第4話:大神殿


 十分後――。


「……んっ、うぅ……っ」


 ルナが目を覚ますとそこには、白い天井が広がっていた。

 頭の下にある硬い物体と背中を支える柔らかい布地、自分がベッドの上で仰向けに寝かされていることに気付く。


「……こ、ここ、は……?」


 彼女がゆっくり上体を起こすと、真横で看病をしてくれていたソフィアが、ホッと安堵の息をつく。


「はぁ、よかった……気が付いたのね」


「……ソフィア、さん? えっと、ここは……?」


神国聖女学院うちの保健室です。ルナさん、急に泡を吹いて倒れるんだから、ビックリしましたよ。いったい何があったんですか?」


「……すみません。あなたという存在がまぶし過ぎて、厳しい現実から逃げてしまいました……」


「眩し、えっ……?」


 訳のわからないことを言う聖女様に対し、ソフィアは不思議そうな顔でコテンと小首を傾げる。


「私はもう大丈夫なので……失礼します。あっ、介抱していただき、ありがとうございました……」


「ちょ、ちょっと本当に大丈夫? どう見ても本調子じゃなさそうだけれど……。私、部屋まで送っていきましょうか?」


「いえ、お気遣いなく……」


 ルナはペコリと頭を下げて感謝の意を伝えると、幽鬼ゆうきのような足取りで保健室から出ていくのだった。



 悪役令嬢というアイデンティティを失った聖女様は、力なくトボトボと自室に向かって歩く。


(……)


 生徒会室で何を話したのか、正直なところ、ほとんど何も覚えていない。

 一度に膨大な情報を詰め込まれた聖女ブレインが、オーバーヒートを起こし、機能不全に陥っているのだ。


 ただ……『悪役令嬢の化身』と出会い、途轍とてつもない激闘の末――一時撤退に追い込まれた。

 その苦々しい現実だけが、口惜しく残っている。


 ルナが自室の扉に手を掛け、ガチャリと開けると同時、苦労性の侍女が駆け寄ってきた。


「ルナ、どこに行ってたの? 急にいなくなるんだから、心配して探してたんだよ」


「……うん、ごめん……」


「えっ、いや……別にそこまで怒ってはいけど……。大丈夫? 何かあった? 話、聞こうか?」


 いつになくしおらしい主人に対し、ローは調子を崩してしまう。


「うぅん、平気……。私、今日は疲れちゃったから、もう寝るね……おやすみ」


 聖女様は言うが早いか、まるで芋虫のようにもぞもぞとベッドに入っていった。


(……ルナ様の様子がおかしい。いや、おかしいのはいつものことなのだけれど、ここまで元気がないのは珍しい。……間違いなく、『ナニカ』があった……)


 ローが不審に思っていると――食後の散歩に出ていたサルコとウェンディが帰って来た。


「ただいま戻りましたわ。……あら? ルナ、もう寝ているのですか?」


「今日は午前中からずっと遊び通しでしたから、疲れちゃったのかもしれませんね」


 二人の発言に対し、ローは首を横に振る。


「いや、ルナの様子がちょっとおかしい……」


「ルナがおかしいのは、いつものことではなくて?」


「ルナさんがおかしいのは、いつものことですよ?」


 反論の余地のない正論だ。


「あー、ごめん。ちょっと言葉足らずだった。なんかルナ、元気がないんだよね」


「むっ、それは異常事態ですわね……っ」


「何かあったんでしょうか……心配です」


 いつも能天気で空回りを続ける聖女様、彼女の元気がないというのは、明らかなイレギュラーだ。


「あの子は一度寝て起きたら、大概のことはリセットされる……。とりあえず今晩は様子を見て、もし明日もこの調子だったら、詳しく話を聞いてみようと思う」


「なるほど、わかりましたわ」


「はい、何事もなければいいんですが……」


 今後の対応を決めたロー・サルコ・ウェンディは、そのまま寝支度を整え、ベッドに入ってすやすやと眠るのだった。


 それから数時間後、時計の針が頂点を指し示す頃、ルナはカッと目を見開く。


(――よそはよそ、うちはうち! 『隣の芝生』は見なければいいんだ!)


