を運ぶので、注意してくださいねー! <念力サイコキネシス>!」


「うっし、白飯が炊きあがったぞー! 腹減りからどんどん食ってけー!」


 領民たちはみんなで協力し合い、木製の監視塔・新たな家・城のいしずえとなる土台などなど……聖王国の建国作業を急ピッチで進めていた。


(な、なんか、凄いことになってる……っ)


 ルナが目を丸くしていると――前方から、古い友人がやってきた。


「――おはようございます、ようこそおいでくださいました」


「あっゼル、おはよう」


 朝の挨拶を交わしてすぐ、ルナは問いを投げ掛ける。


「ねぇこれ、何をしているの?」


「『領地』から『国』へ発展するための基幹工事です。まずは最優先課題の国防を固めるため、国境付近の要所に木の監視塔を構えつつ――それと同時並行して、新規入植者にゅうしょくしゃのための家屋を整備し、我らの拠点となる聖城せいじょうの建築も進めております」


「おぉー、なんかそれっぽい!」


「恐縮です」


 主人からお褒めの言葉をいただき、ゼルの心は幸せで満ち溢れた。


「立ち話もなんですし、どうぞこちらへ。私のログハウスに御案内いたします」


「うん、お願い」


 ゼルの後に続き、聖王国の中を歩いていると――。


「ん……? おぉ、シルバー様だ! みんな、シルバー様がいらしてくださったぞ!」


「シルバー様にゼル様……くぅ、なんて神々しい御姿だ……っ」


「俺、カルロさんとトレバスさんから聞いたんだけどよぉ……。このスペディオ領は、聖女様と所縁ゆかりのある『聖地』らしいぜ?」


「そ、そうだったのですか!? あぁ、なんと誇らしいことでしょう!」


 シルバーとゼノに気付いた領民たちは、不敬にならないよう遠く離れた場所から、伝説の英雄たちに祈りを捧げた。


 それから少しして――シルバー専用の宿舎、その真隣に建てられた、ゼル専用のログハウスに到着する。


「何もないところですが、どうぞごゆっくりしていってください」


 扉が開かれると同時、木々の自然な香りがふわりと漂った。


 リビングに案内されたルナは、興味深げにキョロキョロと周囲を見回す。

 そこは机・椅子・棚、必要最低限の調度品のみが置かれた、整理整頓の行き届いた空間――華美と無駄を嫌う、なんともゼルらしい部屋だ。


「ふふっ、『ゼルの家』って感じがする」


「そうでしょうか?」


「うん、なんだかとってもいい感じ。――とりあえず、『聖女バレ対策』を済ませちゃうね」


 ルナはそう言うと、四方のカーテンを全て閉め切り、窓と扉を魔力でがっちりとコーティング。

 外からの視線を防ぎ、侵入経路を封鎖した後は、<不可知領域>を展開して外界との接続を遮断。


「これでよしっと」


 情報漏洩対策を万全に整えたルナは、巨大なプレートアーマーを脱ぎ、ポスリと椅子に腰を下ろすと――眼下の長机に興味を引くものを見つけた。


(なんかこれ・・……『作戦会議』っぽくて、かっこいいかも……)


 そこに敷かれていたのは、魔獣の皮をなめして作った、大きな世界地図だ。


(今いるここが聖王国。東のこれが王国聖女学院のあるエルギア王国。北のこれが大転生祭のあったアルバス帝国。南のこれが夏合宿をしたグランディーゼ神国。西のユーン霊国には、まだ行ってないなぁ)


 世界地図をじっくり眺めていると、カップとソーサーがコトリと置かれた。


「聖女様、コーヒーをおれしました」


「あっ、ありがと」


 漆黒の液体を目にした彼女は、机の上に視線を移し――目的の『ブツ』を発見。


(あったあった)


