エピローグ

【※読者の皆様へ】

今回のあとがきは、『全ての読者様』にお読みいただきたいです!

1分も掛からないので、ぜひ最後まで目を通してあげてください……!

どうか何卒よろしくお願い致します……っ。

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 死の神が消滅したことにより、これから24時間――ディスティルが再復活を遂げるまでの間、蘇生魔法を妨げる者はいない。


「ロー、今度こそ治してあげるからね。――<聖魂せいこん再帰さいき>」


 魔法がつむがれると同時、ルナの両の掌から神聖な光が溢れ出した。

 ローの胸部を貫いた傷はみるみるうちに塞がっていき、体から抜け掛けていた魂はもとの器へ収まる。


 ルナがローの胸に耳を当てると――ドクンドクンという力強い鼓動が聞こえた。


 死亡・蘇生のショックは非常に大きいため、今はまだ意識を失ったままだが、もうしばらくすれば目を覚ますだろう。


「はぁ、よかったぁ……」


 ルナはペタンと座り込み、ホッと安堵の息を零す。

 その顔はどこからどう見ても年相応の少女のものであり、先ほどまでの絶対的強者の圧は、きれいさっぱり消えていた。


 とにもかくにも、最上位魔族ムドラを退しりぞけ、死の神ディスティルを葬り去り、ローの蘇生に成功した聖女様は――チラリと窓の外へ目を向け、不快げに顔をしかめる。


(うわぁ……なんかいっぱいいる……っ)


 魔族・魔族・魔族、まるでランタンのに群がる羽虫が如く、大量の魔族が空に浮かんでいた。


 召喚魔法陣によって呼び出されたそれは、ルナが発動した<時間停止タイム・ストップ>を受けて、ピクリとも動かない。


「これ以上の厄介事は嫌だし……ちゃちゃっと綺麗にしちゃおうかな」


 念のために<換装コンバージョン>の魔法を発動、シルバーのプレートアーマーを着込み――魔族狩りに出る。


「よいしょっ」


 幸いにも時間停止耐性を持つような強い個体はおらず、流れ作業のように淡々と駆逐していくことができた。


 およそ10秒後――100体の魔族を葬り去ったルナは、神国聖女学院の敷地全体に広がる、真紅の魔法陣へ目を向ける。


「さて、と……後はこのヘンテコな魔法陣も消しておこうかな」


 魔法陣の中心に降り立ったルナは、本校舎を吹き飛ばさない程度の力加減で、右の拳を振り下ろす。


「よっと」


 途轍とてつもない破砕音はさいおんが轟き、グラウンドに巨大なクレーターが生まれた。

 これでもう、魔法陣は正常に機能しないだろう。


 そうして一通りの仕事を終えたルナが、手に付いた土埃つちぼこりをパンパンと払っていると、世界の片隅がギギギッと歪み始めた。


「あっ、もうそんな時間か……」


 長期にわたる時間停止は、『時の摂理』に反する禁忌きんき

 世界の歪みを修正するため、時の神が顕現けんげんしようとしているのだ。


(面倒なことになる前に、<時間停止>を解除しなきゃ……)


 短期間に神を殺し過ぎては、世界が立ち行かなくなってしまう。

 過去の教訓しっぱいからそれを学んでいるルナは、ほどほどに摂理を守ることを心掛けているのだ。


(……でも、どうしよう……)


 周囲をグルリと見回すと、激しく損傷した大講堂・校庭に生まれた超巨大なクレーター・そこかしこに転がった魔族の遺骸などなど……相当な荒れ模様が広がっている。


(今ここで<時間停止タイム・ストップ>を解いたら、きっとみんなビックリしちゃうよね……)


 ルナ以外の――時間停止耐性を持たない人間の視点では、突然魔族が襲撃してきたかと思えば、次の瞬間には全滅しており、激しい戦闘の跡だけが残っている。

 そんな不可解なことが起これば、ビックリするどころか、大パニックが起こるだろう。


(うーん……。何かいろいろと説明がつく、いい案はないかな……)


 聖女ブレインを高速回転させることしばし、ルナの脳内にとある考えが浮かんだ。


(――そうだ、これなら!)