 聖女様は単細胞。

 ローの言っていた通り、ぐっすりと眠ったことで、ソフィアとの一件をきちんと消化できていた。


(そう、要は考えようだ! ソフィアさんの存在を認識しなければ、彼女はこの世界に存在しないのと同じ! そうすれば悪役令嬢は私一人、私こそが真の悪役令嬢になる……!)


 そんな『超とんでもアクロバティック理論』を用いることで、自分のアイデンティティを復活させることに成功したのだ


 とにもかくにも、見事に完全復活を果たした彼女は、ゆっくりとベッドから起き上がり、グッグッと体を伸ばしていく。


(さて、と……そろそろ動こうかな)


 ルナがグランディーゼ神国に来た目的、それは『黒歴史の回収』だ。


 チラリと周囲を見回し、ロー・サルコ・ウェンディが、スーッスーッと規則的な寝息を立てていることを確認する。


(よし、みんなは遊び疲れて寝てる。しばらく起きる気配はなさそう)


 午前中、海辺で散々遊び回ったため、三人の睡眠はかなり深そうだった。


(黒歴史を回収したら、すぐに戻る予定だけど……。その間に誰か起きて、私がいなくなってたらビックリしちゃうよね)


 そう考えたルナは、机の上に書き置きを残すことにする。


(『ちょっとお散歩に行ってきます。すぐに戻るので心配はいりません。ルナ・スペディオ』……うん、これでよし)


 もしものときの対策を済ませた彼女は、<異界の扉>を展開し、異空の彼方かなたに消えるのだった。


 その直後、ウェンディがパチリと目を開ける。

 秘密諜報員として特殊な訓練を積んだ彼女は眠りが浅く、ほんの些細な物音にも反応して覚醒するのだ。


(ルナさん、元気そうでよかった。というか、魔道具の補助も儀式もなしで、<異界の扉ゲート>も使えるなんて……やっぱり凄いなぁ)


 音もなく起き上がったウェンディは、机の上に置かれたメモに目を落とす。


(『ちょっとお散歩に行ってきます』、か……。どうしたんだろう、聖女様としてのお仕事があるのかな? もしかして、シルバー様かゼル様がこの近くに来ている……?)


 ちょっとした好奇心から、いろいろと考えてみるけれど、これという答えは見つからない。


(とりあえず……今、ルナさんが一番困るのは、ローさんとサルコさんが起きてしまうこと。みんなの眠りが深くなるよう、魔法を掛けておこっと――<精霊の癒し>)


 精霊たちの癒しの福音が部屋中に響き渡った結果、ローとサルコの睡眠はいっそう快適なものとなり、二人の意識は深い微睡まどろみの中に沈んでいく。


「これでよし。ふわぁ……さて、私ももうひと眠りしようっと」


 陰ながら聖女様のサポートをこなした優秀なメインヒロインは、そのまま夢の世界に戻るのだった。



 一方その頃、聖女様はグランディーゼ神国の中央部、神都しんとのど真ん中に降り立った。


(神国は良くも悪くも変わらない国……。聖女の予言書みたいな宝物はきっとここ・・――大神殿の地下にあるはず!)


 眼前にそびえ立つ巨大な石の建造物は、築千年を超えるとも言われる大神殿、神が造りし『聖域』として国民から崇められているものだ。

 その地下には広大な空間が広がっており、審判の間・祭祀場さいしじょう・宝物庫などなど、神国の重要機関が備わっている。


(うーん、さすがに見張りは厳重っぽい……)


 ルナの視線の先――大神殿の入り口には、屈強な二人の警備が立っており、周囲にはランタンを持った見回りが目を光らせていた。


(……こういうときは『アレ』かな)


 ルナは足元に転がっていた小石を手に取り、遠くへポイと放り投げる。

 緩やかな放物線を描いたそれは、三秒後に地面へ落下、カツンという軽い音が鳴った。


「「「何者だ!?」」」


 警備の視線が一点に吸い寄せられたその瞬間、ルナは力強く地面を蹴り付け、神殿の外壁に跳び移り――両の指を壁面にめり込ませながら、カサカサカサッと壁伝いに高速で移動する。


 そうして見事に建物内に侵入を果たしたルナは、スチャッと軽やかに着地し、誰も見ていないのに『怪盗っぽい決めポーズ』を取る。


(ふふっ、なんか『潜入ミッション』みたい……!)