 彼女がそれを取るよりも早く、ゼルの手がスッと伸びた。 


「確か、苦いのは苦手でしたよね? 砂糖はこちらに、ミルクは今お持ちいたします」


「あはは、覚えててくれたんだ」


 ルナはポリポリと頬を掻き、どこか気恥ずかしそうに微笑んだ。


 その後、『ぽちょぽちょざーざー』と軽快な音を鳴らし、コーヒーという概念を侮辱する『デラックス・ルナ・スペシャル』が完成――渇いた喉をうるおした。


「ふぅ……ゼルのコーヒー、おいしいね」


「ありがとうございます」


 そうして一段落がついたところで、ゼルは椅子をサッと引き、ルナの対面に腰を下ろす。


「改めまして――聖女様、本日はわざわざ足をお運びいただき、感謝いたします」


「気にしないで、<異界の扉ゲート>を使えば一瞬だしね」


 簡単な挨拶が済んだところで、本題へ入る。


「早速ですが、本日は『三つ』お話ししたいことがございます。どれも聖王国の将来みらいに関わる重要なものゆえ、御静聴いただけますと幸いです」


「わかった」


「まず一つ目――聖女様、今朝の新聞はお読みになられましたか?」


「うん」


 ルナが頷くと同時、ゼルは驚愕に瞳を揺らす。


「……今、なんと……?」


「もう一度言おうか? 私、新聞読んだ」


 聖女様はそう言って、強烈なドヤ顔を披露した。


「ば、馬鹿な……!?」


「ふっふっふぅ、ビックリした? ビックリしたでしょ? 私だって、ちゃんと成長しているんだよ? 」


 三百年前――貧乏な農家で生まれ育ったルナは、世情せじょうに疎い一面があり、聖女パーティの面々から新聞を読むように勧められた。

 そのときは魔族たちとの激闘で忙しく、新たな習慣を身に付けることは難しかったのだが……。現代に転生を果たし、時間に余裕ができてからは、毎日必ず新聞に目を通すようになったのだ。


「さすがは聖女様、なんという成長速度……っ。このゼル、驚愕と感動で胸がいっぱいでございます!」


「えへへ、凄いでしょ? もっと褒めてもいいよ?」


 忠臣からの大絶賛を受けた主は、嬉しそうに胸を張った。


 昔からゼルは、ルナにとても甘い。

 老爺ろうやが初孫に見せるそれよりも甘く、三百年が経った今、その傾向はいっそう顕著になっていた。


「既に新聞をお読みになられたルナ様であれば、ご存知のことかと思うのですが……。今朝方、主要四大国の『スペディオ領独立』に対する主張・姿勢が出揃いました」


「そう言えば、なんかいろいろと書いてあったね」


 ルナが記憶を辿っていると、ゼルは机の引き出しから、新聞記事の切り抜きを四枚取り出した。


 王国新聞・帝国タイムズ・神国新報・霊国日報、四大国の中央新聞である。


「こちらが世界各国の意見表明でございます」


 ゼルは長机に敷かれた世界地図の東西南北――四大国が位置する場所に、それぞれの新聞記事を並べていった。


 エルギア王国:王国新聞

 スペディオ領は、我が国固有の領土であり、手前勝手な独立宣言など言語道断。シルバー殿との早急な会談を望む。


 アルバス帝国:帝国タイムズ

 スペディオ領は古くより、アルバス帝国の所有する領土であり、一方的な独立宣言を認めることはできない。しかしながら、我が国と聖王国の間で、歴史認識に齟齬そごが生じている可能性も考えられる。まずは代行者たるシルバー・グロリアス=エル=ブラッドフォールンハート殿との話し合いを望む。


 グランディーゼ神国:神国新報

 スペディオ領は神々の保有する聖地であり、先日発布された独善かつ傲慢な独立宣言は、到底認められるものではない。此度の宣言は暴挙と呼ばざるを得ず、周辺社会の平和と秩序を崩すものであり、最も強い言葉でこれを非難する。国際社会は連帯してこれに対応する必要があるだろう。


 ユーン霊国:霊国日報

 スペディオ領は、霊王のせんする領土。独立は認めない。しかし、聖女が真に三百年前の彼女であるならば、この限りではない。


 机に並べられた四つの記事を見ながら、ルナとゼルは意見を交わす。


「エルギア王国は……強い口調で『言語道断』って言いながら、会談を望んでいる……。どっちつかずというか、煮え切らない感じがするね」


「おそらく、政府内での意見が統一できていないのでしょう。あの国は三百年前も、王族と貴族の間で揉めておりましたし、きっと今も同じような状況なのかと」


「なるほど」


 続いて、帝国タイムズに目を移す。


「アルバス帝国は……四大国の中じゃ一番、交渉の余地がありそう。それに唯一『フルネーム』なのも、個人的にかなりの高ポイント」


「帝国は第三十三代皇帝アドリヌス・オド・アルバスの治世のもと、格別の発展を遂げております。此度の意見表明を見てもわかる通り、彼は非常に聡明かつ優秀であり、おそらくは度量の深い男……。私見ですが、帝国とは上手くやっていけそうな気がします」


「うん、私もなんだかそんな気がする」


 今度は、神国新報の記事を手に取る。


「グランディーゼ神国は……かなり強く反発しているね」


「神国は昔から『反聖女』の色が濃いですから、この強硬な反応も予想の範囲内かと」


「まぁ間接的にとはいえ、聖女わたしを殺そうとしてきたぐらいだし……こことの協力は難しいかなぁ(それに何より、神国には『悪役令嬢の化身』ソフィアさんがいる……。出来る限り、近寄りたくないな)」