 彼女は<浮遊フロート>を使って、遥か上空へ浮かび上がり、眼下の校庭に向けてスッと右手を伸ばした。


「――<銀華ぎんか>」


 グラウンドに白い閃光を放ち、とあるメッセージを描く。


「うんうん、我ながら上手に書けたかもっ!」


 校庭にデカデカと刻まれた文字は『シルバー参上』。

 いろいろと台無しだが……これは見た目ほど、悪い案ではなかった。


 この時代に生きる人々は、聖女とその従者に対して、過大な幻想を抱いている。

 シルバーの名前がそこに記されてあれば、『聖女の代行者が魔族を討ってくれたのだ』と、勝手に解釈して納得するだろう。


 そうして後始末をつけたルナが、<時間停止>を解こうとしたそのとき――「ハッ!」と口を開く。


(っと、危ない危ない。『忘れ物』をするところだった)


 本件はまだ幕を引いていない。

 この事件を引き起こした、真犯人を叩く必要があるのだ。


(まぁでも……十中八九、ケルキスさんだよね)


 以前大神殿に侵入したとき、魔族ムドラと枢機卿ケルキスが、親し気に話していたことは記憶に新しい。

 あのとき耳にした『聖女を殺せ』という言葉。

 ムドラにローの殺害を命じたのは、ケルキスと見て間違いないだろう。


(経験上、ああいう小悪党が大きな行動を起こすとき、本人は『一番安全な場所』に潜んでいる……。多分、あそこ・・・かな)


 おおよその当たりを付けたルナは、<時間停止タイム・ストップ>を解除すると同時、<異界の扉ゲート>を展開――大神殿へ飛ぶのだった。



 ルナが死の神ディスティルを滅ぼした時より、さかのぼること10分。


 大神殿の地下深く――荘厳かつ静謐せいひつな空気の流れる『審判の間』で、枢機卿すうききょうを追い詰める悪役令嬢の姿があった。


「――ケルキス先生……いえ、枢機卿ケルキス・オードムーア! 両手をあげて、その場でひざまずきなさい!」


 ソフィアは魔力を込めた右手を前に突き出し、鋭い眼光を飛ばす。


(今回のループは、ずっとおかしなことばかりだった……。多分これは聖女様がくれた最後の好機、こんな大チャンスはもう二度とやって来ない……!)


 彼女は過去何度もケルキスを襲い、その度に殺されてきた。


 ケルキスの手によって――ではない。

 彼の陰に潜む護衛、最上位魔族ムドラ・ハーレンの呪刀によって、無惨な死を遂げてきた。


 しかし今この時この瞬間に限り、ケルキスは完全にフリー、ムドラの姿はどこにもない。


 これを千載一遇のチャンスと捉えたソフィアは、決死の行動に打って出たのだ。


「おやおや、駄目じゃないかソフィア。審判の間ここは、立ち入り禁止区域だよ? それに……攻撃性の魔法を人に向けてはいけない。授業で教えただろう?」


「くだらない教師せんせいごっこはやめてください! あなたが帝国の皇帝と繋がっていること、魔王と密約を交わしていること、邪悪な魔族をはべらせていること――私は全て知っています!」


「……ほぅ……」


 ケルキスの目が細く尖り、瞳の奥に危険な炎が宿った。


「よくもまぁそこまで調べ上げたものだ。……情報源はどこかな?」


 彼は教師という仮面を捨て、野心に満ちた獣の顔を浮かべながら、一歩また一歩とソフィアのもとへ歩み寄る。


「ち、近付かないでください! 後一歩でもこちらへ踏み込めば、容赦ようしゃなく撃ちます! これは脅しじゃありません!」


「ソフィア、これは授業じゃない、『実戦』だ。いちいち敵に警告をする必要などないぞ」


「くっ――<氷結槍アイシクル・ランス>!」


 鋭く尖った氷の槍が、凄まじい速度で解き放たれた。

 スノウハイヴ家は氷魔法の名家であり、その嫡子であるソフィアもまた、氷に愛された腕利きの魔法士なのだ。


 ソフィアの展開した氷の中位魔法に対し、


「――<煉獄鏡れんごくきょう>」


 ケルキスは炎の上位魔法をぶつけ、いとも容易く防いでみせた。


「なっ!?」


 ケルキスは腐っても枢機卿の一人、神国でも最上位レベルの魔法士だ。


 ソフィアがどれだけ優秀だったとしても、所詮はまだ十代の少女――両者の間には、大きな力の差があった。


彼我ひがの実力差もわからんとは……失望したぞ。お前はもう少し、賢い生徒だと思っていたのだが……むっ?」


 ケルキスの講釈こうしゃくがピタリと止まる。


(……なんだ、これ・・は……?)