 聖女様は深夜テンションにより、ちょっぴりハイになっているようだ。


 とにもかくにも、無事に大神殿へ降り立ったルナは、キョロキョロと周囲を見回し――今度は探偵のように右手をあごに添える。


「ふむふむ……やっぱり中には、誰もいない、か」


 大神殿は神の寝静まる聖なる御所であり、その内部に警備を立てることは、神への冒涜であり不敬極まる行いである――神国出身のルナは、この考えを予想しており、実際にそれは当たっていた。


(さて……残る問題は、私の黒歴史が大神殿のどこに保管されているか、だ)


 敵地のど真ん中に立ってから、目の前に問題が現れてから、初めてそこで頭を使う。

 この行き当たりばったりな生き方こそ、聖女様が聖女様ポンコツたる所以ゆえんだ。


(三百年前、大神殿に来たことは何度かあるけど……地下に入ったことは一度もないんだよなぁ)


 大神殿の地下には宝物庫があるため、その構造はまさしく『複雑怪奇』。

 そして人の警備がない分、莫大な数の罠が張り巡らされている。


 罠の探知にけた腕利きの斥候せっこうでさえ、ここの攻略は困難を極めるだろう。


(……んー……)


 いろいろと考えてみたのだが……聖女の予言書を見つけ出し、それを回収する案は浮かんでこない。


 本来ならここで手詰まり、自身の黒歴史を大神殿ごと消し飛ばすか、諦めておずおずと帰るかの二択なのだが……。


(大丈夫、今の私には、頼れる仲間がいる!)


 ルナは<交信コール>の魔法を起動し、つい先日奇跡的に合流を果たした、三百年前の仲間に連絡を取る。


「――あっ、ねぇゼル、今ちょっといい?」


「はい、いかがなされましたか?」


 ゼルの声に紛れて、ガチャガチャという何かを片付ける音が聞こえた。


「あっ、ごめん。もしかして、何か作業してた? 後にした方がいい?」


「いえ、問題ありません。干した大根をぬかに漬け込んでおりまして、今ちょうど作業が終わったところなんです」


「大根の糠漬ぬかづけ……おいしそう……っ」


 ルナは口の端に垂れたよだれをじゅるりと引っ込める。

 ゼルの漬ける野菜はどれも絶品であり、聖女パーティで活動していた頃は、いつもよくごはんのお供として食べていた。


「ふふっ、来週にでも郵送でお送りしましょうか?」


「え、いいの!? やった! ありがとう、ゼル! それじゃ、おやすみ!」


「……? えぇ、おやすみなさい」


 ルナは<交信コール>を切断し――即座に繋ぎ直した。


「って、違う違うそうじゃない! そうじゃなくて、ちょっと聞いてほしいことがあるの!」


「はい、どうしました?(相も変わらず、元気な人だ……)」


 まるで孫娘に付き合うお爺さんが如く、ゼルは優しく穏やかな微笑みを浮かべていた。


 それからルナは、現在の状況を簡単に説明していく。


「――っというわけで、今は大神殿の中にいるの」


「普通こういう作戦は、潜入する前に考えるべきものだと思うのですが……まぁいいでしょう。現状を整理すると、『とあるせ物』を捜しており、大神殿の内部にあることはわかっているものの、正確な位置が不明……ということですね?」


「うん、そんな感じ」


 ゼルの簡潔なまとめに対し、ルナはコクコクと頷いた。


「ふむ……失せ物を捜す際は、やはり探知魔法を使うのが一番でしょうな」


「あー、私それちょっと苦手かも」


「えぇ、存じております」


 ルナの探知魔法が壊滅的なことは、聖女パーティにおける『常識』だ。


「そうなると後は、占術せんじゅつ念写ねんしゃといった特殊な魔法でしょうか。神国にいらっしゃるとのことですので、街のどこかにそういうお店があるかと思います」


「でも、もうこんな時間だから、もうどこも閉まっちゃってるよ」


「まぁ、そうでしょうね。他の手段となると……物理的な方法ですが、『におい』による捜索などもございます」


「においかぁ……はっ!?」


 その瞬間、ルナの聖女ブレインに電撃が走る。


「ねぇゼル、ムーンウルフって確か、凄い嗅覚を持っていたよね!?」


「えぇ。幻獣種ムーンウルフは、途轍もない嗅覚を持っていると言われております。魔力で嗅覚を底上げした場合は、それこそ10キロ先の人の臭いを嗅ぎ分けるそうです。ただ、この種は絶滅を危惧されており、そう中々いるものでは――」