 ルナがそんなことを考えていると、ゼルが『ガタガタッ』と音を立てて、椅子から立ち上がった。


「せ、聖女様……今なんと仰いましたか……?」


「えっ? あぁ、神国には悪役令嬢の化身が――」


「――いや、そんなことは言っていなかったはずです」


「あれ? ……っと、そうだ。神国は聖女わたしを殺そうとしてきた――」


「なんですとォ!?」


 ゼルは大声を張り上げ、途轍とてつもない大魔力を解き放つ。


「ちょっ、ちょっとゼル、落ち着いて……!」


「これが落ち着いてなどいられますか! 聖女様の暗殺をくわだてるなど、万死に値する愚行! なんたる不敬、なんたる冒涜、決して許さぬぞ……神国のゴミ共め……ッ」


 忠義の男は怒りに震え、全身の羽毛を逆立さかだたせた。


「ど、どーどーっ。ほら、落ち着いて? あっ、そうだ! 私のデラックス・ルナ・スペシャルをあげる! 糖分を取ると穏やかで優しい気持ちになれるよ?」


 ルナはそう言って、自分の激甘げきあまコーヒーを差し出したが……。

 ゼルは静かに首を横へ振り、かつてないほどに真剣な表情で、とある提案を持ち掛ける。


「聖女様、こういうのはいかがでしょう?」


「ど、どういうのでしょうか?」


 ゼルの真っ直ぐな瞳を受け、ルナは思わず敬語で返してしまう。


「『聖王国樹立記念』として、神国を滅ぼしてみてはいかがでしょうか? 我らの力を諸外国に見せ付ける、またとない機会かと」


「い、いやいや……おめでたい記念が台無しだよ!? そういう過激な行動は控えて、もっと平和的に行こう! ねっ?」


「……そう、ですか。聖女様がそう仰られるのであれば……」


 ルナからの説得を受け、ゼルは渋々納得してみせた。

 そもそも彼は、人類に対して強い不信感を持っている。

 聖女が処刑された直後などは、人類を葬り去ってやろうかとさえ考えたのだが……。それは生前のあるじの意向に反するとして、ほこを収めた過去がある。


 険呑けんのんな魔力を放つゼルに対し、ルナは空気をえるべく、最後の新聞記事――霊国時報に目を向けた。


「ゆ、ユーン霊国は、『我関せず』って感じだね!」


「……まぁ、あの国は成り立ちからして特異ですからね。こちらが手を出せねば、向こうから噛んで来ることもないでしょう。当面の間は、お互いに存在しないものとして対応すればよいかと」


 なんとか怒りを抑えることに成功したゼルが、簡単な総まとめを口にする。


「現状を整理しますと……政府内の意思が纏まらない王国・交渉の余地がある帝国・依然として攻撃的な神国・相も変わらず静観の霊国、といった感じですね。我々聖王国陣営としては、帝国と渡りを付けるように動くのが、ベストではないかと愚考します」


「うん、私もそれがいいと思う」


「ありがとうございます」


 今後の方向性が定まったところで、二つ目の話題に移る。


「ときに聖女様、聖王国建国にあたり、各員の役職を決める必要があるかと」


「あっそれ、私も考えてた」


 ルナはコクコクと頷き、役職決めが始まった。


「ではまず、聖王国の頂点『唯一王ゆいいつおう』として聖女様」


「唯一王?」


「はい。『女王』や『女帝』という呼び名も考えたのですが……。やはり聖女様には、唯一無二の地位がふさわしいと思い、唯一王という呼称を考案いたしました。……いかがでしょうか?」


「唯一王……うん、かっこいいかも! それじゃ私、唯一王就任!」


「おめでとうございます」


 ゼルから温かい拍手が送られ、ルナは嬉しそうに微笑んだ。


「そして次に――唯一王の代理として、シルバーは確定ですね」


「ゼルは?」


「私めは、防衛大臣あたりが適役かと思うのですが……。御任命いただけないでしょうか、唯一王陛下?」


「ふふっ、もちろんいいよ。それじゃゼルは、防衛大臣に決定!」


「ありがとうございます」


 聖王国は聖女をトップに据えた君主制を敷いており、各役職の任命権はもちろんのこと、あらゆる決裁権をルナが握る。

 彼女ポンコツの一声であらゆる物事が決まってしまう、非常に恐ろしい国だ。


 可及的速やかに評議会or理事会の創設が――権力の分散が求められる。


「それから……スペディオ領の領主であったカルロ殿は総務大臣、その御夫人であられたトレバス殿は総務副大臣、両名にはこの辺りの職を任せるのがよいかと」


「えっ、二人も要職に就くの?」


「はい。スペディオ夫妻はこの地の領主であったため、領民の速やかな統治を進めるためにも、それなりの役職を与えておくのがよいでしょう」


「なるほど……それじゃ、お父さんとお母さんの役職も決定!(さすがゼル、いろいろと考えているんだなぁ)」


 ルナの中で、ゼルの知能ポイントがぐーんと上がった。


「それからもう一つ、聖女様の――この世界におけるルナ・スペディオの地位を決めておきましょう」


「私?」


「はい。ルナ様はスペディオ家の次期当主、何かしらの役職に就いておいた方が自然です」


 ゼルの簡潔な説明を受け、ルナは納得の表情を見せる。


「確かに……。でも、どんなのがいいだろう?」


「全ては聖女様の御意志のままに」


「そっか、それならやっぱり――『参謀さんぼう』かな」


「……さん、ぼう……?」


 瞬間、ゼルの頭が真っ白になった。

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