 周囲を満たすのは、凍てつくような冷気。

 神国の夏夜かやは冷えるが、これは明らかに異常だ。


「――『実力差のある相手は、からめ手でめ落とす』、でしたよね? ケルキス先生・・・・・・?」


 ソフィアが微笑んだ次の瞬間、巨大な魔法陣が浮かび上がり、極寒の冷気が溢れ出す。


「こ、これは……儀式魔法!? 貴様、いつの間に……!?」


「さっき言ったはずですよ。『私は全て知っています』、とね」


 合宿最終日、ケルキスは最も安全な審判の間に引き籠り、神国聖女学院に召喚魔法陣を展開――『聖女の卵』である学生たちを皆殺しにする。

 それを知っていたソフィアは、こっそりと審判の間へ忍び込み、来たるべき決戦に備えて、下準備を済ませていたのだ。


「ま、待て……! 話をしよう! 私の計画には、深い理由が――」


「――問答無用! 食らいなさい、<銀零封印ぎんれいふういん>!」


 猛烈な白銀の吹雪が押し寄せ、ケルキスの体を分厚い氷で包み込んでいく。


「ぬっ、ぐ、っ、ぉ……この、クソガキがぁあああああ゛あ゛あ゛あ゛……ッ!」


 憤怒ふんぬ怨嗟えんさの入り混じった、おぞましい絶叫が響きわたり――彼は巨大な氷晶ひょうしょうの中に封印された。


 美しい雪の結晶が舞い散る中、ソフィアはグッと拳を握る。


「……やった、私、ついにやった……。これで解放される、地獄のループが、ようやく終わる……ッ」


 彼女の瞳がじんわりと熱を帯びた次の瞬間、漆黒の旋風が吹き荒れた。


「――はてさて、何が終わるのかな?」


 巨大な氷晶を打ち破った、無傷のケルキスが問い掛ける。


「そん、な……どうして……っ」


「くくっ、これ・・が答えだよ」


 呆然とするソフィアに対し、ケルキスは自身の『新たな肉体』を見せ付けた。

 彼の皮膚は紫紺しこんに染まり、頭部には捻じれた双角が生え、背部には禍々しい翼がある。


「その姿、まさか……っ」


「そう、私は魔王から力を授かり――魔族として生まれ変わったのだ! 矮小わいしょうな人間という枠組みを越え、選ばれし上位種族きょうしゃに進化したのだッ!」


 雄々しい叫びと同時、凄まじい大魔力が解き放たれる。


「くくくっ、なるほどなるほど……! これが『超越する』という感覚か……悪くないっ!」


 絶対的な力を手にしたケルキスは、上機嫌に肩を揺らし――紫紺の右腕をスッと前に突き出す。


「さて、試運転といこうか――<フレイム>!」


「くっ――<氷晶壁ひょうしょうへき>ッ!」


 迫り来る黒炎に対し、氷の盾を展開したが……両者の力の差は歴然。


 ケルキスの放った炎塊えんかいは、ソフィアの氷の盾を一瞬で焼き焦がし、


「きゃぁ!?」


 彼女の肩口に灼熱のほむらが食らい付く。


「ふはは、素晴らしい! ただの下位魔法が、なんという威力か! これが魔族! これが上位種族! これが私の……新たなる力ッ!」