「――ありがとう、助かった!」


「聖女様? 聖女様ー? ……切れている。ふふっ、本当にお変わりない……」


 ゼルは三百年前と何も変わらぬ主人と接し、とても幸せな思いで就寝の準備に入るのだった。


 一方――名案を思い付いたルナは、<異界の扉ゲート>を発動し、王国聖女学院にある自分の学生寮へ飛ぶ。


「タマー、起きてる?」


「わふぅ……?」


 ベッドの上でひっくり返り、お腹を見せて眠っていたタマは、大きな欠伸をしながら起き上がった。


「実は今ね、私の黒歴史を――とあるノートを捜しているだけど、隠し場所がわからなくて困っているの。タマの嗅覚なら、きっと見つけられると思うんだけど……力を貸してもらえる?」


「わふっ!」


 タマは元気よく吠え、コクリと頷いた。


「ありがとう! それじゃ行こうか!」


<異界の扉>を潜り、大神殿へ帰還する。


 それと同時、タマは鼻に魔力を集中させ、クンクンクンとにおいを嗅ぎ始めた。


「どう、かな……? 私のにおい……する?」


「わふっ!」


 大神殿の遥か深層から、御主人のにおいを嗅ぎ取ったタマは、元気よく吠えた。


「凄い! それじゃ早速、道案内をお願いできる!?」


「わふーんっ!」


 タマは得意気にトテトテと歩き出し、ルナはその後に続く。


(ふむ、さすがは神国の重要施設、どこもかしこも罠だらけだな……。しかし、甘い)


罠探知ディテクト・トラップ>を発動したタマは、その優れた嗅覚との『二重チェック』によって、あらゆる罠を看破し――まるで自分の縄張りが如く、軽やかな足取りで進んで行く。


 そしてルート上、どうしても避けられないものに対しては、


「――わふっ(<罠解除>)」


 狼の一鳴きで簡単に無効化してしまう。


 タマの斥候せっこうとしての能力は、間違いなく飼い主ルナよりも上。

 もっと正確に言えば……『戦闘力』という一点を除けば、ほぼ全ての能力が、聖女様かいぬしを上回っているのだ。


 その後、地下へ地下へ、遥か深層へ歩いていくことしばし――ぽっかりと開けた広い空間に出る。

 そしてその中央、大きな石台せきだいの上には、一冊のノートが安置されていた。


「こ、これは間違いない……っ。私の黒歴史だ……!」


 そこにあったのは黄色のノート、通称『黄の書』だ。


「凄い凄い! タマ、偉い! 賢い! 天才!」


「わふーんっ!」


 これでもかというほどに褒められ、頭をよしよしと撫ぜられたタマは、尻尾をブンブンと振り、誇らしげなドヤ顔を浮かべる。


 そして三百年ぶりに黄の書を――自身の黒歴史との対面を果たしたルナは、ジッとその表紙を見つめた。


(……そう言えばこれ、何を書いたんだっけ……?)


 極々ごくごく軽い気持ちでノートを開いた次の瞬間、


「う゛、あ゛ぁ……っ」


 かつての記憶が鮮明に甦り、激しい精神汚染を受けた。


(はぁはぁ……だ、駄目だ……っ。これ・・を受け止めるには、私はまだ若過ぎる……ッ)


 コンマ数秒の閲覧で心に深い傷を負ったルナは、深呼吸を繰り返し、ゆっくりと息を整えていく。


「ふぅー……。とりあえず、<模倣コピー>」


 原典オリジナルと瓜二つの模倣品レプリカを生成し、偽物の方を石台の上にそっと戻した。


「これでよしっと」


 しばらくの間はここに模倣品を置いておき、だいたい一か月が経過した頃に魔法をキャンセル、その存在を消し去る。

 こうすることで原典の盗まれた正確な時間がわからなくなり、自分のもとへ嫌疑の目を向けられる可能性がグッと低くなる。


 なんとも猪口才ちょこざいなことを考える聖女様であった。


 原典オリジナルを<次元収納ストレージ>の中に収納し、黒歴史の回収に成功したルナが、タマと一緒に元来た道を引き返していると……。


「……ん……?」


 遠くの離れた場所で、話し声が聞こえた。


(……誰かいる。一人……いや、二人かな。まさか警備の人……? いや、なんか違うっぽい)


 不審に思った彼女は、タマをサッと抱きかかえ、声のする方へ近付いていく。


「それで……魔王は今何をしているんだ?」


「魔王様でしたら、城でお休みになられていますよォ。なんでも聖女の転生がしっかりと確認できたらしく、口を開けば、聖女の首を獲って来いとまぁ……魔族使いの荒い人でさァ~」


 ぽっかりと開けた大きな空間に二つの人影が見えた。その低い声と喋り口調からして、二人とも男だろう。


 ルナは大きな柱の陰に身を隠しながら、こっそりと様子を覗き見る。


(あれは……枢機卿すうききょうのケルキスさん? もう一人は……誰だろう……?)


 片方がケルキスであることはわかったのだが、もう一方はフード付きの黒いローブを目深まぶかかぶっている、その相貌そうぼうを伺い知ることはできない。


「つい先日、帝国の同志どうしより情報提供があってな。聖女の正体が明らかになった」


「おぉ~、それは素晴らしィ! 是非に教えていただいてもォ……?」


「あぁ、もちろんだ」


(んー、何を話しているんだろう……? ちょっと遠くて聞こえづらいな)


 実際は距離が離れてるから『聞こえづらい』のではなく、ケルキスが<不可知領域>を展開しているため、ほとんど『聞こえない』のだが……。

 鈍感なルナに、その辺りの細かいことはわからない。


「なるほどなるほどォ、承知しましたァ……! 情報提供、感謝いたしますよォ~」


「作戦決行は合宿の最終日、わかっているとは思うが……失敗は決して許されぬぞ? ここだという確実な機を狙い――聖女を殺せ」


(……えっ……?)


 はっきりと聞こえたその一節は、酷く物騒なものだった。


(今、聖女を殺せって言わなかった……? 聞き間違い? いやでも、はっきりと聞こえ――)


 ルナがほんのわずかに気を乱したそのとき、


「……誰だァ~……?」


 漆黒のローブを纏った男が、勢いよくバッと振り返った。


「……っ」


 キンッという甲高い音と共に鋭い斬撃が飛び、ルナの隠れていた柱が真っ二つに切断される。


「ど、どうした!?」


「ん~、あの柱あたりで微妙な揺れを感じたのですが……。すいやせん、どうやらあっしの気のせいでしたァ」


(び、ビックリしたぁ……っ)


 ルナは咄嗟に<異界の扉ゲート>を展開し、一つ隣の柱へショートワープしており、なんとか事なきを得ていた。


(ちゃんと<魔力探知不可>を使っているのに、なんて感覚の鋭い……っ)


 これ以上この場にいるのは危険だと判断したルナは、そそくさと地上へ戻り――安全地帯まで避難したところで、ホッと安堵の息を吐く。


「……それにしても、まさかケルキスきょうが私を殺そうとしていたなんて……っ」


 彼女は深刻な表情を浮かべ、


「……まぁよくあることか……」


 次の瞬間には、スンッと真顔に戻った。


 三百年前、ルナは様々な勢力から命を狙われていた。


 聖女を亡き者にして、世界の混沌を狙う邪悪な人間勢力。

 聖女を亡き者にして、名を上げようとする貪欲な魔族勢力。

 聖女を亡き者にして、世界の頂点を獲ろうとする破滅の大魔王。


 なんなら世界中から目のかたきにされていたまである。


 彼女にとっては、命を狙われている今の状況こそが自然ふつうであり、これまでの平凡な日常こそが非日常なのだ。


「まぁとにかく……私の命を狙っている人がいるみたいだし、神国にいる間はいつもより用心しておこうっと」


 聖女様はそう言って、曇り空の雨を警戒するかの如く、薄く柔らかい警戒網を敷くのだった。

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