 ひとしきり生まれ変わった自分に酔いしれたケルキスは、苦悶の表情を浮かべるソフィアのもとへ足を向け――その細い首を強引に掴み上げた。


「ぁ、う゛……っ」


 必死に抵抗してみせたが……紫の剛腕ごうわんはビクともしない。


「さぁ、答えろ。どうやって、私の秘密を調べた? 情報の出所はどこだ?」


「だ、誰が……答えるものですか……っ」


「ほぅ、この状態でまだそんな口を利くか。……まぁいい、気の強い女は嫌いじゃない」


 ケルキスは下卑た笑みを浮かべ、ソフィアの体に漆黒の炎をともした。


「き、きゃぁああああああああ……!?」


 悲痛な叫びが響き渡り、彼女の意識が飛び掛けたところで、黒炎がフッと消える。


「はぁ、はぁはぁ……っ」


「もう一度聞こう。どうやって私の秘密を知った? 言っておくが、黙秘はためにならんぞ? 次はさらに火力を上げるからな」


「く……っ」


 絶体絶命の窮地に追い込まれたソフィアは、太ももに仕込んだ短剣を抜き取り――自分の心臓へ突き立てんとした。


 これは最終手段。

 自ら命を絶つことで、<破滅回避バッドエンド・エスケイプ>を発動し、過去へ逃げるための緊急脱出手段だ。


 しかし、


「おっと」


 魔族ケルキスの驚異的な反射神経によって、ソフィアの短剣はかすめ取られてしまう。


「なっ!?」


「何をするかと思えば……あぁ、そういうことか・・・・・・・。――天恵ギフトだな? 自害を起点とする、特殊な力を持っているんだな?」


「……っ」


「くくっ、その顔……図星か。――自死を引金トリガーとして発動する天恵、非常に珍しい力だが……過去に何例か確認されている。おそらくは『死に戻り』に分類される能力だろう」


 ケルキスは枢機卿というだけあって、天恵の知識も豊富だった。


「なるほど、話が見えてきたぞ……。ソフィアは天恵の力を使い、何度も同じ時間をやり直してきた。そのやり直しの過程で、私の秘密を知り得た――違うか?」


「……ッ」


 ソフィアは悔しそうに視線を逸らす。

 もはや彼女には、それぐらいしかできなかった。


「死に戻りは厄介な能力だが……ネタさえ割れれば、どうということはない。生かさず殺さず、ゆっくりと尋問すればいいだけだ」


 これからソフィアを待ち受けるのは、文字通りの『生き地獄』。

 この状況は、考え得る限り、最悪の展開だった。


(い、いや……誰か……助けて……お父さん、お母さん……っ)


 彼女の瞳が恐怖と絶望に染まり、ケルキスがブルリと背筋を震わす。


「いい! いいぞ! 中々いい眼をするじゃないかっ! くくっ、えて言うまでもないが、助けは来ないぞ? 何せここは大神殿の最深部、審判の間だからな! お前はこのくらき地の底で、地獄の苦しみを味わうの――」


 嗜虐しぎゃくれた邪悪な瞳が、ソフィアの肢体したいをねっとりと見つめたそのとき、


「――見ぃつけた」


 突如出現した<異界の扉ゲート>から、武骨ぶこつ手甲てっこうがヌゥッと伸び――ケルキスの後頭部を鷲掴みにした。


「ぐっ、誰だ、何をする……!?」


「お前が枢機卿ケルキス・オードムーア……か?(あれ? 肌が紫色に……角と翼も……もしかして、イメチェンした?)」


 ルナが困惑していると、ケルキスの体から漆黒の大魔力が吹き荒れる。


「この無礼者がァ! 誰の頭を掴んでいるッ!」


 彼は魔族の膂力りょりょくを遺憾なく発揮し、必死に振りほどこうとしたのだが……手甲はピクリとも動かない。


「騒々しいぞ」


 ルナが握力を強めたその瞬間、ケルキスの後頭部が悲鳴をあげた。


「ぁ、ぐっ、がぁああああああああ……!?」


 両者の力には、『神』と『蟻』以上の絶望的な開きがあった。


 口の端に泡を浮かべながら、苦悶の雄叫びをあげる中年男性に対し、ルナは小さくため息を零す。


「はぁ……そう暴れてくれるな、これでは話もできん」


 まるでゴミを放るが如く、ポイと空中に投げ捨て――ケルキスは無様に尻餅をついた。


「ぐっ、いったい何奴なにやつ……っ!?」


 羞恥と憤怒に顔を赤く染め上げた彼は、慌てて立ち上がり、そこで初めて敵の正体を知る。


「し、シルバー……!?」


如何いかにも――我が名はシルバー・グロリアス=エル=ブラッドフォールンハート。聖女様の命を受け、お前を成敗しに来た」


 久方ぶりにフルネームを名乗り、ルナの心はちょっぴり満たされる。


「くそっ、何故貴様がここに……っ。聖女の暗殺は、ムドラの奴はいったい何を――」


「――死んだぞ」


「……は……?」


「その魔族なら、ついさっき死んだぞ」


「……ッ」


 なんの感慨かんがいも籠っていない、『死んだぞ』というシンプルな報告。

 あの・・ムドラを――最上位魔族を討ち取ったにもかかわらず、シルバーはそれを誇ることさえしない。

 只々ただただ、死んだという事実を告げるだけ。

 彼にとってムドラを仕留めたという戦果は、えて語るまでもない、ほんの些細な出来事に過ぎない。


 その確固たる事実が、その超然たる態度が、ケルキスに畏怖いふの念を抱かせた。


「さて、念のために確認しておこう。――お前がムドラに聖女の暗殺を命じた張本人だな?」


「そ、それがどうしたというのだ……!」


「そうか……少々おいたが過ぎたな。ここらで一つ、きゅうえるとしよう」


 彼女が指をゴキッと鳴らすと同時、ケルキスは狂ったように笑い出す。


「くっ、はは……くはははは……っ! なるほどなるほど、確かに凄まじい! 私を凌駕するその腕力・神国に単騎で臨むその胆力・ムドラを屠るその実力――卓越している! さすがは聖女の代行者、歴史に隠れた『陰の英雄』という二つ名に偽りはないらしい!」


「うむ(陰の英雄……何それ、かっこいい……っ)」


「だがしかし、所詮は人間! 摂理の中で足掻く、塵芥ちりあくたに過ぎん!」


 彼はそう言うと、懐からとある魔石を取り出した。


「これより我が主、偉大なる『絶対神』を召喚する!」


 ケルキスが自信満々に見せ付けたのは、妖しい光を放つ『召喚の魔石』。

 しかもその色は、最高等級を示す赤色だ。


(……むぅ……)


 今この盤面における最善の一手は、召喚の魔石を使われる前に、ケルキスを叩くこと。


 しかし――それは三流の行いだ。


 敵の企みを全て打ち砕いたうえで、完全なる勝利を掴む。

 これこそが一流の振る舞い、『聖女の代行者ムーブ』としての正解かいとうだ。


(何を召喚するつもりか知らないけど……。ここはかっこよく、必殺技で倒そう!)


 腕を軽く引き拳を柔らかく握り、聖女パンチの発射準備を整えると――勝利を確信したケルキスが、天高く召喚の魔石を掲げる。


「我が求めに応じ、顕現けんげんせよ! ――『死の神ディスティル』ッ!」


 魔石から真紅の光が溢れ出し、死の神ディスティルがこの世界に――現れなかった。


「い、いでよ! ディスティル! 死の神、ディスティルッ! ディスティールーッ!!!」


 色褪いろあせた魔石を握り締め、何度も何度も死の神を呼ぶその姿は、あまりにも滑稽こっけいだった。


「「「……」」」


 なんとも言えない沈黙が流れる中、ルナはコホンと咳払いをする。


「あー、その……なんだ……。死の神ディスティルなら、今しがたほうむってきたところでな。復活するまでは、まだかなりの時間が掛かるぞ」


「死の神を、葬った……? ば、馬鹿を言うな! そんなふざけたことがあるかッ!」


「信じられないのなら、これを見るといい」


 ルナは<次元収納ストレージ>の中から、とある物体を取り出し、無造作にポイッと放り投げた。

 カランカランと地面を転がるそれは――死の神ディスティルの頭蓋骨。


『ディスティル10回討伐記念』として、いただいてきたものだ。


「でぃ、ディスティル、様……?」


 変わり果てた主の――死の神の頭蓋骨を拾い上げる。

 そこにはまだ、ディスティルの魔力がほんのりと残っていた。


(……か、勝てない……勝てるわけがない……っ。なんだこれ・・は、こんな『異常イレギュラー』の存在が、許されていいものなのか!?)


 目の前のプレートアーマーは、最上位魔族を蹴散らし、神をも葬り去る『正真正銘の化物』。


(……私は、いったい何を勘違いしていたのだ……っ)


 先ほどまでの自分が、魔族になった程度で思い上がっていた自分が、酷くみじめなものに思えた。

 彼の戦意こころがへし折れたところで、ルナは本題に入る。


「ケルキスよ、お前にいくつか聞きたいことがある」


「……なんだ」


 完全に自信を喪失したケルキスは、死んだ瞳で返事をする。


「何故、聖女を殺そうとした?」


「……頼まれたんだ……」


「ほぅ、誰に?」


「て、てっ、い、てぃ……こ、く、こくこくの……ぁど、あどっどどどど……ッ!?」


 突然、ケルキスの体が震え出し、その頭部が大きく膨れ上がっていく。


「お、おい、どうした……!?」


「ぁ、ぐ、がぁあああああ゛あ゛あ゛あ゛……ッ」


 次の瞬間、彼の頭部は派手にはじけ飛び、そのままピクリとも動かなくなった。


「これは……『呪い』、か(今の反応、特定の単語を口にしようとしたとき、自動的に発動する高度なものっぽい……)」


 遺体を確認すると、肉体はもちろん、魂さえも焼き殺されていた。

 これでは蘇生魔法も通らない。


(……ケルキスさんは使い捨てのコマだった。この一件の裏には、『真の黒幕』がいる……)


 ルナはあごに手を添え、真剣に考え込む。


(とにかく、これで確定した。この世界には、聖女わたしのことをよく思っていない人間がいる。それも枢機卿を手足のように操れるほどの強い権力を持つ者……)


 敵の脅威度を正しく認識できた。

 本件で得られた情報は、非常に価値のあるものだと言えるだろう。


 そうしてルナが思案にふけっていると、


「あ、あの……シルバー様!」


 緊張した面持おももちのソフィアが声をあげた。


「どうかしましたか?」


「私は神国聖女学院に通う聖女見習い、ソフィア・スノウハイヴと申します。恐れながら、一つお聞きしてもよろしいでしょうか……?」


「えぇ、なんでしょう」


「その……シルバー様は、聖女様のことを知っているんですよね?」


「まぁ、そう、ですね」


 当然ながら、「本人です」とは言えない。


「私、小さい頃から聖女様のようになりたくて、ずっと努力してきました。でも、昔から体が弱くて、魔力量も不十分で……自分が聖女様の転生体じゃないってことは、ちゃんと理解しています……っ。それでも、どうしてもあの人に近付きたくて……ッ。どうしたら、聖女様のように強くてかっこいい女性になれるでしょうか!?」


 ソフィアの夢は、聖女になることだった。

 自分が器じゃないことは、聖女の転生体でないことはわかっている。

 それでも必死に手を伸ばし、過酷な修練に身を置き、出来る限りの努力を続けてきた。


 だから、どうしても聞きたかった。

 聖女のことを誰よりもよく知るであろう代行者に、聖女とはなんたるかを教えてもらいたかった。


 しかし、ルナは首を横へ振る。


「聖女の真似をする必要はない、いや、真似てはいけない」


 三百年前、自分は失敗した。

 たくさんのモノを抱え過ぎて、潰れてしまった。


(……あんな生き方は、間違っている……)


 聖女というありもしない幻想を追い掛けて、ソフィアに潰れてほしくなかった。


「ど、どういう意味ですか!?」


「聖女とは心の在り方、誰かを助けたいと思う慈愛じあい発露はつろ。誰それのものを、真似る必要はありません」


 ハッと息を呑むソフィアに対し、ルナは努めて優しく声を掛ける。


「大丈夫、心配せずとも、ソフィアさんの心は清く美しい。ともすれば聖女様のモノと見間違えるほどに。貴女あなたはそのままでいい、いや、そのままがいい。偽りの仮面は――悪役の演技は似合いませんよ(悪役令嬢は私の、私だけのもの! これだけは絶対に譲らないッ!)」


 下心の煮凝にこごりを外面がいめんだけ綺麗にコーティングしたその言葉は、しくもソフィアが心の底から求めていたものだった。


(聖女とは心の在り方、誰かを助けたいと思う慈愛の発露……。私に悪役は似合わない、私はこのままの私でいいんだ……っ)


 雪解けを迎えた彼女の心へ、とどめの一撃が刺される。


「今後もしまた危険な目に遭ったときは、このホイッスルを吹いて、私を呼んでください。たとえ世界の裏側にいても、貴女を助けに行くと約束しましょう(もう二度と特異天恵ユニークスキル破滅回避バッドエンド・エスケイプ】は使わせない。ソフィアさんに悪役令嬢ムーブはさせない……!)」


「あ、ありがとう、ございます……っ」


 ソフィアは声を震わせながら、魔法のホイッスルを受け取った。


 ルナの浅ましく矮小わいしょうな心とソフィアの純粋で清廉せいれんな心。

 二つの歯車が奇跡的に噛み合った結果――。


(し、シルバー様……なんて素敵な御方なの……っ)


 ソフィアは恋に落ちた。


 遥か古より『恋する乙女は盲目』と言われる通り、彼女の目には、シルバーが白銀の王子様のように映ったのだ。


「さて、と……私はこの辺りで失礼します」


「あっ、お待ちになってください……!」


 ソフィアの制止も虚しく、ルナは異空いくう彼方かなたに消えていく。


 そうして誰もいなくなった審判の間で、


「……シルバー様、またどこかでお会いできるかしら……」


 清純な氷の乙女が、恋の花を咲かせるのだった。



 シルバーが暗躍を遂げてから数時間が経過し――無事に王国聖女学院の学生寮に帰ったルナは、制服のままボスンとベッドに倒れ込み、仰向けになって天井を見上げる。


「ふぅー……疲れたぁ……っ」


 長い息を吐きながら、グーッと大きく伸びをする。


(とりあえず……ローには『特製のお守り』をプレゼントしておいたから、よっぽどのことがない限り、大丈夫なはず)


 レオナードが保有していた聖遺物くびかざりよりも、遥かに強力な防御魔法を仕込んだため、今回のように間違って暗殺される危険はない。

 ロー本人はまったく知るよしもないことが、彼女はこの世界で、聖女に次ぐ防御力を誇る存在となっていた。


「それにしても、まさか聖女をあやめようとする人がいるなんて……。いや、そもそも私、なんで命を狙われているの? みんな、聖女様のことが好きじゃないの?」


 あれだけ『聖女様!』と言っておきながら、蓋を開ければこの始末……ルナは人類への不信感をさらにつのらせた。


「はぁ……いつの時代も生きにくいなぁ……」


 大きく長いため息をついた彼女は、その卓越した聖女ブレインを回転させ、本件の概要を考察していく。


(ケルキスさんは、『黒幕A』から聖女の暗殺を依頼された。枢機卿を動かせるぐらいだから、黒幕Aはかなりの権力者と見て間違いない……。そして――聖女わたしとローを間違えるほどのとんでもないポンコツだ)


 黒幕Aこと皇帝アドリヌス・オド・アルバスは、聖女様ポンコツによってポンコツの烙印らくいんを押された。


「……このまま後手に回っていたらマズい、よね……」


 ルナは誰よりも知っている。

 人間の愚かさを、残虐さを、底知れぬ悪意を。


(今回の事件は、明らかに一線を超えている……)


 このままなんの対策も打たずにいれば、そう遠く未来に悲惨な事件が起こり――三百年前の焼き直しになってしまうだろう。


 これを回避するには、強くならなければならない。


 しかし、ただ強いだけでは駄目だ。


 ルナ個人がどれだけ強くても、それだけでは大切なものを守ることはできない。

 今、求められているのは――『個人』ではなく『組織』が持つ『集団としての強さ』だ。


(……もしかしてゼルは、こういう事態を見越して、国をおこそうとしていたのかな……)


 脳裏をよぎるのは、つい先日、突如として建国宣言を行った仲間の姿。


【――今日この日、今この瞬間より! スペディオ領は四大国からの独立を果たし、聖女様を初代『聖王せいおう』に据えた、『聖王国』の建国を宣言するッ!】


 ゼルは三百年前から続く忠臣であり、ルナが全幅の信頼を置く数少ない人物だ。


 彼は自分よりも賢く、無駄なことを嫌う、その行動には明確な意味がある。


「……聖王国、ちょっと真剣に考えてみようかな」


 こうして聖女様は、三百年前とは異なる道を進むため、『聖王国の建国』に乗り出すのだった。

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第4部を最後まで読んでいただきありがとうございます!


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